異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第45話 The Only One

 

 一方、森の奥深く。

 

 潜入を続けていたガルドルフは、ようやく目的の物を発見するに至っていた。万が一にも気が付かれぬよう、物陰に潜みつつ息を飲む。

 

「これが……やつの本体か……」

 

 森の最奥。植林ではなく、古来からの原生林が残っているエリアの中央に鎮座するそれ。

 

 一言で言えば、光り輝く蕾、といえばいいだろうか。硬く閉じられた巨大な、あまりにも巨大な白い蕾が、内側からの発光でピンク色に明滅している。その周辺には無数のツタが伸び、しばらく伸びた後地面に突き刺さり姿を消している。

 

 この森にこのような植物は存在しない。それに蕾でありながら規則的に脈動するその様はまるで心臓のようでもあり、明らかに異常な存在だった。これが魔物でなければ何だというのだ。

 

 ガルドルフがこの魔獣を発見するに至ったのは、交戦中に感じた違和感からだった。当初、再生能力の高い魔獣だと思っていた彼だったが、刃を交えているうちにそれらが全て違う個体なのではないか? という疑問を抱いたのだ。

 

 そして撤退戦に至るにつれてその疑問は確信となり、同時にある疑惑が浮上してきた。これらの怪物は、本体ではないのではないか、と。

 

 その確証を得るために、ガルドルフは単身森の奥に進み、彼の予想が正しかった事を証明してみせた。

 

 しかし……。

 

「まさかコイツ……伝説にある怪物花、か? 人も魔獣も問わず、自分以外の全てを滅ぼしその躯を肥料にして開花するという……」

 

 ウォールランド王国に伝わる古い古い言い伝え、今時の若者は知らないであろう昔話を思い返し、ガルドルフが眉を潜める。先日セルヴェの街を襲った飛竜も、伝承において“卑冠を頂く者”として謳われた名ありの魔王竜だったという。そろって伝説級の大物が相次いで巷を襲撃するという現実に、何らかの作為を感じられなければ嘘である。

 

 とはいえ、現状で必要なのは真実を知る事ではない。

 

 どうやってこの怪物を排除するかだ。

 

 怪物達が端末である事を見破りこうして本体を探し出したものの、負傷したガルドルフ一人でどうにかできそうな相手ではない。多くの場合、端末を前にだして自分はひっこんでいるような魔物は本体が脆弱極まりないが、コイツは違う。この魔物が伝説にある怪物花であれば、本体の戦闘力は端末の比ではない。それでも本体が後ろに引っ込んでいるのは、そちらのほうが効率が良いとかそういうのではなく、本体が傷一つとて傷つきたくない、そういった病的な臆病さからきているはずだ。

 

「はてさて、どうするべきか……」

 

 思った以上の大物を前に判断しあぐねるガルドルフだったが、しかし事態は彼をのんびりとさせてはくれなかった。

 

 突如、足元から響くような振動。最初は小さな揺れだったそれは瞬く間に大地を揺るがす激震となった。慌てて地面に這いつくばりやり過ごそうとするガルドルフの目の前で、信じられない事が起きる。

 

 ピンク色に輝く巨大な蕾。それがまるで沈むように、地面へと潜っていく。巨大な蕾が瞬く間に地面の下に消えると、今度はやはり激震を伴いながら、地下を巨大な質量が移動していくのがはっきりとわかった。

 

 しばらくの間、とうてい立てないほどの振動に晒されたガルドルフが、その消失と共にやっとこさ立ち上がる。

 

 周辺の景色は一変していた。緑深い原生林は震災によって崩され、辺り一帯の地肌がむき出しになっている。土だけでなく、溶岩が冷えて固まったであろう岩盤も隆起していた。

 

 そして周囲に、あれほど存在感を示していた巨大な植物型魔物の姿はもはや一片も見当たらない。ただ、巨大な蕾が鎮座していた場所に、信じられないほど巨大な大穴が開いているのがその存在の名残を示すばかりだ。

 

「これは……」

 

 まさか自分の接近に気が付いて逃げ出したか? 一瞬そう考えたガルドルフだったが、怪物の潜っていった方角を確認して違うと判断する。怪物は西から来た、逃げるなら西に向かうはずだ。だが、この方角は……。

 

「南西、か。他国との国境線……? 一体何が起きているのだ?」

 

 首を傾げつつも、ガルドルフは当面の脅威は途絶えたとし、急ぎ王国への帰路へついた。彼の見つけた真実を一刻も早く伝えなければならない。

 

 彼は知らない。

 

 今、母国が何に打って出ているかを。今、何が起きているかを。

 

 彼は、知らない。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 “唯一咲き誇る者”。

 

 それは古い時代にその名を遺す、極めて凶暴かつ利己的な、高い知性を持った魔物だ。

 

 知性を持った動植物はこの世界においては珍しい存在ではない。神獣などはその代表例であり、逆にいえば、多少賢しい程度では、異名を持つほどの怪物になる事はあり得ない。

 

 その怪物が魔王とまで呼ばれたのは、その徹底的な……ある種異様なまでの利己主義であり、いっそ臆病といっていいほどの自己保存本能にあった。

 

 自らの領域に侵入する者は蟻一匹許さず、それでいてどれだけ弱者であっても本体はぶつけず、かならず自らの分身に攻撃させる。ほんの僅かな侵入者であっても、どれだけ過剰戦力になろうと多数の分身をぶつける徹底ぶり。しかし、常に考えなしに過剰戦力をぶつけている訳でもない。

 

 厄介な事に、相手が有力な脅威であればあるほど、その怪物は知恵を巡らせた。

 

 情報という資源の価値を怪物はよく理解しており、その管理によって得られる恩恵にも理解があった。それでいて他者との融和の方向にその知性を一切使わないのが、その怪物が怪物たる所以でもあったといえよう。

 

 今回は、新たに住処とした土地の持ち主が古くからある王国であり自分の情報を持っている可能性、近隣に住まうサルッカスという神獣の介入を考慮し、無数に配置した分身を入れ替わりで扱う事で、王国側に「非常に広い知覚範囲を持ち、どれだけ傷つけても再生する怪物」と自らを誤認させる事で、神獣の介入を避けつつ王国からの追っ手を排除した。

 

 そして王国が近隣の国を巻き込んで自分を倒そうとしている事を見て取り、意図的に戦力を集中させた所にまた自らも多数の戦力を送り込み、集結した戦力を滅ぼす事で自身の安寧を確保しようとした。集合した戦力には近隣の神獣と、なんだかよくわからない神獣っぽい奴もいたが、怪物の計算では十二分な戦力を蓄えており、問題なく処理できたはずだった。

 

 だがしかし計算が狂った。

 

 得体のしれない特異個体の介入により、戦局は一転した。あの混乱と乱戦の中であるにも関わらず、どうやってか分身たちへの対処法は速やかに一兵卒に至るまで伝達され、一丸となって対処されてしまった。集結した戦力の大半は健在である、このままでは怪物への対処法が周辺に伝達され、怪物はそのアドバンテージを大きく損なう。そうなれば、再びあの忌まわしい禁域に引きこもる他は無い。

 

 それは嫌だ。

 

 数千年ぶりに解き放たれたのもそうだが、あそこに戻れば、”黒”がいる。戻れば命は無い。

 

 故に。

 

 怪物は己のポリシーを捻じ曲げ、自らが打って出る事にした。

 

 ……怪物は確かに臆病であり、例えその必要が無くても分身に敵の排除をさせる。

 

 だがそれは、怪物が脆弱という事ではなく、むしろその逆。

 

 分身程度が何十匹集まろうと、その怪物本体には遠く及ばない。

 

 その本体が、恐らく数千年の歴史を誇る怪物の生において恐らく初めて、自ら戦いに赴いた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 最後の怪物が倒れた後、戦場は終戦ムードとでもいうべき雰囲気に包まれていた。

 

 当然もはやお互いに刃を向け合う余裕などない。

 

 敵も味方もなく、互いに助け合い負傷者の手当てをする。王国兵が冒険者の肩を持ち、街の兵士が担架で負傷した王国兵を天幕に移送している。

 

 少なくともこれから一戦交えよう、などという気配は皆無であり、穏やかに戦争の狂気は過ぎ去りつつあった。

 

 これで先ほどまで、今まさに口火を切らんと向かい合っていた両勢力なのではあるのだが。いや、しかし推移を見るに、王国は最初からそのつもりはなかったのかもしれない。

 

「グルグル……」

 

 草原の丘陵の上に陣取り、私はその光景を静かに見渡していた。傍らには、医療器具を手にしたオルタレーネ。彼女は先ほどからせっせと私の戦傷の手当てをしてくれている。いやまあ、左目はともかくほかは脱皮したら多分どうとでもなるので、この場において貴重な医療器具を浪費するのはよくないと辞退はしたのだが……残念ながら聞き入れてはもらえなかった。まあ、背後で苦笑いしている医療班らしき者達が止めなかったので、医療品が私の所為で不足する、という事は多分ないだろう。恐らく。

 

 サルッカスはというと、ちょっと離れた所でひっくり返っている。舌をだらんと垂らして逆さになっているのはちょっとぎょっとするが、ぐごごごご、という鼾が聞こえてくるので生きているのは間違いないだろう。戦いの終わりを見届けるなり、「疲れた! 寝る!!」と言い放ってあのあり様だ。さらによく見れば何人か現地住民がその腹を枕にして横になってる。図太いというかなんていうか……。

 

 まあ仕方あるまい。今回の戦いでサルッカスは大活躍だったのだ、その分疲れもするだろう。

 

 草原には、無数の怪物のなれの果てが転がっている。臍の緒だかツタだかを切られて急速に衰弱死した怪物達の残骸だ。今も何人かの兵士が注意深く死体を確認し、ツタを短く切って念には念をいれているようだ。いやあしかし、まさかアレ全部、動く囮だったのは完全にしてやられた。フィクションの世界だと戦う囮とか分身ってありふれてるんだから、私が真っ先に気が付かなきゃいけなかったのに、いやはや。思い返せばあの造形の絶妙なチープっぷりとか、適当な位置にある関節だとか、突如生えてくる触手とか、ヒントはいくらでもあったというのに。というかマンガとかゲームであのデザインが出たらその場で偽物と気が付かないと駄目だよな。

 

 最初に本体っぽいものを見てないと、囮とかいう発想すら出てこなかった自分の想像力の貧困さにゲンナリする。最近はこの肉体(スピノサウルス)に引っ張られてアホをやってるという言い訳でなんとかなったが、いよいよもともとおバカさんだったのではないかという直視したくない現実と向き合う必要があるかもしれない。しょぼん。

 

 まあそれはともかく。この場にいる兵士も纏めて皆が助かったのは彼女のおかげだ。左目が見えない分首を巡らせて視線を合わせると、オルタレーネは私の治療の手を止めてキョトン、と首を傾げた。

 

「◆●?」

 

「グルル……」

 

 どうかしましたか? といった感じで声をかけてきた彼女に、なんでもない、と小首を振ると、彼女は小さく笑って作業に戻った。彼女からすれば丸太のようにふとい手首に包帯を回すのをちょっと腕をあげてフォローを入れつつ、まじまじとその横顔を見る。

 

 それなりに腕に覚えがあるのだろうと思っていたが、あれ程とは思わなかった。素早く空を飛び、着地と同時に剣を一閃し、ツタを切り裂く様はまさに姫将軍か女騎士といった感じで実に様になっていた。それにその後の……なんだか不思議な感じの掛け声。耳元で彼女の声が聞こえたような気がしたが、もしかしてあれを戦場全体に届けていたのだろうか? まさか個人個人全部という訳ではないだろうが、あれがなければ混戦の中、魔物の弱点が分かってもすぐに皆が共有する事はできなかっただろう。そうでなければ処理速度の関係で、あるいは弱点が分かった上でなお押し負けていたかもしれない。

 

 まさに今回のMVPだ。それに比べれば、私など大して役に立ってはいない。

 

「グルルルゥ……」

 

 しかし……それはそれとして疑問は残る。

 

 この怪物達は一体何だったのだろう? まだ本体らしきものが残っている事は想像に難くなく、この場が落ち着いたら本体を探さなければならないだろうが……それはそれとして、もともとこんな芸当ができる怪物がこのあたりに棲んでいた、という事はあるまい。私のように、突如として出現したと考えるのが自然だ。

 

 この突如出現したプロセスが気になる。ついこの間戦った飛竜もそうだが……あちらは飛行能力を持っているから遠方からでもやってこれる。これるが、それで思考停止して良いモノか。

 

 私と同じ神様転生で出現した、という線は考えなくてもいだろう。いきなり異世界に放り出されて、いきなり現地住民の大量虐殺に喜々として臨めるならそれはいろんな意味で同胞ではない。肉体的にも精神的にも完全なる怪物であり、むしろ同胞だからこそまっさきに排除しなければならないだろう。そもそも、確認する方法もないが。

 

 なんだか、嫌な流れを感じる。

 

 平和が崩れる予兆というか。

 

 まあ、そのあたりはこの世界の霊長が自分でなんとかするだろう。私に望まれているのは、その時、必要とされる力を彼らに貸し与える事だ。言葉も通じない、世界の事もよく知らない私がいたずらに首をつっこむものではない。とにもかくにも、今眼前の危機を乗り越えた。まずはその事を喜ぶべきだろう。

 

「……グルゥ?」

 

 不意に。かすかな振動を感じて私は顔を上げた。

 

 他に気が付いた者がいる様子はない。周囲を見渡すが、怪物のおかわりがやってくる様子は見えない。

 

 なんだ、気のせいか……そう思ったところで、本格的にぐらぐらと地面が揺れ始めた。

 

「キャ、キャア!?」

 

『おわっ、なんだっ!?』

 

 あちらこちらから悲鳴が上がり、傍らのオルタレーネも悲鳴を上げてしがみついてきた。やれやれ、地震一つで皆情けない。とはいえ地震大国日本に住んでいるのでもなければ、地震というのはそうそう経験するものでもないだろう。爆睡していたサルッカスも目を覚まして手をわたわたしている。

 

 震度3、といったところか。前世からすればちょっとした揺れにすぎない。しかしこうやって地震が起きるとなると、この世界も地殻運動はあるという事だろうか。

 

 そんな事を考えて周囲を見渡していると、妙な事に気が付いた。

 

 少し離れた丘が、激しい音を立てて隆起し砕けていく。雷鳴のような音を立てて地面が盛り上がり、それにつれて揺れも激しくなっていく。

 

 そして唐突に揺れが止まる。余震も残さずきちりと止まったそれは、これが私の知る自然現象ではない事を示している。

 

 自然、警戒度が高まる。

 

「グルルル…………」

 

『スピノ様?』

 

 戦闘態勢で立ち上がる私にオルタレーネが戸惑うような声をかけてくるが、私はそれにかまわず、隆起した地面に目を向けた。

 

 再び振動と共に、隆起した地面が動き出す。分厚い地層を突き破るようにして、地下から巨大な何かが地上に這い上がってくる。

 

 それは最初、巨大なドリルのように見えた。地上に身を乗り出し、土を払った事でピンク色の地肌が露になり、私はそこでそれが途方もなく巨大な蕾であるという事を理解する。

 

 どこか透明感すらある、結晶のような質感の巨大なピンクの蕾。それが直径数メートルの茨を数本束ねたものに支えられるようにして、地面からそびえたっている。

 

 直立したそれの高さはおよそ15mほど。スピノサウルスの巨体からしても十分すぎるほどの高さ、現地住民からすればほとんどビルか何かにしか見えないのではないだろうか。

 

 まさか、これが怪物たちの本体か!? 口封じのために出てきたのか?!

 

『ちょ、旦那、やばいぜ、周囲をなんか囲まれてる!』

 

「グルルル……」

 

 サルッカスの警告に目を向けると、この場を中心に直径100メートルほどの範囲で猛烈な土埃が上がっていた。にょきにょきと伸びてくるトゲのような根がたちまち壁のようにこの場に残った者達を取り囲む。

 

 しまった。終戦ムードで互いに助け合う関係で、皆がこの場に集まっていたのが仇になった。いや、まさかこれも狙ってこのタイミングで姿を見せたのか?!

 

 戦慄に見上げる私の前で、ゆるゆると成長するように蕾が伸びてそびえたつ。

 

 いくら高いといっても到底空に届くような高さではない。にもかかわらず、あれだけ晴れ渡っていた空はたちまちのうちに曇り、空には黒々とした暗雲が渦を巻く。その中心に、奴の姿があるように私には見えてならなかった。

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