Blue Archive Evolution 青春を抱く双翼の星 作:ゲーマーN
――アビドス高等学校・生徒会室*1
翌日、今日もまた定例会議のため校舎の一室に集まるアビドス生徒会一同だったが、この日は珍しい顔ぶれも同席していた。そのうちの一人は梔子ユメ――アビドス高等学校の前生徒会長だ。こちらは別に問題ない。学校を卒業した自分が必要以上に口を挟むべきではないと、基本的に在校生と一線を引いているものの、なにかあれば力を貸してくれる心優しい頼りになる先輩だ。
けれどもう一組……サナに連れられて生徒会室を訪れた生徒たちには驚かされた。なにせ、彼女たちは……。
「便利屋68……? どうしてあんたたちがここにいるの?」
「私が連れてきたのよ。何でも、あなたたちに伝えたいコトがあるみたい」
「伝えたいこと?」
怪訝な表情を浮かべるセリカに、サナは「ええ」と頷く。続けて、自身の隣に立っているアルに視線を向けた。その視線を受けたアルは、どこか緊張した面持ちで……けれど意を決して一歩前に出ると、アビドスの生徒全員の顔を見回しながら口を開いた。
「まずは、これを見てちょうだい」
そう言って、アルはハルカから受け取った地図を机の上に広げた。それを見て、ホシノが真っ先に反応する。
「ん~、これって……地図?」
「直近までの取引が記録されている、アビドス自治区の土地の台帳……所謂『地籍図』よ」
「土地の所有者を確認できる書類、ということですか……? でも書類なんて見なくても、アビドスの土地は当然アビドス高等学校の所有で……」
アルが説明をする中、ホシノたちは頷きながら書類を眺める。それにはアビドス自治区の土地の正確な情報が詳細に記載されており、いくつかの箇所に赤いマーカーで印が付けられている。
しかし、そもそもからして土地台帳など目にするような機会は滅多にない。なぜこんなものを見せられているのか、アビドス生徒会の5人とユメは困惑の色を滲ませる。すると、便利屋課長のカヨコは「……やっぱりか」と小さく呟いてから、険しい表情でアビドス生徒会に告げた。
「……普通なら、ね。だけど、ここは例外。昨日の午前、決闘の前に柴関ラーメンの店主に聞いたことだけど、アビドスの土地の殆どがアビドス高校の所有になっていなかった」
「えっ……!?」
カヨコの言葉に、アビドス出身の6人は己の耳を疑った。サナも険しい表情で頷く。便利屋一行をアビドス高校に案内するにあたり、先んじて書類の内容に目を通していた彼女は、今の説明が冗談や嘘ではないと知っていた。
「……どういうこと? アビドス自治区がアビドスの所有じゃないって、そんなわけ……」
まさに青天の霹靂だった。ホシノは信じられないという表情を浮かべながら、便利屋が広げた書類に目を走らせる。アビドス自治区の土地と建物の所有者として記された名前を目にした途端、黄色と青色の瞳が驚愕に大きく見開かれた。
「……これって、」
「現在の所有者は……」
「カイザーコンストラクション……そう書かれているわ」*2
「……!!」
「そんな……!?」
「……っ!?」
「えっ!?」
「う、嘘!?」
「な、なんで……!?」
その名が意味するところを理解できないほど、ここにいる生徒たちは鈍感ではない。……それは、カイザーグループが密接に関与していることを示し、アビドス自治区の土地と建物が何時の間にか彼らに奪われていたことを裏付ける決定的な証拠だった。
「アビドスの自治区を、カイザーコーポレーションが所有している……!?」
「……柴関ラーメンも?」
「……ええ。大将もそのことを知っていて、随分前から退去命令も出ていたそうよ……」
「退去命令だけなら良かったんだけど……」
続けて、サナがスッと取り出したのは1枚の書類だ。それは、連邦生徒会に提出された土地と建物の状態を記した公文書で、現在カイザーコーポレーションが所有する土地や建物の詳細が記載されているものだった。
そこには、柴関ラーメンが入っている建物も既に立ち退きが完了していると明記されている。
「どうやら、カイザーグループは書類を偽装してるようね。柴関ラーメンもとっくに立ち退きが完了したコトになってたわ。間違いなく、風紀委員会が動けたのもこれが根拠でしょうね」
「……!?」
「そういうことか……」
ホシノは眉を顰めながら頷き、他の生徒たちも穴が開くほど書類をジッと凝視していた。
――書類改竄。それは紛れもなく、カイザーグループの不正を示す証拠だ。だが、問題はその証拠が連邦生徒会に正式に提出された公文書であるという点にある。仮にもゲヘナの風紀委員会のナンバー2が『白』と判断した正当な文書を、果たして簡単に覆せるものだろうか……。
そして何より、ヒナの言葉。もし彼女の言葉が事実であるならば、この証拠そのものが握り潰される可能性も否めない。
「で、ですが、どうしてこんなことに? 学校の自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが……一体誰が、こんなことを……」
「……アビドスの生徒会、でしょ」
「……!」
ホシノの口から紡がれた”答え”に、部屋中の視線が一斉に彼女へと向けられる。俄には信じ難い答えではあるが……彼女の表情を見れば、それが冗談や虚言の類ではないことは明白だった。
「学校の資産の議決権は、生徒会にある。それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」
「……ええ、確かにその通りよ。取引の主体は、過去のアビドス生徒会だったわ」
ドンッ! と机を打つ音が響く。セリカは怒りに満ちた顔で声を張り上げた。
「何をやってんのよ、その生徒会の奴らは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……っ!!」
「こんな大ごとに、ずっと私たちは気付かないまま……」
ノノミの呟きに、誰も言葉を紡ぐことができなかった。その場を包む静寂は、彼女たちの無力感と後悔を一層浮き彫りにする。生徒たちは皆、自分たちの愚かさを呪うように俯いてしまう。
「ひぃん……どうして、今まで気が付かなかったんだろう……」
「……ユメ先輩?」
「仮にも生徒会長だったのに……こんなことにも気付けなかったなんて……」
ユメは自嘲気味に呟いた。その表情は暗く、唇を噛み締めている。自分はこの学校の生徒会長だったのに――こんなにも大事なことを見逃していたなんて。もっと早く気付いていれば、何か手を打つことができたかもしれないのに。
……生徒会長失格だ。悔しさと怒り、そして深い後悔がユメの胸の中で渦巻いていた。その思いは、他の生徒たちも同じように感じていたことだろう。
「……ううん、それはユメ先輩のせいじゃありませんよ」
「ホシノちゃん……?」
「これは私が入学するよりも前の……いや、先輩が生徒会長になるより前のことなんですから」*3
ホシノは敢えて昔の口調で語りかけた。しかし、その柔らかな語り口とは対照的に、彼女の表情は暗く険しい。
2年前――ユメが生徒会長を務めていた頃、ホシノもまた生徒会の副会長を務めていた。故に、もしユメの責任があるのだとしたら、自分にも同様の責任がある。……いや、むしろ今の生徒会長として、その責任の重さをさらに強く感じていた。
「……ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「……うへ~、実は私もあんまり詳しくはないんだよねえ。私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人たちはほとんど辞めちゃってたから。その時はもう在校生も二桁になってたし、教職員もいない。授業なんてものは、もうとっくの昔に途絶えてた。生徒会室も、そうと言われなければただの倉庫にしか見えないところだったし、引き継ぎ書類なんて立派なものは1枚もなかった。ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の建物を何度も移してた時期だったこともあってね」
「うん。そんな環境だったから……私、ホシノちゃんと初めて会った時、これは夢なんじゃないかなって思って、何度も頬をつねったんだよね。ホシノちゃんみたいな、可愛くて強くて、頼れる後輩が傍にいてくれるなんていう夢みたいなことが、本当に嬉しくて……」
ユメはホシノと初めて会った日のことを思い出していた。……彼女は当時、自分が夢を見ているのではないかと疑った。それほどまでに現実離れした状況だったのだ。けれども、それは夢ではなく確かな現実で、ホシノとの出会いがユメの運命を大きく変える切っ掛けになったのだ。
「いや~……ホント、何もかもメチャクチャだったよ。生徒会なんて肩書だけで、おバカさん2人が集まっただけって感じで。何の間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって……うへへ、あの頃はあちこちに行ったり来たりだったねぇ」
ホシノは遠い記憶を辿るかのように、窓の外に視線を向けた。その瞳には、かつての日々を思い起こすかのような、柔らかな光が宿っている。しかし、穏やかな表情はすぐに曇り、彼女の胸に去来する何かが温かい思い出に影を落としているようだった。
「ほんっとバカみたいに、なんにも知らないままさ……」
「……」
「ホシノ先輩……」
俯くホシノの表情は不安と焦燥が滲んでおり、今にも泣き出してしまいそうだ。アヤネとセリカの2人も、気遣わしげな眼差しを何時になく弱々しいホシノに向けている。
「……先輩たちが責任を感じることじゃない。昔の事情は知らないけど……今までアビドスが存続できたのは、間違いなくホシノ先輩とユメ先輩のおかげ」
「う、うん……?」
「シロコちゃん?」
「……ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
シロコは何時も通りの無表情で淡々と語りながら、ホシノをジッと見つめる。彼女の水色の双眸は冷たさを帯びているようでありながら、不思議と温かさを感じさせる眼差しだった。
「そうです。セリカちゃんとユメ先輩が行方不明になった時、真っ先に先生に助けを求めたのもホシノ先輩でしたし……」
「……うへ~、そうだっけ? よく覚えてな――」
「そうだったね、いつも絶対に先陣を切る。アルたちと戦った時もそうだった」
「私、それ初耳なんだけど!? 何で教えてくれなかったの!?」
ホシノの言葉を遮るように、ハクノとセリカが割って入った。特にセリカの勢いは強烈で、思わず顔を背けてしまう。
それでも、彼女の表情には僅かな嬉しさが垣間見えた。後輩たちからの褒め言葉に慣れていないせいか、どう反応すればいいのか分からず、戸惑いつつも照れくさそうにしているようだった。
「それに、ユメ先輩は学校を卒業した今も私たちを助けてくれている。2人とも、色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる」
「ひぃん……ダメなところもあるって……それって褒め言葉なの? 悪口なの……?」
「ど、どうしたのシロコちゃん!? 急にそんな青春っぽい台詞を……! おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」
「……や、なんとなく、言っておこうかなって思って」
「え、えぇ……?」
シロコが普段見せないような勢いで話し始めたことに、ホシノは困惑していた。その隣では、ユメも同様に驚いた様子で目を白黒させている。場を覆う暗い雰囲気が、ほんのわずかではあるが払拭されたような気がした。
「……ところで便利屋68。あんたたちはなんでこれを伝えに来てくれたの?」
「……あそこのラーメンが美味しかったから、それだけよ」
「え……?」
セリカの問いに対する、アルの端的な答えにアビドスの生徒たちは意表を突かれたように目を丸くした。そんな反応が面白かったのか、ムツキは「くふふっ」と悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「よく見てみなよ。アルちゃんのこの顔を見れば分かるでしょ? 『これくらい、私たちにラーメンを奢ってくれたお礼として当然でしょ』って今にも言い出しそうじゃん!」
「な、なるほど! 流石アル様です! 多くは語らず、一杯のラーメンで雇い主にすらも銃口を向けるその姿、まさにハードボイルドです! わ、私も真のアウトローになるために頑張ります!」
「……ふふっ」
部下たちの称賛を、アルは腕を組んで鼻を鳴らすことで受け止めた。
「……本当に美味しかった、から」
アルはぼそりと、まるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。普段よりも少し小さな彼女の声には、僅かな照れが混じっているようにも感じられる。その頬はほんのり赤らみ、視線もやや下を向いている。
しかし、アルの呟きはアビドスの生徒たちにもしっかりと聞こえており……彼女たちの顔には自然と笑みが浮かぶのだった。
TIPS:
一杯のラーメン。
正しくは『一杯のかけそば』。日本の童話、および同作を原作とした日本映画作品。
正史/原作において、ノノミが「私、こういう光景を見たことがあります。一杯のラーメン、でしたっけ……」と発言したのが元ネタ。