異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第38話 緊迫の境界線

 

 

 

 その後は身を潜めつつ、事の成り行きを見守った。

 

 幸いだったのは、サルッカスが割と積極的に付き合ってくれたことだ。

 

 彼には彼の縄張りがあるし、ウォールランド王国とは知らぬ仲ではない様子。セルヴェ側に肩入れしている私とは立場的に相容れないのではと思ったが、しかし彼から付き合いを言い出してきたのだ。

 

『別にウォールランド王国もセルヴェの街も俺っちにはどうでもいいっす。ただ、自分の縄張りの近くでドンパチやろうってのをほっといて家に帰るのは流石に無しですわ』

 

「グルゥ……」

 

『だいたい、旦那一人で見張ってて見つかったらどうするんです、そのままなし崩しに戦闘になっちまいますよ。俺っちなら、日ごろからウォールランドにも甘い顔はしてないんで、向こうもつっかかってはこないでしょうよ』

 

 そう言って私の代わりに物陰から顔を出して監視してくれるのは、まあ素直にありがたかった。そもそも、ここまで来る途中も人目を避ける為に霧を出してくれたり、サルッカスが居なかったらどうなっていたか分からない。確かに戦いでは私が勝ったが、戦闘にしか使えない私の雷撃と違い、サルッカスの冷気を操る力は色々と応用が利くし、流石は先輩神獣といったところだろうか。

 

 気質の違いとはいえ、俗世と適切な距離を置いて誰にも肩入れしない、というのも言うは易し行うは難し。私はというと一度の肩入れでずっぽり両足が浸かってしまって適切な距離も測りかねているとぐだぐだである。多分サルッカスだったら、例えセルヴェの街を助けるために飛竜と戦った後も、住民の歓待を受けた後も上手い事やるのだろうな、と思うと人生経験の差のようなものを感じた。

 

 それを考えると先ほどはケダモノ呼ばわりしてしまって本当に申し訳ない。いや、否定できない暴の面があるのは事実なのだが。

 

 まあそんなこんなで、二匹そろって岩陰に隠れて経緯を見守る。ここでちょっと不安だったのが、長期間水から離れて大丈夫か? という事だが、少なくとも私の方はなんともなかった。スピノサウルスが水棲なのは最新の学説だと間違いないのだが、それまでは普通に陸上生活をしていたという説が主流だったし、そうおかしくは無いのかもしれない。ただ、こちらに来てからこれだけ長時間水から離れたのは久しぶりだったので、鱗が乾ききった感触がどうにも違和感がある。水で濡れてないと防御力が落ちるとか、ないよな。

 

 サルッカスの方はというと、特に気にした様子はなく岩陰で寝っ転がっている。見た目がワニなので大丈夫か? と心配にはなるが、あちらは自己申告によれば数百年を生きてる神獣だ、気にするだけ失礼というものだろう。

 

 時折こちらを気遣ってか語り掛けてくるサルッカスに相槌を返しつつ、ゆっくりと時間が流れていく。

 

 変化があったのは、二連太陽が天頂に差し掛かる、その少し前の事だった。

 

 急にサルッカスがぴくりと反応し、ごそごそと確認に向かう。遅れて私も気配に気が付き、目を細めた。

 

 騒がしい人の気配。方角は西の方か。

 

 隆起を這いあがって顔を出したサルッカスが報告してくる。

 

『お。セルヴェの方から増援が来たみたいですぜ。兵士の集団と……ええ……?』

 

「グル?」

 

『あー、いや、その……』

 

 なんだか急にサルッカスの言葉が歯切れ悪くなる。不明瞭に何ごとかを誤魔化そうとする彼の対応に首を傾げる私。

 

 彼はしばらくモゴモゴと顎を横に歯噛みしていたが、やがて思い切ったように告げてきた。

 

『その……兵士と一緒に、市民も来てます。見た所、糧食とか、兵士の生活の手伝いとか、先行した冒険者への慰撫とか、そういう感じっぽいです』

 

「グルルゥ」

 

 なんだ、そんな事か。別に不思議な事でもなんでもない。

 

 軍隊といっても、兵士だけで全てを賄う事は難しい。食料の運搬やら、運用する資材の準備、果ては過酷な業務を行う軍人への慰撫と、外部業者も多く必要だ。

 

 軍隊というのは日ごろの様々な投資の積み重ねであって、急に作れるものでも動かせるものでもない。むしろそういったバックアップがしっかりしていない国家の軍というのはたかが知れているというものだ。

 

 別にサルッカスが言いよどむような事はないと思うが。

 

『まあ、それで、ですね。……その後方要員の中に、オルタレーネのお嬢ちゃんの姿がですね……』

 

「…………」

 

『あ、ちょ、ここでそんな直立したらアカンですって!』

 

 思わずすっくと立ち上がろうとしたところをサルッカスに押さえ込まれる。

 

 しまった、気が動転していた。私の図体でこの背びれでは、流石にまっすぐ立ち上がるとバレてしまう。

 

 いやしかし、なんでオルタレーネが。

 

 ここは戦場になるかもしれないのに。

 

「ググググゥ……」

 

『あんましそわそわしないでくださいよー。旦那、オルタレーネ嬢ちゃんの事になるとすーぐ冷静さどっかにぶっとんでいくんですから……って聞こえてないかー』

 

 いやいや、落ち着け私。

 

 彼女の保護者らしきネコ女将は、どうも食堂か何かの経営者っぽかった。食堂といえば一度に大量の料理を作成する訳で、兵士達への糧食の提供のために来ているのならそうおかしな話ではない。オルタレーネは街の人にも人気だったし、それなら、戦場であっても街と変わらぬ食事を、人気の店員が手ずから配給してくれるならば、兵の士気も上がるはずだ。オルタレーネも街の為になるのなら喜んで引き受けるだろう、彼女はそういう娘だ。言葉が通じなくてもそれぐらいは分かる。

 

 得てして、彼女が戦場に来ているのはそうおかしなことではない。事になる。

 

 おかしいのは、つまり街の近くが戦場になっている事の方だ。順番を間違えてはいけない。

 

「グルル……」

 

『落ち着きましたか、旦那。まあしかし、あんまし悠長に状況を見守ってもいられなくなってきた、って感じですかね? 俺っちとしても、嬢ちゃんが争いに巻き込まれて怪我をするのは寝覚めが悪いっす』

 

 そう知らない仲でもないし、とサルッカス。

 

 全く同じ気持ちだ。私にとってオルタレーネはこの世界で初めて、ある種の壁を越えてやりとりした仲だ。彼女には幸せになってほしいし、荒事から距離を置いてほしい。これまで彼女の人生が苦労に塗れていたのは見るからに明らかで、だからこそこれからは幸せに楽しく生きてほしい。

 

 努力が必ずしも報われるとは限らない。不幸だった人が、幸せになれるとは限らない。

 

 これがこの世界の絶対の真理だ。だからこそ、周囲の人はそうであれと、努力は報われるべきだと、幸せになれるべきだと願うべきなのだ。

 

 冷たい世界の真理を唯一変えうるモノ、人の願いはそうでなければならない。

 

 そうでなければいけないんだ。

 

 しかし、だとしてもどうする? オルタレーネの事は心配だが、かといって彼女のためにウォールランド王国の民を蹴散らすのは道理が通らない。

 

 意見を求めてサルッカスに視線を向ける。私の意図をくみ取った彼は、軽く首を傾げつつ、しばし考えを纏め始めた。

 

『うーーん。そうは言われてもちっさい連中の事情は俺もそんなに興味ないしなぁ。多分、情報さえあれば旦那の方がよいアイディアが出せるんじゃないですかね。そうそう、情報といや、ささいな事かと思って言ってなかった事があるんすけどね。なんか、ウォールランド王国の連中、天幕の張り方が変なんすわ』

 

「グルル?」

 

 変? 私にはごく普通に、軍の天幕にしか見えなかったが。いや、私は前世は現代社会の人間であるからして、中世の行軍の様子なぞ教科書の絵でしか見た事は無いのだが。

 

『うーん、いやね。ウォールランド王国の連中は、林業の森を守るのが主任務なんで、山間部での戦闘が一番得意なんすよ。それが森を出て草原に陣を張っている、っていうのがどうにも。そこになんか意図を感じるというか……具体的にどういう意図なのかは分からないんすけど。あとなんか、自分達の陣地のはずの森側をなんか警戒してる節もあるんすよ』

 

 意図。

 

 意図ねぇ……。

 

 

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