異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第56話 新しい日常の気配

 

 おはようございます。

 

 朝が来た。

 

 地平線の向こうから二連太陽の日差しが差込み、その光が背びれをじんわり温めたおかげで、ぱっちりと目が覚めた。

 

 あんまりにも熟睡していたので、急に目が覚めてなんか変な感じがする。真夏のとてつもなく暑い日にカーテンを開けたまま朝を迎えて、灼熱の太陽光で強制的に目覚めさせられた、みたいな。 もぞもぞと身を起こすと、体に被さっていた何かがずり落ちた感じがした。

 

「グル……」

 

 あ、そうだった。街の人にシーツをもらって、そのまま街で寝たんだっけ。地面に触れてしまったシーツの汚れを払い、くるくると丸めるようにして畳む。

 

 周囲を見渡すと、早朝という事もあってか人の姿はない。朝の清涼な空気の中、しんと静まり返った街並みには何とも言えぬ寂寥を感じる。人の姿がなくて静か、というなら普段寝泊まりしている水上神殿もそうなのだが、なんだか特別寂しいのはここが賑やかなのを知っているからだろうか。

 

 あるいは、ちょっと一晩ここに居ただけで、人恋しくなってしまったのかもしれない。孤独というのは慣れるものではなく、麻痺していくものだ。

 

「グルルル……」

 

 人の気配を求めて首を巡らせていると、不意によい匂いが鼻を掠めた。

 

 覚えのある匂いだ。

 

 少し考えて思い当たるものがあり、私はシーツを抱えたまま、ルンルン気分で街並みに繰り出した。

 

 馬車がすれ違えるような大きな石畳の道を、物音を立てないように進む。多くの住人はまだ眠っているかねぼけているかであろう時間帯だ、通り過ぎる窓の奥にも人気はない。

 

 だが匂いを辿って進んでいくと、何やらカチャカチャと賑やかな音が聞こえてくる。街の普段の喧噪の中ではかき消されてしまう細やかな音のはずだが、街が静まり返った早朝にはよく聞こえる。

 

 向かう先、一軒だけ湯気を吐き出している建物がある。両隣の家がつぶれてしまったらしくポツンと建っているその店には、何かしらの看板が出ていた。意味は知らないが、何なのかはだいたいわかる。

 

 私は店のまえに屈みこむと、小さな出入口から中をのぞいた。

 

 店は、今まさに開業準備中、といった様子だった。

 

 天井の低い客間の奥、キッチンらしき場所で複数の人影が右往左往している。でっぷりと貫禄のよい、見覚えのある猫獣人がオタマを片手に鍋を掻きまわし、小皿にとって味見をしている。しばらく首をひねった後に、傍らの瓶をひっつかんで調味料を足している。今度は納得いったようで、小皿を置いて再び鍋をかき混ぜ始める。

 

 他にも数人の侍女服が、パンを切ったり卵を割ったり忙しそうだ。その中に、探し人の姿を見つけて、私は目を細めた。

 

 オルタレーネは侍女服の上からエプロンという、ちょっと首を傾げる格好でパンを切っている所だった。彼女専用に誂えてくれたのだろう、親指を通すリングが設けられたナイフを左手で握り、サクサクとパンを切っていく。

 

 ……多分、毛が薄いからだろうな。腕の翼以外は人間と変わらず、翼も毛が短くて薄い彼女は、作業しづらいという問題を置いても異物混入の心配が薄い。この街の住人は基本的に毛深いから、あの手でパンを切ったりしたら毛が混入しまくるだろうな……。それしかないなら気にしないだろうけど、そうではないなら気にするのは正しい事だ。この店の商品に対する誠実さはなかなかのようである。

 

 それはそれとして、真剣な表情でパンをスパスパ切っていくオルタレーネの様子はなかなか見ごたえがある。レイピアを操っていたのもそうだけど、彼女、刃物の扱いが凄く上手いよね。レイピアは右腕で操っていたけど、左でもいけるのか。でもなんで左で……と思って、私は痛恨の思い出にぐええ、と眉を潜めた。そうだった。彼女は私の不甲斐なさ故に右腕の親指大怪我してるんだった。普段そういう素振りを見せないから、うっかりしていた。私の恩知らずめ。

 

 でもこうやって見ると、流石にナイフは持てないけれど、それ以上の問題はないようだ。不幸中の幸いという奴だね。

 

 そうやってじっと仕事ぶりをみていると、不意に侍女の一人と目があった。シカっぽい感じの彼女はしばし私とじっと見つめ合うと、はっと我に返ったように声をあげた。

 

「●■×~~~!?」

 

「★●?」

 

「スピノ●? ◆●★!」

 

 たちまちキッチンが騒然とする。流石に、恐怖とか驚きとかによるものじゃないのは分かっている、この街の住人達は私に好意的だ。キャアキャア姦しくにぎやかなキッチンに、しかし女将の怒号が飛んだ。

 

「◆●★!!」

 

 さもありなん。今は業務中である、仕方ないね。

 

 ビクッとして仕事に戻る皆さん。オルタレーネもチラリと視線を向けて、「すいません、今は手が離せなくて……」と目で謝ってくる。気にしてないよー、と頷き返す。

 

 と、そこでキッチンを見渡していた女将が突然、トングを手にして大鍋に向かった。先ほどまで向かい合っていたのとは違う、コンロに並ぶ大鍋の一つの蓋を開けると、トングをつっこんでまさぐり、何かを取り出した。

 

 骨、かな?

 

 牛の大腿骨を思わせる大きな骨だ。スープか何かの仕込みで煮込んでいたのだろう。女将は取り出した骨をもったまま、勝手口から出て行ってしまう。

 

 なんだろ。骨はまあ、客に出すわけにはいかないからどの道取り出すけど、あんな風に捨てるもんだっけ。網か何かでこすよね、確か。まあこの世界はこの世界で独自の料理法があってもおかしくはないんだけど。

 

 女将が居なくなった後、ぼんやりとキッチンを眺め続けていると、不意に誰かが尻尾をひっぱってきた。

 

 近所の子供だろうか。朝早いね、と振り返った私の先に、朝日を遮って逆光の中佇む巨大なシルエット。

 

 女将である。with骨。

 

 パシパシと湯気を立てる骨を掌で叩く女将の姿に思わず固まる。

 

「グエッ……」

 

 え、まって。もしかしてあの骨、骨棍棒のつもりなの!? 朝の忙しい支度を邪魔する迷惑客として退治されちゃう!?

 

 ドスドスと女将が近づいてくる。ひぃっ、と私は身を縮めて竦み上がった。

 

「●◆★、スピノ●★! ▲●!」

 

 女将が目の前まで近づいてくる。手にした骨の塊を持ち上げ、そして。

 

「●★◆!」

 

 ぎゅむ、と口の中に突っ込んできた。

 

「……。……???」

 

 訳が分からないまま、骨をアムアムする。あ、なんか美味しい。噛めば噛む程味が出る。肉は骨の周りが一番おいしいというが、まあそんな感じ。

 

 不可抗力で垂れてくる涎を拭いながら大人しく骨をアムアム甘噛みする私に、女将はうんうん、と頷くと、パシパシと鼻を叩いてきた。

 

 えっと。もしかして、腹が減ってるだろうからこれでも食べてろ、って事?

 

 ありがとう女将さん!

 

 感謝する私の前で女将は再度頷くと、しかし店のドアをバタン、と閉めた。え? とみている私の前で何事か告げると、そのまま再び店の裏手に戻っていってしまう。

 

 私は女将と閉ざされた店の扉との間で視線を往復させる。ややあって、ガチャリ、と扉が内側から鍵がかけられる音がした。

 

 ……。

 

 ええと、つまり。覗き込まれると気が散るから、これあげるから邪魔しないでね、って事……?

 

 やっぱり面倒な客扱いだったようだ。私はしょぼしょぼと店の前からどき、瓦礫が撤去されて整地されつつある隣の空き地に身を押し込むと、体を丸めて骨をイジイジと齧る事にした。

 

 美味しい……美味しい……。ふふ……。

 

 そのまま身を小さくしながら骨を齧っていると、街に少しずつ活気がよみがえってくる。あちこちの家から朝の準備であろう、食器類がぶつかり合うカチャカチャという音や、パチパチという薪の弾ける音が聞こえてくる。それに合わせて、街を行き来する人の姿も増えてきた。

 

 喫茶店の開店待ちだろうか。ラフな格好の街人が現れては、閉められた扉に変な顔をしてから列を作っていく。その列が伸びて3~4人ほどになった所で、最後尾の人と目があった。

 

 あ、どうも。おはようございます。

 

 視線であいさつを交わして向き直る。私は相変わらず骨をもぐもぐし、街人はまだかなー、と先頭を覗き込む。

 

 数秒後、「いやちょっとまてよ!?」といった感じで街人が振り返った。見事なまでの二度見である。建物の隙間に体をねじ込んで収まっている私に街人は文字通り目を疑うように顔をこすり、バンバンと列の前の人の肩を叩いた。なんだよもー、といった感じで前の人も振り返り、あとは以下略。

 

 そんでもって。

 

 気が付いたら、私はすっかり街人に囲まれていた。

 

 噂が噂を呼んだのか、早朝だというのにたくさんの獣人が顔を見せている。彼らは動かない私に思い思いに群がり、物珍しそうに骨を齧ってる私を観察している。中にはチョークやら炭やらを持ち寄って、スケッチを開始したりしている者もいるが、これはまあいつもの事だな。彼らにとって私というかスピノサウルスの姿は実に創作意欲を刺激するらしい。まあなんせスピノサウルスだしな。まあ、開店待ちの住人にとって良い暇つぶしになっているようで何よりだ。

 

 と、ガラガラと音を立てて店の扉が開いた。店員がまっていた客を中に案内する、お仕事が始まったようだ。店に飲み込まれるようにして行列が消え、あとには数人の街人に囲まれた私だけが残される。

 

 店の中からは、色々美味しそうな匂いが漂ってきている。この香ばしい香りは、もしかしてコーヒーだろうか。この世界にもあるのね。まあ、チョコレートほど奇っ怪な製造過程を経る訳ではないしな……。実ではなく種のほうに価値がある、と気が付くのはなかなか発想の転換が必要そうではあるけど。確か、原住民というか、地元の動植物がコーヒーの実を食べてめっちゃ元気だった事から見出された経緯だっけ、前世だと。元気といっても、まあ内情はあれだよね。種に含まれるカフェインと、実に含まれる果糖を摂取する事による天然エナジードリンク状態だったというか、早い話がどっちかというとドーピングだよね、滋養強壮じゃなくて。

 

 そんな事をグダグダ考えながら骨を齧っているが、そろそろ骨の味がしなくなってきた。スピノサウルスの牙で何度も噛んだからもうボロボロだし、飲み込んで私も食事に行こうかな。

 

 顎に力を少しだけいれてバリバリとかみ砕き、ごくりと飲み干す。

 

 さて、街の外にいこうか。

 

 そう思って身を起こすと、ほとんど同じタイミングで、裏の勝手口が開いた。

 

「●◆★!」

 

 出てきたのは女将さんだ。彼女は私に声をかけると、ちょいちょい、と手招きをする。なんだろう。

 

 のそのそ近づくと彼女はキッチンに声をかける。すると店員たちが、大きなお盆を抱えて出てきた。

 

 そのお盆にのっている物を見て、私は思わず目を丸くする。

 

 

 

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