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「……おう」
目を覚ますと、其処は知らない場所だった。
なんて、実にありふれた話かもしれないけれど、ひかし実際にその場面に遭遇してみると、意外と驚かないものだなと、ササキという名前の男は思う。
廃墟だ。目の前には、廃墟と化してしまった都会と思わしき街が広がっている。
それでいて、見慣れた人間達が混乱している様もよく見える。
高台と思わしき場所は、どうやらビルの屋上らしい。ササキは廃墟の街、そのビルの屋上で目を覚ました様だ。
「あー……めっちゃ見覚えがあるな、これ。完全に《アキバ》だろ」
アキバの街。
エルダー・テイルと呼ばれる大人気MMORPGゲームに登場する架空の都市であり、ゲームで言うところの「はじまりのまち」とも言える場所。
日本サーバーが開始された当時からプレイする、所謂「古参」であるササキにとっても、随分と懐かしい場所である。
どうやら自分を含めたプレイヤー達は、何の因果か奇跡かアキバの街に―――というか、《エルダー・テイル》の世界に転移してしまったらしい。
「……いやいや、有り得ねぇだろ。どういうサプライズだよ」
理解して、しかし直ぐに
非現実的だ。SF小説ではないの、現実でそのような事が起きるなんて有り得ない。あってはならないだろ、とササキは毒吐く。
たが、非現実的なコレは残念ながら現実である。ササキのそれは、単純な現実逃避に他ならない。幾ら目を背けても、現実は現実だ。
高い場所から見れば見る程に、彼らの混乱がより現実味を帯させる。
此処はゲームの世界なのだ―――と。
「まぁ、だからどうしろって訳でもないか。生憎と、俺は頭が回らん」
ササキは一プレイヤーだ。単なる一人のプレイヤー、どれだけ強かろうが一個人に過ぎない。
古参でこそあるが、それだけだ。特別な力がある訳でもなく、単に古くからやり続けているというだけの存在だ。
一人で為せる事などたかが知れている。やれる事などほんの僅かで、些事にもならない。
ギルドを立ち上げる度胸など無い。ギルドに入るつもりも無い。
ササキはソロのプレイヤーだ。ただ独りでゲームを謳歌する者だ。
この現実が、ゲームであるならば。ゲームの世界が現実であるならば。
やる事は、ただ1つだ。幼い頃から夢中になっていたゲームの世界に、事故の様な形とは言え入り込んだのならば。
「取り敢えずは―――エルダー・テイルを楽しまなきゃだな」
彼はゲーマーだ。
心躍らずにはいられない現実が、目の前にあるならば楽しまずにはいられない。
「じゃ色々と確認だな。まずはメニューが開けるのかどうかを……お、いけた」
右手で空を描く様に指を走らせれば、見慣れた画面が目の前に広がる。
自分のステータス、装備品、アイテムなど様々なものを確認する為に必要なシステム―――《メニュー》。
プレイヤーネーム:ササキ
Lv.90
種族:人間
職業:
武器装備:太刀《物干し竿》
頭装備:無し
体装備:剣聖の羽織
腕装備:剣聖の篭手
脚装備:剣聖の袴・草履
装飾品:剣聖の髪留め
装備品は何ら変わりはない。
かつてのまま。最後に倒した人型のボスの遺品によって構成された装備のままだ。
「HPとかMPもまんまだな。やっぱエルダー・テイルだ、俄然楽しみになってきた」
にやりと笑って、侍は廃ビルから躊躇なく飛び降りた。
全ては、この世界を楽しむ為に。