異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第28話 対決! スピノとサルッカス!

 

 

『この……調子にのるんじゃねえぞ!』

 

 ギュ、とサルッカスの瞳の瞳孔が細まる。怒りに文字通り目の色を変えた相手に私も思わず身構える。

 

 とはいえ、サルッカスの体は私に完全に押さえ込まれている。物理的に、ここから抜け出す術はないはずだが……。思わず、顎を押さえ込む腕に力が入る。

 

 と、私は急に妙な寒気を感じて身を震わせた。

 

 なんだか気温が急激に下がってきたような……。

 

「グ、グァゥ!?」

 

 違う。

 

 温度が低下しているのは大気じゃない。サルッカス、腕の中に捕らえた奴そのものだ。

 

 見下ろす腕の中で、サルッカスの鱗が白い霜に覆われている。それを押さえつけている私の腕にも氷の膜が急激に広がり、体から力が抜けていく。さらにサルッカスを中心にして周囲の地面にもバキバキと音を立てて氷の膜が広がっているのがみえた。腕だけでなく、脚も触れた地面から伝わる冷気によって急激に凍え始める。

 

 不味い。このままでは凍死か冬眠である。

 

 これ以上冷気そのものとなったサルッカスを抑えていられず、私は投げ出すように彼の体を手放した。慌ててバックステップで距離を取る。

 

 拘束から解放されたサルッカスはというと、地面に投げ捨てられた状態から素早く体勢を立て直し、四股を踏みしめるようにして私にガンを飛ばしてきている。

 

 その体表が、さらなる冷気を帯びる。大気中の水分が氷結し、サルッカスの体を鎧のように覆っていく。成長した氷柱が牙を覆うように広がっていき、その顎をより凶暴なものへと変化させていく。

 

 見る見るうちに、サルッカスの全身はより大きく、より硬く、より刺々しく変貌を遂げていた。

 

『よくもやってくれたな。ここからは本気でいくぜ、この“氷決のサルッカス”を怒らせた報い、その身に刻み込んでやる!』

 

「グルルル……」

 

 炎の次は氷かよ。

 

 つい先日、飛竜と命がけの大決戦をしたばかりなのにもうコレである。

 

 さらにいえばまたもや後の祭りである。ここら辺だけが妙に冷え込んでいたの、原因はコイツだったか。気が付いていながらそこまで頭が回らなかったのはもういい加減自分で自分に哀しくなってくる。その可能性に気が付いていれば堂々と領域侵犯なんかせずに済んだのに。

 

 しかしながら、もはや手加減がどうとか言っている場合ではない。

 

 超常の力を使う相手に対し、こちらも全力を出さねば命が無い。

 

「グルゥアアオオオオオッ!!!!」

 

 吠え叫びながら背部のタービンを回転させ、電力を生成する。そうこうする間にも周囲の環境はさらなる低温に突入し、吸い込む空気は冷たく肺に突き刺さる。気が付けば地面はすでに氷に覆いつくされ、私の体も半分ほど氷に飲み込まれていた。

 

 そのせいかタービンの回転が悪い。改めて意識して背びれに集中する。

 

 早く。もっと早く。電子の渦をかきませ。

 

『何をしようとしているのか知らないが、これで終わりだ。このまま氷像になったてめぇを噛み砕いて……』

 

「グァアアオオオオッ!!!」

 

『っ、何ぃ!?』

 

 青く輝く雷撃が私の全身を覆う。そのエネルギーによって全身が活性化し、半ば凍り付いていた状態から冷気を打ち破り、全身に自由が戻る。

 

 ご自慢の冷気を跳ねのけられた事でか、サルッカスが目に見えて動揺する。

 

『て、てめえ……。妙な魔獣だと思ったが、マギア・ランクに達してやがったのか?! この近隣でこれだけの魔獣が育つのを見落としていたとは、俺もヤキが回ったか、畜生め!』

 

 マギア・ランク。専門用語っぽいものが出てきた。

 

 なんとなく意味合いは通じる。私の纏う雷撃や、飛竜が使った炎のような、超常の力を使う事ができる事を指すのだろう。そしてそんな言葉が存在するという事は、怪物であればどの個体でも超常の力を振るえるという訳ではないようだ。わざわざ区別する為の言葉を用意しているという事は、超常の力を振るう怪物は少数、あまり多くは無い。多分、長年生きたとか、濃密な戦闘経験を重ねたとか、そういう条件がいるのだろう。いや、考えてみると私はそのどちらにも類してないな、見当違いの考えだったか。いや、待てよ。

 

 先ほどからサルッカスは私の事を魔獣、魔獣と呼ぶが……そういえば、彼は自分の事を神獣と呼んでいた。その両者には明らかな区別が存在しているようだ。

 

 サルッカスもまた氷の異能を使う事を考えると……もしかして、神獣というのは超常の力を使えて当たり前の存在なのか?

 

 そうなると私は、もしかすると神獣に近いのかもしれない。だが、それならばサルッカスが執拗に私の事を魔獣と断定するのは何故なのか。

 

 どうやらこの二つの間には何か決定的な違いがあり、私はその出自の特殊さ故その両方を踏んずけている、という事だろうか。

 

 いや、考察はまたあとでだ。

 

 今はとりあえず、この場を凌ぐのが先決だ。

 

 身に纏うライトニングアーマーの出力をさらに上昇させる。辺り一面は完全に超低温に包み込まれているが、やはりあくまで超常の力によるものだ。その源で肉体を強固にまもった私の体を、低温が侵食する事は無い。僅かに残った体表の氷を雷撃が弾き飛ばし、私は雄たけびを上げてサルッカスを威嚇した。

 

 ご自慢の冷気は私には通じないぞ。さあ、どうする。

 

「グァオオォウ!」

 

『ちっ、この力……。だが俺も神獣の端くれ、境界線の外にマギア・ランク級の魔獣の存在を許したとあっちゃあ陛下に合わせる顔がねえ! ここで仕留める! 覚悟しな!』

 

 恐らくは彼の勝ちパターンである、冷気による封殺を破られた事で怯む様子はあったものの、即座に気を持ち直してサルッカスが向かってくる。何やら気になるキーワードがまたいくつか飛び出してきたが、それは今気にする事ではない。

 

 冷気を顎に集中させ、巨大な氷の牙を纏ったサルッカスがとびかかってくる。先ほどのように紙一重で回避する、というのはできそうにない。私は両手に雷撃の鎧を分厚く纏い、食らいついてくる氷の牙を正面から受け止めた。

 

「グルルル……」

 

『こ、こいつっ、俺の突進を正面から……っ!?』

 

 質量では大差なく、それならば勢いをつけて飛び込んできたサルッカスの方が本来は有利。だが雷撃の鎧によって守られた私はその一撃を受け止めて小動もしない。敢えて言うなら、勢いが足りない。高速飛行による絶大な運動エネルギーを乗せた突進を繰り出してきた飛竜のそれと比べれば、決して弱い訳ではないが余裕をもって対応できる範囲でしかない。

 

 また、あくまで氷による外殻強化にとどまっているらしく、サルッカスの噛みつきは強烈であれど先ほどまでのそれと比べて特段強いわけではない。ならば、ライトニングアーマーの賦活効果によって肉体が強化されている今ではれば力任せに受け止める事も可能だ。

 

 なんせ、私の体はスピノサウルスだからな!

 

「グルゥオオオッ!」

 

 大きく尻尾を振り、その反動で勢いを加えてサルッカスを振り回す。奴はじたばたと短い手足を振り回して抵抗するが、顎を掴まれて宙に浮いている状態ではロクに抵抗が出来ない。体格、体重が近くても手足の長さというのは馬鹿に出来ないアドバンテージなのである。

 

 勢いをつけたサルッカスを叩きつけるように近くの木に投げつける。大木が半ばからへし折れるほどの衝撃、さらに沈んだサルッカスの上に追い打ちのように大木が倒れ掛かり、衝撃で地面を揺らした。いくら氷の鎧に覆われているとはいっても相当なダメージを受けたはずだ。

 

 だがここで追撃の手を緩めない。特に、敵の姿を視界から見失っているというのは死亡フラグに他ならない。

 

 雷撃を滞留から放出へ。

 

 ライトニングブレードを倒木へと放つ。迸る雷撃を受けた大木はたちまち燃え上がり、その下敷きになっているであろうサルッカスを炎で包んだ。……生木の割に火の回りが早い。いわゆる凍結乾燥みたいな理屈でもともと火が付きやすかったのだろうか? それとも油を多く含む樹木だった? 不凍かつ可燃性の高い油が取れる樹木とか、前世にあったら取りつくされて絶滅してるか一大産業になってそうだな。

 

 そんな事を考えていると、回りまわった炎の下から苦悶の悲鳴が響いた。

 

『ア、 アチチ、アチアチアチ!?』

 

 流石にこれはたまらなかったのだろう、大木を跳ねのけてサルッカスが一目散に飛び出してくる。あの様子、倒木のダメージは思ったほどではなく、私の隙を突く気を伺っていたようだ。だがそれが裏目にでた。

 

 私の方には目もくれず、一目散にサルッカスが走り寄るのは近隣の川だ。私も見失わないように後を追う。

 

『アツゥイ!』

 

 バシャーン、と川に飛び込むサルッカス。川上に派手な水柱が立ったかと思うと、そのまま凍り付く。まあ、炎を浴びたとはいえあれだけ冷気を纏っていたらこうもなる。見事な氷柱をしげしげと観察しつつ、私は川から距離を置いて足を止めた。

 

 というかファンタジーなら氷で炎を相殺できそうなものだが、悲しいかなどうやらサルッカスの纏う冷気はかなり物理現象よりらしい。寒冷な場所で火が付きにくいのは温度が間接的に作用するからであって、炎というのは寒かろうが熱かろうが変わらず燃えるものなのだ。

 

 さて、ここからが本番だ。

 

 サルッカスは見た所ワニにしか見えない。となると陸戦よりも水中戦の方が得意と見るべきだろう。ご自慢の冷気も、水中の方が出来る事は多いはずだ。

 

 勿論水中戦では私ことスピノサウルスも負けてはいない、はず。だがその事を恐らく相手は知らない。この情報アドバンテージをどう活かすかが肝だ。

 

 サルッカスが浮上してくる様子はない。水中からこちらの出方を伺っているのだろう。さて、どうするべきか……。

 

「…………グルゥ?」

 

 おかしい。いつまでたっても動きが無い。

 

 いや、ワニの主要戦術は待ち伏せだ。岩のように動かず、己の射程に敵が踏み入ってくるのを待つ。そして射程内に入ったが最後、一気に食らいついて水中に引きずり込む、それがワニの狩りだ。動きが無いのは当然……なのだが……。

 

 川の中に沈んだサルッカスに動く様子は無い。ただぷくぷくと泡が水面に浮いてくるのが彼がまだ存在している事を物語っている。そうこうする内に氷柱もどんぶらこと下流へと流されていき、あとには平常通りの川の流れが戻る。

 

「…………???」

 

 何か。流石に。おかしい気がする。

 

 そーーっと川に近づいてみる。穏やかにゆれる水面に私の顔が映るまで近づいたが、何も起きない。安全を確認しつつ、ゆっくりと水中に顔をつけて瞼を開いた。

 

 自動的に防水膜が降りてクリアな視界が確保される。水中はほんのり薄暗く、プランクトンの影響か褐色の影がかかっている。川底はそこそこ深いようで、私がなんとか全身を沈められるぐらいの水深がある。

 

 その川底に横たわり、びくびく痙攣している黒い影。

 

『ゴボゴボゴボゴボゴボ』

 

「グ……グェエエエ!?」

 

 お、溺れてるぅううう!!

 

 

 

※いくら泳ぎに自信があっても、冷たい水に急に飛び込むのは危険なのでやめましょう。

 

 

 

 慌てて水中にもぐり、サルッカスの巨体を抱きかかえる。冷たい水中に長時間溺れていたせいか、体は冷たく冷え切って力なくぐったりしている。意識を失っている巨体はとんでもなく重たかったが、溺れてる者特有のじたばた暴れてしがみついてくる様子がなかったのでなんとか陸に引き上げる事が出来た。

 

 ひっくり返して胸元に耳を当てると、弱弱しいものの心臓は動いているようだ。いやしかし水難者の救助なんてどうすればいいのだ。人間相手でもよく分からないのに、巨大ワニとかどうすればいいのだ??

 

 わからないが、とにかく心臓が動いているなら水を吐かせるべきだろう。胸元をぎゅ、ぎゅとおすと、力なく横たわるサルッカスの口から噴水のように水が吹き上がった。ある程度吐かせてから、今度は横向きに寝かせる。多分こっちのほうが気道に水が詰まらないとかそんな感じで適切な姿勢だったはずだ。

 

 凄い雑な介抱だが、もともと水中に生きてる生物。人間よりは水難に強いだろうと信じて、今度は薪を集めて火を興す準備に入る。幸いこのあたりの木は燃えやすいのが分かっているので、乾いた物を選別したりせずとにかく量を集めた。うち一本を拾い上げ、バリッ、と電撃を飛ばす。思った通りマッチのように火がついたそれを枝の山に投じると、忽ち燃え上がって熱気が生じた。

 

 焚火の熱がよくあたるようにサルッカスの体を横たえる。私も急にキンキンに冷えた水中につかった事で少し体がかじかんでいたので、一緒に火にあたった。

 

 しばらく、焚火がパチパチと弾ける様子をぼんやり観察していると、横でごそごそと動く気配があった。

 

『……アンタ、なんで……』

 

 サルッカスが目を覚ましたようだ。ぼんやりとこちらを見つめる瞳に、もはや敵意や害意は見当たらない。

 

 意識を取り戻しても体が上手く動かないらしいサルッカス。とはいえ、回復は時間の問題だろう。見た所低体温症の様子もない。やはりワニである事に加え冷気を操る以上、そういうのにはもともと強いのだろう。

 

 つまりもう心配はいらないという事だ。

 

 私はよっこらせ、と腰を上げて帰路にうつる。サルッカスの視線を背後に感じるが、見たところ不意をうつ気力もない様子だ。

 

 私はそもそも、襲われたから応戦しただけである。そして話を聞くに、それは私が迂闊にサルッカス、彼の縄張りに踏み込んだのが原因の模様。この世界の常識を知らない私にはそれがどれほどの重罪か判断が付かない以上、それを理由にこれ以上サルッカスに攻撃を行うのは過剰防衛であり、言ってみれば“罪”だ。私は悪党になるつもりはない。

 

 それにサルッカスは見た所、一方通行とはいえ私に対し誤解の余地なく意思を伝えられる存在のようだ。この世界に来て初めて出会ったそんな相手と、殺す殺されるの関係でいたくはない。あくまで一方通行であり、私からの意思が伝わらないとしてもだ。

 

 だいたい会話が通じるかもしれない相手を殺すとか悍ましい。客観的に見て人間時代のエゴ以外の何物でもないが、嫌だったら嫌なのだ。

 

 だから、ここで最適解なのはさっさとこの場をあとにする事である。縄張りを離れればサルッカスとやらも追撃してくる事はないだろう。そのうち、縄張り争いにならない形で接触するにはどうすればいいのか分かった時に、改めて訪れればいい。

 

 足早に湖に戻り、水中に飛び込む。来た時は冷え冷えと感じた水中だが、サルッカスの冷気を浴びた後だと暖かいとすら感じる。周辺に危険な魚がいないのは分かっているので、足早にその場を後にする。

 

 ああ、しかし収穫が無かった訳ではないとはいえ、現時点では草臥れ損という他は無い。互いに大きなダメージを受ける前に終わったとはいえ、多少の手傷が無い訳ではない。特に冷気による攻撃は凍傷をはじめとした持続ダメージが怖いし。

 

 さっさと神殿に戻ってふて寝する事にしよう。

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