異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第40話 決して相容れぬもの

 

 

 

 ソレは、一言でいえば、酷く臆病だった。

 

 慎重なのではない。

 

 ただただ、己が傷つくリスクを避ける。効率を重視しているとか、そういうのではなく、ただ自らが傷つくのを厭うのだ。

 

 故に。

 

 ソレが新しく見つけた安住の地。うろつく小さな者達を追い払い、侵入してくる者達を蹴散らしてようやく落ち着いた後も、決してソレは監視の目を緩める事はなかった。

 

 そんな存在に、突如現れた巨大な竜の姿はどう映ったか? 言うまでもない。

 

 距離があるとか、相手はこちらを認識していないとか、そういうのはソレにとって関係ない。

 

 自分を脅かしうる存在が、自分の認識する範囲に存在する。

 

 ただそれだけで耐えがたく、ただそれだけがソレにとって許されない罪である。

 

 だから排除する。

 

 徹頭徹尾、自分の都合だけを振りかざす独善的な行動原理。

 

 他者との共存など端から頭には無い。生存本能は命の本質ではあるが、それも行き過ぎれば邪悪と呼ぶほかはない。

 

 だから、ソレは古くからそう呼ばれていた。

 

 魔獣。

 

 “唯一咲き誇る者”。

 

 

 

 

 私の咆哮を目の当たりにして、王国の陣形が乱れる。巨大な怪物の敵意を向けられて、兵士はともかく騎獣達が恐慌に陥る。隊列を乱し、騎手を振り落とさんばかりに暴れて逃げ出そうとする。

 

 だが相手もさるもの。手綱を操り、恐慌に陥った騎獣を忽ち落ち着かせてしまう。多少隊列を崩したものの、逃走する者は最終的には皆無だった。

 

 相手の主力が騎馬隊という事で、あわよくば咆哮一発で潰走しないかと期待していた私としては実に残念な結果だ。

 

 恐慌こそ引き起こしたものの、騎手に宥められて大人しく隊列に戻った所を見ると、よく訓練されているというか、肉食獣との戦闘経験がそれなりにあるのだろう。サルッカスの話だと林業を守る為に外敵や獣と交戦していたというし。ただ、どうみても平原戦闘に特化した騎馬隊が出てきたところをみるに、どれぐらいサルッカスの話をうのみにしていいのかは怪しくなってきた感もある。彼自身、小さい奴らの事情はあまり知らないとかぼやいてたしなあ。

 

 しかし、どうにも妙な感じがぬぐえない。

 

 兵士達のこちらを見る視線には、強い意志のようなものが垣間見える。まあ私を待っていたのなら、この展開も想定内ではあるのだろうが……その割には、敵意のようなものをちっとも感じない。これでもザリガニだの飛竜だのサルッカスだのと、私の命を奪いうる相手との戦いをこなしてきた経験から言わせてもらうと、やはりこちらに敵意、悪意がある相手と、そうでない相手というのはやはり視線の質が違う。

 

 てっきり、「出てきたな怪物め、かかれー!」という展開を想像していた側としては拍子抜けというか、流れをずらされた感じだ。

 

 しかし、だとしたらこいつら一体なにが目的なんだ?

 

「グルルルゥ……」

 

 相手の出方を伺いながら、じりじりと王国側に歩を進める。王国側の兵士はやや散開気味でこちらを包囲するような陣形を維持しつつも、こちらの歩みに合わせてゆっくりと下がっていく。後退している、というには彼らの眼光の強さが不自然だ。かといって攻撃をしかけてくる様子もない。後方に控えている弓兵なら、今の間合いでも私に攻撃できるだろうに。勿論、ライトニングアーマーを展開すれば防げるだろうが。

 

 街の兵士の方は、何やら完全に動きが止まっている。慌ただしく攻撃に備えたその状態で、ぼけっと私の方を見つめている。……私が出てくるのが予想外だったんだろうけど、せっかく時間を稼いでいるのだから惚けてないでさっさと態勢を立て直してほしいんだけど……。

 

 そう思っていたら、聞き覚えのある怒声が。後方に逃げ遅れたのを搬送した猫女将が、前線に戻ってきて兵士達に激を飛ばしている。怒鳴り飛ばされて慌てて再起動する兵士や冒険者の皆さん。

 

 女将グッジョブである。

 

 さて、これで状況はこちらにとって好転した。あとはおとなしく王国の兵が引いてくれればよいのだが……。

 

 そんな事を考えつつ出方を伺っていた私は、しかし不意に不快な感覚を覚えて首を竦めた。

 

 なんだか言語にしがたいが、とにかく何か嫌な感じがする。お弁当を食べている時に視界の端をハエがかすめたとか、部屋の片隅をGが走り抜けた残像が目に入ったとか、そんな感じ。

 

「グルルル……」

 

 警戒心が高まり、自然と心身が戦闘体勢に移行する。そんな私を見ても兵士達に大きな動揺は見られなかったが、不意に彼らの間に別種の緊張が走ったように見えた。

 

 互いに細かく目くばせをし、まるで道を開けるように左右に展開する兵士達。正面にいる私よりも、何か別のものを強く警戒しているかのように、彼らの注意はあらぬ場所に向いている。

 

 ……森、か?

 

 彼らに倣って、私も森へと視線を向ける。

 

 普段王国の手によって整備されている森は、木々の間隔が一定に保たれ下草も刈られている。おかげで昼でも夜のように暗い、などという事はなく、暗がりに日差しが差込み見晴らしは良い。それでも木々の奥となると、薄く霞がかって遠くまで見通せる訳ではない。湖が近いからだろうか、霧が木々の間に立ち込めており、薄暗いヴェールをかけている。

 

 その向こうから、何かがこちらに向かってくる。ゆっくりと。

 

 大きい。例の熊モドキとは比較にならない。太く育った森の木々が、割りばしのように見えるサイズだ。それに重い。動く度に地面を通して、ズシン、ズシン、と小さな振動が伝わってくる。

 

 形状は、どうにも判然としない。巨大な獣のようにも、虫のようにも見える。

 

 こちらに向かってくるそれが無造作に一本の木をひっかけて、押し倒した。メキメキメキ、と音を立てて大木が倒れ込み、地面を揺らした。その衝撃に森の梢が葉を散らし、数羽の鳥が慌てて飛び立った。

 

 そしてソレが、森から姿を露にする。

 

「キュキュキュキュ……」

 

 日の光の下においても、それが何なのか、私は断言する事ができなかった。

 

 姿形は蟲に似ている。全体的には灰色。太く長い、芋虫のような体躯から、まばらに無数の脚が生えている。体格に比べて異様に短い脚が左右二列、てんで出鱈目な間隔で並んでいるのは、幼児がクレヨンで描いたイモムシの絵のようだ。

 

 特徴的なのは皮膚だろう。生気を感じられない硬い感触だが、岩というには少し生物感が残っている。柔らかくはないが無機物とも言い難いそれは、大木の樹皮を思わせる。

 

 頭部と思われる先端は、丸くすぼめられ、米字状に無数のしわが走っている。目や触覚と呼べるものはない。ただ、ゆらゆらと揺れながらも私に向かってもたげるようにする仕草から、何らかの感覚器官が備わっているらしいのは想像できる。

 

 全体的に、いまいちディティールにかける上に不均整。まるで子供が粘土をこねて作ったお遊びの人形のような見た目だが、そのサイズが尋常ではないため異様な圧力があった。全長は30mを越えているのではないだろうか? もたげる頭は私よりも高い位置にあり、奴の影が私の頭上からかかっている。

 

 なんか、ちょっと見覚えがある。

 

 そうだ、クマムシ。あれを胴体を長くしてものすごく大きくしたらこんな感じだろうか。

 

 いや、しかし。

 

 これはなんだ? 魔獣?

 

 そもそも生き物なのか? 野生動物としての私の勘が、妙な違和感を覚えている。

 

 困惑する私をよそに、ソレは木の擦れるような鳴き声をあげながら、周囲をゆっくりと見渡すような動きを見せた。

 

「キュキュキュ……」

 

 王国の兵士達を見下ろす怪物。それに対し、兵士達は聊かも怯む事なく、鬨の声を上げて挑みかかった。

 

「◆●■ー!!」

 

 後方の弓兵が矢を放ち、左右に分かれた騎馬隊が怪物を挟撃する。矢が堅い音を立てて怪物の表皮に刺さり、騎馬隊が突進の勢いを乗せて槍を振り回して脚へと切りつけた。ガッ、ゴッ、と体表が抉られ、黄緑色の体液がしぶく。

 

 何だ、何が起きている。

 

 何で怪物に対し王国兵が攻撃をしかけている? 私が目的じゃなかったのか? そもそもこの怪物は何故ここに現れた?

 

 状況が読み込めず、事態を見守るしかできない私。しかしいつまでもそう悠長な事はしていられなかった。

 

 怪物の頭部、米字状の皺がもごもごと動く。かと思うと、それはガバリと開き、まるでイソギンチャクのような本性を露にした。無数の触手の中央にはぽっかりと洞が開いており、その中には無数の棘がびっしりと生えそろって歯ぎしりするように蠕動していた。

 

「キュキュ……」

 

 ヒュパア、と空気を割いて頭部の触手が振るわれる。鞭のように振るわれたそれが、飛んでくる矢を打ち払い、騎馬隊を鎧の上から薙ぎ払う。細い見た目とは裏腹に強靭かつしなやか。一本一本が鞭の達人が振るうような巧みな動きで、同時にそれが10本以上同時に振るわれる。たちまちのうちに足元に群がっていた騎馬隊が攻撃に耐えかね、申し合わせたように引いていく。

 

 と、一人の騎兵が下がろうとするところを触手に襲われた。打ち据えられ落馬した彼は、味方の後退に取り残されてしまう。そして素早く伸びた触手が彼を絡めとって吊り上げると、口元までその小さな体を引き寄せた。

 

 まずい。

 

「グァアアアッ!!」

 

 唸り声をあげて突進し、怪物の横から体当たりをぶちかます。その衝撃で触手は騎兵を取り落とし、怪物も悲鳴を上げながら横に倒れ込む。騎兵たちは事前に後退していたので巻き込まれた者はいない。

 

 横目で確認すると、そこそこ高い所から落とされたにも拘わらず騎兵は無事だった。柔らかい草がクッションになったのか、そもそも森に住む彼らは落下に強いのか。すぐに起き上がってよたよた離れていく後ろ姿を確認し、私は目の前の怪物に意識を集中させた。

 

 

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