異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
翌日、使節団はそれぞれの故郷にむけてマニプルの街を出発した。
当然ながらほぼ全員が二日酔いでグロッキー。なんだったら見送る街の人々も大分二日酔い気味だった。そんなんになるなら飲むなよ……というのが私の偽りない感想である。
それでも、皆忙しい身だ。不調を推して馬車が出発したのだが……考えてみてほしい。板バネは辛うじてあるとはいっても、ゴムタイヤではない車輪、サスペンションも当然ない。座席は硬い木の板。そんな馬車に詰め込まれた酔っ払いどもが、果たして無事でいられるだろうか?
答えは否である。使節団はもはやゾンビの護送車輛と化しており、世を呪うようなうめき声が馬車から絶えず響いている。この異様な雰囲気を恐れてか、行きでは遠巻きに姿を見せていた動物・魔獣の影すら見えない。ある意味良い事なのだが、私としてはひとしきり苦笑いするほかはない。ちなみに酔っぱらっているのは積み荷の方だけだ。御者は飲んでいなかったらしく彼らがシラフなので道の心配はない。流石プロである。
ちなみに同じく酔いつぶれていた一人のオルタレーネだが、彼女は飲んだ量が量なので、引きずる事はなかったようだ。さらに幸いな事に記憶がないようで、自分の醜態については覚えていないらしい。私の首に女の子座りで腰かけつつ、しきりに首を傾げている。
まあ彼女からすれば乾杯し、グラスを口にしてからの記憶がないのだからそりゃあ不思議だろう。何があったのか御者達や私に聞いてくるが、御者は会場にいなかったと言って誤魔化し、私も言葉が通じないのでよくわかりませんー、で誤魔化している。本人は不安そうだが、世の中には絶対に知らない方がマシ、という事は確かに存在するのだ。
……正直、サルッカスが一緒じゃなくて本当によかった。あいつ、何故かオルタレーネには口が軽いからな、うっかり言いかねない。そんなサルッカスはウォールランド王国の護衛で別行動だが、アイツも二日酔いで唸ってたな……。神獣って酔っぱらうし二日酔いにもなるんだね……。ただのでかいワニじゃんそれじゃあ。
護衛として役に立つのか甚だ疑問である。あちらの宰相、ゲーダーだったか。あの人も堅物そうな顔して相当飲んだのか頭抱えながらフラフラしてたしな……。
全く、皆して理性が足りないというものである。二日酔いになるほど飲まない、これ大事。
ああ、しかしはてさて、街に戻れるのはいつ頃になるやら。流石に二日酔いでぶっ倒れてるのは今日だけだろうけど、おかげで異様に足取りが遅い。
行きは何日かかったっけ。それよりは確実に時間がかかりそうである。
「グフヘェー」
思わずため息をつく。言葉が通じないと、こういう時にお喋りして時間を潰す事もできない。何か知育道具でもあれば言葉を覚えるよい機会なのかもしれないが、流石に護衛を兼ねてる以上そこまで気を抜くのは駄目だろう。というか、現時点だと冒険者達も顔を青くしてひっくり返ってるし、マジで戦力になるのは私だけだ。地獄の呻きにびびって野生動物の類は近づいてこないが、例のクマモドキみたいな空気を全く読むつもりの無い奴らが襲ってこないとも限らない。
あまり気を抜きすぎずに頑張ろう。
結局、街に戻ってきたのは予定を一日オーバーしての事だった。
まあ、馬車の旅路だし、別に商人でもないのだから一日二日は誤差の範疇だろう。……だとは思うのだが、戻ってきた要人達を出迎えた居残り組は、妙に殺気立った様子で馬車から出向組を引きずり出し、強引に役場に連れて行った。特に、白い老犬のような見た目の住人はかなりご立腹の様子であった。
まあ、出向組はなんだかんだ、ご馳走食べたり酒飲んだりエンジョイしてきたのに対し、居残り組はひたすら缶詰で書類仕事に忙殺されていたのは想像に難くない。必要な事とわかっていても、俺達を差し置いて楽しみやがって……という感情が強くなるのは仕方ない話だろう。
後始末やらされたり迷惑をかけられた身としては、もし言葉が喋れたら「あいつら酒の飲みすぎて二日酔いで一日潰れてたんですよー」とか密告して火に油を注いでやるところだが、残念ながらしゃべれないのでやめておく。
一方で、政治とは得に関係ないオルタレーネは、街の住人からは手厚く労われていた。女性陣に囲まれ、お土産話をしている彼女を横目に見守りつつ、私もそろそろ仕事をするべくよっこらせ、と身を起こす。
残念ながら、公式に神獣となってもいつまでもふんぞり返ってる訳にはいかない。セルヴェの街は今も復興作業の真っただ中であり、人手はいくらあっても足りないのだ。そんな中で、文字通り百人力のスピノサウルスが、力仕事もせずにさぼっているのはむしろ気が咎めるというものだ。
まず向かったのは馬車の方だ。今回の会議では、ウォールランド王国との信頼関係回復の一環として、互い贈呈物を持ち寄った。セルヴェの街が何をもっていったかは知らないが、逆にあちらから受け取った物がある。木製のコンテナは非常に大きく重く、現地住民では10人がかりで上げ下ろしするようなものだ。こういう時こそ私の出番である。
馬車の荷台に詰め込んである木箱を、よっこらせ、と地に下ろす。
しかし見た所、馬車の容量に適当に詰め込んでいるのではなくて、ある種のユニバーサル規格が採用されているらしい。馬車側にも受け部分があって、ぴったりサイズが合うようにつくられており運搬時の振動等で荷物が崩れないよう工夫されているようだ。先ほどコンテナといったが、言葉通りなのである。この世界の技術レベルがよく分からなくなってきた。ただ、サルッカスの話を聞くに、昔は神獣も俗世に強く干渉していたというらしいから、文字通り上位存在であった彼らの入れ知恵か何かなのかもしれない。こういう部署を越えた範囲での効率化というのは、外から言われないとなかなか進まないものだ。勿論、外様が現場の都合を分かっている筈がなく、大抵は余計なお世話と反発を受けるものだが、相手が神獣ならば従うほかあるまい、という心理が働いたのだろうな、と想像する。
やっぱり物事の改善を推し進めるには、ある程度の強権が必要なのだ。
そんな事を考えながら、住人の指示にしたがって脳死で荷下ろしをする。降ろされたコンテナはその場で開封され、役人達がチェック表片手に確認をする。……そういや、普通に紙が使われてるのな。見た感じ質は悪いが、こういうのが量産されてるのも見ると、やっぱり変な所で技術レベルが高い世界だ。
さて肝心の贈呈品だが、見た所、木製品が多い。そりゃあそうだ、相手は木材が売りのウォールランド王国である。それを使った工芸品とか、お手の物だろう。しかし、色艶といい、質感といい、素人の目からみても高級家具だと一目でわかる。コンテナ一つ分でも、ひと財産になるんじゃないか? 逆にセルヴェの街がこれに釣り合う何かを出せたのかが気になってくる。この街、大きいし栄えてるけど、なんかこう、特別な特産品、みたいなのはないからな。敢えて言うなら冒険者か? ……もしかして冒険者が回収してきた秘宝とかだったり? あるいは珍しい魔獣の素材とか。しまったな、見ておけばよかった。
と、整理される贈呈品の中を見ていた私は、その中から少し意外なものを見つけて興味半分で近づいた。
木製品の間に置かれているそれは、黒っぽい布……だろうか。しかし質感が変だ。間近でじろじろみると、光沢のある、どこか懐かしい感じのする質感が見て取れる。どこかで見た事があったような……記憶を思い返す私は、ふと前世の記憶に該当するものを思い出して手を打った。
ああ、これ、ビニールシートだ。
…………ええええ?? ビニールあんのこの世界??
流石に石油製品はねーだろ……そう思いながら、手を伸ばしてひっくり返したり広げてみたり。よく見ると、ビニールとは少し違う。もっとこう、ゴワッ、としている。ゴムっぽいというか。
……ゴムといえば、その起源は文字通りのゴムの木の樹皮を削り、染み出した樹脂を固めたものだ。ようはある意味植物資源であるからして、木材の一種と言えなくもない。
自分の記憶ではゴムの木は暖かい地方にしか育たないはずだが、まあここは前世じゃない。寒い地方にそういう木が生えていたりしても何もおかしくはないだろう。
しかし、いいなこれ。ゴムでコーティングされてるって事は防水素材だろうか? 隙間風の多い神殿の礼拝堂にこれ被せたいなあ。スピノサウルスの体は野宿もものともしないが、それはそれとして常に隙間風と雨漏れしているのは文明人の住処としていかがなものかとおもうのだ。いや私はスピノサウルスなのだが。
コーティング布をひっくり返したりしながらまじまじと観察していると、不意にコホン、と背後から咳をならす声が聞こえた。
はっとして振り返ると、そこにはご立派な髭を蓄えた猫様の姿。彼は髭を整えながら、ジェスチャーで「戻してね?」と訴えてきた。
はい……。すいません……。
しょんぼりとしつつ布を畳みなおして元に戻す。そうだね、私にじゃなくて街への贈呈品だもんね。勝手に触りまくったら駄目だよね。大変失礼いたしました……。
そんな私の行動を見届けると、猫様はうんうん頷き、じゃあ次はこっちね、と手振りで指示する。私は肩を落としたまま、彼についていって次の荷物を抱え上げた。
しばらくはおとなしくしておこう……。
「◆●★◆?」
「●◆。▲●▼●」
結局、あれやこれやを終えたころにはすっかり日が傾いていた。
街は使節団の帰還を祝うでもなく、日が沈んでからも何かと忙しそうだ。残念ながら書類仕事については私に手伝えることはない。だって言葉が分からないからね。
いや、その。勉強してない事はないんだ……。ただ、何をどう見ても文字に規則性というか、法則性というか、そういうのが見いだせないのだ。これはもう私の頭の造りがどうこうという問題ではない気が最近している。だいたい、オルタレーネにいくつか教えてもらった言葉すら、あれから聞いた覚えがない。彼女の種族であるアルカレーレすら、日常会話の中で何度もでているのが道理のはずなのに、私の耳は拾っていないのだ。
そもそも、誰とでも意思疎通ができるサルッカスにすら言葉が通じないというのがおかしい話ともいえる。そしてサルッカスの言葉が私には聞こえる以上、問題は恐らく私にある。
理由はいくらでも考えられる。そもそも、私はこの世界に前世から転生してきた存在だ、この次元の魂じゃない。肉体のスピノサウルスも、転生した時に無から創造されたと考えられる。それ以前の話として、私を転生させた存在は、サルッカスのいう神や陛下ではなかった、というのもある。果てしなくイレギュラーな存在である私が、この世界の既存のルールに適合できていないというのは不思議な話ではない。
オルタレーネと水上神殿で話した時は一対一で、かつ時間をかけたのでいうなればピントを合わせる事ができたが、それぐらいしないと私がこの世界の住人と会話をする事は難しいのかもしれない。
多分、何かしらの規格がずれていて意思疎通が不可能なのだ。チャンネルが合わないというか。ザ・ワンの時は神の干渉があったおかげでオルタレーネやサルッカスと話せた例外なのだろう。
そう考えるとちょっと悲しくなってくる。
結局、私はこっちの世界でも逸れ者なのだ。
「グルルゥ……」
さて。力仕事がないとなると、私の出番はない。
いつまでもくそでっかいスピノサウルスが街を占拠していては皆に迷惑だろう。よっこいせ、と身を起こして歩み去ろうとすると、しかし何ごとか、街人がわらわらと表れて私の行く手を塞いだ。
え? 何事?
跨いでしまう事はできるが、万が一がある。対応に困って立ち尽くしている私に、街人達は何やら台車に乗せて大きな布を運んできた。それを数人がかりで広げると、それはいくつもの布を縫い合わせた、大きな大きなシーツのようだった。
到底、この世界の霊長が使うようなものではない。
もしかして……私用? もしかして、今晩は遅いから泊っていけ、って事?
半信半疑で自分を指さすと、皆がコクコクと頷いた。
え、うそ。本当に?
いいの?
半信半疑ながら広場に移動し身を横たえると、街人が数人がかりで私にシーツをかけてくれる。スピノサウルスの体には大きな背びれがあるが、それを考慮し細長い形に繋がれているようだ。巻くように、背びれをよけて布が体に被せられる。
「クルルルル……」
……。なるほど。
薄い布一枚。たかが布、されど布。
硬い鱗に覆われた頑丈な皮膚、石畳にすれても夜風を浴びても堪える事など一度としてなかったが、それはそれで、暖かくやわらかな布があればより快適に感じる。それともこのじんわりと体がやすらぐ感覚は、前世の私がそうだったからなのだろうか?
もう覚えていないほど遠い昔のような気もする。こっちにきてまださほど経ってもいないだろうに。
猛烈な眠気が襲ってきて、目を瞬かせる。あくびをかみ殺そうとしてできず、ふぁーあと大きなあくびが出てきてしまう。
ああ、駄目だこりゃ。抗いようがない。知らない所で、随分と疲れが蓄積していたのが、この拍子に一気に出てきてしまったらしい。
シーツのぬくもりに抗えず、私は猫のように体を丸めると、そのまま大人しく目を閉じた。
意識が闇に落ちていく。
……ああ。そういえば、オルタレーネ。彼女がいないな。こういうイベントには、必ず顔を出すもんだと思ったのだけど。どこで、何を、している、のかな。
おやすみなさい。
「●◆×?」
「★●。◆●★▼……」
「◆▼■」
ガラガラガラ……。