異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第50話 神話時代の黄昏

 

 もう数千年も昔の事だ。

 

 当時の地上は、魔王達の蔓延る地獄だった。

 

 神獣達が神の助力をもって屠ったとしても、数多の魔獣達の中から毎日のようにマギア・ランクに目覚める者が現れる。多数の魔王級が広範囲で活動する事によって凡百の魔獣も刺激を受け、神気への覚醒が早まっているのが原因だった。

 

 その戦いに終わりはなく、いつ果たせるとも分からぬ使命の果てに、神獣達も疲弊していった。

 

 事態を重く見た神は、ついに双子神と共に神獣達を率いて魔王達を封じるべく動いた。魔王達をまとめて一定の範囲に封じ込める事で、魔王の影響で一般の魔獣がマギア・ランクに目覚めるのを防ごうとしたのである。

 

 後の世に謳われる、最終戦争の始まりである。

 

 

 

「…………」

 

 魔王達と神獣の最前線となった山岳地帯。今は小康状態にある戦いの最中、一匹の神獣が高所から地上を見下ろしていた。

 

 茶色い毛皮に、四本の脚。長く伸びた鼻に、湾曲した巨大な金色の牙。

 

 別の世界ではマンモス、と呼ばれる姿をした彼の名は、“金色のレイストフ”といった。この地における神獣達のリーダーであり、最上級まで成長したマギア・ランクの魔獣相手でも真正面から戦いを挑む強者でもある。

 

 だが一方でその気質は穏やかで理知的。一度戦いになれば流血も厭わないものの、基本的には無駄な争いを避け、慈悲深い神獣である。

 

 そんな彼は、山の上から山脈の谷間を見下ろし、悲しそうに目を細めた。

 

 谷間には、何か黒い瘴気が蟠っている。ただ天気が悪いからだけではない。あそこには、神獣達によって追い込まれた無数の魔獣達がひしめき合っている。

 

 本来彼らに同族意識など微塵もないが、徒党を組んだ神獣連合に追いやられるにつれ、敵の敵はとりあえず敵ではないというか、僅かながらの協調性を得たようであった。今も、戦いを前にして身内同士で牙を剥くことなく、不気味に静まり返って神獣の出方を伺っている。

 

 何故、とレイストフは嘆いた。

 

 どうしてそういった事が出来るのに、他の命に配慮する事が出来ないのか、と。

 

 神も双子神も、そして神獣達も別に好き好んで魔獣達を滅ぼしたい訳ではない。彼らとてこの世界の一部、命だ。本来ならば神獣達が守るべき相手である。だが、それを踏まえても彼らはあまりにも隣人を害しすぎた。あまつさえ神気に手を伸ばし、この世の理を捻じ曲げるようであっては、この世界を管理する側として到底看過できない。

 

 しかし今も納得した訳ではない。目的のために牙を収める事ができたなら、隣人に向ける牙を収める事だってできただろうに。そうすれば、互いに多くの血を流さずに済んだ。

 

 今更ではあるが、嘆かずにはいられなかった。

 

「レイストフ様、こちらにいらっしゃいましたか」

 

「……む」

 

 深く考え込んでいたせいか、レイストフは傍らに佇む小さな影に、声をかけられてようやく気が付いた。思案に細められていた瞳が、相手を見て柔和に微笑む。

 

 小さな影は神獣ではない。

 

 白いふわふわとした毛皮の、獣人の少女。仕立ての良い紅白の装束を身にまとった彼女は、腰に奇妙な形の剣を吊り下げていた。

 

 黄金に近い色合いの青銅器。実戦に到底耐えるようには見えない、緻密な彫刻が施されたそれは、しかしこの世においては、いかなる魔獣や神獣であっても傷一つつける事叶わぬ神具である。

 

 その銘を、境界剣という。

 

 そして他ならぬ神からその剣を手にすることを許された少女こそ、レイストフにとってこの世において何にも代えがたき大切な宝でもあった。

 

「我が巫女か。どうした?」

 

「決戦前にレイストフ様のお姿が見えませんでしたので、何かまたお悩みなのでは、と」

 

「む……そう、だな」

 

 また、と言われてレイストフは少し言い淀んだ。

 

「この後に及んで、と思われるかもしれないが。何か他に、道はなかったのか、と思ってしまってな。だが考えれば考えるほど、他に道はなかった。魔獣達は何故……隣人たちと手を取り合う事ができなかったのだろうな」

 

「それは……申し訳ありません。私には想像もつかぬ話です。そもそも、見知らぬ相手を、理由もなく害するなどという恐ろしい事、私共には考えるだけで背筋が凍ります」

 

「そうだな。全く意味の無い、悲しい事だ。命はただ生きているだけで輝かしいというのに」

 

 レイストフはゆっくりと踵を返し、陣へと戻る。その横を、ちょこちょこと巫女がついて歩く。見れば、小さな巫女の歩幅に合わせ、巨獣がゆっくりと歩調を合わせているのがわかるだろう。

 

 大人と子供というにも体格に差がありすぎる二人だったが、彼らの間には確かな親愛の絆があった。

 

「決戦は明日か。……そなたが作戦の要である。……恐れは、ないか?」

 

「無いと言えばウソになりますが。しかし、これでようやく、長きに渡る争いを収める事ができるのだと思うと、気持ちが高ぶります。大丈夫です」

 

「そう、だな。封印が成れば、我々も魔獣達も、これ以上の血を流す事はなくなる」

 

 レイストフはちらり、と巫女の腰に提げられた境界剣に目を向ける。

 

 この剣は、この世のありとあらゆるものを分かち、そこに境界線を引く神器だ。かつて神はこの剣の力により昼と夜を、空と大地を分かち世界を作り、のちに昼と夜の間に黎明と黄昏を作った。それと同じようにして、魔王達を追い込んだ山脈を禁則地とし、剣の力でこの世から分断する。境界剣は、この世を創造した神の振るう法則そのものだ。いかな力を得ても魔獣達にその境界を越える事は叶わない。共に生きていけぬのなら、二度と交わらぬよう互いの間に線を引く、それが神と神獣達の出した結論だった。

 

 巫女は、神に代わりその神儀を執り行う事になる。

 

 だが容易い事ではない。

 

 魔王達の抵抗は激しいものとなるだろう。この地に集った神獣達の力をもってしても、犠牲は恐らく避けられない。だがこれ以上の戦力を集める事もできない。多くの神獣は各地で暴れる魔王達の牽制に出向いているし、ここでの戦いが終わりではない。この地での封印が成れば、それを手本に各地に禁則地を設ける予定だ。ここで必要以上に戦力を消耗しては、後に差し支える。

 

 限られた戦力の中で最善を打ったつもりだが、最初のテストケースとして思わぬトラブルもあるだろう。こればかりはいかんともしがたい。

 

 それでもやらねばならぬ。世界に平和をもたらすその第一歩として、レイストフはその身を捧げる覚悟であった。

 

 だが、巫女は。

 

 彼女には、無事に生き延びてほしい。

 

 それは、愛しい者へ対する、当然の感情であった。

 

「……無理は、するな。巫女よ。お前は要ではあるが……巫女の居ない世界など、私は考えたくもない」

 

「ふふ。それは、私もです。大丈夫です、きっと、なんとかなります。そして平和になった世界で、幸せに暮らしましょう。ね?」

 

「ああ。……必ず。必ずだ」

 

 その為には、明日の決戦をなんとしても生き延びなければならない。

 

 自分だけではない。この戦いには、他の多くの神獣と巫女達が参加している。中には生まれて100年もたっていない赤子同然の神獣すらいる。彼らだって、失う訳にはいかない。

 

 誰一人として、この目の前で死なせてなるものか。

 

 レイストフは言葉にする事なく固く決意し、巫女はそんな彼の決意を感じ取り、そっとその毛皮に頬を寄せた。

 

 

 

 

 

 最初の禁則地。

 

 その戦いは、凄絶を極めた。

 

 禁則地は成立した。境界線は閉じられた。だが、あまりにも多くの犠牲を積み上げた結果だった。

 

 多くの神獣が半身と言える巫女を失い、決して癒えぬ心の傷を負った。あるいは、敬愛する主人を失った多くの巫女が、その後を追って自ら命を絶った。

 

 流された血に等しい涙が地を潤し、創造神と双子神はこの悲劇を深く嘆いた。

 

 愛する事は幸せである。だが愛するからこそ、もたらされた悲しみは、耐えがたい。

 

 故に、神は全ての魔獣を禁則地に封じ終えた戦後に、神獣達にあるお触れを出した。

 

『今後、俗世に関わる事あるべからず』

 

 それは、ひとえに人と神獣、その間にさらなる悲劇を生まぬための、神の優しさであった。

 

 

 

 そして。

 

 戦いを生き残り、野に下った神獣と巫女の中に。

 

 

 

 

 

 金色のレイストフと、その巫女の名前は、無かった。

 

 

 

 

 

 

「巫女ヨ」

 

 

「我ガ巫女ヨ……ドコダ……?」

 

 

 

◆◆◆

 

「…………」

 

 なんだか、変な夢をみた。

 

 とっくに終わってしまった、ただ哀しいだけの物語。

 

 悪夢ではないけど、目覚めが良い夢ではなかった。

 

「フワァアアア……グルゥ」

 

 あくびを一つすると、それだけの夢の内容が頭から消えていく。まあ夢ってそんなもんだし、悲しい夢なんてさっさと忘れるに限る。限られた脳のリソースは、現実を幸せに生きる事に使うべきだ。

 

 まだ薄暗い礼拝堂の中を見渡す。身じろぎすると、体にかけていたシーツがずれ落ちた。寝ている間にちょっとずつずれていたようだ。

 

 二連太陽の朝日はまだ出ていない。水平線にまだ沈んだままの太陽が投げかける霞のような光を頼りに、暗い礼拝堂の中で私は慎重に身を起こした。

 

 以前だったら、ズルズルと自堕落に床を這って外に出ていたが、いまは流石にそうもいかない。私はちらり、と部屋の隅に目を向けた。

 

「ムニャ……」

 

 石造りの礼拝堂に置かれた、場違いな木のベッド。その上で丸まってもごもごと寝言をつぶやいている少女の姿。

 

 金色の髪の、コウモリ人の少女。オルタレーネだ。

 

 見れば彼女も被っているシーツがずれている。私はそっと近づくと、指先でシーツの位置を整えてやる。その拍子に、彼女の右手の指、そこに刻まれた傷が目に入った。

 

 親指の付け根をぐるりと巻くような、深い切り傷の跡。レイピアを無理やりくくりつけてザ・ワンと切り結んだ際に刻まれた傷だ。指が千切れなかったのが奇跡といっていいほどで、治療した今も、痛々しい傷口が残っている。

 

「…………」

 

「ムニュムニュ……◆●……」

 

 幸せそうに眠っている彼女の寝顔をちらりと見て、私は視線を逸らした。

 

 女の子の寝顔をまじまじと見るものではない。というかそもそも、年頃の女の子が他人と一緒に暮らしている事自体が大いなる問題なのではあるが。

 

 いやしかし、どうしてこうなったのだか。

 

 礼拝堂の中は、他にもいろいろと生活必需品がそろえられている。私が被って寝ているめちゃくちゃでっかいシーツもそうだが、他にも開かずの間と化していた奥の扉が開通し、その向こうにあった牧師様の部屋らしき空間は、荷物や資料を整理した上で今はオルタレーネの部屋になっている

 

 質素ながらも可愛らしい装飾でアクセントが施された部屋は、遺跡のものとは思えない空間になっていた。あとちょっと良い匂いがする。

 

 なお部屋があるのに私の横にベッドを置いて寝たがる事については深く考えないことにする。いや考えても答えでないし……。

 

 他にも崩壊して隙間風が吹いていた壁面には外からシートがかぶせられて、雨風を防げるようになっていた。これは布に樹木からとった樹脂をしみこませる事で出来る防水性の布らしい。前世のビニールシートのようなものだろうか。

 

 また壁面の壁画についても、崩壊を防ぐために覆いがかぶせられている。

 

 いずれも、街の人々から木箱に詰めて渡された贈呈品だ。

 

 私は生活水準の向上した住処を見渡しながら、これまでの経緯を振り返った。

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