異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
こいつは駄目だ。
一連の様子を見る限り、明らかに霊長を捕食対象とみなしている。それに、いくらいきなり攻撃されたとはいえ、コミュニケーションの意思が微塵も見当たらない。そもそも喜怒哀楽の類の感情がまるで見て取れない。
意思疎通が可能か不可能かの前に、そもそもその意図が存在していない。
間違いなく魔獣だ。
状況はよく分からないが、少なくともコイツはここで仕留める。
背中のタービンを回転。それによって生成された雷撃を全身に纏う。
「グアアアアォ!!」
「キュキュキュ……」
触手を蠢かせながら立ち上がろうとする怪物を踏みつけて再び地面にたたきつける。触れた感じ、防御力はさほどでもない。このまま胴体を踏み抜いて仕留める。
踏みしめる右足に意識を集中させてトドメを刺す、その直前に、左の視界で何かが高速でうなった。
想定外の一撃に対応が遅れる。
強烈な一撃で、頭ごと体が吹き飛ばされる。激しい衝撃で視界が明滅し、激痛と共に左側の視点が黒く消失した。
「ガ、グガァ!?」
一瞬の浮遊感。恐ろしい事に今の一撃、ライトニングアーマーの上から全長14mのスピノサウルスの体を吹き飛ばしたらしい。地面に叩きつけられ、衝撃に肺の空気が押し出される。苦痛に喘ぎながらも、私は不自然に偏った視界の中で怪物を睨みつける。
起き上がった怪物の背中に、太い触手のようなものが生えている。雷竜の尾を思わせる長く太いそれが、不意を打って私の左側面を打ち据えたらしい。触手の一部が、私のものと思われる赤い血で汚れていた。
「グルル……」
流石に、まともな生物はいきなりあんな太い触手が生えてくるものではないと思うのだが。まあ、今更の話か。今の一撃は授業料としてもらっておこう。
それにしても左目。衝撃で一時的に不明になっただけかと思ったが、一向に視野が回復しない。まさか、失明したか?
普通に考えればショックなはずだが、不思議とそこまで不安には思わなかった。この体が、親からもらったものではなく、なんだかよくわからない神のようなものに与えられたものだから、かもしれない。あるいは、戦闘状態の最中、スピノサウルスの本能で闘争心が優先されたのか。
どちらにしろ、うかうかしていては左目だけでは済まなさそうだ。素早く起き上がり、怪物に向かって牙をむく。
「グアアアアォウ!!」
「キュキュキュキュ……」
私の威嚇を全く意に介した様子もなく、怪物が触手を叩きつけてくる。それをバックステップで回避し、私は雷撃を滞留から放出に切り替えた。
格闘戦は不利だ。ならこのまま、中距離から焼き殺す!
ライトニングブレード。
背びれから放出された電流が、怪物に降り注ぐ。都合のいい事に、無数の触手をひらひらさせている怪物は雷をよく引き寄せるらしく、いつもなら6割強、といった雷撃が、今回ばかりは8割ばかり、怪物へと降り注いだ。
激しいスパークと共に、怪物の全身のあちこちが破断する。触手が半ばから千切れ飛び、汚らしい黄緑色の体液が草原に降り注いだ。
直撃を確認し、雷撃の放出を止める。
……怪物はどこからどう見ても死に体だった。全身は黒く焼け焦げ、その上であちこちが千切れ飛び、ぶすぶすと煙を上げている。完全な感電死体。まだ息があっても何もできず、すぐに死に絶えるだろう。
思ったよりあっけなかった。
私はふう、と息を吐き、左目に手をやった。べったりとした血の感触、どうなってるのか確認するのがちょっと怖い。大丈夫だろうか。これ、脱皮したら治る?
そんな事を考えている私は、完全に怪物の事は意識の外だった。当然だ、相手はどこからどう見ても、完全に死んでいたからだ。
それが。
本当に生物だったなら。
『旦那、危ない!!』
サルッカスの警告にはっと顔を上げる。
完全に死滅したはずの怪物。それが砕けた脚を動かして立ち上がっていた。その背中からはバキバキと黒焦げの体表を突き破り、新たな触手が生えてきている。その触手はすでに大きく振りかぶられ、彼我の距離を越えて私を打ちのめそうとしていた。
対して、私は完全に出遅れた。電撃の力は咄嗟に使えるような類ではない。回避も防御も間に合わない。それでも、危機にあって生き延びるべく、精神が過集中する。避けられないなら、せめて致命傷は避けようと。
加速する時間間隔。しかしその中で、私は怪物以外に目を奪われていた。
草原の一角を走る氷の道。極海に落ちる死の氷柱、その氷結の接吻を思わせる、電光石火で凍り付いて伸びる冷気の伝播。
瞬く間に駆け抜けたそれが、怪物の足元にまで到達する。直後、その氷の道から見覚えのある鱗に覆われた巨体が飛び出した。
サルッカス。
『電気で死なねえならコイツはどうだ!?』
氷を纏った神獣が、文字通りの氷の牙を怪物に突き立てる。忽ち怪物の体表に霜が降り、その動きが加速度的に鈍っていく。奴の冷気の力は私も身をもって体験済みだ、無抵抗に浴びればたちまで骨まで凍り付く。
ならば……。
「キュキュキ……」
特徴的な鳴き声が途中で途切れる。完全に芯まで凍り付いた相手をみて、サルッカスが牙を離して後退した。
そこに、私はライトニングアーマーを展開しながら走り込み、渾身の体当たりをぶちかました。
凍り付いた怪物の躰が粉微塵に粉砕される。バラバラと草原に残骸が降り注ぎ、カラカラと音を立てて転がった。
……流石に。ここまでされれは物理的に何もできないだろう。
今度こそ安堵し、サルッカスに顔を向ける。
助かった。
あとお前、あんな事できたのね。冷気を媒介にした瞬間移動? すげー事できるのな。思えばそこそこ広い縄張りを一匹で守ってるんだし、高速移動技の一つや二つ持ち合わせてはいるか。おかげで今回はそれに助けられたし。
「グルルル……」
『や、出遅れて申し訳ないっす、旦那。……左目、えらい事になってますね。痛くない?』
「グルルルゥ」
いや痛いに決まってるでしょ。なんか今はアドレナリンでてるのか気にならないけど、絶対後できつい。
まさかライトニングアーマーを普通にぶち抜いてくるとは。以前に戦った飛竜より攻撃力そのものは上か?
砕け散った残骸に目を向ける。ひんやりと凍り付いた破片は、そう簡単に溶けそうにはない。原型を残さないレベルに破砕された死体を前に首を傾げる。
一体何だったのだろう? 魔獣……なのは多分間違いないが、動物とも植物とも言い難い相手だった。ファンタジー世界の魔物らしい、といえば飛竜もそうだったのでそう気にする事ではないのだろうが、何かが引っかかる。どうにも、生物らしさを感じなかったというか……。
とはいえもう済んだ話だ。この状況から再生するのはそれこそピンクの魔人でもない限り不可能だろう。それでもどこか不安をぬぐえず、本当に動き出さないだろうな? と眺めていた私は、ふと変な物に気が付いた。
「グルル……?」
なんだろう。凍り付いていない残骸がある。
気になった私は前足を草むらの中につっこんみ、それを掴み上げる。
一言でいうと、それは長い長いツタのようだった。怪物の肌の色と同じ色の、太く長いツタ。前後を見れば、先の方は凍り付いた残骸に繋がっていて、反対側は何やら森の方にずっと伸びている。軽く引っ張ってみるが、先に何かが繋がっている感じはなく、手繰り寄せると千切れた端が手元に引き寄せられた。何か、強い力で無理やりねじ切ったような切れ目に首を傾げる。
なんだろう、これ。
怪物の臍の緒、とか?
サルッカスなら分からないだろうか。もはや大分知恵袋と化しつつある先輩に声をかけようとしたその時、森の方からズズン……と木の倒れる音が響いた。
一つではない。
いくつもの木々が、巨大な何かによってなぎ倒されていく。森の一角が乱暴に開墾されるような有様……開けた木々の向こうから、何かが続々とやってくる。
『お……おい……。ウソだろ……?』
躊躇うように呟いたサルッカスが、気圧されるように数歩後退する。
それを情けないと笑う事はできない。私も全く同じ気持ちで、それこそ自分の正気を疑いたい気持ちだった。
なぜならば……。
「キュキュキュキュ……」
「キュイキュキュキュイ……」
「キュキュキュ……」
森の奥から列を成して現れる幾つもの巨体。
今しがた仕留めた怪物と似通った雰囲気を持つ怪物が、群れを成して森の奥から姿を顕したのだった。