異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
この話で2部は完結となります。
勿論ノンストップで明日から3部を投稿していきます。これからもよろしく。
戦いは終わった。
ジ・オンリー・ワンは炎の中に滅び去った。
残された兵士達と冒険者は、当然ながら争う事はなく、互いに母国へと速やかに撤収。それにより、二つの国の衝突、及び魔王級魔獣による近隣被害は終わりを迎えた。
それから、一週間ほどの時間が流れた。
◆◆
サハラの湖の湖畔。
サルッカスとオルタレーネに見守られながら、私は一人、目を閉じて念を込めていた。
「グググググルゥ……」
「スピノ◆、●■▼~~」
『旦那、ファイトっす! あと少し!』
精神を集中させ、足元の地面、地下深くに意識を向ける。
真っ暗な闇の遥か向こうに、辛うじて脈動する溶岩の存在を感じる。か細い繋がりを手繰り寄せ、それを地上に引っ張り上げる。それはポイで金魚をすくうような、いつ途切れてもおかしくはない非常に頼りない繋がりであり、その制御に私は血管が切れるかと思うほど意識を集中させる必要があった。
「ググググウ……ガァッ!」
気合を入れて、呼び寄せた溶岩を引き上げる。
湖畔の砂地に、じわっ、と滲むように赤熱した溶岩が浮かび上がった。それは忽ち周囲に熱を奪われて、冷めて黒く固まり始める。
ぜえ、ぜえ、と乱れる呼吸を整える私。早くしないと、溶岩が完全に固まってしまう。
息も絶え絶えのまま、そっと指を伸ばして溶岩に触れる。
ピト。
「……グギイィイイイィイッ!?」
「ス、スピノ◆ーーーっ!?」
アアアアア、アツッ! アツゥイ! アチチチチチチ!!!!
指先を押さえて悶え転がりそのまま湖にダイブ。じゅう、と指先の炎は消えるが、火傷まで消えてはくれない。いくら今の私がナナフシもビックリな再生力をもっているとしても、治るまではそれなりにかかるだろう。
涙目で湖から這い上がってきた私に、オルタレーネが救急箱を持って駆け寄ってくる。いそいそと手当をする彼女の好きなようにさせながら、私はふかーいため息をついた。
横にやってきたサルッカスも嘆息する。
『やっぱ無理っしたなあ』
「グルルルゥ……」
二人そろって肩を落とす。
……一体何をやっているのか。まあぶっちゃけると、あの時の再現を試みているのだ。
結果はこの通り、まるで駄目。
いうまでも無いが、冷静に考えるとまともな生き物が溶岩に触れて大丈夫な訳が無い。断言できるが、今の私があの時のように溶岩の鎧なんか纏ったらそのままバーベキューである。
流石にちょっとなんかおかしかった自覚はあったが、想像以上にザ・ワンを倒した時の私は、なんかこう、変な補正が入っていたようだ。
それが無くなった今、私ができるのはせいぜい、口から火を吐いたり、熱風を背びれから放出するぐらいの事である。いやそれでも十分凄い事なんだろうが……。
ついでにいえば、あの時、私はオルタレーネの言葉が理解できたし、サルッカス曰く始原の言語を喋っていたらしい。しかし残念ながら、今となってはさっぱりだ。
なんだったんだろうなあ、アレ……。
「グルル……グルゥ」
『まあまあ、旦那。そう気を落とさなくとも。実際の所、あっしには心当たりがあるんですわ』
「グルル……」
そういえば、お前なんか意味深な反応していたな。
『そもそも、あっしら神獣がどういう存在かって話になるんですが……改めて説明すると、神獣、ってのは創造神や双子神の代わりに地上の秩序を管理する、まあ代行者っていうか……役人なんですわね』
「グルル」
『まあ、で。お上の指示で仕事をする以上、場合によっては個人の権限で手に負えない場合、神から支援を受ける事もあるんですわ。いわゆる、神憑き、という状態ですな。以前は神も地上にいて、直接意思のやり取りができたんで割とよくある事だったんですけど……』
なるほどねぇ。前世と違って、この世界には明確に神様がいて、世の中を見守っている。だからこその話か。
でも神様って、もうこの世界を去ってどこか遠いところにいったんじゃなかったっけ? それに手助けしてくれるなら、もっと早く助けてくれてもよかったのでは、というか。
『ハハハ。旦那の考えてる事はまあ分かりますよ。どうせ助けてくれるならもっと早く助けてくれよ、っていう奴でしょ? わかるにはわかりますが、まあしょうがないっすよ。この世の理を外れた魔獣でも、元はこの世界に生きる命でした。神様からすれば、あっしらも奴らも大きなくくりでは同じ命な訳で。だから、最終戦争で根こそぎ滅ぼすのではなく、境界線の向こうに押し込めて、いつか反省する事を願った訳です。ま、あのクソ花野郎は、やりすぎて神様の慈愛も底をついたみたいっすけど』
仏の顔も三度まで、という奴かな。
それで、私の存在を介して神罰を下した、と。
それならそれでもうちょっと分かりやすく手助けしてほしいのだけど、まあ神様にもいろいろ事情があるんだろう。こういう時、なんでこんな事もできないの、じゃなくて、何かできない理由があるんだな、と考える方が合理的である。向こうの世界からこっちに直接支援するのは、相当に手間が掛かる事なのかもしれない。
今回は助かったが、今後二度と同じような事はない、そう考えるべきだろう。
まあ、ザ・ワンは魔獣の中でもとんでもない大物だったみたいだし、そうそうこの肉体のスペックで手に負えないような相手が出てくることもないだろう。……ないよね?
『んー。しかし、実際の所なんで今更、奴が境界線を越えてきたんですかね。旦那が倒したっていう飛竜も、多分向こう側に封じられていた奴ですし。大分昔の話とはいえ、神が自ら引いた境界線ですよ? いくら強くても魔獣が越えられるはずはまずないんですが』
境界線、かぁ。
これについてはサルッカスからすでに詳しい話を聞いている。
最終戦争。神がこの世を去るにあたって、この世界を脅かす魔獣の多くを神獣達と共に打ち倒し、あるいは禁則地に封じ込めた。
前世の宗教でもこれに近い、神代の世との決別的なイベントは多くある。例えばノアの洪水であったり、ラグナロクであったり。ただ、あくまで人の語る物語にすぎなかったそれと違い、この世界では実際にあった出来事だ。ちなみに、私が拠点にしている神殿はこれよりさらに昔に放棄されたものであるらしく、そのせいで最終戦争について触れた資料は存在していなかった。むしろ双子神の抗争の方が、今の世には知られていない逸話らしい。
逆説的にいうと、最終戦争は比較的最近に起きた事……神話ではなく、歴史的なイベントであるという話にもなる。
ここでいう禁則地は、いわゆる地図に引かれた線ではない。神がかつて夜と昼を分かち、後に夜と昼の間に黎明と黄昏を作り出したとされるような、超常的な力を用いて断絶された隔離区域だ。いくら魔獣が強大な力をもっていても、ザ・ワンが神罰によって滅ぼされたのを見ればわかるように、神の力に抗えるものではない。
だが、しかし。事実として禁則地に封じられたはずの魔獣が、次々と姿を顕した。
既にセルヴェの街、そしてそれが所属する連合王国内ではこの問題を深刻視し、調査が始まっているという。そして、彼らの知らない古い古い情報が埋蔵されている可能性がある湖の神殿も、調査させてほしいという申し込みがあった。近いうちにウォールランド王国の軍艦に乗って、調査団が訪れる事になっている。
何か重要な情報があればよいのだが。
『ま、俺っちの記憶でもあの化け物花を超えるようなバケモンは流石にいなかったはずっす。奴はなんか滅茶滅茶パワーアップしてましたけど、あれは臆病な性質故、油断も慢心もせず数百年力を蓄えていた結果でしょう。普通の魔獣はそんな、地道な努力なんてしないもんです。神獣もしないし』
そうだといいんだけどねぇ。
『ま、考えてもしょうがない事はすっぱり割り切るしかないっすよ。……さってと、あっしもちょっと向こうに戻って、教団の連中と話をしてきます。俗世には干渉しないといっても、流石にここまでの事態に発展したのにほったらかし、というのもそれはそれで筋が通らないので』
「グルルル……グァゥ」
『ま、あっしもまだまだ話したい事あるし、また顔を出すっすよ。それに、お二人の間をいつまでも邪魔するのも、野暮ってもんですし、ねえ?』
「グ、グガアッ!?」
ちょ、おまっ。最後に爆弾投下してから帰るな!? こら待て!
『ははははは、ごゆっくりぃー』
笑いながら湖に飛び込むサルッカスの後を追おうとして、しかし私は立ち上がれずに動きを止めた。理由は簡単だ。話の間も私の手当てをしてくれていたオルタレーネが、私のすぐ横にいるからだ。この体勢で急に立ち上がったら彼女をどついてしまう。
アグアグ歯を噛みしめながら、私はバツの悪い顔で座りなおした。すると、すす、とオルタレーネが身を近づけてくる。ちらり、と視線を向けるが、彼女は目を合わせてくれない。
サルッカスが湖の沖合に消えて、その場には静寂が戻ってくる。
ざざーん、ざざーんと湖の波の音。
かさりと小さく衣擦れの音をたてて、ぴとり、とオルタレーネが身を寄せてくる。シュバ、と視線を向けると、彼女は変わらず目を逸らしたまま、頬を赤くしつつも離れようとはしない。
……なんだかこちらの体温も急に上がってきた気がする。彼女と触れ合っている鱗に、じんわり汗が滲んでくる。いや、どうだったっけ。恐竜って体表に汗腺があったっけ。どうなの?
「グ、グルルル……」
いや、まあ。うん。
流石に私もそこまでアレじゃない。彼女が私に好意を向けてくれている事、それがその、特別な好意だというのもよく分かっている。よーくわかった。
だが、私はそれにどうこたえるべきなのか。
勿論、答えない、というのは無い。いくらなんでも不義理が過ぎる、それこそ私に神罰が下っても文句がいえない。だが正直、私が彼女をどう思っているかを、言語化できていないのだ。
彼女は美人だし、綺麗だし、優しいし、心を寄せられて悪い気はしない。が、それは前世の私の価値観だ。スピノサウルスとしての私は、確かに彼女を特別に思っていたが、それはなんていうか、よく懐く犬をかわいがっているというか、決して対等な相手へのそれではなかった。
だってそうだろう? 体重でいったって何十倍の差があるんだ。
それに、いくらなんでも種族が違いすぎる。この世界は確かにかけ離れた見た目の種族であっても、同じ霊長として机を囲む事が出来る。人種差別のようなものが無い訳ではないだろうが、前世のように肌の色が違うだけで人間扱いされないそれと比べれば、大分許容範囲が広いというか、大らかだ。
が、そもそも私は霊長でもない。スピノサウルスである。恐竜である。
人と恐竜で、そもそも恋愛なんて、出来るの? あっ、いや、ちが、別に恋とか愛じゃなくて……うがああああ!!
「グ、グルルルルウル……」
なんとか平静を装って水平線を眺めているが、その間にも思考はぐるぐると回り、ダラダラと汗が止まらない。ええいくそ、生前は異性とはまるで縁が無かったのに何でこんな事に!
い、いや、オルタレーネに好かれてるのは、嫌という訳では別に……アゴゴゴゴゴ。
く、くそ、全部サルッカスのせいだ。あいつが意味深な事いうから変な空気に!
「グルル……」
一しきり心の中でサルッカスを罵倒すると、気持ちが落ち着いてきた。
……まあ、なんだ。彼女の、オルタレーネの事は嫌いじゃない。むしろ好意的に思っている。とりあえず、今はそれでいいだろう。というかその先はとてもじゃないが考えられない。
とても文明的ではないその場しのぎの考えなのは自覚しているが、しょうがない。
そっと腕を動かして、オルタレーネの肩を寄せる。一瞬ビクッと彼女が体を震わせるが、しばらくするとふにゃ……と脱力して身を寄せてくる。
その小さな高い体温を感じながら、私は静かに波打つ湖の水面に目をむけた。
まあいいや。
今は、この平和な時間を楽しもう。
そのまま私達は二人で、日が暮れるまで湖を眺めていた。