異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
地面を突き破って、複数の蔦が生えてくる。先端がちょっと膨らんだそれは、吸盤の無いイカの触腕のようにも見える。
と、見ている前でその膨らみが急激に膨張した。見る間に形を変えたそれらは、数秒後にはそれぞれが違う怪物を模した形状へと変化していた。
どことなく、いずれも見た事があるような気がするデザインだ。バルーンアートのようにディフォルメされているが、特徴をよく捉えたデザインには覚えがある。
プテラノドン。
ケラトサウルス。
トリケラトプス。
いずれも、白亜紀ないしジュラ紀に生きた古生物のそれに、よく似ている。
ツタで繋がっているあたり、最初に襲ってきた怪物達と同じ、見た目だけ模したダミーなのだろうが……いい加減なデザインだったそれらと違い、これらは随分と手が込んでいる。
本体から直接出現した所といい、精鋭、という事か。
私の感想はそんな所だったが、しかしサルッカスはまた違う感想を抱いたようだ。
思わず、といった体で彼の脚が止まる。その視線は、立ちはだかるように佇む三つのダミーに向けられている。
『んな、その形はパイセン達の……』
「グァオッ!!」
馬鹿、足を止めるな、と吠えかける。恐竜を模した複数のダミーが、サルッカスに一斉に襲い掛かった。
空から飛び掛かってくるプテラノドンの嘴による一撃を、横に転がってサルッカスが回避する。そこに突撃してくるのはトリケラトプス。三本の角を振りかざした重戦車の一撃を、咄嗟にサルッカスは角に牙を立てて受け止めた。多少後退しながらも突進を受けきり、冷気が相手を凍り付かせていく。だが先ほどまで戦っていた無数のダミー達と違い、この恐竜型のダミーは多少の冷気をものともしない。
組み合ったサルッカスの横から、ケラトサウルス型のダミーが襲い掛かった。発達した健脚を振りかざして、氷の鎧の上から強かにサルッカスを打ち据える。暗い草原に、白く輝く破片をまき散らして大鰐の体が吹き飛ばされて転がった。
「グァアアゥ!?」
不味い、いいのが入った。これ以上の傍観はできないと身を起こすが、その横でオルタレーネが翼を広げるのを見て一瞬ためらう。彼女は私と共に戦う気満々だ。
「◆●×! スピノ●◆!」
「グルル……」
正直言うと、彼女には下がってもらいたい。どうしても、近くにいると気になってしまって全力が出せそうにない……が、そもそもそう考える事自体が彼女に対して失礼なのも事実である。だいたい、オルタレーネの助太刀がなければ私達は全滅していた。
彼女は強い。それは分かっているが……それでも戦ってほしくは、ない。万が一という事も、ある。
しかしながら、迷っている時間もまた、ない。
「………グルルゥ! ガアッ!」
「! ◆●、★●◆!」
仕方ない、と彼女を持ち上げると首に跨らせ、そのまま前線に向かう。私の意図をくみ取ってくれたのか、彼女はおとなしく私にしがみつくと、レイピアを振るってチカチカ輝かせながら戦場に声を飛ばした。彼女の激を受けてか、混乱していた兵士達が落ち着きを取り戻す。その中から複数人の冒険者が抜け出して、私と並走した。
いずれもセルヴェの街で見た覚えがある顔だ。あの飛竜と切り結んだ白いのは残念ながらいないようだが……まあ確かに、怪物相手なら正規兵よりもなんでもありな冒険者たちの方が向いているか。
頼りになる増援の姿を確認し、視線を前に戻す。
「スピノ●! ◆×★●!!」
眼前では、倒れたサルッカスにとどめを刺そうというのか、ゆっくりと近づくケラトサウルス型の怪物。私が接近してきた事に気が付くと奴は脚を止め、低く唸りながら右足で地面を蹴った。
ケラトサウルスといえば、中型肉食恐竜の代表格だ。アロサウルスに比べればマイナー寄りだが、恐竜好きへの知名度は比較的高い。その理由は、恐らく多くの場合頭部に備えた角の存在がある。恐竜好きはだいたい特撮も好きなので、この怪獣のような角をはやしている恐竜は、多くの場合両者の橋渡しとなり、ケラトサウルスをきっかけに奥深い恐竜の世界に踏み込んだ紳士淑女も多いはずである。かくいう私も、小さいころはティラノサウルスよりケラトサウルスが好きだった。
実際の所、特徴的な角は戦いに使われることはなく、体つきからしてもそう強くない恐竜であったらしい事もわかっている。敢えて言うなら発達した牙が最大の武器とされているが、この個体は、角や牙ではなく発達した脚部を駆使した格闘戦を得意としているようだ。
まあ、あくまで見た目だけだが。その本質はあくまでザ・ワンが作り出したダミーに過ぎない。しかしながら、至近距離で見るとよく真似ている。四肢のバランスも整っているし、造形の気合が違う。
いや、そもそもなんで恐竜知ってんだろ、コイツ。こういう姿の神獣と遭遇した事があるのか?
いや、そんな事はどうでもいいか。
「グルォオオオゥ!」
雄叫びを上げて突進する。首筋にオルタレーネを乗せているのでライトニングアーマーは使えないが、こいつらの攻撃は防げないのは分かっているのでためらいもない。
正面から向かってくる私に、ケラトサウルスは素早くステップを刻むと、飛び掛かる様に蹴りかかってきた。まるでカンガルーのような俊敏な動きからの鋭い蹴り、足先の鋭い爪がギラリと光る。まともに直撃すれば残った片目も持っていかれるのは間違いない。
が、悪いな。それは一度見せてもらった。
直撃する寸前で首を翻し、蹴撃を回避する。さらにすれ違い様に牙を突き立て、相手の脚を咥えて振り回す。
スピードには自信があったのかもしれないが、あいにくそれより速い飛竜の動きを見ている。そして中型恐竜といっても、白亜紀最大級の巨体を誇るスピノサウルスの前では小柄なものだ。体格が、パワーが違う。
「グアォウ!」
軽く振り回してから地面に強かに叩きつける。この程度で仕留められる相手ではないのは分かっている、狙いはあくまで一時的に身動きを封じる事だ。どんな形状、どんな構造をしてても、地面にビターンと叩きつければ衝撃で動きが止まる。以心伝心、私の狙いを正確にくみ取ったオルタレーネが翼を羽ばたかせて飛び出した。
狙いは言うまでもなくコイツのツタだ。尻尾の付け根からにょろりと伸びているそれに、オルタレーネが刃を振るった。
彼女の剣捌きは見事なものだ。私はレイピアの一閃が先ほどのように、細いツタを一撃のもとに切り裂くと信じて疑わなかった。
故に。
ガキィン、と硬質な音を立てて、剣が跳ね返された時、あまりの驚愕に目を見張った。
「◆●ッ!?」
「グルルルゥ!?」
流石に驚愕する。オルタレーネがヘマったとかではない、音からしてこいつらのツタだけ金属のように硬い。
はっとして視線を巡らせれば、トリケラトプス相手に攻めあぐねている冒険者の姿が目に入った。数人が囮になってアタッカーが背後に回り込みツタを攻撃しているのだが、こちらも尋常ならざる強度に決定打になってないようだ。
本体から直接伸びているのが関係しているのか、こいつらに限ってはツタへの直接攻撃は有効打ではないらしい。だったら、力で押し通すまでだ。
目くばせすると、オルタレーネがさっと後ろに下がる。彼女の退避を確認して、私は至近距離からライトニングブレードを叩き込んだ。超高圧電流で全身が弾け飛び、肉食恐竜のシルエットが粉微塵に粉砕される。怪物達と違い、こっちはそこまで大きくない。逆に全身破壊して行動を封じるのならこっちの方が楽だ。
と、そこで上空から襲い掛かってきたプテラノドンの一撃を身を翻して回避する。素早い一撃だが、ツタという制限と飛行能力の噛み合わせが良くない。私は翼の下に回り込み、だらんと垂れたままのツタに牙をたてた。
思った以上に硬い歯応えが返ってきて驚くが、それは予想済みだ。アロサウルスやティラノサウルスのナイフのような歯ならともかく、スピノサウルスの歯はあまり切断に向いていないから、もともと切断狙いではない。
こっちの思惑は別にある。私は両足を踏ん張って力を籠めると、ツタを引っ張ってプテラノドンを振り回した。遠心力で大きく振り回して勢いをつけると、そのままトリケラトプスめがけて投擲する。
冒険者達が目敏くこちらの行動を確認して離れていく。が、それに目を奪われたままのトリケラトプスは、投擲されたプテラノドンの直撃をまともに受けた。三本の角が翼膜に突き刺さり、互いにもみくちゃになって身動きが取れなくなった奴らに、再びライトニングブレードを浴びせかける。
膨大な量の電撃を浴びた二匹は、そのまま木っ端みじんに砕け散った。
ふんす、と鼻を鳴らし、繰り出された三匹のダミー恐竜の活動停止を確認する。
どうだ、この程度ならどうという事はないぞ、と私はザ・ワンに向かって視線を戻し……少し、いやかなり自分の考えが甘かった事を反省した。
ザ・ワンは変わらずビルのように聳え立ち、こちらを見下ろしている。思えば、三匹のダミー恐竜と戦っている間、奴はちょっかいを出してこなかったが……それは恐らく、コントロールに集中して手を出せなかったとか、そういう理由ではなかったのだろう。
だって、ほら。
奴の根元から何十本ものツタが新たに伸びて、その全てが今まさに、どこかで見た事のある飛竜の首に形を変えているのだから。
にたり、とザ・ワンの本体が嘲笑い、飛竜の首が一斉に牙を剥いた。その喉奥に、見覚えのある橙色の魔法陣を展開する。
咄嗟に味方の位置関係を確認。
……駄目だ。私の後方に冒険者やオルタレーネ、倒れたサルッカスの姿がある。回避したら彼らを巻き込む!
「グルルウァッ!!」
ライトニングアーマー、ライトニングブレードを最大出力で展開。今の私に出しうる限界の雷撃を、広範囲に放出する。
ザ・ワンの無数の竜首が、一斉に炎を放った。流石に一つ一つは本物に及ばないが、それでも数が数だ。広域放射したライトニングブレードと炎が激突し、神力同士が干渉しあって爆発を起こす。それでも相殺しきれなかった炎が煙を貫いて伸びてきたのを、私自身の体を盾にして後方に届くのを防ぐ。
背後から甲高い少女の悲鳴が聞こえた。