異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
森が主戦場なのに、敢えて草原に陣を張っている理由。見た所彼らは身体も小さく、見た目通りリスの能力を持っているのなら、それこそ木々を利用した高機動戦闘が得意なのだろう。それがあえて、草原に出てくる。確かにおかしな話だ。
森に棲む生き物が、草原を渡ったりする事はままある。そしてそれは、極めて危険なタイミングだ。森では枝と枝の間を素早く飛び交う猿やリスも、広い草原では鈍間な獲物に成り下がる。そこを肉食性の猛禽などに襲われたらひとたまりもない。生活環境の違いというのはそれだけ大きい。
……逆に言うと、そんな不利な所に陣を張っている時点で、戦闘目的ではない?
考えてみよう。仮に彼らが通常通り森に陣を張った場合、どんな事になる? 恐らく、草原の民が森に潜む彼らを見つける事は困難だろう。どこにいるかわからない相手に備えて、広く陣を取る事になる。もし本当に相手の陣地に攻め入るつもりなら、最終的に草原に出るにしてもそちらのほうが有利なはずだ。道理としては。
そして相手の意図がどうしてもつかめない時は、その道理をひっくり返して考えるのが常道だ。
森に隠れれば見つからない。ならば草原に出たのは……見つけてほしいからか?
何故、争う相手に見つけてほしい? それをひっくり返すとどうなる?
……見つけてほしい相手は、別にいる? 想定した敵は、街の人々じゃない?
「……ア゛ッ」
そうだ。
思い出した。
ウォールランド王国の民は、そもそもある存在を探していた。わざわざ使い慣れない軍艦まで出して、湖に調査隊を出して。王国の近くに突如出現した、無視できない未知数の強大な乱数の調査のために。
私だ。
ウォールランド王国が待っているのは、私の方だ!
それならば全て納得がいく。例のイチャモン、スピノを擁する街に、じゃなくて、街を気にしている私に対しての布告だとしたら。街との間にトラブルを生じれば、街の住人に贔屓目を持っている謎の怪物が、必ず様子見に出てくる。それこそが王国側の狙いなのではないか?
いやいや、結論を決めるのはまだ早い。ここには意思疎通が一応可能なこの世界の先輩がいるのだ、サルッカスにも意見を仰ぐべきだ。
「グルグル、グルル」
『? なんすか旦那?』
前足で王国の陣地を指さし、続いて私自身を指さす。何度かやっていると閃くものがあったのか、サルッカスの目に理解の色が浮かんだ。
『あ、あー。王国の連中の目的が、旦那の方って事っすか? ああー、確かにその線はあり得るかも……。考えてみれば俺っちも最初旦那の事を変な魔獣だと思ってたぐらいだし、王国の連中はなおさらそうか……』
流石に理解が早い。それで、私はどうしたらいいのか。
『ううーーん。もし王国の連中の目的が旦那なら、姿を見せればなんらかのリアクションがある、かも? いやでもなあ。だとしても旦那の調査の為に、セルヴェの領土に喧嘩ふっかけるのはリスクとリターンが釣り合ってない気もしますよ? いやそもそも、侵攻自体が道理に沿わないのか……? うーん』
あらっ。思ってたのと違う感じの反応。
いや、しかしサルッカスの言う通りだ。そもそも、王国の方はすでに私の実在と、比較的霊長に友好的、というのは軍艦と接触した事で伝わっているはずだ。その後確かにサルッカスの縄張りに踏み込む過程であちらの領土に侵入したが、別に荒らしたわけでもない。聞いた所、領土に一歩でも踏み込んだら襲い掛かってくるような閉鎖的かつ独裁的な集団でもないようだし、確かにいささかチグハグなところはある。
『あっ』
急に何か思いついたのか、声を漏らしたサルッカスが、やべっという感じに口を押える。いやまあ大きく裂けた鰐の口を手で塞いでいる姿は滑稽でかわいらしいとすらいえるのだが、この状況ではあまり笑えない。
何に思いあたったのか? 言え。
ジト目で見つめていると、堪忍したようにサルッカスがぼそぼそとつぶやく。
『いや、その。王国がスピノの旦那をセルヴェの味方をする未知の獣、って認識してるなら。……その庇護対象にちょっかいしかけたら出てくる、って認識した可能性があるというか……。なんなら、セルヴェの街に強大な戦力がついたので、それを武器に強く出られる前に打って出た、ならそう、おかしくは、ないかなって……』
えっと。
つまり。
……全部私が悪い???
目の前が真っ白になって脚がふらつく。
分からない訳ではない。道理としては通ってすらいる。虎の威を借るキツネ、なんて言葉だってある。この場合、虎が私で、街の人々がキツネだ。私の見る限り街の人々は善良で、あくまで私にたいして感謝を示しているのみだが、他の集団がそれを理解できるかはまた別だろう。
見知らぬ相手の善良さに期待して対策を怠るのは、現実より己の夢想を上位に置くような狂人だけだ。
そのあたり考慮して接触は考慮していたのに、人寂しさに負けてオルタレーネに肩入れし、街の人々に肩入れし、結果、彼らを危険に晒してしまったのなら。
私の、やってきた事は。
「ガ、グ、グァ……」
『だ、旦那はそのあたり、考えていたとは思いますよ? 今回は割としょうがないかと……他の勢力の事を知らなかったし、しょうがないとは思うっすよ……? ね?』
ショックのあまり岩壁に寄りかかる様にして崩れ落ちる私。サルッカスが慰めるように支えてくれるが、彼らの為になるつもりでやった事が酷い迷惑をかけてしまった事へのショックはそう飲み干せるものではない。
だが、事態は私に悠長に落ち込んでいる時間を与えてはくれなかった。
俄かに空気がザワつく感じ。気配とかそういう曖昧なものではなく、はっきりと天幕の方が騒がしい。人の話す言葉、キンキンと金属が鳴らす音。あまり穏やかではない賑やかさ。
まさか。
始まってしまったのか?
サルッカスと顔を見合わせ、隠れ家から顔を出す。
王国側の天幕。歩哨が見張っているばかりだったそちらは、いつの間にか無数の兵士が武装して整列していた。リスのような小柄な獣人達が鹿のような騎獣ともども銀色に輝く鉄の鎧を身にまとい、槍を手にしている。旗のようなものは掲げていないが、彼らの背にはフサフサの尻尾がピンと立ち上がり、話に聞くフサリアの騎兵の羽飾りのようだ。
森の民と聞いていたが、彼らの主要戦力はカタフラクトのようなものらしい。それが草原での戦闘に備えて引っ張り出してきたのか、普段からそうなのかは分からないが、森の木々と彼らの体格差を考えると、森の中でも機動力はそう落ちなさそうにも思えた。キチンと整理された林業の森は、あの位の小さな獣であれば縦横無尽に駆け抜けても問題はないだろう。そして草原においては、その機動力はより大きく発揮されるのではないか。サルッカスから聞いていた話と全然違う、どういう事だ。
勿論それだけでもなく、弓を構えた兵士の姿や、大きな銅鑼を吊るした台車を押している兵士の姿もあった。
兵士の一人が銅鑼を叩く。ドーン、と大きな音が草原に響き渡った。それに合わせて、ジャリ、ジャリと騎馬隊が歩調を完全に合わせて前進する。
それに応じるように、街から来た兵士達も動き始めた。慌てて槍と盾を手にした兵士達が前にでてきて防御陣形を構築する。その数歩後ろに、雑多な装備の冒険者たちが各々武器を手に展開し、さらに後方では弓を手にした兵士や冒険者が、到底戦闘員に見えない服装の人々を後方に誘導している。混乱の中、火にかけられていた鍋がひっくり返って中身をぶちまけるのが見えた。それに気を取られて足を止める待ち人を、熊のように大きな猫獣人が抱え上げて後方に下がっていく。その隣に、金色の髪の少女の姿も見えた。
「グルル……」
駄目だ。装備からして勝負にならない。
街の方は騎馬隊の突撃を受け止め勢いを殺したところで、単体戦闘力に優れる冒険者で逆撃する構えのようだが、カタフラクトの突撃力を知らない素人の浅知恵だ。王国側の騎獣はきっちり鎧を着こんだ重装備。前世においても重装騎兵の突撃は戦場においてはある種の戦略兵器ですらあったのだ、あんなその場しのぎのような防御陣形ではもろとも粉砕される。
介入するしかない。
王国側と敵対する覚悟はない。それでもこのままでは街の兵士が蹂躙されるだけだ。この事態を招いたのが私であるというなら、それを看過する事はできない。
『だ、旦那、これは不味いですぜ……って、旦那?』
皆まで言われなくとも。だが、サルッカスが付き合う事はない。聞いた話では、彼は消極的にだが王国側だ。こんな事態に巻き込んでは今後に大きく差し支えるだろう。それはよくない。
私はサルッカスを物陰に押しやり、すっくとその場に立ち上がった。
先ほども注意されたが、大きな背びれを持つスピノサウルスが直立して隠れられるような都合のいい隠れ場所はそうそうない。
だから、立ち上がった私の姿は、彼らにもよく見えていることだろう。
大きく息を吸い込み、出来るだけ恐ろし気に声を張り上げる。
「GuOOOOOOO!!!!」
ビリビリと空気を震わせて轟く咆哮。王国の叩く銅鑼の音をもかき消すその叫びに、戦場の喧噪が凍り付いたように停止する。
消えていく叫びの余韻を残し、奇妙な沈黙に包まれた戦場に、悠々と姿を見せつける。内心は心臓バクバクだが、それが見て取れないように、出来るだけ太々しく、堂々と、全長14mの巨体を見せつけるように両軍の境界線に向かって歩み出る。
両軍からよく見える位置まで進み、そこで首を巡らせる。街の人々を背に庇うように、王国に牙を剥くように。息を飲んで注視してくる王国の兵士達に向けて、私は地面を強く尻尾で打ちすえながら再度、咆哮を轟かせた。