全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
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今までの人生の中で、アタシは何度涙を流したのだろうか
泥ですぐに服を汚すわんぱく少女だった頃。アタシは膝を擦りむいた時の怪我よりも、ライバルに負けた悔しさによく泣かされていたんだ
昔の、ある夏の出来事だった。ドイツから来たという富豪家族が、アタシの実家の近くに引っ越して来たという噂を聞いた
当時の友達と一緒にその家の様子を見にいくことになった。田舎臭さから隔離するみたいな背の高い柵から中をこっそり覗くと、無駄に広い庭に彼が居た。ジョウロで花壇に水をやる麦わら帽子には、アタシとおんなじウマの耳がついていた
そんぐちゃんと、どっちが早いんだろう……と、友達の一人がこぼす。うちの地元は結構な田舎で、足自慢のとねっこといえばアタシぐらいしかいなかった。彼はこの町の二人目のウマになる
彼の姿を見てアタシは、どことなく嫌な感じがした。テレビドラマでしか見たこともない上質そうな服に、整った顔立ち。実に気に食わない
何処のウマの骨だかもわかんない奴が、勝手にアタシたちの町に来るんじゃない。身体はいつのまにか柵を登り、彼に向かって宣戦布告を叫んでいた
あたしとしょうぶだ!どっちが速いかきょうそうだっ!
突然の事でも冷ややかに笑って受け流した彼は、公園でやった競走でも圧倒的な実力差をもってしてアタシを打ち負かした。そいつがドイツの競走学校の優等生だったことも、シュネルマイスターという名前なのも、後になってから聞いたことだった
それからというもの、アタシはことあるごとに何度も何度もシュネルに勝負をふっかけていた。悔しかったのだ。一度でもアイツに勝ちたいと、心からそう思っていた。アイツに勝つために、お父さんからの教えで自主練を始めたぐらいだった
しかし毎回、アイツには敵わなくて。それがすごく悔しくって。家では隠れてしくしく泣いていたのだった……
……レースは競争事の世界だ。悔し涙なんて、大勢のやつが流している
もうちょっとで勝てそうだったのに、届かなかった時の涙
同級生たちの圧倒的な才能に打ちのめされてしまって、くじけそうになった時の涙
どれもレースが終わった時に流すものだが、レース中に叫びながら流していたメイケイエールの涙は、いったい何の涙だったのだろうな
ただ、これだけはわかる
涙は、真面目に努力した奴だけが流せる結晶だ
アタシがエールに抱いていた怒りは、いつのまにか消えていた
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「メイケイエール」
「えっ、ソングラインさん……!?どうしてここに……!?」
誰もいない夜の中京レース場のスタンド内。あかりが非常口のライトのみの薄暗い室内の中、ベンチに一人たそがれる彼女に声をかけると、ビクッと大きく反応した
ソダシ曰く、競専関係者パーティの余興レースの存在を知る人間はごく一部だという。エールがアタシの存在に困惑するのも当然だ
こちらを振り向く彼女の目は赤く、泣き腫らした後のようだった
「……それでは」
「おい待て」
早速逃げるために立ちあがろうとする彼女をすかさず止める。そうやってすぐ逃げ出すことも読めていた
アタシの声に、エールは怯えてフリーズしているようだ。脅すようで不本意だが、そうでもしないと逃げちゃうし
「ソダシから全部聞いたよ。お前自身のこと、レース中の暴走癖の真相。全部な」
「………」
「本当にバカ真面目な奴だったんだな、メイケイエールは。何も知らず怒るようなことしちゃって、悪かったな」
「………」
メイケイエールの暴走──号泣と絶叫をしながらもがくように走る彼女の姿に、アタシはいてもたってもいられなくなっていた
何かしなくては、すぐにひとりでに壊れてしまいそう。桜花賞にてエールからうけたことなど忘れ、レースが終わった後のタイミングを狙ってアタシは彼女に声をかけた次第だった
アタシはエールの隣にそっと座り、言葉を続けた
「一つだけ、エールに聞きたいことがあってな………今日の余興レース。どうしてお前は泣きながら走った」
「……どうして、泣いちゃったんでしょうね。私にもわからないんです……みんなに見守られながら走っていると、どうしても勝たなきゃって思っちゃって。それでいつのまにか、先頭に立っていたり、誰かに突撃したりで……」
「それで、負けそうになったから、涙を流したと」
「きっと、負けるのが、怖かったんだと思います」
「……ソダシも言っていたな。絶対に勝たなきゃいけない、という強い意識が自分自身を追い詰めているって。だから、“真面目すぎ”なんだと」
「みなさん、ポジティブに捉えすぎなんです」
メイケイエールは自虐するみたいに悲しく笑う
エールの周りの奴は、きっとみんな優しいのだろう。そうやって周りが励ます分、より一層本人の中で色濃く罪の意識を感じていたのだろうな
「それでも私は、どうしても勝たなくちゃいけなかったのです」
「中京校校長の愛娘だからか?」
「それもあります……天才少女と呼ばれて、みんなに才能を期待されている以上、どんなに暴走が怖くても、私は頑張らなきゃいけないんです」
「実際に暴走して人に迷惑かけてもか?」
「………」
……自分でも酷い言い草なのは理解している。アタシが彼女を不当に傷つける理由など無い
だが、彼女から本心を引き出すには、こういう言い方が必要だと思ったのだ
「私が走るべきではないってことは、自分でも、わかっているんです……ソングラインさんにも実際、ご迷惑をおかけしましたし」
「本当だ。たまったもんじゃないね」
「……だから、レースが終わった後、いつも思うんです。他の子に迷惑かけるくらいなら、やっぱり私は走らない方が良いんだって…… だからこそ、一人で考えて……決意しました……」
「決意?」
しばらくの沈黙の後、俯く彼女は決意とやらを口にした
「私は本日付けで……競走選手を、やめることにします……」
ぽつりと、下を向き、小さな声で言う。決意と呼ぶにはそれは、ひどく頼りないものだった
自分一人で考えたことなのだと言うが、そのエールの言葉はなんだか、誰かに言わされているように聞こえた
暴走するから、走るのをやめる
筋は通ってる。そっちの方が、きっと多くの人にとって幸せだろう。実際エールがやってることは、本当に危険なことだったわけだし
桜花賞の時のアタシがこの言葉を聞いたら、当然だろうと吐き捨てたろう
……でも、今のアタシは違う
ソダシからエールの話を聞いていた今のアタシは、エールの決意とやらに全く喜ばしく思えなかった
だって本当は、違うんだろ?
「……メイケイエール。本当のお前はどうしたいんだ」
「えっ……? だからっ、選手をやめますって」
「それは、お前の暴走癖があるからやめるんだろ?本当のお前自身はどうしたいんだよ」
「……そんなこと言われても……わかりません…… 私はただ、大好きなみんなの期待に、応えたかっただけで……それで…… ………ごめんなさい」
絞り出した言葉を聞き、アタシは一つため息をつく。苦しむエールの瞳から、また新たに一筋の涙が流れていた
「……充分、わかったよ」
そしてアタシは、彼女の両肩を静かに掴み、揺れる瞳をしっかりと見つめてこう言った
「……お前はまだ走るべきだ、メイケイエール。その暴走癖を治して、お前のレースの才能を証明するんだ」
肩を掴んだアタシに一瞬困惑し、すかさず瞳を右下に背けるメイケイエール。アタシと目を合わせないままエールは言い訳を紡ぐ
「治すって言ったって、暴走癖は、きっと簡単に治りません。既にソダシちゃんやいろんな人に相談して、それでも変わらなくて……」
「そんなの当たり前だ。すぐに治ったら、お前だって今みたいに悩んでないだろ」
「それに続けてしまったら、沢山の人に迷惑をかけるかもしれません」
「はあ?すでにかけているのに今更だろ」
アタシの言うことにすぐ納得してくれるとはハナから思っていない。アタシが思った彼女が走るべき理由を、まくし立てるよう並べていく
「しつこいようだけど、そりゃアタシはめっっっっっっちゃくちゃ不快だった。せっかくのアタシのレースを台無しにして、ふざけんなって、ずっと思ってる。 ………だからって本当に競走選手を辞めちゃったら、今までお前を応援してきた“大好きなみんな”はどうすると思う?まあどうせ優しいから、向いてなかったんだよとか、別の道ならうまくいくよとか、そういう甘い言葉を沢山かけてくれるだろうな」
「……………」
「でもなぁ、メイケイエール。それだと迷惑のかけっぱなしで、お前自身なにも変わらずに終わることになるだろ」
そうだ。変われば良いじゃないか。今からでも
そう簡単に変わらないのは承知の上だ。それよりも、絶対に変わらないと決めつけて彼女に変わるチャンスすらも与えない方が違うと思う
アタシはどうしてこうも心変わりをしてしまったのだろうな。確かにこのまま彼女を競走世界から引き摺り下ろすのも選択の一つなのかもしれない
でもそれだと、彼女の悪意ないまっすぐでクソ真面目な本心が浮かばれないじゃないか。彼女の本心を暗に押し殺しているようで、アタシは許せなくなった
メイケイエールに、じゃない。アタシ自身を含む、彼女の本心を押し殺そうとした、全てにだ
「………」
きゅ……と口を締め、なおも沈黙を守るメイケイエール
アタシの言い方もキツかったもしれない。両肩を掴むのをやめて立ち上がる。スタンド内の空間には静寂だけがあった
「要はな、迷惑をかけたからこそ、走るべきだと思う。走って、走って、走って……暴走娘という汚名を返上して。お前がちゃんと元気にレースで走っているところをみんなに見せて、メイケイエールを信じてよかった、走る彼女を応援してよかったなって思わせる必要があるんじゃないのか? レースで迷惑かけたなら、レースでそれを取り返す。それこそがお前の、最善の罪滅ぼしなんじゃないのか?」
エールの方を見ると、俯いてじっとするままだった。ただただ、思い詰めたような表情をしているだけ
「……言ったからには、アタシも……アタシなりにお前のこと、考えてみるからさ。それとも、本当に競走選手をやめてしまうか?」
返事を求めてエールに投げかける。それでも返事が無いなら、もうここにいて話す必要もないだろう
しばらくの静寂の後、アタシはその場から立ち去ろうとする。その時だった
「……やめるなんてそんなの、嫌に決まってます……!」
「ソダシちゃんに、お父様に、たくさん良くしてくれたのに………こんな私に、頑張ってねって、たくさん応援して、愛してくださったのに……!! 私のこの暴走癖のせいで、競走選手を諦めて終わるなんて。何も恩返しもせず、私から何も返せずに終わるなんてそんなのっ!!! ………そんなの絶対、絶対絶対……嫌に決まってますっ!!!!!!!!!!」
まるでそれは、感情のダムがついに決壊してしまったのような瞬間だった。くしゃくしゃになった顔から、ポロポロと流れてゆく涙。途切れ途切れに放たれる本音
アタシはようやく、メイケイエールの心根に触れられた気がした
「……どうだ?競走選手を続けるってことでいいか?」
「はい……大丈夫です……!!」
「よし、決定だなメイケイエール……あーもう、すごい量の涙だな」
私服のポケットからティッシュを取り出し、エールの涙を拭いてやる
これじゃあ後でソダシに会った時、泣かせたんだと疑われそうだ………まあ、泣かせたみたいなものだけども
しかし、ソダシの言う通り本当に真面目な奴だなぁ。このまま放置してたらやっぱり退学していたのかな。なんにせよ、声をかけてよかった
「ずびっ……あのっ、ソングちゃん」
「ん?何だ?」
渡したティッシュで鼻水を拭きながら、エールは縋るようにして問いかける
「ソングちゃんがいてくれたら……私も、変われますか?」
それをアタシは、大したことでもないようにさらっと受け流した
「さあな。ちょっとぐらいは変わるだろ」
というわけで、メイケイエールとソングラインの物語、グレイブンロードです
よろしくお願いします
某ンマ娘でこの二人が実装されるまでには完結させたいですね