異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
ああ。御免よ。吃驚させたね。
「ガ、ググ、グルゥ……」
一連の攻撃をなんとか防ぎきり、しかし膝をつく。これまでの戦闘で鱗が大分剥げていたせいで、炎が直に肉を焼くなんとも悍ましい感覚をひしひしと感じる。自分の躰なのにところどころ痛覚がないというのは、なんていうか実に気持ち悪い。
だが、防ぎ切った。
私は大分ボロボロだが、まだサルッカスがいる。兵士や冒険者達も健在だし、相手の手札も分かりつつある。
まだまだ勝負はここから。9回裏からが本番、ってね……。冷静に考えると無理があるが、だからって勝ち目がない事を認めてもしょうがないだろう? 自分を鼓舞しながら、私は踏ん張って膝を上げた。
眼前は煙に覆われているが、その向こうにザ・ワンが居るのを感じる。この煙を目くらましに、今の内に接近する。本体の繰り出すダミーは、精巧で特殊能力まで再現しているが、パワーがない。正しくは、元ネタを再現しすぎてスピノサウルスの肉体スペックに及んでいない。格闘戦に持ち込めば、まだ勝機は……。
そこまで考えて、私の感覚がすぐ近くまで接近している敵の存在を感知した。
煙を突き破って、氷を纏った巨大なワニの顎が襲い掛かってくる。
サルッカス!? 何故!?
困惑は一瞬。今もサルッカスは私の後方でぐったりと倒れている。それは間違いない。じゃあ、これは、まさか……。
雷撃の鎧を腕に集中させて上あごを受け止める。そのまま脚で下あごを踏みつけると、私は思い切り相手のアゴを口から引き裂いた。
バギバギバギ、と音を立てて巨体が引き裂かれる。スプラッタ映画さながらのフェイタリティだが、傷口からは一滴の血も噴き出すことはなく、代わりに繊維質の触手が傷口で蠢いている。引き裂いた肉塊を投げ捨てて、私は前に向き直った。
今度は四方から雷撃が飛んでくる。
幸い、ライトニングモードの私には、外部からの電撃はほとんどダメージにならない。まとわりつく藪蚊を払うように電撃を振りほどくが、不味い事に今の攻撃でせっかく身を隠してくれていた煙が吹き散らされてしまった。
暗幕が晴れ、わずかに炎が燃える草原が視界に広がる。いっそ派手に燃え散らかしてくれればよかったのだが、残念ながら生の草木は燃えにくい。
おかげで、認めたくない現実がはっきりと見える。
そう。
私を取り囲むように佇む、何匹ものスピノサウルスの姿が。
「キュキュキュキュ……」
「キシュシュ……」
再現率としては、60点という所だろうか。大きな背びれや細長い顎はまあよく見ているが、微妙に体のバランスがかっこよくない。もう少し審美眼を養った方がいいだろう。というか少し後ろ足が短すぎない?
……いや、まあ。うん。ちょっと現実逃避するにも限界があるか。
見上げると、こちらを見下ろしニタニタと笑うザ・ワンの複眼と目が合った。視線を戻すと、眼前には無数の私自身のコピー。さらに追加で、サルッカスのコピーがむくむくと膨らんでいるのが見えた。
成程。
これがコイツの真の能力か。
神獣だろうとなんだろうと、見た相手を特殊能力込みで再現する。先ほどの恐竜三匹組も、過去にコイツと戦った神獣だったのだろう。あれらが特殊能力を使ってこなかったのは、多分、データを取った時には特殊能力までコピーできてなかった、といったところか?
それだったら、新しいネタはさぞ使い勝手がよいだろう。なんせ電撃を操るスピノサウルスと、氷を操る巨大ワニだ。強いに決まってる。
おまけに数は無制限のようだ。一体辺りの能力の再現度に限界があっても、それを数でカバーする。実に合理的である。
もしかすると、ザ・ワンが直接出てきたのは私達を確実に仕留める以外に、新しい神獣の能力をレパートリーに加えるのも目的だったのかもしれない。
いやあ全く困ったね。
はははは……。
ははは……。
「GUUUUUUUUooo!!」
いやマジでいい加減にしやがれ!!
最後の力を振り絞って突撃する。
立ちはだかった一匹目を叩き伏せて首を引き千切り、前に進む。右手から噛みついてきた相手を右腕で受け止め、左から飛び掛かってきた相手に電撃をぶち込んで吹き飛ばす。
だが背後から飛び掛かってきた四匹目に上からのしかかられ、脚が止まった所で首のない一匹目が脚にしがみついてきた。二匹分のスピノサウルスの重量で脚が止まった所に、次々と他の奴らがのしかかってくる。気が付けば数匹に上から押さえ込まれ、両手両足に食らいつかれ、私は完全に身動きが取れなくなっていた。
まとわりつく連中を吹き飛ばそうと電撃を放出するが、力が全然入らない。それにどうにもコイツら、私と同じく電気に抵抗力があるようだ。こなくそ。
地面に押さえ込まれながら、残された右目でザ・ワンをにらみつける。私を見下ろす化け物は、ニヤニヤと笑いながら、先端の尖った触腕を見せつけるようにゆっくりと近づいてくる。くそ、首を絞めるのか突き刺すのか知らないが、私にあれでトドメを刺すつもりか。ことさらにゆっくりなのは、生き残っている他のメンバーに見せつけてその心を折るつもりだろう。悪い意味でばかり人の心理に精通している奴だ。まあ、私が死んだところで残されたサルッカス達の心を折れるかというと微妙な処だと思うが。所詮は怪物だ、そのあたりの機微には疎いと見える。
やれるものならやってみろ、どうせ一度死んだ身だ。最後の最後まで齧りついてやる。
そうやって睨みつける私の視界に、一陣の風が吹いた。
ギキィン! と触腕を弾く銀の刃。風に靡く金色の髪。
オルタレーネ。
身一つで飛び込んできた彼女が、私の眼前でレイピアを構え、かばうように立ちはだかっていた。
「グァ……ッ!」
想定外の闖入者に言葉を失う。
何故。どうして。
……いや。……本当は、分かっている。
彼女は私を、助けに来たのだ。
「◆●×ッ!」
シュルシュルと伸びてくる触腕。それを、オルタレーネが気合と共に跳ね返す。だが、私からすればミミズのように細い触腕も、彼女からすれば大木の幹のように太い。おまけに鉄以上の硬さをもつそれを受けるのは、彼女にはすさまじい負担になるはずだ。
にも拘わらず、彼女は二度、三度と伸びてくる触腕と切り結んだ。全身を踊る様に捻り、小さな力を振り絞ってレイピアを振るっている。
ピッ、と見守る私の頬に何かが飛んだ。一瞬汗かと思ったが、スピノサウルスの鋭敏な嗅覚はそれが何なのか敏感にかぎ分けていた。
血だ。
見れば、レイピアを握る彼女の指からは、ダクダクと血が流れていた。当たり前だ、体の構造状、彼女はしっかりとレイピアを握りしめる事ができない。そのためヒモで無理やり縛り付けてレイピアを保持するという無理をしている。その状態で、鉄の柱のような触腕と何度も切り結んだら、それこそ自分の身を刻むようなものだ。
なのに、彼女は一歩も引かない。下がらない。嬲るように伸びてくる触腕相手に、なおもレイピアを振るう。火花のように、血が弾けた。
……そう。
戦力差は圧倒的。本来なら一瞬でひねりつぶされてもおかしくない。なのに戦いが成立しているのは、奴が。ザ・ワンが、オルタレーネを嬲って遊んでいるのだ。
ようやく理解する。奴は、私が思っているよりも遥かに冷酷で、残虐で、人の心というものをよくわかっている。
奴は、私に見せつけているのだ。
私が大切に思う相手が、自ら身を散らして息絶える所を、私に。
「グ、ガガガ、ガッ!?」
力を振り絞って起こそうとする身を、「黙ってみていろ」と言わんばかりに凄まじい力が押さえ込んでくる。いつのまにかスピノサウルスの形を捨てて太い触腕に戻った奴のツタが、私の体をぐるぐる巻きにして動きを封じている。これでは文字通り指一本動かせない。
「グ、グアッ、ヴォル、ヴォルルゥ!」
駄目だ。逃げてくれ。自由が残されている口で必死に彼女の名前を呼ぶが、彼女は優しく微笑みを返すだけでその場を離れようとしない。私を庇うように、なおもレイピアを振るい続ける。
駄目だ。
なんで。
どうして。
……いや。分かっている。私が彼女を特別に思うように、彼女が私を特別に思っている事ぐらい。いくら人に見切りをつけていても、それぐらいをくみ取る感情は残っている。
だが。だがそれは、違うんだ。
「グ、グルルォ! グァアアッ!」
確かに、私は彼女を助けた。あの雨の日、湖の畔で。
だけど、それはたまたまなんだ。たまたま、私だっただけなんだ。
オルタレーネ。君が私を思う気持ちは、ただの偶然だ。私がたまたま、君をあの雨の日に助けたから、私に感謝してくれているのだろう?
それはつまり、他の誰かが君を助けたなら、きっと君は同じようにその人に感謝し、特別に思ったという事だ。
その程度の事なんだ。
ただの確率、ただの偶然。誰でも代替できる、特別な運命でも何でもない。
そんな事に、君が、命を捧げる理由なんて……!
「ヴォル、ヴォルルゥ!」
血を吐きながら必死に呼びかける。
どうしてわかってくれない。君なら、わかるだろう? 逃げてくれ。私の事なんかどうでもいい。どうして……!
金の少女が振り返る。
優しく耳に触れる、鈴のような声が聞こえた。一瞬、世界に私と彼女だけしかいないような、不思議な静寂がこの場を横切る。
どうしてか。その時だけは、私は彼女の言葉を理解できた。
「確かに、貴方が私を助けてくれたのは、たまたまだったのかもしれません」
「でも、あの晩。気を使って狸寝入りをしてくれたのは貴方です。悲しむ私を慰めてくれたのは貴方です。名前を交換して、一緒に笑ってくれたのは貴方です。他の誰かじゃありません」
「貴方にとっては特別な事じゃなかったかもしれません。でも私には、それで……」
振るわれた触腕が、ついに彼女のレイピアの刀身を折る。抵抗手段を失ったオルタレーネを、ついに触腕が捕らえた。一瞬のうちに彼女の体に巻き付き、ギリギリと締め上げる。カハッ、と彼女が息を吐くのが見えた。
やめろ……やめろやめろやめろ。
よせ。やめろ。やめてくれ。
私の見ている前で、みるみるうちにオルタレーネが弱っていく。それを、上から怪物が見下ろしている。
ザ・ワン。
唯一咲き誇る者。これまでも多くの命を、ああやって踏みにじって、奪って、それを嗤ってきたのだろう。奴にとってはこれまでと変わらない、いつもの事。
そうやって、多くの特別を、これからもずっと、在る限りは未来永劫。それを悪と呼ばずして、何を悪と呼べばいい? そんな者の存在が、果たして許されてよいのか?
ああ。
……違う。
やめろじゃない。逃げろじゃない。違う。私がするべき事は、違う。
『……許さない』
弾かれたように奴が私を見る。
盲が晴れたかのようだ。天啓を受けるとは、こういう事かもしれない。
何をすべきか。今なら、はっきりと理解る。
『思いを。愛を。願いを踏みにじるお前を』
ガチリ、と体の奥でスイッチが切り替わる。
この感覚には覚えがある。あの湖で、勘違いでオルタレーネがサルッカスに襲われてると思った時。あの時私は、自らの持つ力では足りないと自覚し、それ以上を強く求めた。
同じように、自らに今以上の力を求める。私は知っている。飛竜戦で雷の力に目覚めた時、同時に他の多くの可能性を自らに確かに見た。
それを新たにこの体の奥底から、引っ張り出す……!
『“我ら”は二度と許さない……!』
身を縛る戒めが、灰になって崩れ落ちる。身に積もる灰を払い、自らの内からあふれ出さんばかりの熱を、怒りと共に吐き出した。
危険を察した奴が、周囲から無数の触腕を伸ばしてくる。それを、吐息一つで放った熱波で全て焼き尽くす。オルタレーネを捕らえていた触腕も半ばから燃え尽き、彼女の体を開放する。力なく落ちる彼女の体を、両手をそろえてそっと受け止めた。
腕の中で、弱弱しくもまだ小さく息をしているのを感じる。ああ。良かった。まだ生きてる。
安堵しつつ、不意を突いたつもりだろう、背後から伸びてきた触腕を焼き尽くす。一瞬で灰になったそれに一瞥もくれず、私は振り返り、唖然とこちらを見つめているサルッカスに視線を向けた。
『サルッカス。彼女を頼む』
『……ス、スピノの旦那? え? こ、この気配って……ええ? マジで??』
我に返って歩み寄ってきた彼に、オルタレーネの身柄を預ける。まるで子供のワニをそうするように、大きなアゴで優しく彼女の体を預かるサルッカス。これでとりあえずは安全だろう。
『離れていろ。……多分、加減が利かない』
『あっはいわかりました』
大慌てで距離を取るサルッカスを見送り、ザ・ワンに向き直る。
奴はこの状況がよほど気に入らないのか、先ほどまでの嘲笑はどこへやら。歯ぎしりするような様子で私に睨みを聞かせている。威嚇するように、奴のツタが次から次へと生えてきて、様々な怪物に姿を変える。
凄まじい物量だ。大本はたった一匹なのに、今や見渡すばかりの大軍だ。
勝ち誇ったようにザ・ワンが嗤う。先ほどまで何もできずに死にかけていた奴が、ちょっと新しい力を手に入れたぐらいで私に敵うと思ったか? そう、ありありと表情が語っている。
まあ、確かにそうだ。
私は事実、お前に歯が立たなかった。いいように蹂躙され、危うく目の前でオルタレーネを失う所だった。新しい力を得ても、その事実は変わらない。
だが、だからといって、過小評価されるのは頂けないな。
「グルルルゥ……」
なあザ・ワン。お前、この世で一番大量の電気を発生させているのがなんだか、知ってるか?
「グォォオオオオウウウッ!!」
新しく覚醒した熱量を操る力を、足元を通じて地下深くに伸ばす。
あった。
地下深く、地底の底で脈動するマントルを感じる。星の血潮ともいわれる、圧力による高熱で溶けた岩石。それに干渉し、一気に地上に噴き上げる。
そしてマントルというのは、ただ熱いだけの液体ではない。岩石が解けるほどの圧力をかけられたそれは、同時に凄まじい摩擦を引き起こしている。つまり、時に大量の電気エネルギーをもうみだせる、という事だ。通常は溶岩自体の通電性が高いため拡散してしまうそれを、今の私なら取り込むことができる。
熱を操る力で地表にマントルを引き寄せ、それを利用して大電力を生成し、それを取り込む。それによって私の力が高まり、さらにマントルを引き寄せ、電力を……。
まさに無限ループ。それにより際限なく私の力が高まっていくのを感じる。その影響か、あれだけ疲労の極みにあった肉体に活力が漲っていくのが分かる。体表の傷つき焼けこげた皮膚がバリバリとはがれて燃え尽き、その下からは熱や電気をものともしない新しい肉体が現れる。なんだか失った左目もムズムズしてきたかと思うと、不意に視界が大きく開けた。いや、違う。
これは……潰された左目も再生しているのか。
「グルルルルル……グアァア!」
地上に噴出し、私の足元に蟠るマントルのプール。普通であれば忽ち黒焦げになってしまうはずだが、なんだか今の私にはちょっと熱いぐらいにしか感じない。それだけでなく、マントルに意思を通し、私はそれを鎧のように身に纏う事すらできた。電撃を纏うのがライトニングアーマーなら、これはヴォルカニックアーマー、という所か?
そう。今の私はまさにバーニングスピノサウルス。溶岩よりも熱い竜!
「グォオオオオオオ!!」
「キ……キシュアアア!!」
雄叫びを上げて進撃する私に、ザ・ワンが初めて、叫び声をあげてそれに応えた。
地響きを鳴らして突進してくるコピー軍団。物量で言えば私のそれの数十倍。真正面からぶつかれば勝負にならないだろう。
それを、熱波によって一蹴する。飛竜をコピーした事で多少の熱耐性は得ていたようだが、マグマのそれをも上回る今の私が放つ熱放射に耐えられるものではない。一瞬で芯まで炭化し、その場に崩れ落ちる。
だが敵も馬鹿ではない。私の放つ熱波に備え、部隊を複数の隊列に分けてきた。熱波の放射で消し飛んだ第一陣を踏み分けて、やりすごした第二波が襲い掛かってくる。
電撃を纏って掴みかかってくるコピースピノサウルス。牙をむいて噛みついてくるそれの鼻面を、前足で鷲掴みにする。直後、身にまとった炎が相手に燃え移り、炎上する。崩れ落ちる残骸には目もくれず、今度は大きく両腕を振った。振り払われた炎が意思を持ったように敵に絡みつき、燃え上がる。何匹かかってこようと、今の私の敵ではない。
あくまで電撃しか使えなかった時の私のコピーにすぎない奴らに、炎熱耐性はない。手を下さずとも、しがみついてきた奴が勝手に炎の鎧で燃え上がって自滅する。
もともとの素材の相性もあるのだろう。生木がいくら燃えにくいといっても、溶岩の熱に耐えられる訳ではない。水分は一瞬で蒸発し、そして乾いた繊維質はよく燃える。
「キ、キシュシュシュ……!」
自慢の手勢が全く相手にならない事にザ・ワンが戸惑ったような声を上げる。が、すぐに何かに思い当たったように、ニタリと奴は笑った。
そう。ザ・ワンの売りはコピー能力だ。相手が新しい力を手に入れたなら、それをコピーして新たな手勢を増やせばいい。そう考えたのだろう。
にょろにょろと生えてきた新しいツタが形を変えていく。見た目は一緒だが、恐らく今の私をコピーするつもりだろう。
これでは鼬ごっこだ。いや、もともとの存在規模では奴の方が大きく上回っている事を考えると、明らかに私が圧倒的に不利。本来ならば絶望を覚える局面だった。
そう、本来ならば。奴はこの期に及んで、わかっていない。
サルッカスは言っていたではないか。
神は、違う世界から我々の事を見ていると。
見ている内に完成した最新版のコピースピノサウルス。ザ・ワンは醜悪に笑って、それを前に繰り出した。
直後。
作り出されたコピーが、炎を上げて炎上した。
まるでガソリンをたっぷり染み込ませた松明のように燃え上がるコピー。その炎は瞬く間にツタへと燃え広がり、ついにはザ・ワン本体にも延焼した。炎に包まれ、咲き誇る怪物が身を悶えさせて悲鳴を上げる。もし奴に人の言葉を喋るつもりがあるのなら、「何故だ!? コピーは完璧だったはずだ!?」とでも、子悪党らしい事を叫んでいたかもしれない。
本当に、わかっていない奴だ。確かに奴のコピー能力は驚異だが……今の私が、尋常な状態ではない事は明白である。明らかに私自身の持ちうる可能性を超えている。いくら魔法の力を手に入れたスピノサウルスといっても、溶岩を操り身にまとって力にかえるなんて芸当、出来るはずがない。何か、大きな意思の助けを感じるもので……いくら奴のコピー能力が優れていても、それまで再現できるとは到底思えなかった。
お約束といえば、お約束。本質を見誤り、力だけを盗んで使う事だけしか考えてこなかった、その末路だ。
これまで散々他人を踏みにじってきた自らのコピー能力。それによって自ら燃え上がるザ・ワンにトドメを刺すべく、私は力のすべてを振り絞った。奴に相応しい死に様はすでに決めている。
灼熱のスピノサウルスといえば、やっぱ最後の必殺技はアレだろう。
溶岩を吸い上げ、頭上で集積。それを圧縮して、円盤状のカッターを形成する。元ネタだったら背ビレを高速回転させて切り刻むのだが、あいにく流石に肉体構造の限界は超えられないので、その代わりという事で。
『裁きの時だ』
「キシュ、キシュアアッ!!」
炎にまかれもがき苦しみながらも、ザ・ワンは牙を剥いた。もしかすると奴にも、他者を踏みにじってきた悪としてのプライドでもあったのかもしれない。大きく顎を十字に開き、巨大な魔法陣を展開する。全身全霊の力を込めた、恐らくは奴自身のオリジナルの最大攻撃。
なるほど。譲れない一線の一つぐらいは、奴にもあったのか。
残念ながら、それは手心を加える理由の一つにもなりはしないが。
漲る力の全てを注ぎ込み、灼熱の刃を解き放つ。
『ジェノサイドォオオ……カッタァアアア!!』
「ギギィ……ギュアアアアッ!」
高速回転する灼熱のディスクソーが、ザ・ワンめがけて放たれる。対してザ・ワンは、展開した巨大な魔法陣から、神気そのものを収束し巨大なビームとして放ってきた。
数千年を生き、広大な範囲から吸い上げた膨大な量の神気を収束したそれは、なるほど、ザ・ワンでしか成しえぬ大偉業であったかもしれない。
だが、収束した灼熱の刃が、唸りを上げてそれを正面から切り裂いていく。
それを見つめるザ・ワンの複眼が、何故、と訴えてくる。
自分が負ける道理はない。戦略において、自分に落ち度はなかった。なのに何故。こんな唐突に降ってわいたような力の前に、敗北を喫さねばならない? 道理が通らない、理不尽だ。こんな事はあってはならない。
それに対して、私はハッキリと答えよう。否、と。
『違うな。お前は私に負けたのではない。これまで積み重ねてきた自らの悪行、その報いが今、巡ってきただけだ。私はただ、それを代行したに過ぎない』
「ギ、ギァアア……!」
『お前は知っていたはずだ。神は見ている。良い事も、悪い事も。ただそれだけだ』
『神罰、執行』
そして。
ザ・ワンの渾身のビームを突き破った灼熱の刃が、奴の体を真っ二つに両断した。