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棍棒が叩き付けられ、床の石材が四方へ飛び散り、石の弾丸は悉く俺の身を弾く。
巨大な首切り斧が身体のあらゆる箇所を掠め、培養液満ちる試験管を真っ二つに斬り裂く。
炎がまるで意志を持つが如く俺を追い回し、俺の骨身を焦がさんと襲い掛かる。
静寂が似合いそうな緑の蛍光色に包まれる情景とは裏腹に、今正に俺は巨躯の悪魔と外道共の猛攻の嵐に見舞われていた。
引き受けるとは軽く言ったが、大分きつい。
それでも、打撲と軽い裂傷のみで未だ五体満足で生きているのが不思議なくらいだ。
多分、ラクカジャ、スクカジャを掛けて貰ってなければ既にお陀仏だっただろう。
クソ、パワー馬鹿共が・・・。
・・・さて。
散乱する瓦礫を背にどうしたものか考える。
ゴズキ、メズキがはっちゃかめっちゃか暴れたおかげで粉塵が舞い、綺麗に並んでいた試験管が軒並み倒れている。奴らは俺の姿を見失っているようだ。
かと言ってこのまま隠れている訳にもいかん。
本来の目的は、大技を放つライドウからこちらに目を引き付け、囮になる事だ。いつまでも隠れていて、その間にライドウの元に行かれるのは不味い。
何。やりようはあるさ。
俺は粉塵に気を取られている人造魔人の片割れ、ゴズキの後方に大き目の石を投げつける。
ゴトンと音を立てながら落下する石に気付いたゴズキは後方目掛け攻撃を繰り広げた。
『暴れまくり』
無数の単純かつ圧倒的暴力の連撃は、床、培養液入りの試験管、実験機材。そのあらゆる物を破壊し尽くす。そこに俺がいる訳がないと言うのに。馬鹿な奴だ。
俺は、ゴズキの後方へと忍び寄り、奴の足首に鉄棍の一撃を食らわせる。
「ブモォ・・・!!」
物理的攻撃にある程度耐性があり、屈強な巨躯を持つ人造魔人と言えども、身体が人に近い構造であり、生物である以上局所の防御力はたかが知れている。
いとも簡単にバランスを崩し、そのまま後方目掛け転倒を起こす。
すかさず俺は転倒を起こしたゴズキの脳天に目掛け鉄棍の一撃を振り下ろした。
「オラァ!!」
振り下ろした後頭部より、ゴガキンという金属を叩いたような音が響き渡る。
硬い。
まるで鋼鉄を叩いているような感覚だ。
恐らく、今まで潰してきたどの悪魔共の頭よりも硬い。
だが、手ごたえはあった。
確実に頭部へダメージを与えた感覚はある。
不意打ちかつ脳天への急所攻撃。
思いがけない攻撃に、流石のゴズキも動作が止まるだろうと。
そ う 思 っ て い た 時 期 も 俺 に は あ り ま し た。
粉塵の中からぬっと飛び出してくる手。
それは今正に俺が後頭部を攻撃したゴズキの物だった。
まるで後方の何かを取るような動作で追尾してくる手。
「うぉぉおおお!?」
迫りくるゴズキの手を俺は慌てて回避する。
意外に素早い手の動作に肝を冷やしながらも何とかゴズキの手の追尾を逃れた。
あ、危なかった・・・。あともう少しで捕まる所だった・・・!
かけてて良かったスクカジャ。
頭をさすりながらこちらを振り返るゴズキ。
一筋の血液を頭部から垂れ流している。
攻撃自体は少しは効いていたようだ。
・・・雀の涙程度だが。
やだ、相手の物理耐性強すぎ・・・・?
結構渾身の一撃だったんだけどなぁ!!クソが。
というより俺が非力なだけか。
猛獣に人間が力で敵わないように、悪魔に人間がそのままの身体能力で敵う筈も無いのは自明の理。その上道具まで使うとか、ゲームの敵だったら間違いなくクソゲー確定だろ。
・・・まぁまぁまぁ、落ち着け俺。
最初っから一人で勝つつもりもないんだ。
無理して相手にダメージを与える必要もない。
囮に徹する。それが俺の任務だ。
囮に徹して尚ダメージを与えられれば御の字。
Are you OK?
I'm OK.
さて、そう自分に言い聞かせていた最中、対するゴズキ。
ゴズキは不適かつ見下した表情を浮かべている。
その表情を向けられているのは、勿論対面にいる俺だ。
真正面から殴り合いをするんじゃなかったのか?
こそこそ逃げ回った挙句にこれしか傷をつけられなかったのか?
大事言った割に大した事ねぇな?
ゴズキは自らの頭に指を差し、そうジェスチャーを俺へと向けてきた。
あ゛?
額にピキリと青筋が立った。
相手がはっきりそう言葉で言っている訳ではない。
ただはっきりと、そのジェスチャーの中にそう言う意図がある事は理解出来た。
人造魔人になったためか言語を話すことが出来ないのか一言も発しないゴズキ・メズキだが、俺は何気ない動作やジェスチャーなどの非言語的コミュニケーションの中に含まれる人の感情やら何やらを読み解く事が出来る。
そのため、ある程度の連携や相手の表情からも次の動作を予測する事が可能となっている。
人によって霊格の進化に伴い、能力が開花する事がある。
だが、その人間の性質によって覚醒する能力が異なるらしい。
俺は小さい頃から襲って来る悪魔から逃れるため、四六時中悪魔がいないか周りの様子を伺う生活をしてきた。
その生い立ち故に第6感の強化が開花に繋がったのではないか、そう業斗は言っていた。
はっきり言おう。
使命を忘れて今にもぶち殺したい。
大抵の意図を読めるのは便利だが、ちとばかし短気な俺にとってはこうした弊害がある。売られた喧嘩は高値で買うのが主義だからな。
あぁ、わかっているさ。
囮だろう?俺は囮さ。
俺は極めて冷静だ。あぁ、冷静だとも。
くいくい
だけどさ、あそこで指を動かして挑発している、如何にも調子づいているあいつらに思いがけないダメージを与える分には構わないだろう?
なぁ?
・・・・。
ぶち殺す。
◆
狂人は一気に駆け出す。
生身のまま、悪魔を狩り続けてきただけはある。
凡そ常人とは比べるべくもない程の俊敏さだ。悪魔と合一した身体に生半可な攻撃で傷がつく事はないが、捕まえる事が困難だ。
だからこそ、ゴズキは攻撃が単調になるよう挑発した。
素早くとも、攻撃する箇所はたかが知れている。
頭部、頸部、手首、股間、膝、足首。
強靭な身体と言えども人と同じ形をしている限り、急所は殆ど変わりやしない。
だからこそ単調になればなる程、あの狂人の動きを予測する事が出来る。
奴は、もう一度、自分の身体を崩しに来るだろう。
最初に膝か足首、そこに狙いを絞る筈だと。
そうして身構えるうちに自身の直ぐ足元へ殺到する宗一郎に狙いを定める。
そこで、宗一郎は急に動作を止めた。
「!?」
宗一郎が急に動作を止めた事でゴズキは不意を突かれ、身構えたまま動作を止めざるを得なかった。
フェイントか・・・!!
そうゴズキが気づくも時既に遅し。
そのまま、宗一郎が動作を止めたゴズキの背後に回り込み、膝と足首に一撃。
局所の激痛に見舞われたゴズキはまたもや地に膝を付いた。
不味い、また頭を狙われる。
ゴズキは頭を自身の強靭な腕でガードする。
・・・・。来ない。
奴の事だ。隙を晒せば尽かさず攻撃を繰り出してくる。そう思っていた。
だが、何故、攻撃をしてこない。
みすみす隙を見逃す愚行だ。
交差した腕のガード越しに目の前に立つ宗一郎を見やる。
そこには、
『チャージ』『チャージ』『チャージ』『チャージ』『チャージ』・・・・。
ただひたすらに自分に強化魔法をかけている宗一郎の姿があった。
宗一郎の腕がこれ以上にない程に膨張し、唸りを上げる。
ゴズキは慌てて腕を振り下ろそうとするも、
既にゴズキの懐に鉄棍が吸い込まれるように――
「!?」
ゴズキの肋に向けてスイングされた。
狂人によって放たれたそれは、悪魔と合一された筈の強靭な身体はいとも簡単に九の字に折り曲がり、打点の肋骨のみならず、肝臓、肺、あらゆる臓器を破壊していく。衝撃によってきりもみしながら吹き飛ばされる。
自分達の繰り出す暴力を越えた暴力に地面を転がりながら悶絶する。
しかし、短時間の悶絶を経て、尚、ゴズキは立ち上がった。
あれだけの一撃を喰らいながらも戦闘不能になっていない辺り、流石人造魔人と言わざるを得ない。
しかし、ゴズキの表情に、目に怒りは無かった。
そこに宿っていたのは強者との戦いによる昂りでも、ましてや敵対者に対する闘争心でも無かった。
そこにあったのは恐怖、焦燥であった。
悪魔や敵対組織に対抗するために人間の身を捨てた。
失敗作になる同士がいる中で、奇跡的に適合する事が叶った。
人を捨て、言葉を捨て。失った物はあまりにも大きい。
しかし、高位の悪魔と合一する事で、あらゆる生物の限界を越えた。
越えた筈だ。
その筈だった。
なのに、何だこれは?
ただの人間如きに何故ここまで追い詰められている?
霊格なぞ、人に達しただけの人間だぞ。
悪魔も引き連れていないような人間に、人間風情に、何故?何故だ。
こんな事が許されてよいのか?
全てを捨ててまで手に入れたのだ。
こんなもの、許されていい筈がない・・・!!
筈がないのだ・・・!
「ブオオオオオ!!」
雄叫びを上げ、自身を奮い立たせる。
身の毛もよだつ雄叫びを浴びるも、宗一郎は歩みを止めない。血に濡れた鉄棍を引きずりながらゴズキにトドメの一撃を喰らわさんとしている。
だが、そこまでだった。
宗一郎の背後より、巨大な影。
もう一人の人造魔人がその巨大な身体に匹敵する首斬り斧を振り上げていた。
「ちっ」
すんでで首斬り斧の振り下ろしを避ける宗一郎であったが、叩きつけられたメズキの斧の余波で、飛び散る石材を身体に受けながら吹き飛ばされる。
そうして宗一郎は積み上げられた瓦礫の山へと叩きつけられた。
「げぼ・・・。くそ」
口から溢れ出す血液に悪態をつく。
足に力を入れようとしているのか、足をばたつかせている。だが、宗一郎が瓦礫の山を背に立ち上がる事はなかった。
よくよく考えれば当然だ。
今の今までリンチを受け、ガイア教団の教団員と戦い続け、そのまま人造魔人との戦いに臨んだ。人造魔人の攻撃の直撃は避けられても、その余波でダメージを蓄積していた。
動けなくなるのは、必然だった。
だが、動けないからと言って油断するつもりはゴズキにはなかった。
ここで確実に倒さなければ、死ぬのがどちらになるか分からない。
人造魔人2体と人間1人。圧倒的なアドバンテージの差があるにも関わらず、それを覆す不気味な何かを感じとっていたゴズキは、メズキと共に、確実にトドメを刺すべく、各々の武器を振り上げた。
そして、その光景を見ながら、宗一郎は呟いた。
「任務完了だ。ライドウ」
「ええ、待たせました。」
ゴズキ、メズキが振り返るとそこには、赤口葛葉に集う圧倒的なマガツヒと冷気を纏うライドウが立っていた。
馬鹿な。何故ここまで接近を許した?これ程までのマガツヒを集結させれば否が応でも気づく筈。
そもそも、あの大量のマガツヒを集めるためには時間をかなり要する筈。
疑問が募る2体に、瓦礫の山を背もたれにしている宗一郎は不敵に笑う。
「そんな疑問か?なぁ、自分達が蒔いた種なのによ。」
人造魔人達は、宗一郎の言葉にハッとして周囲を見渡した。
瓦礫の他、数々の被験体を保管する巨大培養槽。それらが悉く倒れ、培養液の主成分である夥しい程のマガツヒが部屋に充満している。
そうか、そういう事か。
それが狙いだったのか。
ギリと歯軋りを立てるが、もう後の祭りだ。
ライドウが頭上高く飛び上がる。
赤口葛葉から放つは極限の冷気。
させまいと、メズキは懐から氷障石を取り出すがーーー
パンッと乾いた音と共に、何かによって氷障石が弾かれ地に落ちた。
「させねーよ。」
硝煙を吐くM1911を手に持つ宗一郎。
人造魔人には最早恨み言を放つ間などなく。
『大銀氷忠義斬』
絶対零度の斬撃をその身に受けるのであった。