異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
オルタレーネだ。
おーい、と声をかけようとして、しかし露になった彼女の姿に、私は口を半開きの状態で固まった。
彼女は、先ほどまでとは違う衣装に身を包んでいた。今まで着ていたのが、お嬢様が避暑地で身にまとう夏用ドレスとかであるならば、今着ているのは正しく、貴賓席で身に纏う貴族子女のドレス。真珠のような光沢を放つ白いドレスは一見すると露出が少ないのだが、その生地の薄さで彼女の華奢な体のラインが浮かび上がるようだ。彼女は体形の都合で、前後に分割したような衣服しか一人では着られないのだが、侍女達が手伝ってくれたおかげだろう、本来一人では着れないような構造のドレスをきちんと着こなしている。
またシルエットがむき出しな分、下品にならないよう、ストールで肩を覆っているのだが、そのおかげで他と比べて異形であるともいえる彼女の翼の腕が隠れ、整った顔立ちにまず目が向くようになっているのもポイントだ。いつもより整えられた金の髪には、ティアラが銀色の輝きを放っている。またいつもだったら病的に白い頬に、ほんのり赤が入っている。チークという奴だろうか? そのおかげで、年相応の、健康的な色気のようなものも感じる。
「グァオ…………」
ありていにいって、普通に絶世の美少女がここにいた。目がつぶれそう。
しかしそれは現地住民の皆さんも同じようで、一様にぽかーんと少女に見入っている。老若男女問わず熱い視線を浴びて、オルタレーネは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「◆●●! ★▼◆!」
「◆、●★……!」
と、侍女の一人が彼女の手を引いてこちらに向かってくる。
モーゼの逸話の如く人垣がさっと分かれて道を作る中を、手を引かれてオルタレーネがこちらにやってきた。私の前まで来たところで、落ち着かなさそうにそわそわして目を伏せ、脚を止める。そんな彼女の背を、侍女が軽くとん、と押した。
あわわ、と体勢を崩して前につんのめる彼女。私は咄嗟に首を伸ばして鼻先で彼女の体を支えた。咄嗟にしがみつかれて、柔らかい指の感覚と、香水だろうか? 甘く上品な香りが鼻をくすぐる。
「◆、●●……★◆……」
多分、感謝の言葉だろう。私に何ごとか告げてオルタレーネを身を離そうとし……しかしそこで、名残を断ち切れなかったかのように動きを止めた。所在なく鼻先に添えられた翼は、しかし離れようとしない。
私は少し考えて、指先で摘まんでいたグラスを一旦近くのテーブルに置き、彼女に手を伸ばした。それを見て、恐る恐る身を預けてくる彼女を優しく宝物のように両手で抱きかかえ、定位置に戻る。
しばらくすると、緊張でガチガチだった彼女の体も和らいでくる。首を曲げて目を合わせると、花開くように少女は笑い、身を寄せてくる。
……ああ、もう。
これだから困るんだ。
「グルルゥ」
一体何が困るのか自分でもよくわからないまま、私はその場に座り込んだ。さっきの若者がやってきて、オルタレーネにグラスを手渡す。リラックスして身を預けている彼女の体を片手で抱えなおし、私もテーブルに置いたグラスを手に取った。
会場に目を戻すと、こちらに注目していた人々が慌てて目を逸らした。何事もなかったように、パーティー開始の段取りを進める。
「◆●……★▼●×!」
「イェ~~~!」
恐らくは「それでは……乾杯!!」といったあたりだろうか。代表の音頭に合わせて、住人達が声を上げた。こういうのは世界をこえても共通なのか、言葉にならない歓声が私の耳にもはっきりと聞こえる。皆が思い思いに隣の人とグラスを合わせ、チンチンと鳴る音が会場に響く。私もそれに倣い、オルタレーネとチン、と軽くグラスを合わせた。
そしてグイ、と一口で飲み干す。……まあ体格を考えると、スプーンの先の滴を口にふくんだようなものだ。少なすぎて味もわからん、正月の格付けランキングの方がまだ多いんじゃないか?
私達の体格だと樽ぐらいないと駄目だよなー、とサルッカスに目を向ける。
『グビッグビッグビッ……プハァー……。よーし、もっともってこーい!!』
ちょ。おま。
見ればサルッカスはいつの間にか樽を直接咥え込んで、ダイレクトに酒を煽っている所だった。さらにはその周辺にもいくつもの樽が並んでおり、住人が拍手をしながら次の樽の封を切っている。
なにそれ!? いや私は別に酒が好きな訳じゃないけどいいのかそれ!?
しかしながら困惑しているのは私だけのようだ。
まるでエサをむっちゃ食べるウサギにニンジンをもってくるように、現地住民が自分達の分そっちのけでゴロゴロと樽を次から次に用意してくる。
あー。あれかな。サルッカス、このあたりでは名の轟いた神獣らしいし、神様に捧げるお酒……みたいな感じで名誉な事なのかな、もしかして。見れば、樽に貼ってあるラベルらしきもの、割とバラバラだ。色んな酒蔵が、ここぞとばかりに神獣のお墨付きを得ようとして集まってきている感じ? あのサルッカスが宴会で飲んだお酒だぜ、みたいな。
それだったらまあ、お互いにwinwinという事でいいのか……?
「グルル……グ?」
ぼけっと見ていると、ゴロゴロという音が私の足元でも。見下ろすと、二人の若い、ネコ系の住人が、樽を転がしてきて私の事を見上げていた。
ちょっと頭に包帯を巻いているのは、もしかするとザ・ワンとの闘いに参加していたのかもしれない。なんだか見覚えがあるような気もする。
彼らは私の目の前で樽を起こして、きゅぽ、と栓を抜いて私に差し出してきた。
え? もしかして……私に?
サルッカスと違って私のお墨付きなんか得ても……と一瞬思ったが、そういや私もこれからはセルヴェの街公認の守護竜なんだった。社会的立場を得た以上、こういう事もこれからあるのだろう。お酒は正直苦手だが、飲めない訳ではない。ここで断る方が礼儀知らずというものだな。
有難く頂く事にしよう。ただ、オルタレーネを抱きかかえたままではちょっとあれだ。彼女に一旦離れてもらおう。
私は彼女は腕を下ろそうと身をかがめた。が、ほかならぬオルタレーネが抵抗するようにしがみついてきて、その思惑は失敗した。
って、え?
「●◆……スピノ●◆……ウェヘヘヘヘ……」
え。
要領を得なさすぎて逆に聞き取りやすいうめき声をあげながら、オルタレーネが私の体にぴったりしがみついている。グラスはいつの間にか投げ出され、足元の芝生に転がっていた。中身は綺麗に飲み干されて滴一滴ない。
オルタレーネの様子は明らかに変だ。頬は、化粧とは別の理由で白い肌が真っ赤に染まり、彼女らしくないだらしなく崩れた表情で鱗にほおずりを繰り返している。
えー。
これ。もしかしなくても……酔ってる? そんなに度数高かったの??
状況に気が付いたらしい住人と三人目を合わせて互いに困惑する。栓を開けた樽の注ぎ口に鼻をよせてくんくんと嗅いでみるが……正直、酒精はそんなに強くは感じない。一見したこの世界の技術レベルから察するに、蒸留だか精製だか、度数を高める工夫はあまり発展していない感じもするし、日本酒でいうどぶろくよりはマシ、といった感じのようだ。
現代人からしたら水かジュースだが……。
しかしながら、普段お酒なんか飲まないであろうオルタレーネには十分すぎたようだ。そういや前世のネット動画でみた話だが、熟しすぎた果物に発生した天然酵母の作ったアルコール分でべろんべろんに酔っぱらっちまったリスとかいたな。今彼女はあんな感じか?
べたべた張り付いてくる彼女を無理に引きはがす訳にはいかない。仕方ないなあ、と私は落ちているグラスをつまみあげて通りがかった給仕に渡し、片手で酒樽を受け取った。そのまま、細長いスピノサウルスの口の横から少しずつ注ぎ込んで味わう。
うーん。やっぱり思った通り、アルコール度数は大したことはない。だけど何か甘い感じの豊潤な香りがする。何のお酒だろう? 私はお酒に詳しくないが、果実酒だろうか? でも純米酒でもいいやつはこんな感じの香りと味がするしな。そもそも異世界なんだから、前世にはないような種類のお酒もあるだろうし。
あとやっぱりお酒はキンキンに冷えてた方が好みかな。本場ドイツは香りを味わうために常温でビールを飲むというけど、私は冷たく冷えたアルコールが喉をすっきりさせてくれるのが好きだ。
あとでサルッカスに頼んで冷やしてもらうのもありか?
まあ、決して味が悪い訳ではない、むしろ前世の安酒なんかとは比較にならない。酒の味がわからない私が飲んでいいのか疑問に思うぐらいには良いお酒だと思う。だって唇はあっても頬がないからなあ。どうしてもある程度は口から零れてしまう。サルッカスは上手い事樽を咥え込んで一気飲みしてるが器用なものだ。あの飲み方してるあたり、味なんか気にしてない気がするけど。
樽の半ばほどを飲み干して、私は床に置いた。ハラハラと見守っている二人に、指で丸を作って伝える。二人は忽ち目を輝かせて、やったね! といった感じでハイタッチをかわした。
それを見守っていると、オルタレーネが不意に顔を寄せてきた。
ん? と動かずにいると、彼女はあろう事か、私の口から零れてる酒の滴に口をよせてちゅうちゅう吸い始めた。
はわーーーーっ!?
や、やめなさいみっともない!! コウモリってそういう感じで果物の汁を吸ったりするけど! やめなさい!!
慌てて彼女から顔を遠ざけるが、オルタレーネはしつこく「やー、もっと飲むぅ」といった感じで手を伸ばしてじたばたしてくる。
完全に酔っ払いだこれー!
誰かヘルプ!! 助けを求めて視線をさまよわせていると、先ほどオルタレーネを連れてきた侍女軍団がやってきた。彼女達は巧みな連携でオルタレーネを確保すると、ぺこり、と一礼をして彼女を連れ去っていった。文字通り一瞬の出来事だった、というか手慣れすぎてて吃驚する。パーティーで酒に酔ってぶっ倒れる紳士淑女、珍しくないのだろうか……。
いや。めっちゃいるわ。
パーティー会場を見回すと、すでに三分の一ぐらいがヘベレケだった。利益において争っていたはずの二つの勢力の政治家同士が、べろべろによって肩を組んで鼻歌を歌っていたり、腹を出して床に転がっていたりする。もはや政治家同士の懇親パーティーではなく、二次会三次会の飲み会会場の有様だ。見れば会場の外、町全体にそんな感じの酔っ払いみたいな雰囲気が立ち込めており、もう色々ぐだぐだである。
おかしい。ここは確か凄く厳格な感じの国家間の会議の会場だったはずである。それがどうしてこんなことに。
『グアーゴ……グガァ……グアーゴ……グガァ……』
最後の理性を求めてサルッカスに目を向けるが、しかし氷を操る厳格な審判者であるはずの彼は、今やひっくり返って腹をだしてすやすやとお眠になられていた。ぷっくらとしたお腹が鼾に合わせて上下しているのを見て、私は急激に色んな事がどうでもよくなってきた。
この世界の会食パーティーって、これが基準なんだろうか……。これが……異世界カルチャーショック……?
その後20分もたたないうちに最後の参加者が酔いつぶれて鼾をかき始め、私は侍女や侍従の皆さんと一緒に後片付けを始めた。とりあえず、裏方仕事の皆さんには、複数人纏めて担いで運搬できる私は非常にありがたられたという事は良い思い出かもしれない。一応、重要人物たちなので、いくら酔っ払いだろうがちゃんとしたベッドに転がしておく。早々にリタイアしたオルタレーネは、その中でも特別上等なベッドでスヤスヤと御就寝なされていた。……記憶が残ってるタイプの酔い方だったら、明日大変そうだなあ……。まあ、明日は明日の私がなんとかするだろう。考えるのがもうめんどくさい。
ちなみに結局、最後まで私は微塵も酔えなかった。