異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第34話 オルタレーネの視点2

 

 

 ひゅう、と風を切って神殿の上に向かう。ギリギリまで高度を落として翼を畳み、スカートがめくれないように押さえながら、階段の中腹、休憩スペースらしき場所に着地する。石造りの神殿はそれでも少し衝撃が響いたが、幸いにして女将が佩かせてくれた底の厚いブーツがそれを全て受け止めてくれる。

 

「スピノ様!」

 

 声を上げて遺跡の主へ呼びかける。早足で階段を上り、玄関を潜ったオルタレーネの脚は、しかしそこではた、と止まった。

 

 誰もいない。

 

 礼拝堂には、何の生き物の気配もしない。

 

 一瞬、もうここにはスピノがいないのでは、という疑念と不安が噴き出す。それを否定するように視線を巡らせると、部屋の片隅に置かれた石造りの箱が目に入った。以前は確かなかったものだ。

 

 中身を改めると、何やらよくわからないガラクタが色々入っている。そのうちのいくつかがしっとり湿っているのを確認して、オルタレーネは安堵の息をついた。

 

 湖上とはいえ、二連太陽に遮る物なく晒される神殿の礼拝堂はかなり乾いている。湿気を帯びているという事は、少なくとも数日以内にスピノが湖の中から引き揚げた物、という事だ。

 

 他に何かが居るというのは想定する必要も無い。この危険なサハラの湖の沖合、それも外から存在を確認できない結界の中にある神殿に、場所を知っているオルタレーネとスピノ以外が訪れる合理的な理由が存在しない。

 

 となると、まだスピノは外出から帰っていないのだろうか。

 

 考えてみれば、オルタレーネはまっすぐここまで飛んできた。それに対しスピノは湖をゆっくり泳いで往復しているのだし、速度に大きな差があってもおかしくはない。

 

 どうやら早く来すぎてしまったようだ。

 

 まあ、それならそれでこのままスピノの帰りを待てばよい。何も問題は無い。

 

「ふふ。ちょっと慌てて損をしました」

 

 どうやって時間を潰そうか。スカートの汚れを叩いて落とし、礼拝堂を見渡す。長い年月で椅子や机は朽ちてしまったが、腰かけられそうな場所が無い訳ではない。ちょっと座らせてもらおうと適当な段差の汚れを払っていると、外で大きな水音がした。

 

「……帰ってきた!」

 

 相手がスピノである事を一切疑わずに外へ飛び出す。

 

 見下ろせば、湖面に没する階段に向けて、巨大な何かが水をかき分け水中を移動している。ザリガニはこんな騒がしく移動はしない。笑顔で階段を駆け下りるオルタレーネの足が、ふとある気づきによってぴたりと止まる。

 

 あれ。

 

 でもスピノがあの浅さにいたら、背びれが見えるはず。

 

 思い当たったその事実に脚を止めた彼女の目の前で、湖面が盛り上がる。

 

 水の中から現れたのは、青白い鱗、地を這う四肢、前に長く伸びた顎に並ぶ鋭い牙。全体的な雰囲気はどこか似ているものの、あきらかにスピノと違う巨大な怪物の姿。

 

 それが神殿の階段に足をかけて半身を乗り出してくる。ぎょろりとその瞳が、立ち尽くすオルタレーネを捉えた。

 

「きゃああっ!?」

 

 悲鳴を上げて後ずさったオルタレーネは、しかし階段に躓いてその場に倒れてしまう。

 

「あ……ああ……!」

 

 恐怖のあまり固まってしまう彼女に、ゆっくりと怪物は階段をあがって近づいてくる。オルタレーネをひとのみに出来そうな巨大な口がゆっくりと開かれ、かすれるような唸り声が……。

 

 

 

『大丈夫? そこのお嬢ちゃん。吃驚させて悪いね』

 

 

 

「……へ?」

 

 きょとん、と目を丸くするオルタレーネ。そんな彼女に巨大な怪物は一定の距離を保ったまま、ゆっくりと語り掛けてくる。

 

『人がいるとは思わなかったんで、すまんね。あ、俺、氷決のサルッカスっていいますわ。聞いての通り神獣です』

 

「あ、これはどうも……。私はオルタレーネと申します。……神獣様?」

 

『そうそう。実はちょーっと人探し……いや獣探しをしててね。オルタレーネのお嬢ちゃん、ここらで俺と同じくらい大きな獣を見なかった? 背中に船の帆みたいなでっかい翼があって、緑色で、二足歩行して、電撃を操る奴なんだけど』

 

 あまりにも特徴的過ぎる特徴だった。流石に、その該当者は一人しか思い当たらない。

 

「……スピノ様をお探しで?」

 

『あ、やっぱお知り合いなん? やっこさんの匂いを追って探してたらたどり着いたから、関係者じゃないかと思ったんだけど。へー、アイツ、スピノって言うのか』

 

「……えと、サルッカス様? 何故スピノ様をお探しで?」

 

 “始原の言葉”を使う以上、目の前のサルッカスと名乗った獣が神獣であるのは疑いようがない。だが神獣は基本的に己の領土を持ち、そこから出てくる事はあまりないと聞く。そんな神獣が、わざわざ己の領土の外であろう湖までスピノを探しに来るのはあきらかに妙だった。

 

『あー、いや。話せば長くなるんだけど……ん?』

 

 サルッカスが不意に話を止める。

 

 直後。

 

 オルタレーネとサルッカスの間に割って入る様に、空から緑の壁が降ってきた。

 

「スピノ様!?」

 

 いったいこの湖のど真ん中、どこから飛んできたのか。神殿を揺るがせながら着地したスピノはオルタレーネを庇うように背を向けつつ、サルッカスに咆哮を浴びせかけた。

 

 その響きで一瞬で悟る。

 

 スピノが、とんでもなく怒っている。

 

 彼女の知る限り、スピノは領土に侵入されたとか、その程度の事では怒らない。オルタレーネが知る限り彼が怒りを露にしたのは、街を襲い、人々を傷つける飛竜を前にしたあの時、たった一度だけだ。

 

 だから、ここで彼が怒りを露にする理由があるとしたら、それは。

 

「(私の、ため?)」

 

「GUoOOOOOOOOOU!!!!」

 

『わっぷ、ちょ、まっ。待ってくれ、そんなつもりじゃ……』

 

 スピノの唐突な出現に泡を食ったサルッカスが、弾き飛ばされて海に落とされる。ひっくり返ってジタバタもがいている彼を、スピノは背びれを緑色に輝かせながら見下ろした。バチバチと危険な気配を纏う彼に、オルタレーネの背筋が泡立つ。

 

 彼女は直接目にした訳ではないが、黒焦げになった無残な飛竜の死体に加え、レギンから話は聞いている。スピノは雷撃を操る事ができる、と。

 

 目を見る。湖に落ちたサルッカスを見る目は理性の欠片もない、外敵を排除しようとする獣のそれそのものだった。

 

「いけない!」

 

 このままではサルッカスが殺される。そう悟ったオルタレーネは、翼を広げてスピノの前に立ちふさがった。

 

「駄目ですっ!」

 

 この激怒状態のスピノが果たして自分を気に留めてくれるか……一瞬、そんな不安がオルタレーネの心をよぎるが、それは杞憂に済んだ。立ちはだかる彼女を目にしたスピノはひるんだように首を竦め、眼光にも理性がたちまち戻ってくる。あれ程の怒りを収め、何故、と視線で問いかけてくる彼の様子に何故か胸が高鳴るのを感じながらも、オルタレーネは通じぬと分かっていても賢明に声を張り上げた。

 

「落ち着いてください、スピノ様! 私はなんともありませんから……サルッカス様! ご無事ですか!?」

 

『あ、ああ……助かったぜオルタレーネ嬢ちゃん』

 

 体勢を立て直し、のそのそと神殿に這い上がってくるサルッカス。突き飛ばされた事そのもののダメージはほぼ無いようだ。

 

 馴れ馴れしくオルタレーネを呼ぶ彼の言葉に、スピノが目に見えて動揺を示す。どういう事? と二人の間を慌ただしく視線が往復する様に、思わずオルタレーネの口元に苦笑が浮かんだ。

 

 スピノから殺意が消えたのを見て取って、サルッカスが遠慮気味に話を切り出した。

 

『あー、スピノの旦那。落ち着いたみたいだし、ちょっと弁護させてもらえやしないですかね……?』

 

 どうやらなんとかなりそうだ。

 

 オルタレーネはほっと息を吐いた。見ればどうやら、サルッカスの言葉はスピノに通じているようだ。残念ながらスピノの言葉は神獣であるサルッカスには通じていないようではあるが……もしかすると、スピノ自身に何かしらの問題があるのかもしれない。例えば、呪いとか。

 

 でも逆に言えば、サルッカスを介すればスピノと会話が出来るかもしれない。そう思ったオルタレーネの胸を、チクリ、と僅かな不快感が刺した。

 

「?」

 

 胸を押さえて首を傾げる。

 

 スピノに言葉が通じる事はいい事のはずなのに。一体どこに、不満を感じる必要があったのだろうか。

 

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