異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第42話 されど、微力

 

 

 悪い冗談としか思えない光景だ。

 

 一匹でも、サルッカスの助けが無ければ仕留められなかった、それも左目を失うという手痛い出血を強いられた怪物。

 

 それが一匹や二匹どころではなく、少なく見積もっても10体近い数が森の中から姿を顕していた。

 

「グルルルゥ!」

 

 惚けていたのは一瞬。すぐに我に返った私は、背中のタービンを全開で発電にかかった。

 

 まだ連中とは距離がある。こいつらにライトニングブレードが有効なのは実証済みだ。

 

 先手必勝あるのみ。

 

「グガアアアッ!!」

 

 薙ぎ払うようにして雷撃を放射する。障害物の多い森の中では十分な威力は発揮できなかったが、それでもかなりの数が電撃の奔流に巻き込まれた。肉体がショートしてところどころで弾け飛び、黒く焼け焦げた死体が前に倒れ込む。

 

 それでも、後続が次から次へと死体を踏み越えて前に進んでくる。いや、違う。

 

 黒焦げになって倒れたかに見えた怪物も、ひび割れながらも起き上がり、よたよたと前に進んでくる。

 

 まるでゾンビの行進だ。

 

 後ろに下がって彼我の距離を維持するが、まるで圧に押されて後退したような形になる。これは面白く無い流れだ。こうやってずるずる後退して、やがて包囲される、というのがゾンビ物の定番だった気がする。なんで異世界でホラー映画のシチュエーションを実体験するハメになっているのだ。

 

『だ、旦那! これ以上下がると、小さい奴らが……!』

 

「グ、グガァ!?」

 

 サルッカスからの有難い指摘にはっとする。前線付近には、まだ王国の兵士が多く残されている。騎馬隊は迅速に撤退したが、弓兵や歩兵、各種随伴要員はそうもいかない。彼らも急ぎ後退を試みているようだが、すでに怪物の一部が彼らに気が付き、触手を振るって攻撃を始めている。彼らを見捨てる訳にはいかない。

 

 さらに後方は街の兵士や冒険者が展開している。あちらには非戦闘員も多くいる、この怪物どもの射程に入ってしまえばどれだけの被害が出るかわかったものではない。

 

 腹を決めて肉弾戦に持ち込むしかないか。いい訳ではないが、先ほど手痛い目にあったのは相手の知識が足りなかったからだ。ああいう事をしてくる、とわかっていれば不意打ちを食らう事はない。

 

 腰を低く落とした私の様子を見て取って、サルッカスが同意するように牙を向いて横に並ぶ。すでにその体表には分厚い氷の鎧が纏われており、彼もやる気十分のようだ。

 

『ええい、何がどうなってる?! これだけの数の魔獣が近隣に潜んでいたとか、いくらなんでも見落とすはずが……。気配も妙に薄いし、何なんだコイツら!』

 

 どうやらサルッカスも、この怪物どもに違和感を抱いているらしい。意思疎通ができない以上、魔獣である事は疑いようがないのだが……なんだろう、このしっくりこない感じ。

 

 いや、そんな事は後だ。

 

 今はとにかく、この目の前の怪物を殲滅するのが先決だ。

 

『旦那、ここまで来たらいっそ突っ込んだ方がいいですぜ』

 

「グルルルゥ」

 

 同感だ。

 

 彼我の距離は大分詰められている。まだライトニングブレードによる掃射を続ける事が出来ない訳ではないが、これ以上接近を許せば、相手の触手による殴打が届く距離だ。その距離は、こちらにとって不利。なんなら思い切り突っ込んで乱戦に持ち込んだ方がまだ勝ち目があるだろう。

 

 サルッカスと歩調を合わせ、眼前の怪物の群れに突っ込んでいく。

 

 

 

 

「◆●★▼!!」

 

 

 

 

 鬨の声。背後から。

 

 振り返るよりも先に、私の横を小さな何かが駆け抜けていく。

 

 セルヴェの街の、冒険者たち。草原を軽やかに駆ける彼らは、各々が手に愛用の武器を手にし、怯む事なく怪物達に躍りかかった。素早い動きで切りつけ出血させると、即座に死角へと回り込みつつ距離を取る。

 

「●●◆!」

 

「★▼■ーーーっ!」

 

 そこへ、背後からの投槍。街の正規兵たちが身の丈の三倍ほどもあるジャベリンを振りかぶって怪物達に投擲した。それらは重量と勢いによって怪物達の表皮に深く突き刺さる。

 

 さらにそこへ、接近する土煙を私は確認した。

 

 退避したと思われた騎兵たち。だがそれはあくまで態勢を整える為の一時的な離脱であったらしく、装備を突撃用の馬上槍に持ち替えた彼らは、突進の勢いを乗せたチャージランスを一匹の怪物の左側面に集中させた。複数の短い脚が粉砕され、怪物の巨体が大きく傾ぐ。騎兵たちは深追いせずにそのまま離脱し、代わりに冒険者たちが群がって追撃する。

 

 魔獣という驚異を前に、王国も街も関係なく、自分自身の力で撃退しようと立ち向かっている。我々という絶大な戦力があるにもかかわらず、それに一方的に頼るのを良しとせず。

 

 それは多分、素晴らしい光景なのだろう。

 

 美しい事なのだろう。

 

 だが私には、遠回しな自殺にしか見えなかった。

 

「キュキュキュキュ……」

 

 現地住民の苛烈な攻撃に、しかし怪物は堪えた様子は微塵も見せなかった。

 

 死角かと思われた部位は突然生えてきた触手によって危険地帯と化し、投げ槍は全く痛痒の素振りすら見せない。

 

 騎兵の突撃は二度目はすげなくあしらわれ、振るわれる触手で騎獣もろとも横倒しにされる。膝をついた怪物に群がっても、あまりの巨体に彼らの刃では刃渡りが足りない。

 

 中には、他と違う動きを見せて触手を切り落とし、怪物に深い裂傷をくわえる者もいる。全員が無力ではない。

 

 だが、微力は結局、無力の類義語なのだ。

 

「グルォオオオオッ!」

 

 唸り声を上げて突進する。標的は、口元の触腕で複数人の冒険者を捕らえた一匹の怪物。まるで弄ぶように、捕らえた冒険者の手足にさらに触手を絡ませて引っこ抜こうとしているそいつの首元に、電流を最大で纏った牙で食らいつく。スピノサウルスは魚食性とされ、顎の構造からしてもティラノサウルスのような規格外の咬合力は持たないが、それを雷撃で補う。首ごと頭を噛みちぎり、冒険者たちを解放する。

 

 と、頭を潰されたはずの胴体から生えてくる複数の触手。大体予想していたので咄嗟に前足でそれらをひっつかんで、じゃがいもの芽をそうするように毟り取る。最後に怪物の体を蹴倒して、至近距離からライトニングブレードを浴びせかけた。大電流を浴びて黒焦げになった巨体を、再生してくる前に全力でスタンピング、踏み砕く。

 

 流石に胴体粉砕、四肢破断といった状態では再生してくる様子もない、か。それにしても、どう考えてもコイツラ、まともな生き物じゃない。頭を潰しても平然と反撃してくるわ、バッラバラにしないと活動停止しないわ、マジでホラーゲームのゾンビか何かってレベルの耐久力だ。

 

 こういうのは何か特攻があるはずなんだが……。ゲーム脳じゃなくて、インチキじみた能力はつまり何か無理を通しているという事であり、その分脆弱性が無ければ道理が通らないという話だ。

 

 首を巡らせると、サルッカスがまた一匹の怪物を氷漬けにして活動停止させていたのが見えた。触手による反撃を多少受けたのか氷の鎧は砕け、その下の鱗にも血が滲んでいるがまだまだやれそうだ。見た所、サルッカスの氷結能力はこの怪物どもを停止させるのに有効らしい。流石神獣の先輩といった所だろうか。

 

 それに対して私の電撃はイマイチ効果が薄いようだ。この能力、強いのは強いのだが、やっぱり汎用性に難があるのではないだろうか。

 

 と、嫌な予感がして左側に振り返る。偏った視界の中で、孤立した冒険者の小集団が3体の怪物に囲まれていたのが見えた。彼らは必至で応戦しているが、明らかに分が悪い。そんな彼らを叩きつぶすために、怪物達が胴体から生やした太い触手を振りかぶるのが見えた。

 

 こいつらに威嚇は効果が無い。私は無言で走り出し、怪物の一体に体当たりをして動きを抑え込んだ。だが他の二匹の怪物の動きは止められない。

 

 やむを得ない。

 

 ライトニングアーマーを最大出力で展開しつつ、冒険者たちと怪物の間に体を割り込ませて盾にする。振るわれた触手は鞭というより丸太を叩きつけられているようだ。鱗の何枚かが吹き飛び、血が飛び散り、骨が軋む。だが無防備に顔面で受けた先の一撃とは違い、ちゃんと防御態勢で受けたおかげでその痛撃は私の命に届くにはほど遠い。

 

 尾に電撃を集中させ、お返しと言わんばかりにたたきつける。極太尻尾の薙ぎ払いを受けて、怪物二匹が揃って後ろに弾き飛ばされた。そこにライトニングブレードを追撃で放ち、まとめて消し炭にする。

 

 あとはトドメだが、目ざとく反応した近くの冒険者が解体に向かった。後は彼に任せていいだろう。

 

 それよりも、かつてない電撃スキルの連続使用で疲労がたまってきた。源泉が無限でも、それを通す私の体に負担が蓄積していく以上、永遠に使い続けられる訳ではない。

 

 正直、きつい。

 

「●■▼!」

 

 足元で冒険者たちの叫び。

 

 振り返ると、体当たりで押し倒した怪物が身を起こそうとしているのが見えた。冒険者達が対応しようとしているが、サイズ差がありすぎて痛打になっていない。

 

 舌打ちしつつ再度ライトニングブレードを放とうとするが、不意に脚の力が抜けて膝をつく。

 

 致命的な隙を晒した私に、怪物が追撃の触手を振るおうとする。

 

 その前に、氷の顎が奴の頭を咥え込んだ。

 

 背後からかぶりついたサルッカスは、そのまま齧りついた相手を振りまわし、巴投げのように背後へと叩きつけた。超低温によって怪物の躰は空中ですでに凍り付き始めており、叩きつけられると同時に木っ端みじんに砕け散る。

 

 怪物の絶命を確認したサルッカスが私に視線を向ける。その目には非難と心配の色合いが見て取れた。

 

『旦那、ちっさい奴らを気にするのが悪いとはいわないっすがちょっとは自分を顧みてください! いくら旦那でも無理があります、この現状! あんたが死にますよ!?』

 

「グルルゥ……」

 

 正論を真正面から叩きつけられ、流石に言い返せない。

 

 これが傍観者から言われたら反感も抱くが、サルッカスもまた、原住民を庇っていくつも傷を受けている。同じ立場で、同じように助けている相手にこう言われたら素直に反省するしかない。

 

 だが、無理をした甲斐はあったはずなのだ。

 

 当初怪物は10体以上いたが、私とサルッカスの奮戦でそのほとんどは倒された。騎馬隊の攻撃力と冒険者の対応力があれば、一匹や二匹なら何とかなるだろう。

 

 膝をついたまま、確認のために戦場を見渡す。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 なんか。

 

 増えてない??

 

『だ、旦那……。森の方から、後続が……』

 

 うん、見えてる。

 

 見れば森の奥から、続々と怪物がこちらに向かって進軍してきている。その数は10以上。

 

 そもそも戦場に転がる撃退された怪物の残骸をよく見れば、この時点で20を軽く超えている。それに、まだまだ増援がくる様子。

 

 

 

 

 

 ああ。

 

 こりゃ無理だ。

 

 

 

 

 

 

「ガ、グゥ、グア……」

 

 何度も膝を落としながらも、よっこいせ、と体を起こす。どうにも息が苦しい、胴体を殴打された時に肺でも痛めたかな。視界もまとまらない。

 

 まあ、動くだけならなんとかなるだろう。

 

『旦那?』

 

「グルルルル……」

 

 訝し気にこちらを見てくるサルッカスを、残った右目でしかと見つめ返す。

 

 なんだかんだ死線を違いに潜って、お互いに色々分かりあえたと私は思っている。口調こそ荒っぽいが、サルッカスはちゃんと考えられる奴だ。感情や状況に流されがちな私よりずっと。だから、ここで取るべき最適解も彼はちゃーんとわかっているはず。

 

 そしてそれをきちんと選択できる奴だと、私は思っているよ。

 

『い、いや、旦那……。さ、流石に……それは……』

 

 ほら。言葉が通じなくても意図は通じた。

 

 戦場を見渡すが、既に抗戦ムードは消えかけている。倒しても倒しても次から次にあらわれる怪物の群れに、すでに士気は大きく下がりつつある。ましてや頼みの綱と言える神獣も、今や血まみれでボロボロ。この状況で戦闘を継続するのがあまりにも無謀だという事を、兵士や冒険者は各々判断しているだろう。今はまだ辛うじて拮抗できるが、些細な切っ掛けで彼我の戦力バランスは崩壊する。そして今後始まるであろう怪物からの防衛線において、ここはまだ緒戦だ。今、ここで大きく戦力を消耗する訳にはいかない。

 

 だが、ただ引くだけでは追撃を受ける。誰かが殿をしなければならない。それも敵を出来るだけ多くひきつけるには、奴らに脅威と思わせられる者でなければ。

 

 この場でそれを満たせるのは二匹しかいない。

 

 そしてサルッカスは駄目だ。怪物達に特攻の能力を持ち、この世界について詳しく、今後も有効な手立てを打つ事が出来る彼をここで失う訳にはいかない。

 

 そうなると必然的に残るのは、私だ。

 

 サルッカスと違い、私はただ強いだけの存在だ。戦術的には存在価値があっても、戦略単位でみると微妙と言わざるを得ない。何よりこの怪物達とは相性が悪い。おまけに既に左目を失い、移動もままならないほどの負傷を受けている。だいたい、そもそも言葉が通じない。

 

 殿を務めるのに、切り捨てるのにそう惜しい存在ではないだろう。

 

「グルルウ……」

 

 ふふ、と小さく笑いが零れる。

 

 死が恐ろしくない訳ではない。正直、震えがくるほど恐ろしい。

 

 怖い。死にたくない。嫌だ。何で。悪い事なんか何もしてないのに。何で。どうして。

 

 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけない?

 

 ……だけど同時に、まあ、こんなもんかな、という気持ちもある。

 

 たくさんの人を守って、惜しまれて死ぬ。私みたいな存在には、勿体ないぐらい、かっこいい生き方だったのではないか?

 

 少なくとも。後悔するとわかっていて背を向けて、その後永遠に、ああすればよかった、こうすればよかったと悩み苦しんで生きるのは、死んでいるのと変わらないぐらい惨めだって事を、私は知っている。

 

 だから、ああ。それなら、納得できなくもない。ああ。

 

 納得、できなくもない。

 

『だ、旦那……。そんな、俺はまた、同じ事を……』

 

 納得していない様子のサルッカスをつついて促す。

 

 頼むよ。この場の皆に言葉が通じるのはお前の方だけなんだ。サルッカスが言ってくれないと、どうにもならない。

 

 そうこうしている間にも、後続の怪物が戦場に近づいている。あれだけの数が乱戦状態の戦場に突入してきたら終わりだ。そうなる前に、早く。

 

『う、うぅ……お、俺は、俺は……』

 

 

 

 

 

『■●×▼、聞●……!!』

 

 

 

 

 

 

 不意に、戦場に鈴を鳴らすような凛声が響き渡った。

 

 大声ではない。まるで耳元でささやきかけるような、奇妙な掛け声。

 

 それは私だけではなく、サルッカスや戦場の兵士や冒険者たちもそうだったのだろう。交戦中ではない、迫りくる怪物達の姿を前にやみくもに武器を構えていた者達が、戸惑ったように周囲を見渡している。

 

 私は、少なくともその声に聞き覚えがあった。

 

「ヴォ、ヴォル……?」

 

 後陣に振り返る。

 

 街から来た後方支援役の非戦闘員たちが退避の準備を進めていた方向。

 

 そこから、銀と金に輝く何かが、戦場に近づいてきている。

 

 オルタレーネ。

 

 見慣れぬ銀色の鎧を身にまとった少女が翼を広げ、声を張り上げた。その声は決して大きくはないはずなのに、距離を越えて私達の耳に届いている。

 

 

 

 

 

『■●オルタレーネ! 聞■、★■◆▼、戦●▲!』

 

 

 

 

 

 日の光を浴びて輝く、金と銀の少女。その姿は、控えめに言って私から見ても、まるで地に降りた女神のようですらあった。

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