異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

62 / 79
第59話 黄金都市の視点

 

 関門都市セルヴェは、連合王国に所属している。

 

 これはかつてバラバラに生計を立てていた都市国家が、ある時互いに同盟を結び結成した都市連合である。

 

 とはいえ、それぞれの都市国家の力量は同じではない。裕福な都市もあれば、貧乏な都市もある。国家として成立するにあたってそれらパワーバランスはそのまま連合王国内での発言力となる。ちなみにセルヴェはちょうど中ぐらいの発言力だ。

 

 つまり、あるのだ。

 

 連合王国内において、他の国家で言う首都、そして王族と呼べる都市が。

 

 その都市の名を黄金都市リヴェール。遥か古い時代、黄金の神獣が守護していたとされる連合王国最大の都市国家である。

 

 そのリヴェールに、関門都市セルヴェの市長である煌鹿のヤキウは今ちょうど到着したところであった。

 

「やれやれ……」

 

 名前の通り日を浴びるとキラキラと輝く不思議な体毛、そして王冠のように張り出した一対二本の角。背丈の小さい“群れ成す人々”の中にあって非常に特徴的な姿を持つ彼だったが、それだけに一般的な同族にあわせて作られた馬車はいささか天井が低い。長時間の馬車旅から解放された彼は地に降り立つなり、コキコキと首をならして体を伸ばした。

 

 ぐるり、と周囲を見渡すと、そこはリヴェールのステーション。ヤキウと同じように、馬車の旅から解放された重鎮達が思い思いに体を伸ばしている。その向こうには、黄金都市を守る巨大な外壁が聳え立っており、白い石は何やら日光を照り返してキラキラと輝いている。この辺りの岩盤は希少鉱石の粒子を含んでおり、日の当たり方でキラキラと煌めくのだ。もう少しまって夕刻になれば、その鉱石で作られたリヴェールの街並みは名前の通り黄金に輝く事だろう。

 

 残念ながら、それをのんびり観光する余裕はヤキウにはなかった。すぐに荷物を持って、大会議場に向かわなければならない。彼は荷物を下ろした従者を引き連れ、足早に門へ向かう。

 

 ヤキウは、外遊の最中であったがそれを切り上げ、リヴェール市長、すなわち連合王国代表の命によって呼び出されていた。

 

 外遊というと勘違いされるかもしれないが、外で遊んでいる訳ではなく、政治的な交渉を行うのが主な内容だ。今の時代、都市単体で物流が完結している事はまずありえず、様々な都市との綿密な交渉はかかせない。特に関門都市、流通の調整弁として機能しているセルヴェにとってそういった流通の管理は死活問題であり、市長は基本的に都市にいるよりもこうして外を回る時間の方が長いといっても過言ではない。普通に激務であるが、それもこれも市長としての責任感があってこそである。

 

 そうしていられるのも優秀な市長代理がいるからではあるが、それを踏まえても、近日の異常事態、本来ならばヤキウ自身、一刻も早くセルヴェに帰還すべきでもあった。

 

 それでもリヴェールの招集に応じたのは勿論理由がある。

 

 そう。

 

 連合王国代表の名において、一連の事件の調査報告及びに対応の議論を行うというのであれば、参加せざるを得ない。

 

 周囲にいる馬車の乗客たちも恐らく目的は同じだ。

 

 今、この街に、連合王国を構成する都市の市長が集っている。

 

 

 

 

 大会議場内部は、すりばち状に中央が凹むような形のドームになっている。中央の舞台を取り囲むように、座席が円環状に配備され、背丈や人数に左右されず、全員が中央舞台に立つ人物の顔を見られるようにするための構造だ。円卓、と呼ぶ者も居る。

 

 普段は黄金都市の重鎮が居並ぶこの空間だが、今この場においては、無数の市長たちが席に並び、深刻な空気が立ち込めていた。多くの者が外遊先、あるいは自分の街を離れ、この場に来ている。最近立て続けに起きた凶報もあり、皆気が気でないのだ。

 

 並んでいる顔ぶれのほとんどにヤキウは覚えがない。これはヤキウの覚えが悪いのではなく、連合王国を構成する都市は100を超え、しかも多くは市長代理によって運営され、肝心の市長は外遊に出ている事も多い。それを全て把握しろというのはもともと無理な話だ。そんな普段から忙しい彼らが一同に会する、それがどれだけの異常事態を示しているかがよくわかるだろう。

 

 それでも中には見知った顔もいる。ヤキウは彼らと視線であいさつをかわし、さて、と中央舞台に目を戻した。

 

『皆さん、お待たせしました』

 

 不意によく通る声が響き、わずかにざわついていた声も忽ち静まり返る。ツン、と静寂のおりた中央舞台に、ゆっくりとあがってくる老人の姿がある。

 

 全身を覆うほど伸びた白い毛に、そこだけは禿げ上がって皮膚を露にしている頭頂部。顔も手も毛の中に隠れてしまっているが、二本の長く伸びた牙だか角だかよくわからないものが、毛皮から飛び出している。

 

 黄金都市市長、サルガス。

 

 何十年にもわたって黄金都市を収めている市長にして、連合王国の代表……実質的な国王である。

 

『本日は皆さま急がしいなか、お集まりいただき感謝します。……とはいえ、皆さま、故郷の事が気が気でないでしょうから、このような形式的な挨拶は無しにしましょう』

 

 歴史ある都市を治める古い翁、であるにも関わらず、サルガスの口調は軽やかだ。正しい意味での臨機応変を体現する彼は、参列者を待たせる事なく本題に入った。

 

『本題に入ります。……改めて。今、連合王国、ひいては我々創造神と女神を信奉する同胞諸君は、かつてない危機に立たされています。この場において何が起きたか、知らぬ者はいないでしょうが、詳しくは知らない者もいるでしょう』

 

 一旦言葉を切ったサルガスの視線が、自分を見ているような気がしてヤキウは軽く身震いした。とはいえ、心当たりはある。不幸なのか幸運なのか、彼の故郷セルヴェは数奇な運命の中にある事を、彼も伝え聞いている。

 

『まず最初に、古い文献で“卑冠を頂く者”と呼ばれる飛竜による連続獣害事件が勃発しました。最終的に飛竜は、関門都市セルヴェにて、神獣スピノによって討ち滅ぼされました。神獣スピノは、数千年ぶりに確認された新たな神獣と考えられています。それとほぼ同時に、ウォールランド王国の植林地帯に“唯一咲き誇る者”が侵入。ウォールランド王国に甚大な被害を与えた上で、セルヴェの街、神獣スピノと神獣サルッカスの協力により、かの魔獣は滅ぼされました』

 

 厳密には少し違うけどね、とヤキウは内心で補足した。

 

 協力というよりセルヴェは巻き込まれた感じだ。恐らくは人類に好意的なスピノを戦いに引きずりだすために。さらに言えばセルヴェ・ウォールランド王国連合軍と、スピノ・サルッカス両神獣の協力があっても“唯一咲き誇る者”には太刀打ちできず、セルヴェが保護していたアルカレーレ人の少女、オルタレーネの活躍があった上で、最終的にスピノが神罰代行を行いかの魔獣を滅ぼした、という話である。聞いているだけでぞっとする報告だ、何か一歩でも間違えていれば彼の愛する故郷は魔獣の餌食と化していたのだ。博愛たる神々、そしてスピノとやらには感謝の念を抱くばかりである。

 

 だが話はそれだけではないらしい。

 

『それに加え、南の防衛都市グランツが、“捩じれる双角”と呼ばれる魔獣の襲撃を受けました。防衛都市は大きな被害を出しましたが、最終的には数百年ぶりに姿を見せた神獣”レクスシオ”の助けもありこれの討伐に成功しました。ですが、それにより防衛都市の戦力が減じた隙をついて“武国”が北に進出。今現在も睨み合いが続いているようです』

 

 それはヤキウの知らない話だった。頭の中に地図を浮かべて、その偶然に彼は背筋に冷や汗を流した。グランツはセルヴェから見て南にある都市だ。現状は小康状態にあるというが、もし武国がグランツの防衛線を突破して北上してきた場合、セルヴェもその脅威にさらされる事になる。

 

 武国は同じ創造神と女神の信徒ではあるが、その解釈は大きく違う。環境的にも厳しい南方に住まう彼らは、力こそ真理とする暴力的な輩だ。かつてはアルカレーレ人を奴隷として虐げていた歴史もあり、それこそが彼らの神に対する不信を生んだ、という経緯もある。基本的に、隣人として仲良くできるような相手ではない。

 

 もしも、だが。スピノとやらが現れず、オルタレーネも街に保護されなければ、セルヴェの街は飛竜と花の魔獣、その両方によって甚大な被害を受けていただろう。それは恐らくマニプルといった近隣の都市にも及び、それによって一帯の防衛力が著しく落ちた状態で武国の侵略を受けていたら……考えるだけでゾッとする。

 

 最終的に取り戻せる算段はあるだろう。だが、それまでに何年、下手すれば何十年という停滞と屈辱の時代が訪れるのは想像に難くない。そうならなくて本当に何よりだった。

 

 しかしレクスシオか。ヤキウも彼の事は伝承で知っている。二足歩行する爬虫類型の神獣だが、大きく発達した頭部と、半比例して極端に退化した前足が特徴的だ。長年確認されていなかった事でその実力については様々な噂が尾鰭付きで流布しているが、ひとつはっきりしている事がある。 防衛都市グランツの城壁にはかつてレクスシオがかみついたとされる神剛石の塊が組み込まれているのだが、深々と牙の跡がならぶその石は、現状の人類の技術力では加工どころか削る事も研磨すらも不可能だという。つまり、そういう事だ。

 

『またさらに北方の境界都市イセルガーヤでは、“帳に閉ざす者”と呼ばれた大型魔獣が確認されました。イセルガーヤは陥落寸前の大きな被害を受けましたが、これも久方ぶりに姿を確認された神獣達……断絶者ヤッガルナと海帝サモサによって討伐されたそうです。……またかの魔獣はノルヴァーレ帝国にも被害を出していたようで、戦後帝国との接触があったようですが互いに今は傷を癒す事を優先とし、こういってはなんですが友好的なやりとりが行われているようです』

 

 断絶者ヤッガルナと海帝サモサ。姿こそ確認されていないが、有名な神獣だ。

 

 ヤッガルナは全身を羽毛に覆われ、二足歩行で走る鳥に似た神獣だ。だが翼は小さく飛ぶことはできず、代わりに異常に発達した嘴で敵対者を切り裂く。雷を操る力を持ち、全身に電撃を纏って高速移動すると言われている。姿が見えずとも操る雷が落ちる爆音によってその存在は認識されており、「いい子にしてないとヤッガルナが来るわよ」なんて親が子供に言い聞かせたりもしている話は有名だ。

 

 一方、海帝サモサは、海に潜む超大型の神獣だ。あまりにも大きいためその姿をはっきり目にした者はいないが、およそ人類の作り出せる船よりもさらに大きいという噂だ。近隣を荒らしつくした魔獣が、突如として海に引きずり込まれて姿を消すという事件があるが、これはサモサの仕業によるもの、と言われている。というかよくわからない超常的な事件は大体サモサのせいである。

 

 そんな神獣が二体がかりで対応したのだというから、“帳に閉ざす者”とやらも相当の怪物だったのだろう。どんな魔獣だったか、ちょっと覚えはないが。

 

 しかし、現れた魔獣が全員名前もち。つまり全員、伝説に謳われるような化け物であるという事だ。そう、あの最終戦争において、神獣達が大きな犠牲を出しながらも禁則地に封じたという言い伝えの……。

 

「……ぬ」

 

 たらり、と汗がヤキウの額をつたった。

 

 一体なぜ、サルガスが市長を集めたのか。その理由に思い当たったからだ。

 

 そしてサルガスの言葉もまた、そこに差し掛かろうとしていた。

 

『さて皆さん。今しがた話にあげました魔獣は全て、過去の記録において名前が残っていたものです。かの最終戦争に関する伝承……そして、四体の魔獣全てに、ある共通点を黄金都市リヴェールの調査班は見出しました。それは何か?』

 

 

 

『彼らは、全て同じ禁則地に神が封じた魔獣なのです』

 

 

 

 ザワ、と中央会議室に動揺が立ち込める。

 

 禁則地。かつて最終戦争において神々が並み居る魔王達を封じ込めた、神の御業そのもの。この世界における創造神信仰の源の一つといえよう。それ以前からも創造神信仰はあったし、あくまで数多ある理由の一つに過ぎないのだが、一方で明確に神々が救いの手を差し伸べたこの一件が、今の人類に与えた影響はとてつもなく大きいのも事実だ。

 

 だからこそ、それは同時に禁じられた聖域であった。

 

 神を信じるのも信じないのも自由だが、しかし神の御業を試してはならぬ。それは侮りである。

 

 故に、少なくとも記録にある限り、禁則地は既存の文明にとって触れてはならない領域であった。かの武国、そしてノルヴァーレ帝国ですらも、禁則地に触れる事は明確に禁じている。

 

『勿論、神の御業を疑う事はありえません。ですが、こうも立て続けに、はっきりと記録に残された封印されし魔獣が人界を脅かした。それに加えて長らく我々との接触を断っていた神獣が次々と姿をあらわしているのも、何かしらの予兆であると考えます。何かが、起きているのです』

 

 そこでサルガスは一呼吸おいた。恐らくは、彼自身にとって、決意と覚悟を必要とする言葉を絞り出すために。

 

 

 

『故に私は提案します。かの始まりの禁則地……“レイストフの霊峰”に、調査班を送り込み、一連の事件の真相を明らかにする事を!』

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。