Blue Archive Evolution 青春を抱く双翼の星 作:ゲーマーN
C-1-1-1 トリニティからの星風
――喫茶オルレアン*1
トリニティ総合学園。学園都市キヴォトスにおいて三大学園の一つに数えられるマンモス校。
そのトリニティ自治区の一角に、とても雰囲気のいい喫茶店がある。窓辺の席で姉のサナと共に紅茶を楽しんでいた聖園ミカは、モモトークに届いたメッセージを読んで苦笑いを浮かべた。
「……ミカ、どうしたの?」
「ヒフミちゃんからモモトークが届いてね。何でも、闇市まで探し物に付き合ってほしいって」
僅かに眉を顰めるサナ。ここで言う闇市とは、ちょっとした揉め事でも銃撃戦が起こる治安最悪の学園都市の中でも、とりわけ治安の悪いエリアであるブラックマーケットのことだ。
連邦生徒会の管理が及んでおらず、治外法権が罷り通る無法地帯。反面、表では流通していない貴重な物品が取引されることも珍しくなく、今回の件もおそらくそういった希少品の購入が目的だろうと、ヒフミのことをよく知る2人は察していた。
「やっぱり、モモフレンズの限定グッズかなぁ……」
「好きな物が欲しい気持ちは分かるけど……。それで、闇市まで行くのは肝が座ってるわよね」
「うん。少なくとも、トリニティの普通の生徒の行動力じゃないよね……」
「まあ、ヒフミちゃんらしいと言えばらしいけど……」
阿慈谷ヒフミ。トリニティ総合学園2年生で、特にどこにも所属していない帰宅部の生徒だ。一見すると、特徴もない普通の少女のように見えるかもしれないが、モモフレンズのマスコットキャラのシュールな表情をした白い鳥『ペロロ様』にご執心で、靴やリボンのデザインやバッグなどのグッズ収集に多大な情熱を燃やしており、ペロロが絡むと自制心が効かなくなる傾向がある。
今回の暴走は、自分一人で行動せずに他の人を頼りにしているだけ、まだマシな部類と言えた。
「それで、ミカはどうするの?」
「もちろん行くよ。ヒフミちゃん1人だと心配だしね」
「身代金目当ての誘拐犯に襲われても、勝てるとは思えないものね」
高貴な身分にある生徒の多くが在籍するトリニティ総合学園は、キヴォトスで最も多くの金が集まる自治区だ。当然、這い寄る悪意を持った輩も多く、そんな連中に拉致されればどんな目に合わされるか分かったものではない。
モモトークの返事を送り終えたミカは、ティーカップに残った紅茶を飲み干して席を立った。
「それじゃあ、私は行くね」
聖園ミカは、キヴォトスでも有数の実力者だ。有力校の最高戦力にも匹敵する戦闘力の持ち主であり、身体能力も並外れている。大抵の悪意ある敵は退けられるだろうが、ブラックマーケットのような非合法のエリアでは何が起こるか分からない。
無論、同じ組織の一員として彼女を信頼していないわけではないが、何事にも万一というものはある。同じようにリンゴジュースを飲み干したサナが、先走るミカを引き留める。
「ちょっと待って、ミカ。私も一緒に行くわ」
「いいの? ありがとうお姉ちゃん!」
「ふふっ……私にとっては、ミカが一番だもの。気にしないで」
こうして、聖園姉妹は後輩の護衛としてブラックマーケットに向かうことになった。
――ブラックマーケット*2
アビドス高等学校――キヴォトスの中で最も長い歴史を誇り、かつては多数の生徒が通う学園都市最大の学園として名を馳せており、生徒会長が70人いたという群雄割拠の混迷期を経ての全盛期では、その兵力や資金から他の自治区からは羨望や畏怖の目で見られていた。
……しかし、数十年前のある時期から頻発し始めた大規模な砂嵐によって学区の環境が激変し、人口の流出にも歯止めがかからず、今では自治区全体が衰退しつつある。
廃校寸前のアビドス高等学校を救うために苦心するアビドス生徒会――同校最後の5人による最初の依頼を解決するため、連邦捜査部『シャーレ』の先生こと岸波ハクノは、自身の護衛兼私設秘書として毎日のようにシャーレに足を運んでいる蒼井ハルと共にアビドス自治区を訪れた。
紆余曲折を経て、アビドス生徒会の生徒たちから信頼を得たハクノは、先日の事件で得た手がかりをもとに生徒たちとブラックマーケットの調査に来ていた。
「ここがブラックマーケット……」
「わあ☆ すっごい賑わってますね?」
「本当に。小さな市場を想像していたけど、街ひとつぐらいの規模だなんて」
アビドス高等学校1年生の黒見セリカ。並びに、同校の2年生である十六夜ノノミと砂狼シロコは、物珍しそうに辺りを見回しながら口々に感想を述べる。
彼女たちが足を踏み入れたそこは、アビドスとは比較にならないほどの喧騒に包まれていた。多様な物品を販売している店が並び、大人や子供が思い思いに買い物を楽しんでいる。そう、例えるのならば、まさに歓楽街のような街並みだった。
「連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化してるとは思わなかった」
「うへ~普段私たちはアビドスにばっかりいるからねー。学区外は結構変な場所が多いんだよー」
「ホシノ先輩、ここに来たことがあるの?」
「まあねー、何度かあるよー。それに他の学区にも、変わったものがたくさんあるんだよー」
シロコが尋ねると、《生徒会長》小鳥遊ホシノが懐かしそうに顔を綻ばせる。しかし、そんな現地の和やかな雰囲気とは裏腹に、生徒会室でオペレーターを務める生徒会書紀の奥空アヤネは、周囲を警戒するように辺りの様子を探っていた。
『皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるかわからないんですよ。何かあったら私が――』
「あら? 見覚えのある顔がいるわね」
「あ、ホントだ☆」
「ん?」
ふと、聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはトリニティ総合学園の制服を着た4人の生徒が立っていた。このエリアに似つかわしくない上品な雰囲気で、ともすれば不良生徒に絡まれるのではないかと心配になるほどだが、当の不良たちは遠巻きに様子を伺っているだけで、彼女たちに関わろうとする者はいない。
その内の1人。先日、シャーレ奪還作戦に協力してくれた生徒の1人にハクノは声をかける。
「ミカ……?」*3
「先生? それに、ハルちゃんも……そっか、そうなんだ。もう始まってたんだね」
「うん、ようやく始まったよ」
ミカは何やら納得したように頷くと、アビドスの生徒たちを見回してから小さく呟いた。
「あなたがシャーレの先生、かしら?」
その隣に立つ、ミカとよく似た容姿をした紫色の髪の少女がハクノに尋ねる。
「うん、確かに私は先生だけど……」
「まさか、こんなところで会えるなんて……私は聖園サナ。見ての通り、ミカのお姉ちゃんよ♪」
聖園サナ――自らをミカの姉と自己紹介した彼女は、本当に妹と瓜二つだったが、よく見れば随分と違いが多いことに気付く。
髪やヘイローの色がピンクではなく紫であること、髪の毛をお団子に纏めてあるのが右側ではなく左側であること、瞳の色が金色ではなく真紅ということ、そして翼の色合いが根本から先端にかけて白から黒のグラデーションになっていること。ヘイローの回転方向もミカとは逆向きだ。
「いやぁ~壮観だね。無銘生徒会のトップスリーが勢揃いなんてさー」
「無銘生徒会のトップスリー……?」
無銘生徒会についてはハクノもある程度は知っている。連邦生徒会の首席行政官を務める七神リン曰く、非認可の生徒会。在籍する学園を退学して無銘生徒会に所属する生徒がいるなど起こす問題も多いものの、裏組織の類の取り締まりなど学園都市全体に齎す益も多いため、連邦生徒会長が失踪する前から見逃されてきた、謂わば必要悪。
その生徒会長こそが《万の魔人》の異名で知られる蒼井ハル。そして、副会長を務めるのが聖園ミカ。では、3人目は? 疑問顔で首を傾げるハクノに、その3人目が自ら名乗った。
「私のコトよ。無銘生徒会の役員No.Ⅰ、それが今の肩書きのひとつだからね」
「No.Ⅰ? たしか、無銘生徒会の生徒会長はハルって聞いたけど……」
「自分はNo.0。始まりという意味を込めて、数字の0を自分の役員No.にしたので」
幹部役員はそれぞれ大アルカナのようにローマ数字でNo.を持っている。本来は、No.Ⅰを生徒会長の座にするつもりだったのだが、サナの鶴の一声で始まりの0を初代無銘生徒会長――即ち、ハルの役員No.にしたという経緯がある。
「それにしても、サナたちはなんでここに? トリニティのお嬢様も一緒みたいだけど……」
「あはは……それはね、ヒフミちゃんとアズサちゃんの護衛として付いてきたの」
ミカが苦笑しながら答えると、その後ろから二人の生徒が顔を出す。
「わ、私……阿慈谷ヒフミと言います」
「白洲アズサだ。よろしく頼む」
ひとりは、ベージュ色の長髪をお下げにした、特徴もない普通の少女。もうひとりは、紫やピンクの花飾りで髪や白い翼を飾った、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせる少女だ。
彼女たちは共にトリニティ総合学園の2年生で、聖園姉妹はこの2人の護衛のためにブラックマーケットを訪れたらしい。
「ここに来た理由はですね……実は、探し物がありまして……」
「探し物?」
「もう販売されていないので買うこともできない物なのですが、ブラックマーケットでは密かに取引されているらしくて……」
「もしかして……戦車?」
「もしくは違法な火器?」
「化学武器とかですか?」
「えっ!?」
冗談なのか本気なのか。シロコ、ホシノ、ノノミの口から次々と物騒な言葉が飛び出してきたことに、ヒフミは困惑と驚きが入り混じった声を上げる。一瞬の間を置いてから、ヒフミは慌てた様子でぶんぶんと首を横に振った。
「い、いいえ……えっとですね、ペロロ様の限定グッズなんです」
「ペロロ?」
「限定グッズ?」
「はい! これです。ペロロ様とアイス屋さんがコラボした、限定のぬいぐるみ! 限定生産で100体しか作られていないグッズなんですよ」
ヒフミが鞄から取り出したのは、白く丸っこい鳥のような姿をした謎の生物。両目があらぬ方向を向いており、その名のとおり、口の端からちょろっと舌を出しているなど、どこか奇妙なデザインのぬいぐるみだった。
アイス屋とのコラボ商品だけあり、開いた口の中にアイスクリームが詰め込まれている。それを大事そうに抱えたヒフミが笑顔で自慢気に胸を張る。
「ね? 可愛いでしょう?」
「わあ☆モモフレンズですね! 私も大好きです! ペロロちゃん可愛いですよねえ!」
「分かるのか!? この目、表情……何を考えているのか全く分からないところが可愛いんだ!」
「うんうん、私はミスター・ニコライが好きなんです!」
「分かります! ニコライさんも哲学的なところがカッコよくて」
「私も最近発売されたニコライの本『善悪の彼方』は買った! 当然、初版を!」
ヒフミとアズサ、それからノノミがテンション高くペロロ談義を始める。なお、話題に上がったニコライとは、カンガルー科の動物、クアッカワラビーをモチーフとするキャラクターだ。
「……『善悪の彼方』の初版本は私も買ったわね」
「……! ついに、サナさんもモモフレンズに興味を……!!」
「それは別に。……ただ、哲学書としてはなかなかに興味深い本だったわ」
「そ、そうですか……ではMr.ニコライさんについての話を……」
サナは特にモモフレンズには興味がなかったが、ミスター・ニコライの『善悪の彼方』には哲学書としての価値を見出していた。モモフレンズ自体には興味がないという言葉にヒフミは肩を落としたが、これを切り口に布教を図ろうとサナにニコライの素晴らしさを説き始めた。
「……いやぁー何の話だが、おじさんにはさっぱりだなー」
「ホシノ先輩はこういうファンシー系にまったく興味ないでしょ」
「ふむ、最近の若いやつにはついていけん」
「歳の差、ほぼないじゃん……」
セリカのツッコミを、ホシノは気にした様子もなく受け流す。そもそもペロロという謎の生物を知らないホシノは、話の輪から外れていた。一方でノノミは熱心にヒフミたちとモモフレ談義をしていたが、やがて満足げな表情をすると、モモフレ仲間の2人と共に本題へ戻ってくる。
「というわけで、グッズを買いに来たわけです」
「ホント、モモフレンズが関わると行動力お化けだよね、ヒフミちゃん」
「サナがいなければ、間違いなく不良に襲われていたところだよ」
「あ、あはは……」
ミカとハルの言葉に、ヒフミは苦笑いを返す。確かに、ここに来るまで何人かの不良に絡まれそうになったが、その全てがサナを目にすると怯えるように逃げ出した。
《
「……ところで、みなさんは、なぜこちらへ?」
「私たちも似たようなもんだよ。探し物があるんだー」
「そう。今は生産されていなくて手に入れにくい物なんだけど、ここにあるって話を聞いて」
「そうなんですか、似たような感じなんですね」
お互いに探し物があると知り、ヒフミは親近感を覚えたように表情を綻ばせる。
「ふむ……それなら、ちょっとおじさんから提案があるんだけどさー」
「提案ですか?」
「これも何かの縁と思って、お互いの探し物が手に入るまで一緒に行動するのはどうかなー?」
「え? ええっ?」
「わあ☆いいアイデアですね!」
「なるほど、共闘だな」
思わぬ提案に困惑するヒフミとは裏腹に、ノノミとアズサは乗り気な様子だった。彼女たちの場合は新しいモモフレンズ仲間と語り合いたいだけかもしれないが。
「ここはかなり危険な場所だからねー。少しでも人数は多いほうが安全でしょー?」
「え、えっと……あの、その……ミカさんとサナさんはどう思いますか?」
「うん、私は賛成だよ。お姉ちゃんも、それでいいよね?」
「もちろん! 久々に、ホシノちゃんともお喋りしたかったしね♪」
ヒフミに問われたミカとサナは笑顔で賛成を示す。先輩2人の後押しもあり、ヒフミはホシノの提案に了承の意を返した。
「そ、そういうことなら……よろしくお願いします!」
「決まりだねー。よーし。それじゃあ、ちょっとだけ同行頼むねー」
こうして、アビドス生徒会とトリニティ総合学園の生徒であるヒフミとアズサは、それぞれ探し物を求めてブラックマーケットで共に行動することになった――……。
TIPS:
聖園サナ。
環星党さんのブルアカ二次創作『ブルーアーカイブ 双翼のレクイエム』の主人公。
無銘生徒会の役員No.Ⅰにして、アリウス戦役で名を上げた七聖徒の第二柱。
聖園ミカの双子の姉であり、中等部卒業まではハルと同様にトリニティ総合学園に在籍していた。