異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第44話 女王の勅命

 

 

「……ううん、まだ。まだよ」

 

 絶望に落ちそうになりつつも、オルタレーネは涙をこらえて戦場を見渡した。

 

 安全な後方にいるからこそ、自分に出来る事があるはずだ。感情とは別に、理性的な判断でもって、オルタレーネは自らの役目を果たそうと、目を逸らしたくなる戦場に目を凝らした。

 

 幼馴染である侍従は常に言った。感情は物事を成す動力源ではあるが、しかしそれだけでは何もできない。泣いても叫んでも世界は変わらない。それを飲み込み、冷静に、冷徹に物事を俯瞰してこそ、道は開けると。

 

 その信念に従い、オルタレーネは戦場を観察する内にある結論に至った。

 

 あの怪物達は、あまりにも道理が通らない。

 

 魔獣であれど生き物だ。それが首をもがれ脚を千切られ黒焦げにされ、それでも活動するというのは不条理にすぎる。痛みを感じない、という点では植物型の魔獣も世の中にいないわけではないが、それらだって不死身、という訳ではない。むしろ構造としてはもっと華奢であり、致命打を受ければすぐに動かなくなる。痛みを感じないというのと、傷を負っても平気である、というのは根本的に違うのだ。

 

 ならば、そこに何か秘密がある。

 

「何か……何か……」

 

 凄惨な戦場には、いくつもの怪物の死骸が転がっている。凍り付き砕けたもの。焼けこげて踏み砕かれたもの。生気を失ったようにしなびたもの。

 

「……?」

 

 奇妙な違和感を、オルタレーネは気のせいと片付けなかった。直感に従い、しなびた死体を観察する。

 

 妙だ。

 

 他の死骸は破壊しつくされ原型をとどめていないのに、しなびた死体だけ似たような残骸ばかりだ。サイズや部位はまちまちだけど、いずれも怪物の上半身ばかりのように見える。

 

 観察していると、冒険者の一派がまさにその萎びた残骸を作り出すところが見えた。複数の冒険者が連携して怪物に切込み、十分なダメージを与えた上で闘気を使える者が、刃のリーチの十倍近い胴体を一太刀で両断する。

 

 ズン、と切り落とされた上半身が地に沈む。たちまち萎び始める死骸。だが、一方で半身を切り落とされた残りは、何事もなかったのように触手を振り回して冒険者たちを追い払った。流石に傷口が大きすぎ、体液がたちどころに流れ出た結果動きは鈍くなり最終的に動かなくなったが、それでも半身を切り落とされた生き物の様子ではない。

 

 切り落とされた直後に活動を停止した上半身と、そうではない下半身。その違いはどこにあるのか。下半身に急所があり、上半身は囮? いや、それも違う。そうであるならば、全身を焼くスピノの電撃は極めて有効なはずだ。だが実際には電撃で焼き焦がされても怪物達は平然と行動している。

 

 急所とか、生命核があるようには見えない。だとすると。

 

「……まさか」

 

 ある可能性に思い当たり、オルタレーネは翼を広げた。

 

 上空に舞い上がり、戦場を上から見渡す。上から見ると、草原の草花に邪魔されずに、各々の足元が良く見える。

 

 注目するのは、怪物達の足元。

 

 そこに何か隠されていないか。見つめていたオルタレーネは、予想通りの物を見出して歯噛みした。

 

 怪物達の足元、巨体と草木に隠すようにして、細長いヒモのようなものが伸びている。スピノも残骸の中からみつけて臍の緒だと思ったそれが何なのか、俯瞰してみるオルタレーネにははっきりとわかった。

 

 あれは、ツタだ。

 

 そしてそれは全て、怪物に繋がっているものも千切れたものも全て、森の奥から伸びている。

 

「そういう、事ね。……卑怯者め」

 

 急いで下降し、撤収準備をしている補給班の元に向かう。荷物を纏めていた彼らは、空から降りてきたオルタレーネの姿に目を丸くした。

 

「オルタレーネさん?? どうしました、早く撤収しますよ」

 

「すいません、説明している時間がありません。とにかく急いで私にも使える刃物を貸してください! お願いします!」

 

「……何かを見つけたのですね」

 

「はい。あの怪物達は、魔獣の本体ではありません。それを皆に教えないと……!」

 

「ふむ?」

 

 オルタレーネの説明は端的で簡潔だが、俄かには信じがたい。対応に出た年経た犬の獣人はしばし顎をなでて考える仕草を見せると、傍らの木箱に手をかけた。

 

「アルカレーレ人用の武具はありませんが。手が翼になっている人は我々にもいますのでね。これとかどうでしょう?」

 

 そういって差し出されたのは、奇妙な造りの一振りのレイピアだ。

 

 レイピアらしい細く鋭い刀身が、妙に短いグリップから生えている。ナックルガードはなく、代わりに赤いヒモが通してある。鳥系獣人の翼、太い羽毛に紐で結び付けて固定する造りになっているようだ。

 

 アルカレーレ人の翼には羽毛はないが、親指がある。そこに結び付ければ使えるだろう。

 

「装備しますね」

 

「はい。お願いします」

 

「あと、いくらなんでもメイド服で戦場に向かわせる訳にはいきません。おい、誰か、アレを持ってきてくれ」

 

「あいさー」

 

「……? アレとは何ですか?」

 

「すぐに分かりますよ」

 

 老犬が慣れた手つきでオルタレーネの翼にレイピアを結わえ付ける。その間に、別のスタッフが木箱を運んできてその中身をオルタレーネに見せた。木箱の中には藁が敷き詰めてあり、その上に銀色の流麗な細工を施された軽鎧が収まっていた。磨き抜かれているが、細かい所の劣化をみると随分な年代物である事が分かる。

 

「おじさん、これは?」

 

「我々の中から祝福持ちが生まれる事もあってね。体格の違う彼女らの為に十代ぐらい前の領主様があしらえた鎧さ。フリーサイズだから、アルカレーレ人の君でも着れるはずだ。装着に時間はかからないからちょっとまってね」

 

 老犬とスタッフが鎧を木箱から取り出して見れば随分と簡素な造りになっているらしく、前後に分割された胴鎧の上から、肩当と首元を守る部位が一体化したパーツを被せて、紐か何かで固定する造りのようだ。

 

 ”群れ成す人”は個々でバラバラの身体的特徴を持っている。親子でまるで似通わない事も珍しくないため、どのような体系であっても装備できるようにしたのだろう。おかげで、皮膜の翼を持つオルタレーネでも問題なく装着できる。

 

 翼の邪魔をしないように、左右に通した紐で侍女服の上から鎧を装着する。長い年月を経て使い込まれた鎧は服にひっかかる事も皮膜の翼を傷つける事もなくよく馴染んだ。何か特殊な合金でできているのだろうか、非常に軽く頼りないほど薄いのに、それなりの力を入れても凹みもしない。

 

「これでよし」

 

「ありがとうございます!」

 

 装着を終えた老犬達が手早くオルタレーネから離れる。それを確認し、翼を広げて空に舞うオルタレーネ。

 

 前線では迫る怪物達に対し、兵士達が焦りを見せている。それを見てか、負傷し膝をついていたスピノが身を起こすのが目に入った。

 

 彼はもうボロボロだ。左目は潰れ、背中の皮膜もところどころ破れ、脇腹は鱗がはがれ広い面積で出血している。内臓を痛めたのか、苦しそうに咳き込む中に、血が混じっていた。

 

 それなのに、彼は穏やかな目で、前線に迫る怪物の姿を見ていた。

 

 その姿が、侍従の最後に見せた後ろ姿に重なる。

 

 ギ、とオルタレーネは唇を噛む。

 

 させない。

 

 させるものか。

 

 これ以上、この目の前で自己犠牲など……断じて許さない!

 

「…………スゥ……」

 

 大きく息を吸い込む。……“コレ”を人前で披露するのは久しぶりだ。

 

 アルカレーレ人を、他の人々は空を飛べるのが最大の特徴だと思っている。それは別に大きな間違いではないが、アルカレーレ人の中でも上手く飛べる者、飛べない者の個人差は大きく、当のアルカレーレ人は飛行能力を自らに与えられた天恵だとは思っていない。そもそも、他の飛行種族と比べると、アルカレーレ人は飛行能力そのものでも大きく劣っている。

 

 では何を、アルカレーレ人は天恵とみなしているのか?

 

 それは、声だ。

 

 アルカレーレ人達は、他の人々には出せない特殊な声を出す事ができる。彼らの間にだけ聞こえる声でやりとりをしたり、暗闇の中、特殊な叫びの反響で地形を把握する事ができる。飛行能力と違いこれらはすべてのアルカレーレ人が例外なく行え、その事が彼らの強い結束力の源でもあった。

 

 そしてごく一部の特別な血統のアルカレーレ人は、距離を越えて相手の耳元に直接語り掛けるように言葉を届ける事が出来た。

 

 オルタレーネはその血統であり……一族の誰よりも、それが飛びぬけて上手かった。同族でさえも、恐怖を抱くほどに。

 

「戦士たちよ、聞け!」

 

 少女の叫びが、戦場に伝播する。決して剣戟の最中、届くはずもない声量であったにも関わらず、その言葉は戦場で戦う全ての兵士の耳元に届けられた。

 

 例外なく。

 

 いまだ息のある数百名の兵士や冒険者全てに、一部の狂いもなく。

 

「私の名はオルタレーネ! 聞け、戦士たち! 貴方達が今相手をしている怪物達……それはまやかしに過ぎない!」

 

 声を届けながら急降下する。

 

 狙いは、眼下で暴れている三体の怪物。手負いの兵士達を取り囲むようにしているそれらのうち一匹の背後に、音もなく舞い降りる。だが、その様子を見ている兵士がいれば首を傾げただろう。

 

 オルタレーネの降り立った場所は、怪物からいささか遠い。確かに怪物の反撃が届かないかもしれないが、同時に彼女のレイピアも届かない。

 

 だが、それでよい。

 

 これでよい。

 

 着地と同時に、レイピアを一閃。その斬撃は、草叢に隠れるようにしていた怪物のツタを、一閃の元に断ち切っていた。

 

「キュキュ、キュ……」

 

 遅れて数秒後。ツタを断たれた怪物が、萎びたように動きを止める。ぐしゃりと力なくその場にたおれこみ、忽ちの内に干からびて動かなくなる。

 

 その様子を目の当たりにした兵士が、愕然とする。

 

「え?」

 

「は?」

 

 一方、怪物達はそれまでの緩慢な仕草が嘘のように、オルタレーネに向けて触手を振るった。どこか必死さすら感じさせる猛攻を、しかしオルタレーネは身を翻し、風のようにそれらを交わす。“声”によって触手の動きを全て見切っている彼女には、怪物の暴力は一つたりとて届かない。

 

 そしてすれ違いざまに、一閃、二閃。レイピアが冷たく閃き、また新たに二匹の怪物が崩れ落ちた。

 

「怪物達に繋がるツタを狙え!」

 

 一言。オルタレーネが戦場に齎した助言は、僅かなもの。

 

 だがその一言で、戦況は一転した。

 

「こなくそぉ、ふざけんじゃねーよこのペテン野郎ども!?」

 

「だまくらかしやがって覚悟しろ化け物!!」

 

 オルタレーネの能力によって末端の兵士一人にいたるまで情報を共有した戦士達が、言われた通り足元に隠されていたツタを狙い始める。それに対し怪物も必至に阻止を試みるが、それはすなわち攻勢が完全に入れ替わるという事。そして小さな原住民の戦士達からすれば、巨大な、巨大すぎる怪物は隙だらけだった。

 

 次々とツタが断ち切られ、怪物が崩れ落ちる。その様子を見て、崩壊寸前だった士気は一転して最高潮に高まった。

 

「本当にツタ切られただけで死ぬのかよ!?」

 

「やっちまえ、これまでのお返しだ!」

 

「弱点がわかれば、お前らなんかぁ!!」

 

 さらにそれだけではない。

 

「貴方達、右に走って! そちらに小集団がいる、合流を! 貴方達は後退して! 怪物が複数接近している!」

 

 矢継ぎ早にオルタレーネが指示を飛ばす。飛行能力によって上空から戦場を見渡し、個々の耳元に声を飛ばしてオペレートする。現代知識を持つスピノが彼女の能力を把握すれば、その戦略的価値に目をひんむいただろう。剣と弓で戦っている時代に、個別の無線通信が可能な戦闘指揮官がいるようなものだ。しかもその指揮官は上空から戦況を見通している。

 

 これが戦場においてどれほど優位な要素であるか、説明は不要だろう。

 

「キュキュキュ……」

 

 だが怪物も為されるがままではない。声についてはまだ気が付いていないだろうが、独り空を飛ぶオルタレーネに目をつけたのだろう。触手が彼女にめがけて一斉に伸ばされる。

 

 ち、と舌打ちしつつも回避行動に移るオルタレーネ。彼女からすればそうそう当たるような攻撃ではないが、そちらの対処に手いっぱいになれば前線への支援が行えない。

 

「この、邪魔を……」

 

「グォオオォオウ!!」

 

 突如轟く雄たけび。緑の巨体が、オルタレーネを包囲する怪物達に体当たりをぶちかます。それによって崩れた包囲網の隙間からひらりと抜け出すオルタレーネ。

 

「スピノ様!」

 

『俺っちもいるぜえ!』

 

 スピノに続き、サルッカスが怪物達に躍りかかる。彼は全身から冷気の靄を立ち上らせながら怪物達に飛び掛かると、その冷気を広範囲に放出した。

 

 先ほどまでのように、怪物達を芯まで氷漬けにするような超低温ではないが、それでも草木が、汗が、流れる血が、一瞬で凍り付く真冬の冷気が、広範囲にわたって広がっていく。地面にはたちまちのうちに霜が広がり、戦場の一画が瞬く間に冬と化す。

 

 それに巻き込まれた怪物達が、一斉に動きを止めた。

 

 そう。巨体は無事でも、草原に隠れるように伸ばされた細いツタは、この冷気に耐えられない。

 

 動きを止めた怪物達にスピノが次々と体当たりし、ドミノ倒しのようになぎ倒していく。その衝撃で凍り付いたツタが千切れたのか、倒れた怪物達はそのまま干からびた。

 

 サルッカスが呵々大笑と笑い声をあげる。

 

『はっはっは、軟弱者どもが! なるほど、これだけの数がいるのに俺の縄張りに手を出さなかった理由がわかったぜ! てめえら、俺の縄張りにそもそも近づけなかったんだな! あのあたりは常に冷え冷えだもんなあ!?』

 

 戦況は完全に逆転した。

 

 オルタレーネの指揮により、個々で応戦する事を強要されていた兵士や冒険者が、一丸となって組織的に反撃を開始する。致命的な弱点を看破された怪物はそれにより次々と討ち取られ、勢いのままに詰めの増援として向かってきていた戦力までもが悉く返り討ちに遭う。

 

 そしておよそ半刻の後。

 

 最後の怪物がゆっくりと傾き、その巨体を草原に横たえる。

 

「……魔獣、討ち取ったり!!」

 

 王国も街も関係なく、その場に集った全ての者が声高く勝鬨を上げた。

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 その勝利は、真の邪悪の呼び水となる。

 

 

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