異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第52話 金の華を横に添えて

 

 やはり私のようなスピノサウルスは俗世には歓迎されないのだ……。

 

 肩を落としてとぼとぼと馬車についていくと、不意にオルタレーネが動いた。

 

 一瞬、まさか彼女にも見捨てられたんじゃ……そうおもってしまった私の前で、彼女は滑り落ちるように首からおりると、私の左手にしがみついた。だらんと下げた爪先にブーツをひっかけて、私の顔を見上げて、手をパタパタさせている。

 

 んう? え、っと、何? 君を抱えて手を上げろって事?

 

 よくわからないが、言われた通りにする。手にオルタレーネを乗せて、リフトアップするように高く掲げる。彼女は不安定な足場をものともせず背筋を伸ばすと、バサリと左の翼を広げて輝くような笑顔を浮かべた。ちょっと造り笑いっぽい感じはあるが、見る者に不快感を与えない、余所行き100点満点の笑顔だ。

 

 キャーキャーと黄色い歓声が上がる。一般的な原住民とは程遠い顔の造りのオルタレーネだが、多くの住民から絶世の美女として映っているらしいというのは知っている。ほとんどアイドルみたいな扱いだ。

 

 そうやって観客の注目を集めると、オルタレーネは何事かを囁いた。それは場を埋め尽くす歓声に負ける事なく、耳元でささやくようにはっきりと聞こえる。彼女の特技だ。

 

「◆●×、●▼。◆●、スピノ●★▼。●◆●★~」

 

 何を言っているのか分からなくても、耳に心地よい鈴のなるような声にうっとりと聞き入っていると、何やら顧客の様子が一変した。

 

 さきほどまでの微妙な空気が嘘のように、私に向けて歓声が飛ぶ。パタパタ旗を振っている小さな子供と目が合い、恐る恐る指を振ってこたえると、彼は顔を真っ赤にして答えて、隣にいる親らしき大きな住民に声をかけている。

 

 なんだこれ。急に持てはやされたような状況に、喜びより困惑が勝る。

 

 何いったの? オルタレーネに視線を向けると、彼女はにっこりと微笑み返す。それは先ほどの余所行きの整えたアイドル笑顔ではなくて、親しい心を許した相手に向ける満面の笑顔だった。

 

 ちょっと胸がドキリとする。

 

 なんだかその笑顔を直視するのが恥ずかしくなり、私は視線を逸らしたまま、街の人々におざなりな挨拶を返しつつ、馬車の最後尾を追いかけた。

 

 向かう先は、街の中心。一際大きな、市民館らしき建物だ。

 

 恐らくそこに、ウォールランド王国の使者とサルッカスもいるはずである。

 

 

 

 会談は、中央市民館の中庭で行われた。

 

 普通こういうのは衆目にさらさないために室内で行うべきものだと思うが、恐らくその理由は私とサルッカスだろう。流石に我々は建物内部には入れない。最悪、壁を壊して首だけつっこむという手もあるだろうが、絵面が間抜けすぎる上にマニプルの街の方は設備を壊されて困ってしまう。

 

 それにまあ、問題が問題だ。マスコミのないこの世界では、市民を安心させるためにもこうやってオープンな状態で会議するのもありかもしれない。あ、マスゴミは帰ってどうぞ。

 

 出席者達が長旅で汚れた体を市民館の中で清めている間、中庭を護衛の兵士や冒険者が取り囲む。王国側は当然、装備を整えた兵士達が中心だが、その中の何人かにデジャビュを感じる。じっと見ていると、兵士の方から敬礼を返してくれた。どうやら、ザ・ワンとの戦いの場に居合わせた兵士達らしい。見た所元気でやっているようだ……元気でやっていけない者はまあこの場に居ないだけなのだろうけど。戦友と再会して悪い気はしない、私もニコニコと頭を下げる。

 

 そうこうしている内に、身を整えた出席者が姿を表した。

 

 セルヴェの街側の代表は、青犬のマクガという男を中心にした都市運営首脳部だ。マクガ、という男にはよく覚えがある。あの飛竜に殺されかけた所を私が助けた男だ。そのせいか、彼はこの旅の間も終始私に礼儀正しく、会う度に頭を下げてきていた。随分と義理難い男らしい。オルタレーネの身を街に預けている側としては、信頼できそうな男がトップで実に頼りがいがある。

 

 一方、ウォールランド王国の代表として出てきたのは、奇妙な男だった。ウォールランド王国はリス型獣人で構成されているはずだが、その男は鱗の肌を持ち、大きく裂けた口を持つ、トカゲ人とでも呼ぶべき姿をしていた。明らかに王国外の出身に見えるが、周囲の人間は気にした様子はない。事情が分からず首を傾げていると、サルッカスがそっと耳打ちして教えてくれた。

 

『王国側の代表は、宰相のゲーダーという男です。見ての通りウォールランド王国出身じゃないですけど、無関係でもないっす。ほら、前にあっしを崇めてる部族がいるって話したじゃないですか。そこ出身で、頭が回るってんで王国内で出世したんすよ』

 

「グル、グルル」

 

 なるほど。しかし、外国人を宰相という重要なポジションに置くとは。国防的にはどうかと思うが、それだけゲーダーという男が高い能力と深い忠誠を王国に示したという事だろうか。まあ、サルッカスの身内みたいなものなのなら、普通の意味合いでの外国人より信用がある、という事なのかな。

 

 しかしそうなると、サルッカスに言伝してもらえるなら話がスムーズに進むのでは?

 

『あー。旦那が多分考えそうな事なんでいっときますけど、あっしを崇めてる部族出身だからって譲歩してくれるとは思わないほうがいいっすよ。アイツの忠誠は徹頭徹尾、王国というか現王に捧げられてるので。それぐらいの頑固者なんで、宰相という立場にアイツはのぼりつめたんすよ』

 

 へぇ。厄介ではあるが、人間としては実に好感が持てる話だ。

 

 好意を込めて視線を送っていると、件のゲーダーという男と目が合った。すると彼は軽く一礼をすると、すぐに前を向いた。流石に、今の一礼が何を意味するかわからない私ではない。

 

 なるほど。どうやら話が分かる、そこそこ良識がある人物のようだが、政治家としての自分を疎かにするほどではない、と。支える側としては実に支えがあり、利益で競合する側からすると実に厄介そうである。

 

 ふむん、政治家とはそうあるべきである。気に入った。

 

『……なんでそんな嬉しそうな顔してるんです?』

 

「グッグッグッ」

 

『まあ、旦那が悪印象抱かなかったんならいいですけど……そうやって誰にでも愛想ふりまかないほうが、いいと思いますけどね……』

 

 何故か私の首筋に座るオルタレーネにチラチラ視線を飛ばしながら歯切れ悪く言うサルッカス。

 

 首を回してオルタレーネの方に目を向けるが、彼女はいつも通り優しい笑顔を返してくる。再びサルッカスに目を向けると、何故かため息をつかれた。

 

 何。何なのさ。

 

 そんなやりとりをしている間に、マニプル側の代表者が出てきた。彼はこの場での話の進行役である。いくら冷静に努めても、セルヴェの街と王国では利益が競合する以上、穏やかにというわけにはいかない。第三者が必要だった。

 

 そして話し合いが始まる。例によって私はさっぱり何を言っているのか分からないので、サルッカスに翻訳してもらう。

 

 まずは、事件そのものの事後報告である。

 

 最終的に私が滅ぼしたとはいえ、ザ・ワンの性質を考え、事実確認や残党の探索など後始末も大変だったようだ。幸い、そのあたりは王国側の部隊長が単身、森に潜んでいた奴の元まで迫っていたという話があり、追跡調査上で大いに助けになったようだ。なんというか、気合の入った御人がいたものである。残念ながら、怪我が理由で今回は来ていないらしい、残念だ。

 

 そして完全にザ・ワンの影響が消滅したのを確認した所で、今度は人同士の話だ。

 

 これが揉める事揉める事。

 

 物腰は穏やかに、しかし喧々囂々と言葉が飛び交う。

 

 なにせ理由は定かではないものの、ウォールランド王国は他国の領域を脅かしたのである。怪物は滅びました、はいおしまい、では済まない。さらに言えば、その段階で各々の持つ情報に異様な偏りがあった事も発覚し、そのすり合わせも必要だった。

 

 結果的に言えば、やはりウォールランド王国の狙いは私であったらしい。ただ危険な存在として敵視していたのではなく、最初から私とザ・ワンを潰し合わせるのが目的だったようだ。この時点ではウォールランド王国は自国を脅かす怪物がザ・ワンである事を認識しておらず、ただ単に凶暴でどこにでも現れる目敏い怪物、という認識だったようだ。

 

 また同時に、私の現地住民に対する融和姿勢も正確には把握しておらず、単純に頼っていいのか、という疑問があったからこその、私を釣り出してなし崩しのうちに戦わせる、という作戦になった、という事だとみられる。

 

 まあ、うん。正直そんなややこしい事しなくとも、頼まれれば力を貸すのも吝かではないのだが……まあ考えなくとも現地住民からすれば私は巨大な怪物だ。そんな都合よくいくものか? と思ってしまうのは仕方ない。

 

 私としてもさもあらん、という感じだ。異論はない。

 

 ただこの辺りの話から、首筋に座るオルタレーネがなんかすんごい黙りこくってるのが怖い。さきほどまではサルッカスの説明に相槌を打っていたのに、今は一言も発しない。怖い。スピノサウルスでもやばい空気は読める。怖い。

 

 目でちらりとサルッカスにヘルプを送ると、そっと目を逸らされた。見捨てないで。

 

 そんな私達のやり取りをよそに話は進む。まあしかし、ウォールランド王国の、ゲーダーだったか。やはり思った通りやり手の様だ。

 

 とはいえ、やはり彼らを嫌いにはなれそうにはない。自国を怪物に脅かされています、自分では対処できません、では国家の主権が危ぶまれる。自分の問題を自分で対処できない国なんぞ、周りから舐められてロクな事にはならない。そのあたりの裏事情を知ると、私個人としてはあまりウォールランド王国を責められない、というのが感想だ。彼らは彼らの知る限りでやれる事をやっただけである。

 

 とはいえ、迷惑をかけられた街の人々はそれで済ませる訳にはいかない。特に私に恩を感じているセルヴェの街としては、恩人を悪者にされて黙っていられるか、といった感じだ。

 

 私は別にそのあたりは拘泥しないのだが……。

 

 糾弾の意見が飛んでいるようだが、ウォールランド王国の方も太々しいもので、「確かに国境線近くに兵を展開したが、国境線を越えたわけではない」「そもそも先にこちらの領土を侵犯したのはそちらの崇めている竜のほうである」という論法で一歩も譲らない。

 

 互いに強気な論調で、丁寧ながらも苛烈な言葉の応酬が続く。

 

 あー、やだやだ。国家同士の議論てのはこれだから。ただ正しければいいのではない。その発言はただの理屈ではなく、どうしても武力を背景にした“国力”の一部になる。それがまた話をややこしくしているのだ。

 

 いくら怪物との戦いで大きな被害が出たとはいえ、ウォールランド王国はまだまだ兵力を残している。セルヴェの街の方も、例の飛竜と遣り合って見せた白い奴とかの実力者は前線に出さずに温存してある。つまり、彼らの発言の背後にある武力のパワーバランスは、そう大きな差がないのだ。

 

 双方まだその気になればもう一戦交えるだけの戦力が残っている。完全に疲弊しきり両者ともに戦う余力がないならもうちょっとスムーズに話が進んだかもしれないが、この状況では互いに譲らない千日手。

 

 しかもどっちも譲るつもりは無いが、本当に戦争になるのだけは内心勘弁してほしいと思っている。無意味に高度な政治的応酬があったのは想像に難くない。

 

 もうちょっと簡単に生きられないもんかね。

 

 と、そこで言葉の応酬が一旦途切れた。

 

 いう事が無くなったとかではなく、ヒートアップしすぎているのを各々が自覚して、小休止を入れるつもりのようだ。あくまで理知的に、理性的に話し合いで事を収めたいという非常に倫理的な思考を見る事ができて、私としても文句はない。

 

 ただ、この機に言いたい事をぶちまけたい人もいたようである。

 

「◆●、★▼●?」

 

 静かに、鈴のような声が響いた。見事に議論の緩急をついたその発言は、不思議な力を使わなくてもその場の衆目を集めた。

 

 




次回、堪忍袋ゲージがブチ切れたオルタレーネちゃんによる王国フルボッコ(論破)の予定。
恋する乙女を敵に回してはいけない。
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