異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第57話 文明はデリシャス

 

 お盆にのっていたのは、飾り切りをした巨大な果物だった。オレンジ色や青色、緑色、ピンク色といった様々な色合いの果肉が、美しくカットされてお盆に乗っている。

 

 その豊潤な香りには覚えがある。これ、世界樹の実だ。

 

 でもなんで? ここの人達は世界樹の実を食べないはず。それに見た事のない色の実も交じっている。

 

 どういう事だ?

 

「グルルル?」

 

「スピノ●★、▲◆■●★!」

 

 ぐいぐいお盆を差し出してくるので、戸惑いながらも受け取る。

 

 少しためらってから、カットした果実を手に取り口に運ぶ。

 

 うん、間違いない。世界樹の果実だ。

 

 しかし、なんていうか……食べやすい。いつもだったら大きな果実にかぶりつくのだが、頬がないスピノサウルスの顎の構造故、どうしても果汁とか果肉の一部とか、零れてしまうのだ。だがこうやって一口サイズにカットされていればその心配はない。口の奥に放り込んで味わってから飲み込めばいい。さらにいえば飾り切りのおかげで表面積が増えているので、噛み砕かなくても濃厚な味が楽しめる。

 

 普通にかぶりついて食べるのも美味しいが、一手間かけたこれも格別だ。本来スピノサウルスに限らず肉食恐竜というのは、適切なサイズの肉塊を切り出して丸のみする食事だとされており、人間みたいにもごもご肉を噛み砕いたりしないというか、できないのだ。そういう食事方法にあわせて調理すると、こんな感じになる、という事だろう。なるほど。異世界にはこんな技法が存在しているのか……。

 

 あと、先ほどから気になっていた見た事のない色の果実。これも気になる、私はさっそくグリーンの実を口の中に放り込んだ。

 

 これは……ライムか? ちょっと酸っぱいけど、甘味もあって好きな味だ。果実は結構硬め、果汁も少なめだが、深く切れ込みが入れてあるので、染み出してきた果汁で口の中が爽やかーな感じになる。清涼感抜群である。

 

 次はピンク。これは……ちょっと不思議な味だ。見た目から桃の味を創造していたけど全然違う。酸味の強いクリームというか、チーズというか……。果汁はほとんどなく、ねっとりとした触感で、舌で潰せるぐらい柔らかい。これを他の実と同じように飾り切りしているのは、包丁を入れた人の技量が伺える。

 

 気が付けばお盆の上はすっかり空になっていた。それを店員が片付けて、次にはオルタレーネが大きなボウルを台車に乗せてガラガラと運んできた。ボウルの中には、白いツブツブとしたものがはいっている。

 

 世界樹の種、その中身である胚乳とか胚芽だ。

 

 食べやすくボウルによそってあるだけでなく、傍らには巨大な木のスプーンがある。もしかしてわざわざ私のために? 前足でスプーンを取り、ボウルの中身を口に運ぶ。

 

 見た目に違いが無いから適当に選んだけど、これはオレンジでも青でもないぞ。シュワシュワするラムネみたいな味と触感。舌にのせて触感と味を楽しみながらパクパクと平らげる。

 

 しかし世界樹の実というのは食べられる奴には実に都合のよい食べ物だ。果肉はこってり濃厚な味わいだが、種の中身は食後感のやさしいあっさり味というのは、なんていうか意図的な物を感じる。やっぱり神様が自分達が食べるために作り出した果物とかなのだろうか? サルッカスも食べられるらしいし、本来は神かそれに類する者のための食べ物なのだろう。

 

 普通、そういうのは貴重品だったり人類の手の届かないところに生えてると思うのだが、この世界だとどうにもそこら中に生えてるらしい。変な話だ。

 

 そうこうする内に、種の中身も平らげてしまった。残りの味は覚えのある淡白つぶつぶに、ピリカラ中華、そして最後の一つは……なんだろう? かつおぶし味? ちょっと覚えのある、繊細な味だった。ライム味かクリームチーズ味のどちらかがこれなのだろうけど……少し食い合わせが悪くないかな。

 

 とにもかくにも、推定四個分の果実をぺろりと平らげた私は、すでにお腹いっぱいだった。げぷぅ、と満足する私にニコニコ笑って、オルタレーネ達は食器を片付けた。

 

 もしかして……女将さんがドアを閉めたの、邪魔とかじゃなくて、これの準備をしているのを知られなくなかったのかな。サプライズ主義なのか……いや確かにそんな感じするけど。

 

 その女将さんは、ニャッハハハ! といった感じに笑いながら、私の鼻先をぷにぷにしている。くすぐったいけど本人楽しそうなのでやりたいようにさせておこう。

 一しきり私の鼻をモニモニした女将は、満足したように店の中に戻っていく。あちらはまだまだ仕事中だ。私はというと、朝ごはんをここで頂いてもう満足したので、店の後ろからキッチンの様子を伺うことにした。考えてみればさっきは店の前に居座っていたし、物理的に邪魔だったね。反省。

 

 店の中では女将と店員たちが忙しそうに働いている。オルタレーネも、私に構っている暇はなさそうだ。時折ちらりと視線を向けてくるけど、特にリアクションなく仕事に戻っていく。とはいえ、何人もの店員がテキパキと注文を片付けていくのはみてて楽しい。台所で八面六臂、縦横無尽の活躍を見せる女将の働きも見てて実にエンターティメントだ。一人で複数の大鍋と巨大フライパンを管理している女将の姿は分身しているのかというレベルであり、もはやNINJAの領域だ。これに近い動きは、あれだ。飛竜とやりあっていた白い奴が似たレベルの動きをしていた気がする。

 

 武であれ料理であれ、一線を越えた存在は人の理を越えていくのがこの世界の仕組みなのかな。

 

 それに、調理風景を見ているとこの世界の風俗も伺い知る事が出来る。前世でいう石鹸はないようだが、流しには何かの種のようなものが吊るしてある。食器を洗う前に、トレイの中に汚れた食器と一緒にその種を放り込みしばらく待って、ヘチマタワシ的なもので擦ると白い泡が立つ。あれがこの世界の洗剤のようなものなのだろうか? オーガニックである。

 

 食器洗いに使う水は樽などではなく、何やら天井からつるしてある干からびかけた巨大ナスのようなものから補充しているようだ。女将がそれをぎゅぅう、と両手で潰すと、じゃばじゃばと先端から水が垂れてくる。見た目以上に大量の水が含まれているというか……ううん? なんか多くない? とはいえ、使える水の量には限度があるようで、一度トレイに溜めた水は使いまわしているようだ。洗った後の食器は、まだ泡が残っている状態でも布でさっとふき取り、乾燥棚のような場所にならべていく。

 

 多少ひっかかる点はあるが、前世の現代人としての私から見てもなかなか衛生的な環境に見える。文明レベルは中世から近世、と見ていたが、局所的にはほぼ近代なのかもしれない。

 

 まあ、食事周りの技術は進んでいるのがよいに決まっている。どこかで自ら積み重ねてきた歴史を抹消しない限り、積み上げられた研鑽、発展した技術は、そのままイコールで美味しさと安全につながる。

 

 そして食は全ての基礎なのだ。健康な肉体も、優れた科学技術の発展も、美味しく健康的な食事が支えている。

 

 私のようなスピノサウルスでさえ、その恩恵に預かる事が出来る。飾り切りが施された果物は、ただ見た目が綺麗にとどまらず味も非常に良かった。素晴らしきかな調理技術。

 

 しかし忙しそうだ。オルタレーネですら私に構っている余裕はないらしい。でもまあ、見てて飽きない。私はそのまま邪魔にならないよう大人しくしたまま、喫茶店の繁盛ぶりを観察する事にした。

 

 

 

 

 喫茶店はお昼過ぎには営業を終了した。

 

 なんか、材料が尽きてしまったらしい。今日は随分と繁盛したようだ。それともいつもこのぐらいがデフォなのか? 思えば、オルタレーネがそういう店で働いているらしいと知っていながら、様子見に来た事は今までなかった。

 

 勿論気にならなかったといえばウソになるが、街に迷惑かけたくないしなー、というだけでなかったのも事実。大勢の人がいる中に突っ込むのがなんか拒否感があったし、言葉の通じない住人相手に気を揉んでまで街に行きたくなかった、というのもある。

 

 ようは面倒くさかったのである。

 

 冷静に考えると随分、こう、不義理である。オルタレーネの方は私の方を気にして水上神殿まで飛んできてくれていたのに。こういう所が駄目なのだ、私は。

 

 自分自身にゲンナリしながらも、私はおとなしく店の裏に顔をつっこんだまま、オルタレーネが店の片づけを終えるのを待っていた。何か用事があるらしい。

 

 ややあって、店の中から彼女が出てきた。女将にお疲れさまでしたーと手を振る彼女の姿は、いつもの侍女服ではない。ちょっと御洒落よりの普段着みたいな、青いワンピース的な服を着ている。普通の服と違って、脇にボタンがあるのが特徴的だ。

 

「■●★」

 

「グルル」

 

 お待たせしました、と言ってるらしい彼女に、いえ、全然とお決まりの文句を返す私。なんだかデートの待ち合わせみたいだな。

 

 と、彼女が不意に訝し気に私の方を見る。あれ、なんか変? 首を傾げる私をよそに、マジマジとこちらを見ていたオルタレーネが、不意にぷっ、と噴き出す。そのまま小さく口元を抑えて笑う彼女に私は困惑する。

 

 え、何?

 

 困惑する私を見かねてか、彼女は口元を抑えながらも右手で私の尻尾を指さした。尻尾? 尻尾がどうしたの? 

 

 確認すると、尾の先に何か、白いひらひらしたものがひっかかっている。

 

 ……花輪だ。いつの間に。

 

 街の近くに咲いていたであろう、シロツメクサに似た白い花。それを編んでつくった花輪が、スピノサウルスのぶっとい尻尾の先端に、ひっかけるように飾られている。

 

 全然気が付かなかった……。時折人が私に近づいたり観察したり、場合によっては尻尾を滑り台にしたりしてたのは知ってて放置してたけど。

 

 花輪を拾い上げてしばし思考した後、私はそれをちょこん、と頭の上に置いてみた。サイズが全然違うが、頭蓋骨や筋肉の隆起にあわせて凸凹しているので、すぐさまずり落ちるような事はない。

 

 題名、花輪を被る棘トカゲ。どう?

 

 それを見たオルタレーネの方は、しんぼうたまらん、といった具合に腰を折ってプルプル震えている。人目があるので、淑女として爆笑できないからそれを必死に抑え込んでいるらしい。……意外と笑い上戸だよね、オルタレーネ。ツボに入るとしばしばこんな感じになる。

 

 彼女の笑いのツボが落ち着くまで、私は通りにむかって、色々とポーズを決めて遊んでいた。顎に手をやってみたり、くねくねと体を捩じってみたり。割と好評だった。多分。

 

 そんなこんなでオルタレーネが落ち着いたのは10分ぐらい後の事だった。ちょっと長かった。

 

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