異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
禁則地の調査。
連合王国の盟主たる黄金都市リヴァーレの市長、サルガスの宣言は驚愕を持って受け止められた。その中に、否定的な意見が無い訳ではなかった。
何せ禁則地である。各段信心深い者でなくとも、足を踏み入れるのは躊躇われる。拒否反応が起こるのは当然の事ではあった。
だが、最終的にこの意見は、多くの肯定を持って受け入れられた。
すでに出現した4体の魔獣。このうちスピノが関わらなかった二体は、都市の存亡が危ぶまれるほどの大きな被害をもたらしている。壊滅的な被害をもたらす前にスピノによって討伐された二体にしても、その過程で大きな被害をもたらしており、決して損害が軽微だったとは言い難い。
この災いが4体で打ち止めという保証はどこにもない。むしろ事態を解決しない限り、次の魔獣が姿を表すであろう事は想像に難くなく、信仰とは別に実利面において、原因究明は急務であるのは間違いなかったからだ。
とはいえ、悪戯に禁則地を脅かすのもよろしくはない。
議論の末、連合王国は最小限の精鋭を、ウォールランド王国の兵士による護衛をつけて送り出す事となった。戦力温存のため調査班の道中をウォールランド王国の精兵が護衛し、禁則地に近づいたところで調査班だけが先行し、現地の調査が完了し次第速やかに離脱する。
そのため、調査班には連合王国でも名を轟かせる最強の冒険者が選ばれた。彼ら冒険者は兵士とは違い戦闘以外のスキルにも長けており、未知の土地での調査活動に最適と判断されたからだ。
そして四人の冒険者が集められ、その中に、セルヴェの誇る白羊の勇者、レギンの名もあった。
「この丘を越えた先が、いよいよ禁則地か……」
草木一つ生えない荒野。その終点までたどり着いたレギンは脚を止め、地図を確認しながらつぶやいた。
彼の周りには、三名の冒険者が肩を並べるのみだ。ウォールランド王国の護衛は、ここから遥か後方で待機している。禁則地に大勢で踏み入るのは勿論、大人数の気配でそこにいるかもしれない何かを刺激するのを避ける為だった。
……最も、それがなくても彼ら兵士は置いていかざるをえない。これまでの道中で、二体のマギア・ランクに到達した魔獣との交戦があった。その被害は大きく、兵士の大半は負傷し、休養が必要な状態であった。
遭遇した魔獣は記録に名前を残す伝説の怪物ではなく、あくまでつい最近異能に目覚めたばかりと思われるが、過去の記録と照らし合わせると決して看過してよい話ではない。
そもそも神々が禁則地に魔王級魔獣を封じる事になったのが、その影響で凡百の魔獣が次々とマギア・ランクに達し始めたからだと言われている。今回の事件を顧みれば、復活した魔獣の影響で、今を生きる魔獣までもが深刻な脅威として目覚め始めているという事になる。
一刻も早く、元凶の解明と対応が必要である。手をこまねいていれば、神無きこの世において、神代の地獄が再現される事になる。そうなれば、人類に明日はない。
「覚悟はいいか?」
「誰に物をいってる、白いの。今更の話だ、蒸し返すな。煩わしい」
「口が過ぎるぞ、ヴォルテ」
「…………」
最精鋭の四人だが、あまり仲が良いとは言い難い。
メンバーは白羊のレギンの他に、黒山羊のヴォルテ、白疾風のガニャル、沈黙のドット。いずれも所属するギルドでは最強と謳われる実力者だ。
その中で“卑冠を頂く者”との交戦経験があり、スピノとも親交があるレギンが名目上のリーダーとして選ばれた。だが、他の三人は年齢も経験もレギンより上であり、内心納得していないのは明白である。辛うじて協調性のあるのは白疾風のガニャルだけで、黒山羊のヴォルテは事ある事に反抗し、沈黙のドットは常に我関せずと沈黙を貫いている。
幸い、レギンは特にメンバーの不和を気にしてはいなかった。凄腕冒険者がアクの強い性格をしているのは珍しくないし、口ではなんだかんだいって、戦闘になれば皆、やるべき事はちゃんとやってくれる。道中で交戦した二体の魔獣も、四人での連携で仕留めてきたのだ。
仲違いというよりじゃれあっているようなものだな、というのがレギンの認識であり、実際の所その器の大きさは確かにリーダーにふさわしいものではあった。
改めてレギンは周囲の地形に目を通す。
禁則地に近づくにつれ草木は姿を減らしていったが、このあたりまでくると完全に枯れ切った荒野だ。しかし足元の土は黒黒としており、荒れてはいるが彼の知る荒野とは聊か異なる。長い間草木を育まなかった事で荒れてはいるが、土そのものに何か問題がある訳ではないようだ。一つかみ持ち上げてみると、適度に湿気を含んだ粘土質の土が手の中で砕ける。この土を植木鉢に移せば、よい花が咲きそうである。
死の大地と化しているのは、環境だけが理由ではないようだ。
空を見上げるとどうにもうっすらと薄暗い。だがよく見るとそれは雲によるものではない。空事態が黒ずんでいるようにも見える。またよく見ると、禁則地があると思われる方角の空が、うっすらと白んでいるのがわかる。
到底、正常な空模様に見えない。
思えば、禁則地については何も人類は知らないのだ。かつて神が魔獣を封じた、その事実が知られているだけで、実際にはどうやって魔獣を封じ込めているのか、それを知っているものは誰もいない。何かの力で壁を作ったのか、あるいは土地ごと無くなってしまっているのか、具体的な説明は何もない。
「……いくぞ」
返事はない。それが反発ではなく緊張によるものである事をくみ取り、レギンは前に進んだ。他の三人も後に続く。気が付けば皆、無意識に己の得物に手をかけていた。
沈黙のまま、最後の丘を越える。
地図によれば、この先が禁則地。“レイストフの霊峰”と呼ばれる山脈と、その周辺に広がる渓谷を見下ろせるはずだった。
だが、丘の上から目的地を見下ろした冒険者達は、想定外の光景に言葉を失った。
光の壁。
うっすらと紫色に光る光の壁が、深い渓谷から伸びて、視界を遮っている。その向こうにあるはずの山脈は、その影すらも見えず、代わりに光の向こうの風景は、波紋によって乱された水面の鏡像のように、つかみどころがなく不明瞭に歪んでいる。見上げれば光の仕切りは、雲を突き抜けてどこまでもどこまでも伸びている。空の果てより上にあるかもしれないな、とレギンはぼんやりと思った。
首を巡らせれば、そんな光の壁が、見渡す限りずっと広がっている。恐らく、霊峰とその周辺を、完全に覆いつくしているのだ。
「これが……禁則地?」
「神の残した境界……言葉通りではあるが……」
「まさしく人知を越えた光景だな……」
「…………」
三者三様の驚嘆を漏らす冒険者達。その中にあって、沈黙のドットが黙って前に出た。
編み笠と蓑で全身を隠した沈黙の冒険者は適当にそのあたりの石を一つ拾い上げると、スリングショットで光の壁にむかって撃ちだした。突然の暴挙に他の三名がざわつくが、だれも止めずにそれを見送った。興味があるのは間違いないからだ。
撃ちだされた石はまっすぐ光の壁に向かい、その表面に触れる。
途端、石はその場で静止した。
突き抜けるでもなく、勢いを失って落下するでもなく。そのまま光の壁に張り付いたまま停止を続け、やがてボロボロと崩壊して消滅する。
それを見送った冒険者達に、つぅ、と冷や汗が流れた。
「……間違っても触れていいものではなさそうだな」
「原理は分からないが、物理的にどうこうできるものではないだろうな、これは」
長年の経験で育んだ彼らの直観も、「アレに触れてはいけない」と訴えている。冒険者達はひとしきり驚嘆した後、当然の疑問を抱いた。
「いくら魔王級魔獣といっても、殺せば死ぬ。この境界線を越えられるものか?」
「見た所、禁則地は正しく機能しているように見えるが」
ガニャルとヴォルテから、当然の疑問が出る。
レギンも全く同意見だ。だが、結論を下すのはまだ早い。
「周辺を調査してみよう。何か他にあるかもしれない」
異論はなかった。冒険者達は周囲を警戒しつつ丘を下り、光の壁に沿って探索を開始した。
周辺は常にぼんやりと光の壁に照らし出され、うっすらと明るい。そのせいで、今の時刻を空模様から知る事は不可能だ。近隣の空が薄暗いのも、ここに常に空を照らす光源があるからかもしれない。光の傍の影こそが、もっとも暗いものだ。
「触れさえしなければ直接的な害はないようだが……本当に無害かは断言できんな、これは」
「このあたりが草木一本生えない不毛の地と化している事と、無関係には思えんが……」
「…………疑彩感応」
「!」
不意に沈黙のドットが呟き、他の三人が足を止める。
お前喋れたんかい、という視線が集中するのを意に介さず、ドットはぼそぼそと言葉をつづけた。
「狂人にして偉大なる識者、ニャインベルツの著書にある。人に認識できない現象を目の当たりにした時、脳は疑似的な結論を与える事で処理を完了させる。恐らくここに実際に光の壁がある訳ではない。理解できないものを、光の壁と認識して正気を保っているだけ」
「お、おおぅ……」
「意外と博識だな、お前……。ニャインベルツか、彼の著書は全て禁書として封じられたはずだが」
「私の故郷、ニャインベルツの出身地。晩年の彼は狂気に陥って残虐な実験を繰り返したけど、その半生は街の発展のために尽くした恩人でもある」
「そ、そうか……。しかしなんだ、その、我々に認識できない現象というが、どういう事だ」
「神の領域」
端的にドットが告げる言葉は、簡略化しすぎていて要領を得ない。普段から無口なだけでなく、あまりしゃべるのが好きではないのかもしれない。
レギンは事前知識と合わせて首を捻った。
「伝説によれば、禁則地は境界剣を用いて巫女が作り出したと言われている。この光の壁は、その巫女が作り出した境界線で……神の領域の御業ゆえ、我々には理解する事ができない、そういう事でいいのか?」
「概ね」
「となるとこれが有害かどうかを語るのは不敬になってくるな。まあ、場所が場所だ。草木が生えなくなった理由は他にいくらでも考えられるか……」
白疾風のガニャルがぼやきながら視線を巡らせる。
「ここでは多くの神獣や魔獣、巫女が命を落としたという。その怨念がこの地に影を落としていても、まあ不思議ではない」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。怨念だの幽霊だの、非科学的な」
「おや、意外だな。君はそういうのを信じていないのか」
「信じる信じないの話ではない。理論的ではないと言っているのだ。1+1は2! これがこの世界の基本法則だ。幽霊だの怨念だの、はっきりしないものに答えはない」
「言いたい事は分かるが、聊か傲慢ではないかね? この光の壁のように、我々に理解できないだけで世界に存在しているものは他に多く……」
「待て」
言い合いになりかけていたニャガルとヴォルテの議論を、レギンが止める。何だ、と見返す彼らに、レギンはそっと前方を指さして答えた。
「あれは……なんだ?」
レギンの示す先は、ずっと光の壁が続いている。
だが、その一面、僅かな範囲の光の壁の様子が他と違っていた。
光は薄く、まるで渦巻きのように蠢き安定していない。他の場所と明らかに違った。
「なんだ?」
「確かに、妙だが……」
警戒する一向の前で、前触れなく変化が起きる。
渦巻きの中を突き破るようにして、巨大な角が生えてくる。それに続いて鼻や牙、ぎょろりとした目がゆっくりと姿を表す。小刻みに動く目が、四人の姿を捕らえる。
「……魔獣!!」
ガチャガチャと武器を構える四人の目の前で、魔獣はすでに半身を外へと表していた。見た所、四足歩行の肉食獣。だが頭部に備わった角と、背部に山のように聳え立つ虹色の結晶体が、この怪物が尋常の存在でない事を物語っている。
ドットが小さく警告する。
「資料の特徴に合致。魔王級魔獣“虹天を背負う者”。光を操る。背中から虹色の光線を放ち、舌を長く伸ばして人を捕らえる。注意を」
「詳しいな。助かる」
「ちっ、来て助かったぜ、こいつで五体目か!」
「サルガス市長の懸念は正しかったという事か……!」
伝説的な魔獣相手でも聊かも怯むことない四人の冒険者。まだ全身を出していない魔獣は上半身だけで彼らに振り返り、低く威嚇の唸り声をあげた。
レギンが目を細める。
まだ魔獣は自由に身動きできないが、ドットの話では遠距離攻撃を得意とする個体のようだ。背中からの光線、あるいは伸ばしてきた舌を回避して接近し、一撃を加える。奴がまだ自由を取り戻していない今のタイミングが勝負どころだ。
キュルルル、と鳴いた魔獣が喉をぷくりと膨らませる。
来る、と冒険者達が腰を落とした、その瞬間。
『否。こいつで10体目だ』
不意に、魔獣の頭上に影が差す。
はっとした魔獣が振り返った時には時すでに遅く。ガァ、と開かれた巨大な顎が、魔獣の首をばくりと咥え込んだ。
「キュギィ!? ギ……ッ」
身を捩って抵抗する魔獣だったが、その反抗は数秒と持たなかった。
肉と骨とを纏めて押し潰す、聞いたことのないような身の毛のよだつ異音と共に、魔獣の首がゴトリと地に落ちた。頭を失った首からは噴水のように黒い血が噴き出し、周囲を黒く染め上げる。
ズシン、と音を立てて地に伏せる魔獣の躯。それを乱暴に踏みしめて、顎の主は勝利の雄たけびをあげた。
「コイツは……!」
巨大で頑強な頭部。赤い鱗に覆われた体躯に、20メリルを越える巨体を支える2本の脚。太く逞しい尻尾に、半比例して異様に小さな前足。
知っている。この場に集う四人は、そいつの名前を知っている。
今だ人類には傷一つつける事の敵わない鉱石をひと噛みで砕く、人知を越えた先に居る最強の神獣の一匹。
本来ならば遠く南の彼方、防衛都市グランツ近隣を縄張りとするはずのその神獣の名は……。
「人知未踏の……レクスシオ!? 何故ここに!?」
『御挨拶だな、小さき者ども。それはこちらのセリフなのだが? ……何故貴様らが禁則地に居る。答えろ、人類』
魔獣の返り血も生々しく、巨獣が牙を剥いてレギン達を詰問する。
その足元に転がる魔獣の生首を見て、ごくりとレギンは唾を飲んだ。