異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第29話 ウォールランド王国の視点

 

 

「つまり、船は当分動かせぬと……」

 

「はっ……」

 

 ウォールランド王国の王城シュルデンガルド、その謁見の間。

 

 膝をつく兵士から作戦の結果報告を受けていた王は、眉を潜め頬杖をついた。

 

「幸い死傷者こそ出ませんでしたが、10名近い兵士が怪物との交戦で手傷を。船体も少なくないダメージを受けており、修繕には時間がかかると……」

 

「ふむ……そうなのか?」

 

「は……ははっ! 申し訳ございませぬ……!」

 

 王の視線を受けて平伏するのは、茶色い毛皮の獣人だった。尻尾には毛が生えておらず、ゴム質の皮で覆われているのが特徴的だ。

 

 この王国の生まれではなく、海岸部で造船に携わっていたのをスカウトされてウォールランド王国の造船所、その立ち上げに深くかかわった彼は、自らの設計した船の不始末を詫びるように床に額をこすりつけ、悔恨の意を示した。

 

「全ては私の責任でございます故! この不始末、如何様にして詫びればよろしいのか……!」

 

「まあ待て、そう早まるな。今回の一件、話を聞くにどうしようもないだろう……」

 

 しみじみと王が呟く。この場に揃った者も多くが同意見だった。

 

 サハラの湖の横断、それはウォールランド王国積年の悲願であった。確かに湖畔を迂回する事で木材の運搬は叶うが、もし湖を横断する事が出来ればそれによって得られる恩恵はすさまじく大きい。それが分かっていながらも、今までは湖に棲まう怪物達のせいでそれは叶わなかった。

 

 夢の実現のため、ウォールランド王国は何代も前から、湖横断の為の備えを用意してきた。今回導入した、大型軍艦もその一つだ。現王の代でようやく造船設備が揃い、完成した第一号。これであれば湖の怪物もおそれるに足らず、と思われていたが、その目論見はあえなく崩れ去った。

 

 トカゲ宰相が深く頷きながら王に同意する。

 

「まさか、野生の獣が自分の倍以上ある相手に平然と襲い掛かってくるとは思いもしませんでしたな……」

 

「普通の獣であればな。湖の怪物どもはどうやら魔獣に近いようだ。それにしても一度に三匹、それも子供を引き連れて襲われるとは……船を責める訳にはいくまい。そもそも、本来は二番艦、三番艦の完成を待って艦隊行動であたるはずが、無理を言って単艦で向かわせたのは我である。むしろ沈没せずに帰ってきた事を褒めるべきだろう」

 

「ははっ、有難きお言葉でございます、陛下。……しかし……」

 

「分かっておる。それも含めて褒めておるのだ。……スピノとやらとの接触、ご苦労であった」

 

 そう。本来なら艦隊で動かすべき軍艦を単身で向かわせた理由。それは湖に突如現れた守護竜、スピノの調査であった。

 

 竜が姿を顕したという街での調査は行っている。その上で、実際に本物を調査すべく軍を動かした。そういう意味では、今回の結果は上々といえよう。

 

 確かに軍艦は湖の怪物に歯が立たなかった。しかし、その窮地を救ったのが、ほかならぬ調査対象のスピノであったからだ。

 

「噂通りではあるな。スピノとやらは、我々人類に敵意をもっていない、それどころか好意的ですらある。そして同時に高い知性と品性を持ち合わせている。セルヴェの街の人々の証言は、多少大げさだと思っていたが……」

 

「私など話を盛るにも程がある、などと思っておりましたが。しかし兵士の言葉を聞くに、非常に紳士的な竜、といって過言ではないようですな。窮地にある兵士を救い、かといって過干渉は避け、己の行いを誇る事無く姿を消す。行動を見る限り、友好的な神獣のようですが……」

 

「かといって言葉は通じず、か。敢えて喋らなかったという可能性はないのか?」

 

「ううむ……。分かりませぬが、セルヴェの街の者どもの話を参考にするなら、その意思はあっても喋れないと見るべきかと。かの“氷定者”も、我々人類に排他的な態度を取りながらも、会話自体は積極的ではありますし……」

 

 氷定者……氷決のサルッカス。それはウォールランド王国と接する領域を縄張りとする、古来から生きる神獣である。正確には、ウォールランド王国の領土の一部を占拠している、といった方が正しいだろう。あらゆる生物と意思疎通が可能とされる神獣の例にもれず、かの獣も人々と会話が可能だが、彼はあくまで人類と距離を置いた姿勢を崩さず、己が領域に侵入した相手は例外なく攻撃対象としている。そこに人と獣の区別はなく、支配領域を荒らす者は誰であれ排除する事、そして氷の力を操る事から、評定者をもじって氷定者と呼ばれるようになった。宰相は彼を崇める部族の出身であるが、己を崇める部族相手であってもサルッカスが何かしらの譲歩や恩恵を与えた事は無い。良い意味でも悪い意味でも、とにかくサルッカスは人類を平等に扱う。今現在、領域を隣にするウォールランド王国で魔獣が暴れているにも関わらず動かないのは、ひとえに魔獣が彼の領域を侵していないからだろう。

 

 しかしそれでも、侵入者に罪状を告げるぐらいの事はするのだ。スピノはそれすらない。喋る事がそもそもできないと見るべきだろう。

 

 そうなると神獣ではなく、魔獣と見た方がいいのだろうが……そうすると、人類に好意的な魔獣、という別の意味で前代未聞の存在になってしまう。

 

「まあ、奴が魔獣でも神獣でもこの際どちらでもよいでしょう。大事なのは唯一つ、彼がウォールランド王国の危機を救う鍵になるか、ならないか。それだけです。むしろ神獣でなかった方が我々としては助かるというものです。正直、国を守るためとはいえ、我々の思惑は自分勝手甚だしいものであります故……」

 

「だが、やらねばならぬ。国を守る為なら全てが許される、等という厚顔無恥であるつもりはないが、私には臣下を導く義務と責任がある。どれだけ後世に悪評を轟かせようと、今ここでやらねばその後世すら残らぬ」

 

「陛下……」

 

 謁見の間に沈痛な空気が立ち込める。

 

 彼らがスピノを調査した理由。

 

 それは、彼を魔獣へぶつけるつもりであったからだ。

 

 怪物には怪物、マギア・ランクに到達した歴戦の飛竜をも打ち倒したスピノという竜ならば、ウォールランド王国を今現在荒らしている魔獣にも対抗できる可能性がある。

 

 しかし、言うまでもなくスピノにはその義理はない。セルヴェの街を救ったのも結果的な話であり、彼はあくまで自分の縄張りを守っただけだと王国の重鎮達は認識していた。サルッカスを目の当たりにしている彼らは神獣の力についてもよく理解しており、そして例え彼らであってもマギア・ランクに到達した魔獣を打ち倒すのは容易ではない事もわかっている。いくら人類に好意的でも、それだけで命をかけてはくれないだろう。

 

 マギア・ランク。魔王級と呼ぶ者も居る。それは、魔獣が神に近い階級まで上り詰めた事を示す称号だ。何十年、何百年と生きた事でこの世の理を越え、神の理に踏み込んだ者達。彼らは最も神から拒絶された存在でありながら、神の領域を侵す不遜なる者達だ。

 

 故にその多くは最終戦争で世界各地にある禁則地に封じられたはず。何故それが今になって人界に降りてきたのか。聞けばセルヴェの街を襲った飛竜もマギア・ランクだったという。同時に二匹以上人界を強大な魔獣が襲撃した。それが単なる偶然なのか。

 

 謎は多い。だが今問題なのは、そんな怪物が現実に王国を脅かしており、人の力では排除する事は難しいという事だ。

 

 故に、王国は道理に反する手段をもってしても、スピノが魔獣と争うよう誘導するつもりであった。

 

 軍艦を出したのはその事前調査のためだ。

 

「しかし、スピノの所在と行動傾向は分かったが、これをどう魔獣にぶつける? それに何故、スピノが我々の軍艦を助けるような事をしたのか……。事前調査で判明している奴の行動範囲からは大きく外れているはずだ」

 

「確かに。それは謎ですな……」

 

「陛下、至急ご報告が!」

 

 王と臣下が頭を捻っていると、そこに急報を携えた兵士が踏み込んできた。王は膝をつく彼に鷹揚に頷き、報告を促す。

 

「うむ。何事か? 話すがよい」

 

「はっ! 境界監視班からの報告です、スピノと思われる巨大怪物が、サルッカスの領域に侵入したとの事!」

 

「……は? なんだと?」

 

 思わず口調が乱れてしまう王様。彼が視線を宰相に飛ばすと、鱗肌の宰相は知らぬと首をぶるぶると横に振った。

 

「私は何もしておりませぬ。スピノの誘導についてはまだ模索段階ですし……」

 

「で、では、スピノは自発的にサルッカスの領土に踏み込んだという事か? 不味いぞ、サルッカスは魔獣排除には動いてくれぬが侵入者には容赦がない。万が一、スピノが倒されてしまうような事があればすべてご破算だ」

 

「え、ええ。サルッカスは数百年以上を生きた神獣の一匹です。いかなスピノといえど……何か、その後の報告はないのか?」

 

「はっ。監視班によれば、その直後、森林奥で広範囲における冷気の発生と、巨大な雷撃を目撃したとの事。危険ゆえ直接確認はできませんでしたが、サルッカスとスピノが衝突したのはほぼ間違いない様子。その後すぐに衝突の余波らしきものは収まり、スピノらしき巨大な影が湖に引き返していったのを目撃したとの話がありますが、霧が出ていた事もあり詳細は分からないそうです」

 

 居合わせた面子が目を見開く。

 

 冷気は恐らくサルッカスのものだろう。奴は通り名が示すように強い冷気を操る。そして雷撃。報告によればセルヴェの街で飛竜を撃退した時、スピノは強力な雷撃を操ったという。

 

 不確定情報とはいえ、それはつまり。

 

「……引き返した、という事か?」

 

「サルッカスが見逃したという事か?」

 

「いや、あり得ないでしょう。奴は縄張りに侵入した同じ神獣にすら噛みつく強硬派ですぞ」

 

「では、まさか……」

 

「サルッカスを仕留めた、という事か……?」

 

「……ありえなくはない。スピノは湖の怪物をエサとして喰らい、マギア・ランク級の飛竜を倒している。奴は神獣なのか魔獣なのか知れないが、サルッカス相手でも勝負が成立するぐらいの力はもっているのは間違いない」

 

「という事は今、神域は空なのか?」

 

「いや早まるな、痛み分けでスピノが逃げていっただけという事もありうる」

 

 騒然と意見をかわす大臣たち。ヒートアップする彼らの議論を打ち切ったのは、王の一言だった。

 

「静まれ」

 

「は、はは……っ」

 

「監視班に伝えよ。予備役も導入し、神域の様子を監視。どのような些細な出来事も王宮に報告する事。いいな?」

 

「はっ。直ちに」

 

「よし、行け」

 

 足早に兵士が謁見の間を辞する。その後ろ姿を見送り、王は宰相を呼びつけた。

 

「一つ確認する。スピノとやらが神域に侵入したという事は当然、奴は我が国の領土を通過したのだな?」

 

「はい。恐らくは。……王?」

 

「報告によればセルヴェの街は、スピノを守護竜として崇めていた。そしてスピノは恐らく、セルヴェの街の人間を自身の防衛対象として見ている。奴はどうも、人間に好意的らしい……そして強い好奇心があり、周辺の環境や人間に関心を向けている」

 

 毛皮の奥で眉を潜め、王はため息をつくように言った。

 

「どうにも下種で最悪な手段を思いついてしまったぞ。将軍を呼べ、話がある」

 

 

 

 

 ウォールランド王国の領土内、奥深くの山脈。

 

 今は魔獣の勢力圏となってしまった無人の黒い森、その奥で一人の兵士が潜んでいた。

 

 毛皮はボロボロ。磨き上げられた鉄の鎧も今は土と血に汚れ、左腕には血の滲む包帯が巻かれている。右目には視力を失うほどの傷跡があるが、それは既に治癒しており最近受けた傷ではない。無事な右手には、刃の砕けたバトルアックスが縋り付くように握りしめられている。

 

 彼はガルドルフ。

 

 ウォールランド王国が魔獣討伐の為によこした討伐隊の第三派、つまり本命戦力の部隊長を行っていた男だ。

 

 第三派、というと戦力の逐次投入の愚をおかしたように聞こえるが、実際は違う。

 

 今回の魔獣はあらゆる意味で異常だった。普通、魔獣といえど、広大なウォールランド王国の植林全てを脅かす事はあり得ない。過去にも魔獣被害はあったが、あくまで一部を閉鎖するだけで問題なく対応できた。だが今回は違う。広い森林地帯のほぼ全域において、森に踏み入った業者が襲撃され、まずまともな被害届すら報告されなかった。

 

 異常を察した王宮が派遣した調査隊はしかし、報告を何も持ち帰れずに全滅した。第二派はそれなりの魔獣を想定し多数の兵が派遣され、しかし情報を持ち帰れたのはごくわずか。その持ち帰った情報を元に、王国の精鋭が集結し結成された討伐隊が第三派。

 

 多くの犠牲を元に得られたのは、魔獣は何らかの特殊な能力で人間の侵入を感知しており、どこからどう侵入しても半日と経たず襲撃してくる事。一見猛獣型に見えるが、その肉体は植物質であり、おそらくは食獣植物タイプの魔獣である事。非常にタフで痛覚を持っているか疑わしいという事。

 

 それらの情報をもとに軍は十分な装備と十分な人員を以って討伐隊を送り出した。

 

 しかし彼らは敗北した。

 

 全くかなわなかった訳ではない。討伐隊は一度のみならず二度、三度、謎の魔獣を追いつめた。だがその度に魔獣は霞のように姿を消し、数時間と経たずに傷を癒した無傷の姿で討伐隊を再度襲撃した。討伐隊は度重なる戦闘に負傷者を増やしていき、ついには戦闘を続行できなくなり敗走。その際、部隊長として責任をとるべくガルドルフは殿を務め、部隊に合流しなかった事から生還者からは戦死したと判断されていた。

 

 だが、ガルドルフはこの通り生きていた。

 

 そして魔獣との戦闘中、ある事に気が付いた彼はそれを確かめるべく、独りこうして魔獣の支配下へと深く侵入を続行したのだ。

 

 周辺に生物の姿は見当たらない。魔獣の気配に恐れをなして逃げてしまったのか、あるいは皆、魔獣に食い尽くされてしまったのか。

 

 そして討伐隊が領土に侵入した時、すぐさま襲撃してきた察しのよい魔獣の姿もない。ガルドルフはかれこれ三日以上森に滞在しているが、その間魔獣の襲撃を受けた事はなかった。

 

 その事が、彼の疑念をより深くしていく。

 

「私の、考えが正しければ……」

 

 傷の痛みに息を荒げながら、今だに戦意衰えぬ眼光を森の奥に向けるガルドルフ。

 

「もし、他国の協力を得て、あるいは神獣の力を借りる事ができても……王国は、あの魔獣を滅ぼす事は叶わない……。確かめねば……今、それができるのは私だけだ……」

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