仕事に疲れて酔い潰れてたら、百瀬莉緒が介抱してくれた。 作:27クラブ
やさしくて、どこか懐かしい香りだった。
鼻腔をくすぐるその甘さに目を覚ますと、知らない部屋にいた。
ふかふかのベッド。
間接照明の温もり。可愛らしい鼻歌。
鼻歌……。
一人暮らしなのに、鼻歌。
ありえない。
一気に覚醒した。
甘い匂いを振り払って起き上がると、明らかに俺のものとは違う、女性らしい内装の部屋にいた。
そして。
ノーカリーノーライフ、ノーカリーノーライフ♪
先ほどから続く、この鼻歌。
「あ、やっと起きた〜」
キッチンから出てきた女性。
柔らかい長髪と少し勝気な瞳。
けれど人懐っこそうな表情。
「だいじょうぶ? 気を失ってたから、心配してたのよ」
何よりもその声。
少女のような純真さ。
けれども、大人の女性だとわかる芯の通った声だった。
「たしか、あなたは」
思い出した。
そうだ。
たしか、しこたま酒を飲んだ。
飲んだというよりは、ただ流し込んだというべきか。
仕事のいたたまれなさと日頃のストレスをアルコールで、ひたすら流し込む。
そのツケが、自宅への帰途でやってきた。
夜21時の道端で。
吐いた。へたり込んだ。立てなかった。
電柱にもたれながら、星が見えない空を、焦点のまったく合わない目で眺めていると、
「ねえ」
声を、かけられた。
「君、だいじょうぶ? すごく顔色が悪いわよ」
なんだぁ、と間抜けな声をあげて、俺は正面を見上げた。
えらい美人がそこにいた。
「もうっ、完全に酔ってるわね」
腰に手を当てながら、ちょっと困った表情で。
けれど、仕方がないわねといった様子の彼女を見ながら……。
ついに眠気に根負けする。
もうダメだ。
眠い。
「わたし、百瀬莉緒よ。今は訳あってアイドルやってるの。あなたは?」
「夕」
「ユウ?」
「やまだ、ゆう!」
「あら」
そのまま俺は眠ってしまったらしい。
それから、なんやかんやあって彼女ーー百瀬莉緒の部屋に運ばれたのだろう。
頭の中の酔いは完全に抜けて、次に申し訳なさで満たされる。
「ほんと、すみません。……なんと言っていいか」
「やーねー、そんな気にしないで!」
「でも、」
「困ったときはお互いさま、でしょ!」
底抜けに健康な声だった。
その声に俺の生来の性格を構成する毒気も抜けたのか。
俺はただただ素直に「ありがとう」と言った。
彼女ーー百瀬莉緒は笑顔で応えてくれた。
「俺、山田夕です。えっと」
「あらら、もしかして私の名前覚えてない?」
「百瀬……さん?」
「あはは、そんな堅苦しくならないで、莉緒でいいわよ」
「じゃあ、俺のことも夕って読んでください」
うん、と頷きながら、彼女はふと思い出したように慌ててキッチンへと駆け込んでいく。
ひゃーと声をあげて、あたふたしながら必死で何かを混ぜている。
スパイスの若干焦げた匂い。
さっきの鼻歌を思いだす。
きっとカレーだ。
「セーフ! セーフよ! これぐらいならまだ食べられる!」
どうやら無事のようだ。
せっかく作った料理、失敗してはかわいそうだ。
と、ぼんやり思っていたところで、はたと気づく。
見たところ、ここには彼女ひとりしかいない。
女性ひとりの部屋に、出会って間もない、素性の知れない男がいる。
事情を知らない人が見たら、間違いなく事案だ。
「いやー恥ずかしいところ見せちゃったわね、火を止めるのが間に合ってよかったわ!」
「……その、助けてもらったのはありがたいけど、莉緒……彼氏とかいたら、俺がいると迷惑じゃない?」
「きゃー彼氏! ね、わたし、いるように見えるの!」
俺の言葉に、やだもー! と。
嬉しそうに身体をクネクネさせている。
なるほど、これはあれだ。
天然で、ピュアな、ざんねん美人というやつだ。
「えへへぇー。でも実はわたし、今絶賛アイドルしててね、だから恋愛は御法度なのよ」
「へ〜アイドル」
「そうっ!すごいでしょ?」
「うん、すごいすごいすごいなぁ」
「もう〜、反応薄いわね」
口を尖らせる莉緒だが、この愛嬌あふれる彼女の様子を見れば、多くの人に愛されているんだろうなと思った。
「……よく、分かった。だけどその、あまり俺みたいな男を部屋に連れ込むのは、やっぱりどうかと思う」
今ならまだ、深く関わらないで済む。
早々にお暇してしまおう。
「ありがとう。おかげでだいぶ楽になったよ」
「えへへ、どういたしまして」
「じゃ、俺はここで。お礼はまた今度するから」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、慌てて莉緒が引き留めてきた。
「待って待って!あんなに酔ってたのよ、もう少し休まなくちゃっ」
「でも」
「でもじゃない! ほら、横になって」
「うわっ、あぶな!」
そのままもつれるように、俺と莉緒は彼女のベッドに倒れ込んだ。
真下から見る莉緒は筆舌に尽くしがたいほど、ほんとうに綺麗な人だった。
思わずドキドキしている自分に気づく。
それは莉緒も同じなのか。
先ほどまでの元気がなりをひそめ、顔を真っ赤にして俺を見つめている。
「あの、莉緒?」
「〜〜っ!ご、ごめんなさい!」
我に返った莉緒が、ベッドから転げ落ちるように離れた。
瞬間、ガチャリと、耳馴染みのある音が部屋に響いた。
これはあれだ。
鍵が開いた音だ。
「莉緒ちゃーん!お酒持ってきたわよー!」
どやどやと何人かの声が聞こえ、ドタバタとけたたましい音とともに、四人の女性が部屋に雪崩れ込んできた。
……は。
はい?
彼氏いないって、莉緒は言った。
だが、女友達は当然いる。
彼女たちは酒で潰れている一名を除き、皆驚愕の目で俺を見ている。
「莉緒ちゃん、こ、この人は……誰なの!?」
アウトですね。
部屋に入ってきた、これまた美人の女性四人。
事の重大さにまだ気づいてない莉緒。
そして、ワイシャツのボタンを若干外した状態(楽な恰好だからだ)で、全く面識のなかろう男がーーそう、俺が、ベッドに押し倒されるような形で倒れている……。
「莉緒ちゃんが男連れ込んだー!」
背の低い子が叫んだ。
「待ってこのみ姐さん、誤解よ!」
姉さん、姉妹か。
って、え、莉緒が妹なの?
どっからどう見ても小学生にしか見えないのに。
「莉央ちゃん普通に大胆だね!」
「もー麗花ちゃんまで!」
ツインテールの子も笑ってる。
笑いごとじゃねえ。
いや、むしろ笑うしかないのか、この状況。
見るからに押しに弱そうな佇まいの女性は頬を染めながら、
「あはは、お邪魔しちゃったかしら?」
なにを想像されてらっしゃるのか。
「風花ちゃんは、分かってくれるわよねぇ、ね?」
すがるような目で、莉緒は彼女を見つめた。
「お赤飯炊かないと」
「ちがうのー!」
このままではマズイ。
莉緒の厚意を誤解で済ませるわけにはいかない。
「すみません、とにかく話を聞いてください」
たまらず俺も声を出す。
弁明を、釈明の場を要求する。
「俺は無実です、やましいことは何もない」
「アンタはすっこんでなさい!」
先ほどこのみ姉さんと言われていた、背の低い美人。
どう見ても莉緒の姪っ子くらいにしか見えない。
「……小学生に言われたないわい」
「なんですって!!」
「夕くんも、このみ姉さんも一旦落ち着いてよ!」
「莉緒ちゃんは黙ってて!」
「ひどーい!」
もうめちゃくちゃだ。
完全に事案だと思われている。
冤罪ってこうして生まれるのか。
「ねえねえ、そんなことより歌織ちゃん、大丈夫かな。さっきから何にも反応しないよ」
と、麗花と呼ばれた子が、へべれけになっている女性の肩を揺すった。
その瞬間、事件は、起きた。
「もー!歌織は寝るんれすー!」
「歌織」と名乗る女性が、俺の正面に飛び込んできた。
それもそのはず、俺の背後には先ほどまで横になっていた莉緒のベッドがある。
きっと彼女は自分の寝床とでも思ったのだろう。
「うわっ」
だが、その進路を塞ぐ形で俺がいた。
必定、正面衝突が待っている。
成人女性のまったく遠慮がない体当たりをくらった。
バランスを崩し、もたつきながら、それでもなんとか耐えねばと伸ばした手はむなしく空を切る。
そして、柔らかな感触に包まれる。
間違いない、胸だ。
うむ、筆舌に尽くし難いおっぱ……ってそんなこと考える場合じゃない。
……とても柔らかい。
って、これでは本当に痴漢になってしまう。
「あの、離れて……」
「もー、どこ触ってるんれすかぁ? ……えっち」
空気が凍った。
「プロデューサーさん、ダメですよー❤️」
この人、頭おかしいんか。
「警察を呼びましょう」
「このみ姉さん!」
もう勘弁してくれ。
続くかなぁ、、(深夜テンションすぎる)