異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
オルタレーネのエスコートで向かったのは、街の外だった。てっきりどこかの店に案内されるかと私は思っていたのだが。シーツを枕のように抱えて、彼女の歩幅にあわせてついていく。
どうやら目的地は湖の湖畔、私がいつも朝ごはんの場にしている世界樹の麓あたりらしい。最近、背びれの大きい魚がうろついているあたりに、やってくると、そこには10人ほどの街人と、見慣れない船のようなものがあった。
「グルル……?」
「●、スピノ■●★。●■★、オルタレーネ●■」
「▲★●、●★」
やっと来たね、と街人がオルタレーネを迎える横で、私は湖に浮かべられたそれに近づき、スンスンと匂いを確かめた。
なんていうか……船とはいったが大分変な代物だ。どっちかというと、船型のコンテナか? 水に浮く形はしているものの、人の乗り込む所がない。匂い的には、これもまたウォールランド王国からの贈呈品の一つらしい。
おかしな話ではない。かの国はどうやら湖を渡る航路を確保するのが長年の悲願であったようだ。直接船を渡る他に、こうやってコンテナで湖を渡す方法も模索していたのだろう。ただの木材の塊をザリガニが襲うとも思えないし、ルートさえ確保すれば船を出すより確実で安全かもしれない。とはいえ、そのルートが確保できなかったのでこうして贈り物になったのだろうけど。
しかしなんでまたそんなものが。
しげしげと眺めていると、街人の一人がやってきて、コンテナ船の上にのった。彼が鍵のかかったコンテナ上部を開放すると、その中には独特の質感の黒っぽい布がしきつめられていた。
あ、これ、例のビニールシートじゃん。いいなあ、欲しいなあ。
覗き込んでいると、街人が何やらジェスチャー。え? 私の手にもっているシーツも入れろ? って事?
意図が読めず、コンテナとシーツの間で視線を往復させる。このシーツくれたんじゃないの?
「グルル……グゥ?」
もしかして。凄く私に都合がよい考えかもしれないが……もしかしてこのコンテナ船、私へのプレゼント? ビニールシートもどきも、私がひどく感心を持っていたから、コンテナに入れてくれた、とか?
半信半疑でコンテナ、私と指さしてジェスチャーで確認を取ると、街人はうんうん頷いた。
……。
…………。
やったー!!
「グルルルゥ!」
いそいそとシーツをたたんでコンテナに押し込む。ちょっと雑な畳み方だったけどいいよね、入ったから! やっほーい!
あまりのルンルン気分に思わず尻尾が揺れてしまう。私は犬じゃないんだけど、しかたない。街人はそんな私に苦笑しつつも、ちょっとはみ出したシーツを押し込んで、コンテナの蓋を閉じた。
さらに数人の街人がロープをコンテナ船につなぎ、反対側を私に差し出す。ロープの先を咥えて受け取った私は、そのままザブザブと湖に身を沈めた。あとはこれをひっぱって泳げば、水上神殿まで一直線という訳だ。
と、そこでオルタレーネがパタパタと空を飛んでコンテナ船の上に着地する。え、君も来るの? まあまだ日は高いし、女の子一人ぐらいなら全然余裕で座れるスペースがあるけど……。
チラリと街人達に視線を向けると、彼らはぱたぱたとハンカチを旗代わりに振って、すっかり見送りの気分のようだ。これで残れ、というのもちょっと空気が読めていないかもしれない。
んんー。まあ、オルタレーネだし、いっか。
「グァグルル、ヴォル、グルル」
振り落とされないでねー、という意味を込めて軽く吠えかけて、私は湖の沖合にむかって進みだした。最初だけ湖底を歩いて進み、すぐに脚が着かなくなるので泳ぎに移る。コンテナ船をひっぱりすぎてひっくり返さないよう、速度は控えめだ。
と、泳いでいると、例のピラニアシーラカンス亜種みたいな連中が、私の横にゆっくりと並走してきた。珍しいな、普段は私から距離を置いてるのに。だいたい、彼らはザリガニとの競合を避けて沖合には出ないはずなんだが。
まあいっか。知らない顔でもないんだし、ついてきたいならついてくればいい。今日は機嫌がいいから、ザリガニの一匹や二匹、遭遇しても守ってやろう。
しかし、ふふ。こいつら、背びれが大きく発達してそれを水面に出して泳いでるから、カジキマグロとかいるか怪しいこの世界の視点で見ると、スピノサウルスが群れで活動しているように見えなくもないんじゃない? 今の所スピノサウルスに該当する生物はこの世界に私一人のようだが、こういう光景を見せられると孤独感がちょっと和らぐ。相手は所詮魚なのだが……背ビレ仲間、という事かな。
そういえばサルッカスは共通言語を操るという話だったが、魚と会話できたりするのだろうか? 流石に無いか。彼も世界樹の実だけを食べている訳ではなく、普通に肉とかも食べてるらしいし、今から食べようって相手と意思疎通できたら食欲が薄れるのは間違いない。それでも気にせず食べてるんだったら大分剛の者だが。……いや案外ありうるかもしれないな、サルッカスの奴、変に淡白というか割り切っているところがあるし。
まあいいや。
オルタレーネはどうしているのだろうかと目を向けると、彼女は髪を抑えながら、並走する魚達の背びれを楽しそうに見つめている。
彼女が気にしてないのならそれこそどうでもいいか。私は視線を前に戻し、一路水上神殿に向かった。
ふふふ。早く寝床をプレゼントで彩るのが楽しみだ。
ゆっくり泳いでも、水上神殿には30分ぐらいで到着した。到着するなり散っていった魚達を見送り、私はコンテナ船を水上神殿の階段によせて停船させた。ロープを適当に大きな石柱の残骸にくくりつけ、湖に沈めて簡易的な錨代わりにする。船が流されないようにしたら、コンテナを開けてさっそく中身を取り出す。まずはシーツを寝床に運び込み、次はいよいよ、ビニールシートだ。
「グルルルゥ、グゥー」
取り出したシートは、礼拝堂のひび割れた天井をカバーするのに十分な広さがある。ある程度壁も覆えるかもしれない。私は鼻歌を歌いながらシートを取り出し、担ぎ上げるとえっちらおっちら階段を上った。
見た所コンテナ船には他にも何か積んであったが、後だ後。まずは住処の環境改善が第一である。とにかく雨漏りとかどうにかしないと、せっかくもらったシーツとか駄目になってしまう。
礼拝堂の外を回り、雨漏り部分に向かう。礼拝堂の天井は、石で出来た三角形の屋根だ。屋根だけ見ると、ちょっと古代ギリシャの神殿っぽい。ほら、石の柱が支えてるアレだ。雨はともかく風は防げそうにないやつ。
内部はかなり凝った彫刻があるのはご存知の通りだが、あまり外見には手間がかけられていない。あるいは長い年月で存在していた細かい彫刻とかが消えてしまったのだろうか?
広げたシートを、礼拝堂のひび割れた天井に被せてみる。思った通り、いい感じに塞げそうだ。だがこのままだと風が吹いたら飛ばされてしまう。シートの重みがあるから、そのうちずれてしまうかもしれない。私は手近な石を置いて重みにしてみるが、シートの大きさに対して数が足りない。水上神殿の周りをぐるぐる回って探してみるが、思ったよりもちょうどいい石が見つからない。
仕方ない。最低限飛ばないように重しを乗せた上で、私は湖の底に潜った。
ついてきた魚達がびっくりしたように逃げていくのを横目に、湖の底……水没した神殿の本来の姿に目を凝らす。湖の水は澄んでいて見通しが良いが、このあたりは水没した神殿の廃墟が影を落としていて死角が多い。ザリガニが潜んでいるという事はないが、少し注意して動く必要がある。それはともかく、石だ石。幸い水上に出ている部分と違い、水底には多数の瓦礫が散乱している。これらも多分、歴史的にみたら価値のある遺物なんだろうと思いつつも、いくつか失敬する。捨てたりしないから、いつか歴史学者や考古学者がやってきた時にはここから拾ったと説明しないといけないな。いつになるかわからんけど。
できるだけ彫刻の名残とか残っていない、万が一訳わからなくなっても致命打にはならないであろう瓦礫を選んで回収した私は、再びいそいそとビニールシートの設置に戻った。水底から回収してきた石はよい感じの重さで、これなら風に飛ばないだろうと確信できるぐらいにしっかりとシートを固定してくれる。また防水性も想像以上で、水中から拾ってきた重しに残っていた水をバリバリに撥水してくれているのが見て取れる。頼もしい。
あとは余った部分を、壁の亀裂を覆うように垂れさせる。流石にここは抑えられないが、シート自体に重みがあるし、屋根部分の所でしっかり押さえているから、よほどの強風が吹かない限りそうそう飛んでいく事はないだろう。……いやまてよ、オルタレーネに出会った時といい、結構強風吹くよなここら辺。
……ちょっと心配になってきた。何か大きな瓦礫を立てかけて抑えるのは……うーん。流石に罰当たりか。あ、そうだ、コンテナ船の蓋! あれならちょうどいいんじゃないか?
いそいそと階段を下りて回収に向かう。コンテナの蓋を外し、ためつすがめつ確認するが、大きさも、重みも、厚さもいい感じだ。これをシートの上から礼拝堂とサンドイッチするようにたてかければ、そうそうシートが吹っ飛んでいく事はないだろう。
これで雨風を気にする事はもう無い訳だ。
文明万歳!
と、蓋を眺めてニヤニヤしていた私は、そこである事に気が付いた。
コンテナの中身。ビニールシートモドキを持って行ったときはまだ確かに何か残っていたのに、今はほとんど何も残っていない。
「……グル?」
おかしいな。
泥棒……というには、この水上神殿には私とオルタレーネしかいないのだが。
ああ、もしかして、オルタレーネが気を利かせて神殿に運んでくれたのか? 重いだろうに、そんな無理をしなくてもよかったのにというか、させてしまって申し訳ないというか。
とはいえ彼女に運べたのだから、そう大仰なものでもないはずだ。少し気になるが、まあとにかくビニールシートを抑えてしまう方が先だ。飛んで行ったら困るもんね。
私は階段を駆け上がり、外壁に重ねるようにコンテナの蓋を置いた。……よし! 思った通り。蓋自体に厚みがあるから安定してる。ふぅー、と息を吐きかけてみるが、飛んでいきそうな頼りない感じは全くない。これでヨシと。
これで雨風の心配はいらないな。やりとげた感に浸っていた私は、いやいやまだやる事があるぞ、と気持ちを切り替えて礼拝堂に向かった。
オルタレーネに何か運ばせてしまったようだが、一体何だったのか。確認しておこう。
「グルル、ヴォルヴォルー?」
特に警戒する事なく覗き込む。まあここに私にとって危険な存在が居る訳がないのだから、それは全く問題なかったのだが。
しかし、危険かどうかと、私にとって刺激が強いかどうかは、まったく別の話であるという事を、この時の私は考えにあげてすらいなかった。
「あっ」
驚いたような少女の声。
対して私は、見慣れぬ物体を目の当たりにして理解が追いつかず首を傾げた。
一言でいうと、木の台だ。感情かつ、軽量に作られているのが見て取れる。その台に、みるからにふっかふかのマットがしかれており、その上でオルタレーネがゴロゴロしていた。私と目があった彼女が、半身を起こした状態で動きを止める。
……いや、うん。流石にわかる。
これはベッド、だ。ベッド。間違えようがない。
問題は、何故、私も寝泊まりする礼拝堂の片隅に、霊長サイズのベッドが置かれているかという事で……いやこれも欺瞞だ。
分かっている。これは多分、オルタレーネのベッドだ。
うん。
ベッドの上のオルタレーネが、頬をやや赤らめて、そっと目を伏せる。ベッドの上でごろごろしていたせいで衣服が煽情的に乱れて、白い肌がチラっとみえた。
「…………グル」
私は出来るだけ静かにゆっくりと動き、ベッドに近づいた。そして爆発物の配線を触るような気持ちで、そっとシーツを引き上げてオルタレーネに被せて柔肌を隠してやる。
そのままの姿勢でじわじわ後ずさる私。
きょとん、と理解しがたいモノを見る視線でオルタレーネが見上げてきたが、残念ながらそれに構えるだけの精神的余裕は今の私には無かった。
考えてみてほしい。
確かにオルタレーネに対する気持ちを私は自覚したし、彼女も私の事を憎からず思っている事は受け入れた。だが、そこからいきなり同棲というのは、流石に段階を飛ばしすぎではなかろうか。
「? スピノ●?」
「グルゥ、グアア……グアッ!(ガッ)グァ……グアアアアアアアッ!??(ザバーン)」
「ス、スピノ◆ーーー!!?」
私は礼拝堂の出口までバックすると、そこまでけっつまづいて神殿から転がり落ちるようにして湖に飛び込み、一路全速力でサルッカスの元に向かった。
なお、息を堰切らせて訪ねた私に、サルッカスの反応はいっそ冷淡だった。
『え? 嬢ちゃんが寝床に住み込んできた? ……それに何の問題が?』
私の必死のジェスチャーを解読し、呆れたようなため息を漏らすサルッカス。そういう彼は何やら、初めて見るトカゲ系の青い鱗の美人さんに背中をモップでこすってもらっている。和服にも似たゆったりとした衣服の、美的価値観が違っても美人だと言えるお嬢さんはこちらにぺこりとお辞儀をして、作業を再開する。一方、奉仕されているサルッカスは、明らかに下々に世話をされる事に慣れた上位者のくつろぎ方をしていた。
『べつに、ちっせえのが世話するの送り込んでくるのなんて珍しくはないっしょ……。旦那は気にしすぎっすよ』
「……」
私は改めて、この気さくな巨大ワニが数百年、いや、千年以上上位者として生きてきたというのを改めて突きつけられて何も言えず、そのまましおしおと寝床に帰る事になった。
以降、なんだかんだ、オルタレーネと寝食を共にしている。
朝起きて、彼女を街に送って、私は世界樹の実を食べたら付近をうろうろ散策し、日が傾いたら彼女をつれて神殿に戻る。
慣れてしまうと、それはそれで充実した日々であり、私は私自身の単純さにため息をつくのだった。