異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第30話 試行錯誤

 

 サルッカスと名乗るワニとの戦闘、ついでに介護を行った後、私は極力もう北の方には近づかずに日々を過ごしていた。

 

 理由は言うまでもない。

 

 そもそも戦闘自体不本意なものであったのだ。ただ迂闊に領地に侵入した私に非があるのも事実であり、それが分かった上で再び近づくのはもはや宣戦布告に等しい行為だ。例え彼が私に通じる言葉を喋っていたとしても、だ。敵対してしまったのではもうどうしようもない。

 

 あの場の収め方次第ではまだ可能性はあったかもしれないが、流石にしばらくは無理だろう。時間を置いて、互いの間の敵対的な印象が薄れた上で彼の領域に侵入しない形で再接触する。これが一番賢いやり方のはずだ。

 

 それにそもそも、北の方はいろいろとキナ臭い感じもする。サルッカスと北の国々、二つの面倒ごとを処理するのは残念ながら私の手に余ると判断せざるを得ない。

 

 そしてサルッカスの言動を思い返せば、色々と気になる言葉があった。まずはそっちを優先すべきである。

 

 彼は自分達の事を神獣と呼び、私の事を魔獣と呼んだ。私が本当に魔獣なのかどうかは正直首を傾げる所があるが、思い返せば、魔獣としか呼びようがない怪物と私は複数回接触している。

 

 一つは湖周辺をたむろしている一つ目の変な熊モドキ。

 

 一つは街を襲っていた飛竜。

 

 あの二匹に関しては妙な共通点がある。一つ、その姿がおおよそ常軌を逸した怪物である事。二つ、意思疎通がほぼ不可能であり、かつ異常な攻撃性を併せ持つ事。熊もどきは超常の力を使う個体と遭遇した事はないが、サルッカスとの闘いの最中に考察した、超常の力そのものは珍しいのではないか、という点を考えると分類要素にはならないと考えられる。

 

 ただ一つ目の要素も、私の主観が大きく入っている。この世界の一般的な動植物は、私の知るそれから大きく逸脱していないので印象に残っているが、あくまで大きく違わないというだけで別物なのは間違いない。湖を泳ぐ巨大ザリガニやピラニアシーラカンスについては、間違いなく前世にいる訳が無い生き物だ。だからそれを踏まえて考えると、一つの要素が残る。

 

 意思疎通が不可能。

 

 恐らく、これが魔獣と呼ばれる怪物を決定づける最大要素だ。

 

 サルッカスの言葉が私に理解できたのは、恐らく私が特別だから、とかではない。多分、彼の言葉はこの世界のあらゆる生き物に理解できて当たり前のものなのだろう。そして恐らくその逆も。根拠として、彼の了解と、近隣の住人の管理する森の境界線はこれ以上ないほどはっきりしていた。ただ森の奥に縄張りに入ると襲ってくる怪物がいる、という話ではあれほどきっちりと境界線が曳かれていないはずだ。恐らく、サルッカス自身が周辺に言い聞かせて作った境界線なのだろう。

 

 そして、そのサルッカスの言葉を私は理解できたが、その逆はなかった。私が言葉を理解できているかいないか、というのをサルッカス側からは確認できない以上、私は会話の成立しない、“その他”のカテゴリの生物になる。

 

 すなわち、魔獣だ。

 

 思えば戦闘中、サルッカスはしばしば納得いかないような仕草を見せていた。恐らく私を魔獣と断定して攻撃をしかけたものの、今一つ振舞いが魔獣らしくないので疑問を抱いていたのだろう。疑問を抱いたのならそこで攻撃を中断してほしかったが。

 

 あるいは、もっと単純な話、魔獣には特有の匂いとか気配があって、それを私が漂わせていた、のかもしれない。

 

 ただそれなら助けられた後の反応が説明できない。

 

「グルルル……」

 

 可能性、可能性。考えるのは楽しいが、これでは何一つ確証が持てない。これでは考察というより妄想だが、それでも他の事よりは考察する上での情報が出回っている方だ。

 

 他に気になるのは、マギア・ランク、陛下、境界線、といった単語だ。

 

 マギア・ランクは多分、超常の力を使える魔獣の事だ。私が戦った飛竜のような。ただ、あの飛竜は明らかにとんでもない大物だった。肉体的要素では私が勝っていたが、振るう超常の力を含めると大分部が悪い。恐らくサルッカスも正面から遣り合ったらかなりきついのではないだろうか。霊長に対する邪悪な攻撃性や賢しい考えが回る所も気になる。

 

 長年生きてきて、数多くの戦いを潜り抜けてきた個体である事は疑いようがなく、あれほどでなければマギア・ランクに到達しないのか、マギア・ランクに到達した個体の中でも特に強力な個体だったのか、判断しかねる面がある。少なくとも言えるのは、あんなのがありふれている世界だったら霊長はとっくに絶滅しているだろうという事だ。

 

 次に陛下。サルッカスは攻撃的であったものの理知的な言動であったし、何かしらの教育を受けている、というのはあり得るだろう。教育があり、社会があるなら、上下関係もあるはず。神獣の間にもそういうものがあればトップの存在、陛下と呼ぶに値する存在もいておかしくはない。あるいは、もしかすると私が根城にしている神殿に描かれている“神”の事かもしれない。神の獣と書いて神獣な訳で、強いつながりがあると考えるのはおかしくないはずだ。となると、サルッカスは推定“神”の命を受けてあのあたりを守っている事になる。適当な理由で湖にいついている私とはそこが大きく違う。

 

 そして最後。境界線という単語。文脈からして、なんらかの隔離区域を指し示していると思われる。マギア・ランクの魔獣達を押し込めている領域、という事なのだろう。これがどういう事なのかはちょっと解釈が分かれる。武力によって押し込めているのか、概念的なものなのか。もし武力によって押し込めているなら、平和なのはこの辺だけで、境界線近くではそれこそ境界線の向こうからやってくるマギア・ランクの魔獣を追い返そうと霊長が熾烈な消耗戦を繰り広げている地獄みたいな世界が広がっている事になる。概念的なものであるならば、恐らくは神が定めた境界線の向こうに、さながら悪魔の封印のように魔獣が押し込められている事になる。だがそれだと、この間の飛竜はなんだったのか、という疑問が出てくる。もし概念的な封印が施されていたのなら、あの飛竜の出現はそれが緩んでいるという事を示しているのではないか。飛竜の存在を知らなかったであろうサルッカスの口から出た情報というのが実に不穏だ。

 

 境界線については不穏な予想しか出てこない。それが物理的にであれ概念的にであれ、比較的平和だと思っていたこの世界への認識が一変しかねない。不確定キーワードの中では、これが一番重要かもしれなかった。

 

 ただ、全てにおいて言えるが、私はとにかくこの世界の事を知らなさすぎる。これでは判断のしようがない。

 

 しかし、その事について一つ思いついた事があるのだ。

 

 知らないのなら、調べればいい。言葉が通じなくてもある程度はなんとかなる。

 

 なんせ、私の寝床にしているこの場所は、遺跡とはいえこの世界の神殿、社会や風俗の中心だった場所なのだから。そして湖上に出ているのは全体の一部であり、大半は水没しており、未知の領域だ。

 

 思いついたらその日が吉日。私はすぐに湖の底に潜り、遺跡に残された遺品等のサルベージを始めた。

 

 礼拝堂の宗教画がそうだが、こういった場所は文盲でも教えが理解できるように絵や像で記録を残す傾向がある。宗教が高度な知識を持たなければ理解できなくなっていったのは、時の権力と宗教が結びついてからであって、民を纏める為の団結ツールであった頃の宗教は分かりやすくなければ意味が無い。

 

 そしてこの遺跡は、見た所かつて近隣の民のよりどころになっていた場所だ。言葉が分からなくても参考になる何かが水中に沈んでいると私は見込んでいた。

 

 だが……。

 

「グルルルゥ……」

 

 目の前には、石畳に並べられた幾つもの出土品。

 

 欠けた土器、罅割れ欠損した石像、苔まみれの石板、びしょぬれの巻物、等々。

 

 どれも保存状態が悪すぎて何の参考にもならない。水の浸食をちょっと甘くみていた。ただ、記憶にある沖縄の海からの出土品とかはこれよりマシな状態であった気がするので、思ったよりもここの神殿が水に沈んだのは古い時代なのかもしれない。すくなくとも波による浸食や塩分による浸食が無い分、海に沈んでいるよりはマシだったはずであるからして。

 

 敢えて言うなら石板や巻物はなんとか参考にならなくもない、といった感じだろうか。石板は苔に覆われてはいるが、その下にうっすらと色が透けて見える。確か昔の絵の具というのは顔料であり、顔料は場合によっては石や宝石を砕いて作っていたという。非水溶性の顔料を用いて描かれた絵であるならば、この苔さえなんとかすれば何が書いてあるか見えるかもしれない。ただ、そう簡単な話ではない。みっしりと蔓延っている苔を無理やり毟り取れば、その下にある着色も取れてしまう。この湖でこれだけ苔が生えているのは初めて見たので、顔料が何か栄養か何かになっているのだろうか? とにかく、何らかの方法で苔だけ取り除かないといけない。

 

 もう一つの巻物は、これはパピルス的な、繊維質を固めたものを丸めているようだ。ただ長らく水中にあったせいかふやけきっており、結んでいる紐のおかげで辛うじて形を保っている、といったところだ。到底読める状態ではない。とにかく乾かしてみるしかないが、乾かしたところでボロボロになってしまうのではないだろうか。何かしらの復元技術を用いれば読めるようになるかもしれないが、残念ながらその手の心得は無い。

 

 まあそういう訳で、見つかるには見つかるのだが、どれも私の手に負えるものではなさそうだ。あの街にもし歴史的資料の知識を持つ、所謂学芸員的な人がいればこれらも役に立つかもしれないが、現状は日陰干しして仕舞っておくしかない。

 

 よい案だと思ったのだけどなぁ……。

 

「グッグゥ……(ぐぎゅるるるる)」

 

 いかん、がっかりしているとお腹が空いてきた。

 

 どうにもこの体、頭を酷使するとお腹がすく。人間の場合ある程度までなら頭を使った場合と何も考えてないときで脳の消費カロリーはそう変わらないらしいが、この体は違うのかもしれない。まあこの話自体、頭を使う、っていうのがどのぐらいなのか曖昧だったから、信憑性は微妙かもしれないが。

 

 今からザリガニやピラニアシーラカンスをとっつかまえて火を起こしてー、とやるのはちょっと面倒くさい。しょうがないのでお手軽にいつもの木の実を食べに行く事にしよう。

 

 私は出土品を礼拝堂の隅、空の石箱に詰めるとそのまま神殿を後にした。

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