Blue Archive Evolution 青春を抱く双翼の星 作:ゲーマーN
――アビドス市街地*1
『ゲヘナの風紀委員長……空崎ヒナ。外見情報も一致します、間違いなく本人のようです。ですが、ゲヘナ風紀委員長ということは……ゲヘナにおいてトップの戦闘力……この状況でそんな人物まで……』
両陣営の生徒たちが足を止める中、ヒナとアコの通信は途切れない。冷や汗が滝のように流れる中、アコは背筋を凍らせるヒナの眼光に射竦められていた。言葉を失いそうになりながらも、震える声で必死に現在の状況と事情を説明しようとする。
『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……』
「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はシャーレとアビドスと、対峙してるように見えるけど」
『え、便利屋ならそこに……』
アコが指し示した先には、既に便利屋68の姿は見当たらなかった。つい先ほどまでは確かにそこにいたはずが、今は影も形も消え去っている。ヒナからの通信で来襲を察知した彼女たちは、誰にも気付かれぬように、こっそりと戦場から離脱していたのだ。
『い、いつの間に逃げたのですか!? さ、さっきまでそこにいたはず……!』
武力行使の大義名分であった便利屋68が忽然と姿を消したことに動揺するアコに、ヒナは無言で《暴君》の異名に違わぬ威圧を放つ。それはまるで、視線一つで相対する者を捻じ伏せるかのような
『え、えっと……委員長、全て説明いたします』
「いや、もういい。だいたい把握した。……察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ってことね」
『……』
「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会長。そういうのは
『……はい』
沈んだ声で答えた後、アコは通信を切った。ヒナはその様子を見て、わずかにため息をつく。
天雨アコ――腹心としてヒナを支える彼女は、紛れもなく優秀な人材だ。普段はゲヘナ自治区の秩序維持のため、各部署から上がってくる報告書を処理している。また、戦場では後方からオペレーターとして戦術指揮や情報解析を担い、的確な支援を行ってきた。その敏腕はヒナも認めるところであり、彼女の存在があってこそ、ヒナは安心して前線での戦闘に専念できるのだ。
一方で、思い込みが激しく、感情的になりやすいという欠点も抱えている。外部の人間――それも秩序と相反する位置にいる無銘生徒会の3人を頼ったことで、「なぜ自分ではなく……」と嫉妬心を抱いていたことには気付いていたが――それでも、今回の独断は行き過ぎだ。
もう一度、静かに息を吐いてから、ヒナはアビドスの生徒たちに視線を向け直した。
『……』
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙が場を支配する。シャーレの先生、ハクノを含めた6人全員がヒナに視線を注いでいた。その中で最初に口を開いたのは――
「じゃあ、あらためてやろうか」
シロコだった。全身から戦意を漲らせる彼女を制止するように、アヤネが慌てて声を上げる。
『ま、待ってください! ゲヘナの風紀委員長と言ったら、キヴォトスでも匹敵する人物を見つけるのが難しいほどの、強者の中の強者ですよ! ここは下手に動かず、一旦交渉するのが吉です! どうしてそんなに戦うのが好きなんですかっ!』
「……ご、ごめん」
激しい剣幕に気圧され、思わず謝罪の言葉を漏らすシロコ。彼女が落ち着きを取り戻したのを確認すると、アヤネは一息つき、改めてヒナとの通信を繋ぎ直して交渉に踏み切った。
『こちらアビドス生徒会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、初めまして。この状況については理解されてますでしょうか?』
「もちろん。そこの3人から詳しい事情は聞いているわ」
「ヒナとは昔からの付き合いなのよ。だから、私たちの方から事情は説明しておいたわ」
と、ヒナの視線が背後の3人――ハル、サナ、ミカへと向けられる。突然話を振られた彼女たちは、しかし平然とした様子でヒナの視線を受け止めていた。多くの生徒から《暴君》と恐れられているヒナの圧力だが、付き合いの長いハルたちにとっては慣れたものなのだろう。
「事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒たちとの衝突。問題行為であることは明白だけど……そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」
『……っ!?』
「その……」
「それはそうかも」
「それで?」
「私たちの意見は変わりませんよ?」
『ちょっと待ってください……! 便利屋の人たちもいない、あっちの兵力の数は変わってない、私たちにはもう先生しか……どういうわけか味方を止めるのも大変だし……! あうぅ、こういう時にホシノ先輩がいたら……!』
やけに血気盛んな味方に頭を抱えるアヤネ。喧嘩早いセリカを中心に、険悪な空気は刻一刻と濃くなり、このまま風紀委員会と戦うしかないのか……と、アヤネが諦めかけたその時だった。
「うへ~、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるじゃ~ん」
第三者の声が響く。全員が一斉に声の元へと視線を向けると、アビドスの生徒たちから少し離れた場所に、シンプルなデザインの
「!!」
「えっ!?」
『ホ、ホシノ先輩!?』
「ホシノちゃん!?」
「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった」
そう言いながら、ホシノはのんびりとした足取りで後輩たちの元まで歩いていく。ふわぁ~と大きく口を開けて欠伸を一つ。そして、ようやく少し眠気が取れた目でヒナを視界に捉えると――その眠たげな二色の眼を、まるで獲物を見つけた肉食獣のようにすっと細めた。
「昼寝ぇ!? こっちは色々大変だったのに! ゲヘナの奴らが……!」
「でも、もう全員撃退した」
「まだ全員ではないですが……まあ大体は」
「いや~久しぶりだね……ヒナちゃん? こうして顔を合わせるのはいつ以来だっけ? 最近はヘルメット団にかかりっきりだったし……ほんと、ますます美人さんになったねえ」
「……」
ホシノの登場により、場の空気は一気に変わる。緩やかでのらりくらりとした雰囲気を纏っているが、その内に潜む実力は折り紙付きだ。緊張感をどこ吹く風とばかりに、彼女は器用にも愛用の
「それで? これは一体どういう状況なのかな? 私としては、できればヒナちゃんとやり合うのは避けたいんだけど……」
「それに関しては同意見ね。私たちが本気で戦えば、この辺り一帯が更地になるもの」
ホシノの問いにヒナが応じる。2人は共に最上位の実力者であり……その実力は、単純なぶつかり合いにおいて、他の生徒の戦いとは比べ物にならない。もしこの場で戦えば、被害は甚大なものになるだろう。それは双方望むところではない。
「お互い、1年生の頃とは随分変わったわね。特にあなたは人違いじゃないかと思うくらいに」
「まあね~……あの戦いに参加した7人全員が責任ある役職に就いちゃったから、必然的に顔を合わせる機会も少なくなっちゃって……でもまあ、元気そうで何よりだよ」
懐かしそうに目を細めたホシノは、肩の力を抜いたような口調でヒナに話しかける。対してヒナも小さくため息をつくと……少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「……貸しひとつでいいかしら?」*2
「えっ!?」
「委員長!?」
風紀委員の2人――チナツとイオリが驚愕の声を上げる。他の生徒たちも……アビドスの生徒たちさえ、驚きに目を丸くしていた。無理もないだろう。なにせ、あの空崎ヒナが、たった1人の生徒に対して貸しを作ると言っているのだから。
所属を問わず多くの生徒が呆然と立ち尽くす中、ヒナは……スッと美しい所作で頭を下げた。
「頭を下げました……!?」
「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドス生徒会に対して公式に謝罪する」
「!」
「!?」
「!!」
「今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入することはないと約束する。どうか許してほしい」
そう言って、ヒナはもう一度頭を下げた。《暴君》の異名からは想像もつかない謙虚な対応に、アビドスの生徒たちは驚くばかりで、特に彼女の実績と経歴をよく知る者たちは空いた口が塞がらないという有様だった。
一方、《暴君》の異名と表面しか知らない後輩たちとは対照的に、長い付き合いのある友人であるホシノの表情は変わらない。ただ穏やかに目を細め、かつての戦友を眺めていた。
「委員長……」
「ま、待って委員長! あの校則違反者たち……便利屋はどうするんだ!?」
何か文句でも、とジロッと視線で制するヒナに、イオリは「あ、う……」と言葉を詰まらせる。
「ほら、帰るよ」
◇ ◇ ◇*3
ヒュウゥゥ……と建物の間を吹き抜ける風のように去っていた風紀委員会を見送りながら、アヤネは通信機越しに感嘆の声を漏らす。
『風紀委員会の全兵力……すごい速さでアビドスの郊外へと消えていきました……。あれほど大規模な兵力を、一糸乱れずに……風紀委員長、凄い方ですね』
去り際に視線を交わし合った2人の少女。ヒナは風紀委員長としての、ホシノもまた生徒会長としての立場がある。互いに言うべきことは言い終えたのか、それ以上の言葉はなかった。けれど、彼女たちの間には確かに、不思議な連帯感が漂っているようにハクノには思えた。
「もったいない、強い人と戦えるチャンスだったのに」
「シロコ先輩、どこかの戦闘民族みたいだね……まあ私だって、もちろん喧嘩を売られたら逃げるようなことはしないけど」
「うへ~、やめておいたほうがいいよー。今の2人じゃ傷一つつけられないだろうからねー」
不満げなシロコに、困ったように笑いながら言葉を返すセリカ。2人の会話にホシノが口を挟むと、全員の視線が自然と彼女に集まった。ヒナとは1年生の頃からの付き合いだ。その実力は後輩たちの誰よりも知っている。
とはいえ、これ以上説明を続けても徒に闘争心を煽るだけだろう。そう考えたホシノは、代わりに別の話題を切り出すことにした。
「ところで、結局おじさんは状況が全然分かってないんだけど、何があったの?」
「説明したいところなのですが、私たちもまだ分かっていないことが多く……風紀委員長は、なぜここまで来たのでしょうか?」
『そうです、分からないのは私たちも同じなんですよ! そもそもホシノ先輩はこんなタイミングまでいったいどこで……!』
「ごめんごめん」
頬を掻きながらホシノが謝ると、アヤネはため息混じりに言葉を続けた。
『はあ……なんだか、更に大事になってきている気がします。慌ただしいことばっかりで……分かっていないことだらけです』
「アヤネちゃん……」
「そうですね、今日も色んなことがありましたし……無理せず、私たちも休憩した方が良いかもしれません」
『はい。では今日は一旦解散して、また明日学校で状況の整理をしましょう』
「……うん、そうだね~、アヤネちゃんの言うとおりだよ。今日はもう解散、明日また教室で」
「そうしましょうか」
「早くシャワーが浴びたい……」
「あっ、私もっ!」
アヤネの提案に他の面々も賛成する。そうして、生徒たちは帰路につくことになった。
しかし――シロコだけはその場から動かず、じっとハクノを見つめていた。彼女の視線に気付いたハクノが何事かと首を傾げると……シロコはゆっくりと口を開いた。
「……先生。風紀委員長が最後、先生に何か話しかけてたけど……何の話?」
シロコが尋ねると、ハクノは少し言い淀みながら答えた。
◇ ◇ ◇
「はあ……」
「イオリ、大丈夫ですか?」
ヒナの指示で撤退準備が着々と進む中、イオリは自分の部下たちから距離を置き、大きく深いため息をついた。力なく肩を落とす彼女の様子に気付いたチナツが、気遣わしげに声をかける。
「アコちゃんに怒られるし委員長には睨まれるし……今日はついてない」
「……そうですね」
「あのさ……その可哀想な犬でも見るような目、やめてくれないか?」
「お互い様ですよ、イオリ」
「……そうか」
チナツとの会話が途切れたところで、イオリはもう一度大きなため息を漏らす。
「……シャーレの先生」
「ん、私?」
「そう。あなたに伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って」
撤収作業を進める部下たちを背景に、ひどく真剣な表情をしたヒナがそう告げた。ハクノは疑問顔で「何の話?」と問いかけ、そのままヒナから言葉の続きを待つ。
「……カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」
「……ざっくりだけどね」
「……そう」
カイザーコーポレーション――キヴォトス全体で様々な事業を展開している大企業。
王冠を被ったタコのロゴを掲げるこの企業は、合法と違法の狭間を渡り歩く多角化企業だ。そして、アビドスがお金を借りているカイザーローンの本体でもある。
ヒフミの口からカイザーグループの名を聞いたハクノは、アロナの力を借りて、ある程度はカイザーコーポレーションについても調べていた。
「これはまだ
そう前置きをして、ヒナは彼女が得たカイザーコーポレーションに関する情報を語り始めた。
「連邦生徒会……その内部に、カイザーコーポレーションと癒着関係にある生徒がいる」*4
それは、学園都市の運営に従事する立場にあるはずの連邦生徒会が、実はキヴォトスの秩序を裏から脅かす存在と繋がっているという衝撃の告発だった。
だが、ハクノはさして驚いた様子も見せず、あくまで落ち着いた態度でヒナに問いかける。
もしこれが事実なら、シャーレの立場も極めて危ういものになるだろう――が、ヒナはその情報に確信を持っているようだ。ならば、ハクノはその重さを受け止めるほかない。
「連邦生徒会に……?」
「そう。まだ、不正行為の決定的な証拠は掴めてはないのだけど。……おそらく、ね」
ヒナはそこで言葉を切り、口を閉じた。それ以上は、まだ不用意に口にすべきではないということだろう。
「じゃあまた、ハクノ先生」
最後にそう告げて会話を区切ると、ヒナは風紀委員会の仲間たちの元へと戻っていく。その姿を見送ったあと……ハクノもまた、アビドスの生徒たちが待つ場所へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「あとで、みんなの前で話すね」
「……うん、わかった。じゃあ帰ろう、先生」
今回の一件、どうやら知らぬ間にキヴォトスの闇の深い部分に触れてしまっていたらしい。
シャーレの先生として、生徒たちにこの事実を伝えなければならないが……果たしてどう伝えるべきか。そんなことを考えながら、ハクノはアビドスの校舎へと足を向けるのだった。
◇ ◇ ◇*5
『ハル、これで良かった?』
「うん、ありがとう。……これで、因果の流れを捻じ曲げるための準備は整ったよ」
狭い裏路地。他の生徒たちと別れたハルとサナは、携帯端末でヒナと連絡を取っていた。
『それにしても……まさか、アコがあんな暴挙に出るなんて』
「……仕方がないよ。彼女も、因果の流れに定められた歴史に寄せられたんだろうし」
「不自然じゃない程度に思考が誘導されている、そんな節まであるものね」
本来の歴史では、不慮の事故(?)により柴関ラーメンが便利屋68によって爆破されてしまう。そして、お気に入りの店を爆破されたアビドスの生徒たちは激しい怒りを露わにし、便利屋68との戦いに突入するはずだった――。
しかし、便利屋68がケジメを付けるためにアビドス生徒会と決闘を行うまでは良いとしても、その後の風紀委員会の立ち回り――他の自治区の生徒や市民を巻き込むような大規模攻撃を、それもヒナの友人がいるアビドスで行うのはあまりに不自然だ。
『……因果の流れ、ね。そこまで強い強制力を持っているの?』
「もしそうじゃないのなら、あの連邦生徒会長が……私たち3人を無傷で蹂躙した本物の《超人》が、とっくの昔に何とかしてるハズよ」
「生徒である以上は因果の流れ……《理》には抗えない。《外の理》に生きる者だけが因果を捻じ曲げられる。私たちにできるのは、少しでも良い未来を掴むための小細工くらいのものだよ」
『……そうか、そういうことか……だからシャーレを……』
ヒナの呟きに、ハルはうん、と頷く。
「じゃ、そろそろ切るね」
『そう。2人とも、気を付けてね』
「ヒナ、今日はありがとう」
「また何かあったら、お姉ちゃんにも連絡よろしくね♪」
ヒナの心配そうな言葉にお礼を言うと、ハルは通話を切って端末をポケットにしまう。そのタイミングで物陰からミカが姿を見せた。3人は軽く目配せを交わし、言葉を交わさずに歩き出す。
裏路地を抜け、透き通るような青空を見上げながら……ハルはぽつりと呟いた。
「全ては、曇りなき未来のために……なんてね」
TIPS:
外の理。
本来、辿るはずの物語を捻じ曲げる力。キヴォトス世界は大筋の運命が定められているが、外の世界から何らかの形で発生した干渉が想定外の事象を引き起こすことがある。
この作品で最強の座に君臨する連邦生徒会長ですら《理》を捻じ曲げることはできず、《外》より先生を召喚するという手段を取るしかなかった。尚、連邦生徒会長の戦闘能力は、三大学園の全戦力を単騎で、かすり傷一つ負わずに殲滅できる程度とする。
元ネタは『英雄伝説 軌跡』シリーズより『外の理』。