『万年金欠で家に転がり込んで来る幼なじみがTSした』の前日譚です。

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未来は闇に包まれる

 クトニオス・H・アマミヤは畏れられている。冥王神からの加護が篤い彼は、幼いながらも墓守として、そして葬儀を執り行う祭司として活躍していた。無邪気で容赦のない村の子供達は彼を陰気だと排斥しており、彼と関わろうとする者はいなかった──たった一人を除いて。

 

 

 

 

 

「ねぇ……やめようよ。バチが当たるよ」

 

「うるさい!もう言っちゃったんだよ……墓守なんて怖くないって!これで何もしなかったら、俺は只の臆病者じゃないか……!」

 

「でもぉ……」

 

 墓場の片隅で8歳程の少年と少女が言い合っていた。何という事は無い、只の度胸試しだ。夜に墓場へと向かい、あの恐ろしい墓守に砂をかけてやるのだ。

 

「もう良い!お前は其処にいろ!俺一人だけでもやってやる!」

 

「ね、ねぇ……なんか、笑い声が聞こえない……?」

 

 少女の言う通り、周りからクスクスと笑い声が聞こえて来る。その不気味さにじりじりと後ずさり、キョロキョロと辺りを見渡している。

 

「な、何だよ……誰が笑ってるんだよ!?」

 

「ね、ねぇ帰ろうよ!やっぱりダメなんだよ!」

 

「う、うるせぇ!」

 

 少女が少年の服の裾を掴み、狂ったように引っ張るが、少年は意固地になってその場から動かない。すると、物陰から()()は現れた。

 

「──ばあっ!」

 

「「うわあああああ!」」

 

 狼の頭をした怪物の出現に、少年少女は飛び上がって驚き、その場から逃げ出して行った。

 

「ふっ、雑魚が……10年早いんだよ」

 

 それは被っていた狼の頭部を取り外すと、中から12歳程度の金髪碧眼の少年の顔が露わになる。ウィリアム・J・ブラウン、村の猟師の息子。そして──。

 

「……何を騒いでる。先祖の眠る場所だぞ?粛々と、厳かに在れよ」

 

「いや〜、ごめんごめん。お前にちょっかいかけようとしてた悪ガキ共をお仕置きしてて」

 

「……それに関しては礼を言っておく」

 

 ……そして、かの墓守にして祭司のクトニオスの唯一の友人である。

 

「……それで、今日は何の用なんだ?それとも悪ガキ達の対処をする為だけに来たとでも言うつもりか?」

 

「バッカ、悪ガキ共脅かすのはついでだよついで。そんで用ってのは──」

 

 ウィリアムはそう言いながら戯れに狼の頭部を被る。

 

「明日の狩り、お前も一緒に行かねぇか?」

 

 

 

 

 

「いつ見ても思うけど……木の棍棒って野蛮だよなぁ」

 

「仕方ないだろ。俺は無属性魔法を使えないんだから。生命属性魔法で強化出来る木の方が鉄の剣より硬く出来るんだから」

 

 からかうように指摘するウィリアムと、それに反論するクトニオス。リラックスしているようにも見えるが、今は狩りの真っ最中。会話をしている最中も視力強化魔法及び聴力強化魔法を使って、油断無く周囲を警戒しているのだ。

 

「あっ、何か大きなものが動いた。追いかけてみようぜ」

 

「わかった。気付かれないように静かに近付くぞ」

 

 ガサガサと草を踏み荒らす音を頼りに追いかけると、その音は近付いて来る。近付いて行ってるのではなく、近付いて来てるのだ。それが意味する事は──。

 

「ゴアアアア!」

 

「ちぃっ!気付かれたか!」

 

「視力強化魔法も聴力強化魔法も、向こうだって使えるんだ、仕方無い事!」

 

 咆哮をあげながら立ち上がり威嚇する熊。ウィリアムは所持してる猟銃を構え、弾丸を放つ。

 

「グアァ!──ゴアァ!」

 

「かったいなぁ!」

 

「こっちだデカブツ!」

 

 弾丸は頭部に命中するが、硬化魔法及び強靭化魔法で強化された頭蓋骨に防がれる。熊は攻撃して来た相手へと向かおうとするが、クトニオスが割って入る事で、熊はまず邪魔者を排除しようと腕を振るう。

 

「フンッ!オォ!ハァッ!」

 

 クトニオスは棍棒で熊の攻撃を迎え撃つ。硬化魔法、強靭化魔法、重化魔法、身体能力強化魔法……生命属性魔法をフルに使ったパワフルな戦いが繰り広げられる。

 

「2倍……4倍……8倍……16倍、よしっ」

 

 ウィリアムは、その間に弾丸を握り締めて魔法をかける。弾丸を込めて再び熊の頭部へと放つ。

 

「ゴギャアッ!?」

 

 前よりも遥かに速い速度で飛翔した弾丸は、熊の頭部を貫き、熊はズシンと崩れ落ちる。

 

「やったな!俺達の勝利だ!こいつは大物だぞ〜?報酬で美味いもんでも食おうぜ!」

 

「……フンッ」

 

 ウィリアムとクトニオスはハイタッチをして成果を喜び合った。

 

 

 

 

 

「いや〜、食った食った。やっぱご飯はカミラおばさんの食堂だな」

 

「……そもそもこの村に食堂は一つしか無いだろ」

 

「そりゃあ、そうだけどさ……でも美味いだろ?この村唯一の食堂がちゃんと美味い幸運に感謝しようぜ?」

 

 そうやって会話をしながら帰路につく二人に近付く者が一人いた。農家をしている青年だ。

 

「な、なぁ!お前、()()ウィリアムだろ?ちょっと俺の事を見てくれよ!お小遣いあげるからさ!」

 

「……良いのか?悪い結果になるかもだぜ?」

 

「覚悟の上だ!それに、悪い結果だったらすっぱり諦められるしな!」

 

「全く……トニー、良いか?」

 

「構わない。俺はそこら辺で適当に時間を潰しておく」

 

 それにしても……とクトニオスは続ける。

 

「猟師と占い師の二足のわらじとは、お前も中々忙しいな」

 

「……へへっ、毎晩墓地を見守っている墓守も中々のモンだぜ?」

 

 ウィリアムは得意気に鼻を擦った。

 

 

 

 

 

「はい、先に渡しておくよ」

 

「ありがとさん。さて、早速見るか……ふむふむ、アンタには二つの道がある。一つはこのまま農家を続ける道、良くも悪くも平坦な事が特徴だな。もう一つは……商人か。万年貧乏な事もあれば、大成功して成り上がる事もある」

 

「しょ、商人で大成功するにはどうしたら良いんだ?」

 

「まず努力は大前提だな。それと……10年後の7月18日、スラムで女の子を拾う。そいつは賢くて発明家として大成するから、是非とも必要な支援は惜しまないでやってくれ」

 

「な、成程!そんな事もわかるのか!」

 

「……そして21年後、いい歳した未婚のオッサンになって、発明家の女の子に襲われ見事食われる、と」

 

「……?何か言ったかい?」

 

「イエナンニモ」

 

「そうかい?それにしても……そうか……俺も大商人になれるのか……!よし!」

 

 若者は興奮したまま立ち上がると、ウィリアムに礼を言う。

 

「俺は大商人を目指すよ!ありがとうウィリアム!俺の為に()()を見てくれて!」

 

「こっちこそお金をくれてありがとうございます。……また使い道を考えないとな」

 

 そう、ウィリアムは時間属性魔法の使い手で、それを利用して()()()が行えるのだ。

 

「あの男が走り去って行くのが見えたが……終わったみたいだな」

 

「おうよ、今回もお客さんは大満足。ウィリアムの未来相談室は繁盛してるよ」

 

「そうか、それは何よりだ。出来る事なら俺の事も見て欲しいものだが……」

 

「なんでか、お前の未来は()()()()んだよな。わりぃな」

 

「別に。未来なぞ大して気にならない」

 

「コイツ……未来を見て欲しいって言ったくせに……」

 

「社交辞令だ。……まぁ、羨ましくならないとは言えないが。自分の未来が見えれば大抵の事はうまく行くからな」

 

「うーん……まぁ、そうだな」

 

 何か含む事があるような返答にクトニオスは訝しむが、それを尋ねる前にウィリアムの家に辿り着いてしまった。

 

「それじゃあ今日はこれでお別れだな。また狩りに行くなら声をかけてくれ、いつでも付き合うから」

 

「──クトニオス」

 

 呼びかけて来るウィリアムを見ると、何故か儚げな笑みを浮かべていた。

 

「……どうした?いつも俺の事はトニーと呼んでるじゃないか」

 

「いや?ただ……今までありがとうって思って」

 

「本当にどうしたんだ?まるでこれが今生の別れみたいな態度だが……それに、礼を言うとしたら俺の方だろう。周囲から疎まれていた俺に声をかけてくれたのはウィリアムじゃないか」

 

「そうだな……未来視が通じない存在があまりにも珍しかったからな。というか後にも先にもお前だけだったよ、未来視が通じないのは」

 

「そうか……何でだろうな?」

 

「さぁ?……それじゃ帰るわ。じゃあな」

 

 頭の上で腕を組みながら家へと入って行くウィリアム。クトニオスは姿が見えなくなってから、自身も帰路につく。

 

 

 

 

 

 真夜中、ウィリアムはベッドから起き上がり、親に気付かれないように家を出る。そして村の外側へと向かうウィリアム。彼を出迎えるかのように一体の人骨が起き上がる。

 

「態々迎えに来てくれたのか?ご丁寧な事で」

 

 起き上がった人骨は返答せず、主人のもとへと歩き出す。ウィリアムもそれに付いて行く。すると、ローブ姿の人物が待っていたように佇んでいた。

 

「……よぅ、実際に会うのは初めてだが……未来視では飽きる程見たぜ」

 

「クク、そうか……お前の未来視では、私のどんな姿が見えたのだろうな?」

 

 全身を覆うローブの中身……それは白骨だった。人骨が人の形をとって立ち上がり、人の言葉を喋る。そんな芸当が出来るワザ、それをウィリアムは一つしか知らない。

 

「例えば……この辺鄙な村を焼き払う姿とか?」

 

「──その通りだぜこんちきしょうが」

 

 死霊術(ネクロマンシー)、冥府から魂を呼び戻して死体に縛り付ける事で、自由自在に使役出来るアンデッドを作り出す、魂と死を弄ぶ禁術だ。

 

「それにしても……良く逃げずにここまで来れたな。お前がこれからどうなるのかは、その未来視でよく見ている筈だというのに」

 

「殺されて、蘇らされて、一生お前の奴隷。よく見て来たよ。お前が()()()()しなければ、オレだってこんな事せずとっとと逃げ出してるよ」

 

()()の事か?こちらの意に沿わぬ言動をとれば大量のアンデッドを差し向けて村を滅ぼす……そんな、()()()()()脅しで、お前は面白い程に従順になってくれた。私からすれば私が生きる為なら生贄などいくらでも躊躇いなく捧げられるのだが」

 

「それなら一生解んねぇだろうな、クソヤローが」

 

「……憎まれ口も中々不愉快だな。もう口を閉じろ、さもなくば村を滅ぼす」

 

「……………………」

 

「よろしい。さて、それでは早速我が下僕になって貰おう。すぐそばに私の工房を建ててあるんだ、そこで肉を削ぎ落とすぞ。そして──」

 

「──削ぎ落とされるのはお前だ」

 

 突如として物陰から人が現れ、棍棒を振るって死霊術士(ネクロマンサー)へと襲いかかる。重化・硬化・強靭化の生命属性魔法が込められた棍棒による一撃は白骨で出来た肉体を粉砕するが、それを無駄だと嘲笑うように、時間を巻き戻したかのように骨の破片は元の位置へと戻り、結合する。それを見て忌々しそうに舌打ちをする闖入者の正体は──。

 

「と、トニー!?」

 

 この村の墓守にして祭司クトニオスだった。

 

「聴力強化魔法で夜の番をしていたらお前が起きて家を出るのがわかってな。あの時の発言が引っかかった俺はこうしてあとをつけて来たわけだが……どうやら正解だったみたいだな」

 

「トニー!いくらお前でも無理だ!アイツは数百年生きた魔術士なんだぞ!?」

 

「だからおめおめとお前を手放せと?俺はごめんだね」

 

「──ッ!何で!?」

 

「何で、か……ククッ、お前がそれを訊くのか。態々俺に話しかけて来たお前が」

 

 クトニオスは笑いながら、死霊術士(ネクロマンサー)が虚空から繰り出して来たスケルトン達を吹き飛ばす。粉砕しても先程のように修復される以上、そうやって距離をとるしかない。──いつまで?

 

「俺はな……生きてる事なんて大した事じゃないと思ってたんだ。だってそうだろう?生前は精々数十年、死後は文字通り永遠だ。だから死後を安泰に過ごす事が第一、それ以外は些事なんだ。知っているか?魂のみでも摂取出来る無属性魔法の存在を。美味い肉、肌触りの良い布、酒の酩酊感……快楽を魂で直接感じ取る事が出来るんだ」

 

 痺れを切らした死霊術士(ネクロマンサー)が、追加のスケルトン達を差し向けて来るが、クトニオスはびくともしない。ただただ一心不乱にスケルトン達を吹き飛ばし続け、一切寄せ付けない。

 

「だが、一人のとあるお節介焼きが教えてくれた、そして俺は知ってしまった……誰かと食卓を囲む行為の暖かさを、狩りをしている時の緊張感と高揚感を!」

 

 しかし、死霊術士(ネクロマンサー)が更にスケルトン達を投入するとその均衡は崩れ、人骨達が雪崩のように襲いかかるが、クトニオスはびくともしない。複数人がかりで骨を圧し折ろうと力を込めるが、硬化・強靭化魔法がかけられた骨はピクリとも動かず、ナイフや槍を突き立てても、強靭化魔法がかけられた皮膚を突き破る事は無い。最終的には全て振り払われて吹き飛ばされてしまった。

 

「……そして、それは死後得る事が出来ない、五感で感じ取る事が出来ない生の感覚なのだと!」

 

「全く、硬いな……随分と厄介な生命属性魔法の使い手だ。墓守と聞いていたが、戦士に適性があるんじゃないか……?」

 

「だから俺は、俺が望むように生きる事を諦めない!必ずお前を連れて帰る!その為にコイツを倒す必要があると言うなら、やってやるさ!」

 

「トニー……」

 

「全く、私が駆り出されるとは……肝心な時には役に立たない骨共だ……」

 

 死霊術士(ネクロマンサー)が一歩前に出る。そしてスケルトン達と戦闘を繰り広げるクトニオスを視界に入れ、右手を掲げる。

 

「潰れろ」

 

「──グゥ!?」

 

「トニー!?」

 

 死霊術士(ネクロマンサー)が右手を握り締めると、クトニオスの胸の辺りが抉り取られ、血が噴き出る。彼は出血部位を抑えて膝をつき、それを見ていたウィリアムから悲鳴が上がる。

 

()()()()()()、直ぐにでも死ぬだろう。……さて、ウィリアムと言ったか?これを見ればお前も抵抗は無駄だと解っただろう。助けを呼んだりしても、そこの戦士もどきのように死体が増えるだけだ、解ったよな?」

 

「あ、うぅ……解った!解ったから!村にこれ以上手を出すのはやめてくれ!」

 

「私が言った事を守っていれば、そんな事をする必要性は何処にも無い。……付いて来い、頼むから不必要な事をさせないでくれよ?」

 

 ハイハイと言いながら渋々あとを追うウィリアム、しかし胸から血を垂れ流しながら倒れたクトニオスを見てその足を止める。

 

「トニー……正直言うとさ、お前が来てくれて嬉しかったよ。巻き込ませない為に家族にすら助けてと言えず、未来が俺の首を刈り取るまでのカウントダウンを眺める事しか出来なかったからさ……颯爽と現れたお前は物語の英雄みたいだったぜ?」

 

 ウィリアムを死霊術士(ネクロマンサー)のもとへ案内し、そのまま傍に佇んでいたスケルトンが、せっつくように立ち止まったウィリアムを引っ張る。ウィリアムは引っ張られながらもなお、振り返ってクトニオスの方を見やる。

 

「先に冥府(あっち)で待っててくれよ。オレがアイツから解放されるのが何百年後になるか判んねぇけど、それでも待ってくれたら嬉しい。また会えたその時は二人で酒でも飲もうぜ」

 

 そう言ってから、引っ張る手を振り払い自分で歩き出そうとする──その時だった、クトニオスの身体に異変が起こったのは。

 

「──何?」

 

 クトニオスの身体は一度、ドクンと胸を中心に衝撃が波のように伝わり、その後まるで肩を掴み上げるように何処の筋肉も使わず──少なくともウィリアムにはそう見えた──起き上がる。血を垂れ流していた胸部はいつの間にか出血が止まり、がらんどうの胸からは血の代わりに真っ暗な霧のようなものが湧き出ている。

 

「──なんだそれは。懐かしいような、恐ろしいような気配のする()()は──!」

 

「と、トニー……?」

 

 この世の森羅万象から生まれ出る創世のエネルギー、魔力。魔力には属性があり、火属性の魔力からは炎熱しか生むことが出来ず、火もまた火属性の魔力しか生み出す事が出来ない。しかし、この世には魔力の属性を変える事が出来る者達が存在する。母なる大地が内包する莫大な地属性の魔力を生命属性に変換出来る樹木は魔樹と呼ばれた、全ての生物が内包する生命属性の魔力を火属性に変換する、火を纏う獣は魔獣と呼ばれた、ならば、闇属性の魔力を生命属性に変換し、心臓を破壊されても生き続けている、このクトニオスのような人間は何と呼ばれているのか──。

 

「それは闇命転換……お前、魔人だったのか……しかし、その湧き出ている闇属性の魔力は一体──?」

 

 ──そう、魔人だ。それは驚愕の新事実ではあっても、死霊術士(ネクロマンサー)の頭を悩ませる謎の現象ではない。クトニオスの空っぽの胸部からは絶えず闇属性の魔力が湧き出ていた。それも、肉眼で目視出来る程に濃密な闇属性の魔力が。

 

「それにしても……心臓が無く、空っぽの胸からは絶えず闇が湧き出ている……神話に登場する冥王神の特徴と奇妙な程に一致している……奴はまさか──」

 

 そう言ってからそれを否定するように頭を振る。

 

「……はは、いや、無い無い。半神の英雄とか文字通り神話の時代の話だし。そもそも、どれだけ畏れても足りない、偉大にして実直にして公明正大の石頭、どれだけ金銀財宝を積み上げても受け取らず、ただ粛々と死後裁判を執り行う、あ・の!仕事中毒な冥王神様が、何処の馬の骨と子供を作ったと言うのだ。アレを射止めた女がもし居るとしたら、是非とも会ってみたいものだよ」

 

 死霊術士(ネクロマンサー)は溜め息を吐いた後、正面のクトニオスに向き直る。クトニオスは見るからに意気軒昂といった様子で、忌々しく感じる。

 

「不思議だ……明らかにおかしい事が起きてるのに、この身体に襲いかかるのは、あるべき物があるべき所に納められてるような、そんな安心感と開放感だ……頭も冴え渡ってる、今ならこれまで使えなかった魔法も使えそうだ」

 

「スケルトン達よ、あいつを取り押さえろ!私が呪殺する!」

 

 虚空からスケルトンの大群が現れ、クトニオスに向かって襲いかかる。

 

「……既に砕けた器に縛り付けられ、術者からの命令に従う事を()()させられている、哀れな魂達よ──」

 

 クトニオスは目を閉じ、手に持つ棍棒を両手で握り締め、地面と垂直に立て構える。

 

「──今、その檻から汝達を解放しよう」

 

 クトニオスが開眼すると、棍棒から黒い炎が生まれて絡みつく。クトニオスが棍棒を袈裟に振るうと、黒い炎は三日月状に飛び散りスケルトンに襲いかかる。黒い炎を浴びたスケルトンは、あんなに元気に動き回っていたのが嘘のように沈黙し、ピクリとも動かなくなってしまう。即死魔法、"葬送の闇火"だ。

 

「即死……闇属性魔法か、何と厄介な」

 

「肉体と魂の繋がりを引き千切っただけだ……そして死霊術(ネクロマンシー)は闇属性の魔法じゃなかったか?」

 

「魔()じゃない、魔()だ。そして始めの、冥府への門を開くのは闇属性だがそれ以降の、魂を死体に閉じ込めるプロセスは無属性だぞ?──あぁもう、何でお前などに講釈を垂れないといかんのだ」

 

 死霊術士(ネクロマンサー)はそうぼやきながら右手を握り、空間を削り取ろうとするが、クトニオスが突如として転移したかのように一瞬で死霊術士(ネクロマンサー)の目の前に現れた事で中止せざるをえなくなった。それは対象への座標が大きくズレたからであるし──これから行われるクトニオスの攻撃を防ぐ必要性が生まれたからでもあった。

 

「──ッ!"虚空渡り"か!全く、闇属性魔法を使いこなしているのは厄介極まりないな!」

 

「そりゃどうも。虚空に壁を貼ったり空間を削り取ったりする、お前の空間属性魔法も充分厄介だよ」

 

「──はは、そうか。それは済まない──なッ!」

 

 笑いながら空間を断ち切る死霊術士(ネクロマンサー)と"虚空渡り"で回避するクトニオス。その後は転移を解禁してあちこちに一瞬で現れる死霊術士(ネクロマンサー)と、それを"虚空渡り"で追いかけるクトニオスという構図になるが、状況は膠着していた。死霊術士(ネクロマンサー)が絶対防御と言って良い空間属性魔法による防壁を貼っているからだ。

 

(この防壁さえ破れれば、魂を強制的に冥府に送る"葬送の闇火"で簡単に葬れるのに──待てよ?)

 

 そこで何かを思い付いたのか、ニヤリと笑ったクトニオスは死霊術士(ネクロマンサー)を追いかけるのを止め、自身の空っぽの胸から湧き出る濃密な闇属性の魔力、その全てを生命属性の魔力に変換して自身の肉体に溜め込んだ。胸から湧き出ていた闇がピタリと止まる。それを見咎めた死霊術士(ネクロマンサー)は転移を繰り返しながら攻撃し続けるが、クトニオスは軽快なステップで回避し続ける。

 

「……頃合いだな」

 

 クトニオスがそう呟くと、その膨大な生命属性の魔力で感覚・思考を加速し、肉体を強靭化させる。胸からは再び闇が溢れ出て来る。

 

「──"虚空渡り"」

 

 そう呟いたその一瞬後、そこには棍棒を真正面に立てて突きを放った構えのクトニオス、そのすぐ後ろには砕け散った上で"葬送の闇火"に包まれている死霊術士(ネクロマンサー)の姿があった。

 

「な、何故だ……空間防壁は貼っていた筈なのに……」

 

「苦労したぞ、空間防壁をすり抜けてお前に攻撃が当たるタイミングを見極めるのは」

 

 亜()速亜空間移動魔法、"虚空渡り"。"世界の裏側"と呼ばれる何も存在しない、レイヤーが1枚違う次元を闇の速さ、つまり表裏一体の光の速さで移動する魔法だ。"世界の裏側"には何も存在しない為、現実次元にどのような障害があろうとも()()して最短一直線で目的地に到達する。それをクトニオスは目的に合わせて改造したのだ。"世界の裏側"ではなく現実次元を移動すれば、"虚空渡り"は亜()速で突撃する魔法となる。"世界の裏側"から現実次元へと移りながら移動すれば、障害を迂回しながら亜()速で攻撃する魔法となる。クトニオスは()()を行ったのだ。

 

「これからお前は、偉大にして雄大にして恐ろしき、我らが冥王神様から滾々と説教されるだろう。粛々と受け止め反省しろ」

 

 棍棒を振り払いながらそう呟き、"葬送の闇火"を消して心臓を再生させる様を、ウィリアムはずっと、じっと見ていた。ふと、自身に向けて未来視を発動してみる。すると冒険者として活躍している10年後の自分が視えた。これまで、そこまで視えた事は無かったのに。

 

(何で、未来が変わったんだ……?ま、十中八九トニーの仕業だろうけど)

 

 クトニオスはウィリアムの方を向くと嬉しそうな顔を浮かべて近付いて来る。

 

(トニーの未来は視れない。それどころか、どれだけ近い未来を視てもトニーの姿はそこには無い。俺の視る未来にトニーはいない……オレの未来視は、トニーのいない、不完全なもの。オレが視る未来と実際に訪れる未来は、トニー分差異が生じるのか……)

 

 クトニオスはウィリアムの目の前に立つと、彼を抱き締める。

 

(トニーが、オレの未来を、変えてくれたのか……)

 

 そう思うと涙がこみ上げて来て、クトニオスを抱き締め返す。

 

「オレさ、怖かったんだ」

 

「そうか」

 

「ガキの頃からアイツに殺される未来が見えてさ、逃げ出しても捕まる未来も見えてて」

 

「大変だったな」

 

「もうアイツは居ないんだよな?」

 

「そうだ」

 

「アイツに殺されて、アンデッドにされて、何百年と使われ続ける未来はもう来ないんだな?」

 

「俺が払い除けた」

 

「オレは、未来に怯える事なく自由に人生を生きて良いのか?」

 

「その通りだ」

 

「ぅ、ううぅ、うあぁ……」

 

 安堵から泣きじゃくるウィリアムを、クトニオスは優しく抱きとめ続けていた……。

 

 

 

 

 

「──かくして、『未来は闇に包まれる』……と、以上で御座います。如何でしたか?」

 

 あの夜の死霊術士(ネクロマンサー)との戦いから10年経った。ウィリアムとクトニオスは街へ出て冒険者となり、二人ともワイバーン殺しと呼ばれる銀等級へと登り詰めた。今はあの夜の一件を聞いた吟遊詩人が物語にしたので、それを酒場で聞いていたのだ。

 

「そうだな……戦闘シーンの臨場感などは良かったな。あの夜の戦いを思い出したよ。だが……」

 

 言葉を詰まらせたクトニオスの後を継ぐようにウィリアムが続ける。

 

「何でオレが()()()()()()んだ?」

 

 そう、吟遊詩人の紡いだ物語は、未来が視える儚げな少女に襲う絶望の未来を、昏い闇を帯びてるが心優しき少年が振り払う恋愛譚となっているのだ。ウィリアムの疑問を聞いた吟遊詩人はニッコリと笑ってそれに答える。

 

「簡単ですよ。──その方が売れるからです」

 

「そうなの!?」

 

「男女の恋愛にしているからキスで終わるのもギリギリ納得出来るんだが……『そう、実は彼は冥王神の息子だったのだ!』は呆れたぞ。俺は冥王神の息子じゃないんだが?」

 

「これは事実を基にしたとは言え創作(フィクション)ですので、盛った所で何の問題が?それに……確認はしてないんですよね?」

 

「……そうだが」

 

「あぁもう!こんなんポシャって売れなくなっちまえ!」

 

「貴方の未来視は何と言ってるのですか?」

 

「……バカ売れ、演劇にもなるってさ」

 

「ほほう、それはそれは……サインの練習でもしておきましょうか」

 

「くそぅ……だがオレはトニーが未来を変えれるのを知っている!トニー!妨害するんだ!」

 

「何をやってどう妨害しろと言うんだよ!?」

 

 ……ちなみに、未来視通りにバカ売れして、ウィリアムはそれに関する話題が耳に入る度に顔を赤らめてプルプル震える事になる。


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