異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第36話 スピノはショベルカー

 

 

 結論から言うと、街の人に恐れられているのではないか、嫌われているのではないか、というのは、完全なる私の思い込みであった。

 

 最初こそ、私の体格にびびって前にでてこなかった街の人だが、やがて私が実際の所非常に大人しい、というのを理解すると段々大胆に間合いを詰めてくるようになった。というか、あれだけ距離を置いてたのはなんだったのか、というレベルで馴れ馴れしくなった。

 

 気が付けば脚を迂闊に動かせないレベルで霊長に囲まれており、身動きできない私に対し好き勝手によじ登って背中に乗ったり尻尾と戯れたり。まあ私は全然かまわなかったのだが、堪忍袋の緒が切れたオルタレーネが雷を落とすまで街人は人の体をアトラクションか何かのように戯れていた。怖いもの知らずすぎる。

 

 オルタレーネに怒られてからはちょっと落ち着いたものの、なんだかその場の流れで晩餐を頂く事になった。例の猫女将が何やら台車に乗せて運んできた、巨大な鍋一杯のスープ。私からすればそれこそ一口ちょっとの量だが、彼ら霊長からすると何十人前か分からない量だ。彼らの社会における物価高とかは分からないが、そうとうに奮発してくれたのはよくわかる。というかこれを取る為にわざわざ一度引き返したらしい。

 

 一体私の何をそんなに気に入ってくれたのだろう。

 

 覗き込むと、鉄鍋の中に赤褐色の液体と、いくつもの刻んだ野菜、そして肉の塊が沈んでいる。コンソメスープという奴だろうか。ただよってくる、スパイスの効いた滋養に富んだ香りが鼻腔にしみこみ、遠い懐かしい記憶を刺激した。

 

 そういえば湖のザリガニどもや世界樹の実は美味しいが、こうして調理された食べ物、というのはこちらの世界に来てから食べた事がなかった。塩は無いしハーブの類はわからないしで、魚を焼いて食べる時もそのまま齧りついていた。

 

 女将に頭を下げて鍋を手に取る。私の体格だとちょっと大きなマグカップ、といったレベルだ。しかし彼らからすればこれだけの量、材料を用意するのも調理するのも一苦労だろう。

 

 零したらそれこそ勿体ない。今の私は頬の無いスピノサウルスであるからして、ぐいっといくのは難しい。多少はしたないが、舌を鍋に突っ込んでぺろぺろ舐めるように飲む事にする。まあ、ネコの真似である。

 

「……!!」

 

 一口目で思わず目を見開く。

 

 野菜と肉の旨味、それらを整える香辛料。濃厚ながらも優しい、まさに懐かしきコンソメスープの味。確かに世界樹の実とかも非常においしかったが、これは全く別ベクトルの味だ。目的をもって、熟練の料理人の腕によって奏でられる、味覚のシンフォニー!

 

 気が付けば鍋の中身はすっかり空になっていた。我を忘れて夢中だったらしい。

 

 頬を拭って女将に空鍋を返す。大変ご馳走様でした。

 

「■〇★×」

 

 胸を張って女将がうんうん頷き返してくれる。言葉が通じなくても、美味しかった、というのは伝わるらしい。

 

 そうすると、今度は私の、いや俺が、と言わんばかりに街人が料理を手に手に押しかけてくる。気が付けば、すっかり街の広場は貢物の会場になってしまっていた。

 

 食べ物を持ってくる人ばかりでもない。中には夕暮れの中、私の姿のスケッチを始める画家らしき者まで現れる。さらにはインスピレーションが沸いた! と言わんばかりに、廃材にチョークであたりをつけて、彫刻を掘り始める者もいた。

 

 私はというと足元でわちゃわちゃする彼らを踏みつぶさないよう一歩も動かないようにしつつ、差し出される貢物をパクパクご馳走になる事しかできなかった。

 

 あ、駄目よ、そこの小さい子。私の尻尾で遊んじゃ駄目だから、ね。

 

 そんなこんなで街の人々の歓迎? は日が沈み月が昇るまで続き、なんだか見覚えのある青い毛並みの犬っぽい街人が解散を命じてようやくお開きとなった。

 

『な? 考えすぎだったろ?』

 

 街人に送り出されて湖に戻った私を待っていてくれたらしいサルッカスは、そういってカラカラと笑うと湖に身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 街で歓待を受けてから数日。

 

 私の行動パターンは、それまでと少し変わった物になった。

 

 朝、食事の為に世界樹の元へ向かうのは変わらない。ただそこで諸々を済ませた後、私は街によるようになった。

 

 勿論遊ぶためではない。責任を果たすためだ。サルッカスの手痛い指摘を、私なりに重く受け止めての事である。

 

 街には今だ倒壊したままの家屋が多く残っている。重機がないこの世界では、人力、あるいは家畜を用いてそれを撤去する事になるのだが、いかんせん被害範囲が広すぎて全く手が回っていない。

 

 だが私にかかればそれこそ積み木やレゴブロックのようなものだ。そもそも破壊に携わった事もあり、その罪滅ぼしとして瓦礫撤去に協力している。

 

 考えてみれば、罪の意識があるならうだうだ言わずに最初からこうやって行動で償うべきだったのだ。ぐだぐだ理屈をこねてばかりで動かないのは私の悪い所である。

 

 街の人達も最初こそ私に対してどう指示すればいいのか掴みかねていたようだが、そんなのは初日ぐらいで、持ち前の適応力というか馴れ馴れしさというか図々しさで、翌日からは人の頭の上に乗ってあれこれ指示を出してくる始末である。

 

 まあ私自身は気にしないのだが、オルタレーネがすっ飛んできて頭の上の職人を問答無用で蹴り落としたのは吃驚した。彼女がああいった暴力に訴えるのは初めて見た、何がそこまで気に入らなかったのだろう? 幸い蹴り落とされた職人も調子に乗りすぎたと思ったのか、暴力を振るわれた事に怒るのではなく何かぺこぺこ私とオルタレーネに謝った事でその場は丸く収まった。

 

 以降は普通に職人達に交じって地図を囲み、本日の作業計画を理解した上で作業に協力している。この世界の霊長は意思疎通の手段として言葉に偏重しておらず、身振り手振りといったボディーランゲージを重視しているようだ。おかげで言葉がわからずともなんとなく意味合いが通じ、私としては作業しやすかった。

 

 街並みは中世より近世よりではあるが、彼ら自身の性格が牧歌的であるからだろうか? 文字が発達していない訳ではないようだし、基本的な社会システムも変わらないはずなのに、霊長達の生活や行動は実におおらかだ。余裕があるともいえるし、細かい所を気にしなさすぎるともいえる。いや、きちんと家を建てたり行政の運行を行っているのだから、きちんとまとめるべきところはまとめているのだろうけど。

 

 作業の流れは私が大きな建材を無理やり引っこ抜いて街の広場に運び、職人達がそれを解体、分別する。使えそうな資材はまた別の場所に運ばれて再生し、駄目なものは街の外で焼却処分。

 

 私はあまり建築に詳しくは無いのだが、木材メイン、それも鉄などの鉱物をあまり使わず、パズルのように切り欠きをいれた木材同士でかみ合わせる事で固定するのがここの建築様式の基本のようだった。街並みをみて勝手にヨーロッパ風のイメージを抱いていたが、内情としては日本風に近いのかもしれない。デザインセンスがヨーロッパで、技術は日本式、というのが正解なのだろう。どうしてこういう発展の仕方をしたのかはちょっと気になるが、歴史学とか発展しているのだろうか、彼ら。

 

 話が逸れてしまった。

 

 ともかく私が入った事で、瓦礫の撤去作業の効率は爆増した。グォオン、私は恐竜ショベルカーだ、という訳である。

 

 ただそうやって撤去活動がはかどってくると、ある問題点が見えてくる。撤去が終われば、そこに新しい家が建てられるのだが、その進行が明らかに遅い。職人の数が足りないとか作業が遅いではなく、どうも資材が根本的に足りないようなのだ。

 

 粘土や石材、鉄は十分ある。問題は木材だ。

 

 おかしな話ではある。湖の北側には、広い範囲で植林業を営んでいると思わしき勢力を確かに私は確認した。普通に考えればあちらから木材を購入しているだろうし、近いのだから木材には困りはしなさそうなのだが。

 

 もしかして違う場所から買っているのかと思って積んである僅かな木材を見てみたが、どう見ても針葉樹林の、この辺りでは生えない北側の木材に見える。この近辺の木材は広葉樹で、大きく育った木もあるがネジくれていたり密度がスカスカだったりであまり建築資材には適していない。

 

 購入費用が足りない、という可能性もあるのだが、言葉が通じないなりに観察していると、街の職人達も資材が入ってこなくて困っているという感じで、そもそも必要数を購入できる見込みがないとかそういう感じではない。それだったら最初から、復興範囲を限定的にするだろう。

 

 どうにも気になるが、残念ながらそのあたりを詳しく理解する事はできなかった。

 

 サルッカスがいれば翻訳してくれたのだろうが、彼は神獣が関係者でもないのに俗世に関わるのはよくない、と付き合ってはくれなかった。また曰く、「俺っちはおっかない感じの神獣で通してるんで、慈善事業とかやるとイメージが崩れるっす」との事でもあった。神獣としては彼の方が先輩だ、色々苦労があるのだろう。私もあまり自分を安売りしすぎて低く見られないように気をつけるべきである。

 

 まあ建築が間に合わなくても瓦礫を撤去しておくに越したことはない。多少気にはなるが、私はブルドーザーの如くせっせと瓦礫を撤去して撤去して撤去しまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルルウゥ~~」

 

 上機嫌で神殿に帰ってきた私は、礼拝堂から沈む夕日を見ながら鼻歌を歌っていた。

 

 今日の作業もよく捗った。もうそろそろ街の片づけは終わりそうである。残念ながら資材不足はいかんともしがたく、かなりの人数が家を失ったままだが、その大半は公民館的な建物の解放や、親しい友人の家に泊まり込んで日々を過ごしているらしい。そんな生活が長期間続けば何かしらのトラブルが起きそうなものだが、この世界の霊長達にとっては大した問題ではないらしい。

 

 一体何が違うのだろうか? この世界の霊長も前世の人類も基本的なメンタルや価値観にそう違いは無いように見えるが、こちらの世界の方が穏やかだ。

 

 体格だろうか。人間の半分ぐらいしかない彼らは、その分、日々の糧や必要な資源も異なる。同じような生活をしていても半分の資源で生きていける事が、彼らの心に余裕を齎しているのだろうか? いや、そういう問題でもないだろう。その事はオルタレーネの存在が否定している。彼女はちょっと小柄な物の、生前の人類とそこまで変わらない背丈だ。彼女の同族も大体同じぐらいだったし、この湖近隣の種族がやたら小さいだけかもしれない。

 

 そんなとりとめのない事に時間を費やしながら茜色の空を見やる。

 

 今日も一日が終わる。

 

 街の手伝いを始めてから、日々がとても充実しているのを感じる。人と関わるというのはトラブルも確かに多いが、それ以上に日々に張り合いをくれる、というのを改めて認識する。

 

 平穏であっても、湖の奥に引きこもって何もせずただ日々を過ごすのでは、やはりゆっくりと黴ていってしまう。多少は繋がりをもち続けないと。

 

 サルッカスとかは基本的に自分の縄張りに引きこもって俗世とは関わらないが、一方で霊長の方から崇めたり捧げものをしたり、という繋がりを持ってくるらしい。これはこれでなかなかうまいやり方だと思う。

 

 私もゆくゆくはそんな感じを目指したいが、まあ無理だな。住処が湖の真ん中である、普通にたどり着けない。実際に軍艦がザリガニに襲われて沈みかけているのを見ているし、現時点では物理的に人知未踏である。オルタレーネは飛んできたが、よくもまあ思い切ったことをしたものだ。

 

 なんだったら湖の畔に拠点を移してもいいのだが、どうにもこの人界と隔絶した住処も悪くは無いのだ。静かだし。変なクマもどきの襲撃を気にしなくてよいし。

 

 そんな事を考えていると、大きな水音が聞こえてきた。

 

 大質量の物体が水面に顔を出したような音。ここらに巨大ザリガニはいないはずだが、何かの手違いで迷い込んでくる事がない訳ではないだろう。確認のために神殿の階段を下るが、来訪者は向こうの方から声をかけてきた。

 

『旦那、スピノの旦那』

 

 私に理解できる言葉の時点ですぐに客はわかった。サルッカスだ。

 

 急にやってきた知人に首を傾げる。木の実交換は私の方から向かう話になっていたはずだ、どうしてサルッカスがこちらに? もしかして我慢できなくて向こうからきた? まさかね。私じゃあるまいし。

 

「グルゥオウ」

 

『いたいた、お戻りでしたっすね。旦那、ちょっとお知らせしなきゃならない事が』

 

「グルゥ?」

 

 違ったらしい。

 

 しかし、わざわざサルッカスが自分の縄張りを離れてまで私に伝える必要があるような事? なんだか猛烈に嫌な予感が私の頭をよぎった。厄介ごとの予感。

 

 だがその認識もまだ甘かった。

 

 サルッカスが持ち込んだのはとびきりの凶報であったのだ。

 

『俺の住んでるあたりの連中が軍を動かしました。今、旦那の贔屓にしてる連中の領土の境界線に向かって進行してます』

 

「グァゥ?!」

 

『んでもって、その……連中の言い分が……。旦那が、自分達の王国の領域侵犯したから、その報復だっていう話で……』

 

「…………………グルゥ???」

 

 …………………はぁ???

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