異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第43話 オルタレーネの視点3

 

 

 スピノが街を訪れて瓦礫の撤去を手伝ってくれるようになって数日。

 

 あれ以降、もともとスピノに好意的だった街の人は、完全に親スピノ派に傾いた。

 

 それにはオルタレーネが、彼の人となりを積極的にアピールして回ったのも無関係ではないだろう。まあ、迂闊な事を言うと過激派と化して街人を蹴り飛ばしに来る彼女の行動がある種の厄介ファンに見えなかったかというと、多少議論の余地は残るのであるが。

 

 とはいえ美人は得なもので、そういった奇行も愛嬌として受け止められて問題はなかった。

 

 そんな中、凶報が齎された。

 

 友好関係にあったはずのウォールランド王国。それが突如として、兵を領土の境界線に向けて動かしたのだ。それもよりにもよって、スピノによる領土侵犯を理由として。

 

 この事態を前に、街では急遽有力者による対策会議が開かれた。

 

「……分からん。一体どういう事だ?」

 

 議長として着席した青犬のマクガが、額に手を当ててうんうん唸る。そんな彼は毛皮でよく見えないが、領主不在の間に頻発するトラブルに、ふくよかだった頬はすっかり痩せこけてしまっている。しかも今回は外交問題だ。

 

「セルヴェの街が所属する連合王国と、ウォールランド王国は長年友好関係にあったはずだ。何かしらの利益衝突があった事もない。我々と彼らは問題なく共存できていたはずだ。それが突然何故?」

 

「予兆と言えば、街の復興における木材の購入を断られた事がありましたが……いやしかし逆ならともかく、あちらが断ってきて、我々もしぶしぶそれを受け入れた訳ですし……」

 

「スピノ殿が領土に侵入したというのも、もっともらしいですがいくらなんでも言い掛かりがすぎます。神獣の行動に我々が介入できるはずもないという事、ウォールランド王国はよくご存じのはずです」

 

「あちらにはサルッカスが縄張りを構えているからな……」

 

 苦々しく呟くのは白犬のウォルターだ。かつてはやんちゃ、もとい名うての冒険者だった彼は、うっかりサルッカスの縄張りに踏み込んで痛い目を見た覚えがあった。決して暴君でも残虐でもないが、かの神獣は己の定めたルールを逸脱した者を許さない。氷定者、なんていう通り名もそこから来た名だ。それに常日頃から接しているウォールランド王国は、神獣というのが自由な存在である事を、セルヴェの街以上に理解している筈である。

 

 いやまあ、スピノは確かにちょっと変わり者のようではあるが……それでもセルヴェの街の人々の意思でどうにかなるような存在ではない。

 

 だから、恐らく領土侵犯は兵を動かす為の言い掛かり、表向きの言い分であり、逆にいえば何か別の思惑が王国側にはあるはずなのだが……残念ながら、それがさっぱりわからない。

 

 だいたい、ウォールランド王国は木材の輸出によって栄えてきた王国だが、軍備の負担もあって豊かな国ではない。悪戯に兵を動かし、周辺国の不評を買う事は、数値以上に大きな損失となるはずだ。それを覚悟で兵を動かすのだから、それ相応の狙いがあるはずなのだが……。

 

「王国にもギルド支部があったはずだな。何か気になる情報はないのか?」

 

 

「残念ながら大分前から情報封鎖されていてな、新しいニュースはない。てっきり木材絡みで何かがあって、箝口令がしかれてるあたりだと思っていたんだが……」

 

「なんでもいい。何か聞いていないか?」

 

「うーーん……」

 

 青犬のマクガに懇願するように問われて、白犬のウォルターは頭を捻った。傍らの秘書が、何やらもってきていた資料の束を差し出し、それをパラパラと捲りながら記憶を漁る。

 

 ぴく、とウォルターの眉が跳ねた。

 

「……関係あるかは分からんが。王国内の林業者の一部と、連絡が取れなくなっている、という話があったようだな。よくある話だが、範囲が広かったので報告が入っていたようだ」

 

「ふむ。……林業は王国の生命線だ、そちらに何かあれば軍を動かす理由にはなるだろうが……」

 

「だとしても向かわせる場所がおかしい。何故国境線に? 魔獣被害等であれば森に向かわせるべきだろう」

 

 結局分からない事が分かっただけである。顔を見合わせて一同は首を捻った。

 

「ともあれ、実際に兵を動かしている以上、こちらも動かさざるを得ない。軍の再編は?」

 

「急ピッチで進めています。街に守備兵を置く程度ならともかく、外征となるとそれなりの準備がいります」

 

「だろうな。となると、冒険者を先に向かわせて見張らせるというのはどうだ?」

 

「ギルドとしては文句はない。連中の中から物好きを見繕う。何、普段ごろつきを見逃してもらっている恩がある、あいつらも嫌とは言わんさ」

 

「だが補給や雑務はどうする? 手が足りんぞ」

 

「そこは町内会の皆さんに協力してもらうしかないですね……」

 

「一般人を戦場に連れていくのか? とはいえ、背に腹は代えられんか」

 

 ガヤガヤしながらも会議は進行していく。もとより、長年街の運営に携わってきたのだ、修羅場の一つや二つ越えている。少なくとも、絶対的暴力である飛竜の襲撃に比べれば、相手が同じ人間である以上、やりようはいくらでもある。

 

 ただ、ある話題になったところで、彼らはそろって口を閉じた。

 

 

 

 

 

「……そうですか。……スピノ様の行動で……」

 

 街一番の喫茶店、『年経た猫の鍋』。今やこの店の看板娘となったオルタレーネは、話を聞いて顔を項垂れさせた。

 

 話を持ってきたのは、議会の若い衆だ。長い耳と赤い瞳が特徴的な灰色の毛並みの彼は、ひっきりなしに手ぬぐいで額に滲んでくる汗を拭きとりながら、オルタレーネに事情を説明する。

 

「ええ、まあ。そういう事ですので……ですが議会としては、スピノ様と敵対するとかそういうつもりは全くなく。あくまで王国が何らかの意図で軍事行動を起こす上でのカバーストーリー、つまりは言い訳として見ておりまして。問題行動としては見ておりませんので、お気になさらぬよう……」

 

「……はい。それは、よくわかりました。ですが……」

 

「勿論、スピノ様にはこの事は伏せておきます。あの人? の良い竜がショックを受けるであろう事はよくわかりますから、はい。私どもとしては、スピノ様には極力俗世のすったもんだには関わらず、現状のスタンスを維持して頂きたいと思っております、はい」

 

 異様に遜った若者の説明だが、それもさもあらん。

 

 少なくとも街では、オルタレーネをスピノの巫女、という認識で見ている。この場合の巫女とは、神獣の最も近い人間であり、神獣に代わって人々にお触れを出し、俗世の揉め事を神獣の手を煩わす事なく処理する、いうなれば代理人の事だ。最終戦争以降、神獣はそろって俗世と距離を置くようになった事で今や巫女の存在は御伽噺の中の存在になりつつあったが、しかし依然としてその概念は人々の間に色濃く残っている。

 

 ある種の憧れなのだ。巫女は。

 

 そして現状、スピノに最初に接触し、彼と名前を教え合い、スピノが明らかに特別扱いしているオルタレーネを、そのポジションに重ねてみるのは別に不思議でも何でもない。オルタレーネ本人に自覚はないが、今や彼女は街の要人の一人であった。

 

 さらに言えば、今もオルタレーネの背後からじっと剣呑な視線を向けてくる女将の存在も、若者にダラダラと脂汗を流させている理由である。

 

 喫茶店の名物女将。しかしその実体は肝っ玉で議会すら捻じ伏せる町内随一の発言力を持つ、婦人会のドンである。領主代理である青犬のマクガは勿論、今現在連合王国を外遊している領主本人ですら、女将を前にしたら尻尾を丸めてしまう。別に武に秀でてるとかそういう逸話はないのだが、巨体から滲みだす圧倒的なオーラを前にすると誰もが竦み上がってしまうのだ。流石に嘘だと思うが、噂によれば自家中毒で正常な判断力を失っている筈の乱れ毛皮でさえ、不機嫌絶頂な女将を目の当たりにすると踵を返して逃げ出すのだという。

 

 そんな人物にじっと非友好的な視線を注ぎ込まれて、若者は今にも心臓が止まりそうだった。

 

 一体何がそこまで気に入ったのか、この女将はオルタレーネに異常に過保護だ。さらにいうと件のスピノも彼女のお眼鏡に叶ったらしく、その両者にとってあまり愉快ではない話をもってきた若者はどうやら歓迎されざる客として認識されてしまったらしい。若者は心の中でさめざめと涙を流した。

 

「まあ、はい。そういう事ですので……オルタレーネさんは、いつものように過ごしていただければ。はい。なんだったら、落ち着くまでスピノ様の所にいらっしゃっても……」

 

「あの。……今のお話ですと、街の人も駆り出されるみたいなんですが、もしかして女将も?」

 

「え? ええ、まあ。議会としては、糧食関係の管理で顔の利く人に出向いていただければ助かりますので。女将でしたら監督能力でも顔の広さでも実績でも申し分ないので、是非とも」

 

「でも、戦場なんですよね?」

 

「気にするこたぁないわよオルタレーネちゃん! 別にこんなの珍しい事じゃあないさね! 頭の固い連中同士の化かし合いなんてねぇ」

 

 オルタレーネの問いかけに不穏の種を見て取ったのだろう。沈黙していた女将が急に話に入ってきた。先ほどまでと違って、オルタレーネの不安そうな顔を受け止める彼女の顔はこれ以上ないぐらいの笑顔だ。

 

 だからこそ、オルタレーネの心には強い不安が立ち込めた。

 

 だって。今まで彼女の事を思ってくれた、数少ない人々。その人たちとの永遠の別れは、いつも笑顔だったから。

 

「……あの。女将さん。お願いがあります」

 

 

 

 

 

 そして。

 

 オルタレーネは、この世の地獄のような光景を目の当たりにする。

 

「あ……ああ……」

 

 森の奥から押し寄せる怪物の群れ。

 

 今や国境問題も何もなく、押し寄せる災害を前に団結して立ち向かう王国と街の人々。

 

 そしてその中心となって戦う二匹の神獣、スピノとサルッカス。

 

 片や雷、片や氷の力を振るう神獣達は、さながら神話の再現の如く超常的な力で巨大な怪物を次々と倒していく。だが、それでも際限なく現れる怪物達に、だんだんと傷ついていく。

 

 神獣の助力を受けて戦う戦士たちも同じだ。最初こそ神獣が庇ってくれたおかげで損害は小さかったが、神獣達が傷つき衰えていくほどに、加速度的に被害が増していく。

 

 今も、視界の中で見覚えのある顔の冒険者が触手に弾き飛ばされ、地に伏せた。倒れた彼は、そのまま起き上がってくる事はない。王国の兵士達も傷つき倒れ、騎馬隊は半数ほどが騎獣を失い、徒歩で怪物と戦っている。

 

 絶望的な戦場で、しかし彼らは一歩も引かない。ここで引けば、どれだけの惨事が齎されるかわかっているというのもあるが、王国、街側問わず補給班の撤退がまだ完了していない。

 

 特に街側は非戦闘員を導入したのが裏目に出た。怪物の恐怖に足並みを乱す者が続出し、あわやバラバラに逃走するところだった。幸いにして女将が怒声を上げて纏めてくれたおかげで遁走は防ぐ事ができたが、そのせいでこういう場合に最後まで残って皆を取りまとめる女将が撤退を先導する事になってしまった。なんとか撤収が完了しつつあり、今はあえて留まった足の速い者達を残すばかりだ。飛べるオルタレーネは勿論、最後尾になる。

 

 当初の混乱を考えればよく持ち直したともいえる。だがその代償に、前線で戦っている者達は完全に離脱の機会を逸した。

 

 森の奥から迫ってくる怪物の群れが前線に合流すれば、ひとたまりもなく鏖にされる。その前に離脱しなければならないのに、目の前の敵が邪魔をする。戦いながら撤退など、できるはずもない。

 

 詰みの状態だ。

 

 誰かが、殿を務めない限りは。

 

 そして、こういう時に貧乏くじを買って出るだろう相手に、オルタレーネは心当たりがあった。

 

 優しいけれど、常に心のどこかで諦めているあの人。きっと彼はこういう時に、ためらわない。

 

 背筋が凍る。

 

 胃の縁がひっくり返りそうだ。

 

 喪失の予感に、気が遠くなる。

 

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