全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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第28話② - 今に見なよきっと君の眩しさに誰もが気づくだろう

 

 志積トレーナーとの通話は、向こうから一方的に切られてしまった。エール大勝利で気持ちよくなっていたはずなのに、なんと後味が悪い。はぁ………と大きくため息を吐きながら、スマホをポケットにしまう

 人の要らない心配ばかりをするしょうもない腰抜け………いい歳した大人のセリフとは思えない乱暴な発言だが、実際アタシはなんら成果らしい成果を出していない。エールにかまってばかりだったアタシに、彼の言葉が深く突き刺さった

 だけど、自分の目的は一瞬たりとも忘れていない。アタシの目的は、あの憎き宿敵シュネルマイスターを打倒すること。今日のレースでエールから貰った感動と、志積トレーナーから受けた悔しさを糧に、そろそろ本腰を入れてトレーニングに励まなくては

 

「あら。なんだか浮かない顔してるし」

「うひゃっ!?!?………戻ってたのかよ!」

 

 アタシが気合いを入れようとすると、さっきまでいなかったはずの白桜の女王───もといソダシが、突如アタシの横からニヤニヤと声をかけてきたのだった

 

「エールちゃんの勝利の前にして素直に喜ばないどころか、そんな鬱積したような表情を浮かべるなんて、どうやら相当いいご身分のようだし」

「皮肉るなよ。別にそんなんじゃないぞ」

 

 アタシは何事もなかったかのように流そうとする

 さっきまでの志積トレーナーの話をソダシに出せば、きっと面倒臭いことになる。そんな直感が働いたアタシは、彼の話題を伏せながら、今の自分の感情を説明しようとした

 

「メイケイエールのヤツ、どんどん遠くに行っちゃうな………って、思っちゃってな」

「ふうん」

 

 女王様にしてはお行儀悪く、前のめりで手すり壁に肘をつきながら、曖昧に相槌を打つ

 

「まあ、選手の私としては、早くGIの高みに登ってほしいくらいだと思っているけど」

「流石GI2冠、言うことが人と違うな」

「いえーい。ピースだし」

 

 屈託のない笑顔で、彼女はアタシにピースサインを見せる。人前なら絶対しないような、緩い女子高生みたいなノリだ。エールの勝利による興奮がそうさせるのだろうか

 ………そういやソダシは、ビジュアル以外で女王然とした姿をなかなかアタシに見せてくれない。その影響で最近は、本当にソダシは女王様キャラなのか?と疑うようになっていた

 

「ソダシこそ、エールと記念撮影しに行ったはずじゃなかったか。どうして戻ってきたんだ?」

 

 アタシが志積トレーナーに通話をかける前のこと。エールが一着入線した瞬間、ソダシはアタシと共に感動を分かち合っていた。その後ソダシは、“エールちゃんと記念写真撮りに行くし”と言って、急いでターフに向かっていたはずだった

 

「だってほら………見て?」

「ん?」

 

 するとソダシは、自分の顔を横に小さく振り、ターフの方向に目線を促す

 緑が茂るターフの上には、勝者のメイケイエールが、未だにずっと突っ立っていた。目を凝らしてよく見ると、観客席に向いた瞳は煌めいている。感動で呼吸も忘れてしまっているみたいだった

 レースが終わり結果が出てから、少なくとも5分は経っているはず。その間、彼女はずっとあのままだったのか

 

「あんなに感服している彼女に、茶々なんて入れられないし。勝利なんて、初めてじゃないのにね」

 

 エールの目線の先、観戦スタンドの方は、今なおガヤガヤと人だかりが出来ていた。勝者の姿を一目拝もうとする者。その姿を撮影しようとする者、彼女に声をかけようと名前を呼ぶ者までいる

 その光景を、メイケイエールはじっと見つめていた。まるで、人生を変えるほどの面白い映画を観た後のように………何も言わず、何もせず、感服したように。ただその身一つで、声援を静かに浴びていたのだった───

 

 

 

 不覚にも、長らくこの感動を忘れていました

 

 レースに勝利したのは、今年の3月ぶり。私が暴走せずに最後まで走れたのは、去年の9月に出走した小倉2歳ステークスぶりでしょうか

 

 今までの暴走っぷりで付いた、“名古屋の暴走特急”などという汚名。多方面に迷惑をかけてしまった事は、自分が一番理解していました

 そんな自分が心底恥ずかしくて、誰にも見てほしくなくて……… 今までのレースでは、ずっと観客席に目を向けないようにしていました。パドックのときも本番のときも、ただひたすら申し訳ない気持ちと恥ずかしさでいっぱいだったのです

 

 でもようやく、胸を張って前を向くことができる。あんなに悩まされていた暴走を一切出す無く走り切ったのです。これで私もちゃんと、誰かに非難されることもなく、一人の選手として認められる

 レースが終わって結果が確定したとき、私はソダシちゃんとソングちゃんの表情が見たくなりました。レース中、私の背中を押してくれた二人が、どんな顔で喜んでくれているのか確かめたかったのです。そう思いながら観客エリアのほうへ向き直りました

 

 ………するとそこには、私を笑顔で見守ってくれる多くの顔がありました。観客の皆様です!彼ら彼女らの喜びと安堵の表情が、私を包み込んでいました。遠くからでもはっきりと見える応援の声が、私の耳に心地よく響き渡ります

 二人を探すことも忘れたまま、私は思わず動きを止めてしまいます。想像を超える数の笑顔がこちらに向けられていて、ただただ驚いたのです。あえて形容するなら──それは絶景のようでした

 

 ………ソダシちゃんも、この光景を見たのかな

 私よりもずっと優秀な彼女は、もう何度もこの光景を、ターフの上で見たはずでした。彼女は一体、どんなことを考えながら、声援に応えていたのでしょうか

 

 ………ソングちゃんにも、見てほしいな

 私よりもずっと努力家の彼女なら、きっと重賞なんてすぐです。こんなに素敵な瞬間は初めてだったと、彼女にもこの気持ちを分かち合ってみたい

 

 そんな、様々な考えが交錯した後………やがて私は、何も考えられなくなります。目の前の光景に圧倒され、ただその場に立ち尽くしてしまいました。長い間抱えてきたプレッシャーや不安が、一気に解放されるような感覚に包まれました

 私はすっかり、皆様の声援で形作られた絶景の、虜になってしまったのです




二人の衝突編から蛍雪と模月編まで続いた「序章 - 二人の出会い」は終了です
4章から6章まではソングがむっちゃ頑張ります。引き続きよろしくお願いします
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