異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第61話 神獣の勅命

 

 人知未踏のレクスシオ。

 

 強大な力を持つ神獣達の中でも、その力は一際抜きんでている事で知られている。

 

 多くの神獣達が、その巨体に加えて超常の力を振るうのに対し、レクスシオはいまだかつて、神獣の本領であるはずの超常の力を振るった記録がない。にもかかわらず、彼は最初の禁則地を巡る戦いから、10番目の最後の禁則地である“禁城”に至るまでの全ての戦いに参加し、大きな怪我もなく戦い抜いたとされる。

 

 この事だけでも、彼の実力がどれほどのものか説明はいらないだろう。

 

 そしてもう一つ、彼について伝える伝承が示す事実がある。

 

 レクスシオは、短気だ。

 

「これはご無礼を。お初にお目にかかります、私はセルヴェの街から来た、レギンと申します」

 

 眼前に立ちはだかるレクスシオに対し、レギンは即座に膝をつき、礼儀を示した。

 

 ここで対応を誤れば、目の前に転がっている魔獣の生首と同じ運命をたどる。遅れて、他の三人も膝をついた。

 

 それを見下ろすレクスシオが、まずは及第点、とでも言いたげに鼻を鳴らす。

 

『セルヴェの街か。知らぬ街ではない……して、何故はるばる禁則地まで脚を伸ばしたのだ? ここは面白半分に訪れてよい場所ではない、貴様らも理解していると私は思っていたのだが、違ったのか?』

 

「はっ。それについてはやむを得ぬ理由がありまして。決して、創造神と女神の御業を乏しめる意図はありませぬ。決して」

 

『ならばその理由を申してみよ』

 

「……先日、セルヴェの街を、マギア・ランクの魔獣が襲撃しました。それだけではありませぬ。近場であるウォールランド王国、北のイセルガーヤ、南のグランツもまた、魔獣に襲撃されました。それらはすべて、古い文献に名前の残る魔獣であり……ここ、“レイストフの霊峰”に封じられたと記録がありました」

 

『…………』

 

「それで我々は、一連の事態に禁則地が関係していると判断し、甚だ不敬と理解しながらも我々四人を調査隊としてここに派遣する事となりました。以降は、レクスシオ様のご存知の通りでございます」

 

『……道理は分かった。して、他の三人も同じか?』

 

「は、ははっ」

 

「同じく……」

 

「決して偽りなど……」

 

 ここばかりは皆心を一つにして頭を下げる。ここでレクスシオの機嫌を損ねては大変な事になる、それぐらいの事は誰でもわかった。

 

 考え込むようにレクスシオが沈黙し、胃の痛む静寂が流れる。

 

『……ふむ。どうやら偽りはないようだな。もし面白半分に禁則地を訪れたのなら我が牙の露にしてくれるところだが……』

 

「…………っ」

 

『レギンといったか。セルヴェの街を襲った戯けを仕留めたのは貴様か? 奴の気配がそこで途絶えたのを感じた』

 

「……いえ。私はただ、その手助けをしただけにて」

 

『ふむ』

 

 しばしの沈黙の後、レクスシオが身じろぎする。びく、と反応する背後の三人を、レギンは手で諫めた。

 

 彼らの緊張を他所に、レクスシオは魔獣の亡骸を咥え上げると、ひょい、と光の壁の向こうに放り捨てた。消えていく亡骸を見送ると、レクスシオは横目でレギンに視線を向けた。

 

『ここで話をするのもなんだ。ついてくるがよい』

 

 

 

 レクスシオがレギン達を案内したのは、近くの丘の一画だった。光の壁の奇妙な渦巻きを見下ろせる位置にあり、そこには無数の小石が積み上げられ、鳥の巣のようになっている。

 

 その小石の上に身をレクスシオがよっこらせー、と身を下ろす。レギン達は慎重に状況を伺いながらも、恐る恐る腰を下ろした。

 

「し、失礼します」

 

『楽にするがよい。使命を背負って訪れた勇者を無碍にするほど、私は人を毛嫌いしている訳ではない』

 

「お心遣い、感謝します」

 

『さて。何から話したものかな。実をいうと私も全てを理解している訳ではない……そうさな。私は長らく人との繋がりを断っていたが、気にしていなかった訳ではない。故にある日、覚えのある気配を、戯けどもの気配を感じたのだ。翼の戯けや、花野郎やクソ虫の気配をだ』

 

「クソ虫……捻じれる双角の事でしょうか」

 

『ああ、お前らはそう呼んでいるらしいな。奴にそんな大仰な名前はもったいない、クソ虫で十分だろうに。……話が逸れたな。翼の戯けと花野郎は別の神獣の管轄だったし距離が遠かったが、クソ虫はよりによって我の縄張りに侵入してきた。とにかく、奴は流石に人の手に余る。別に人界への接触禁止は盟約という訳でもなかったし、久方ぶりに人界に介入し、クソ虫を今度こそ噛み殺してやったんだが、妙でな。お前らも知っているように、奴は禁則地に封じられた。そして噛んだ限りでは、禁則地の封印を突破できるほど強くなっていた訳でもなかった。グランツの街はその後も何やら騒がしかったが、こちらの方が気になってな。私自ら禁則地の様子を見に来たのだ……知り合いの顔を見るのもかねてな』

 

「知り合い、ですか」

 

『うむ。どうやらお前たちは本当に律儀に禁則地への立ち入りを禁じていたのだな。実はな、禁則地には一匹、神獣が監視のために滞在していたのだ。奴の名は墓守のグランクエイク。最終戦争で深手を負う前は、間違いなく我以上の力をもった、最強の神獣の一匹であった。奴は最終戦争で巫女を失い、他の多くの犠牲者の鎮魂の為にここに留まり、監視と鎮魂に努めていた。変わり者だろう?』

 

「は、はあ……そのような神獣がいらっしゃるとは、我々はとんと知りませんでした……」

 

『うむ。居たのだ。……だが我がここを訪れた時には奴の姿はなく、代わりに境界線の異常と、そこから抜け出そうとする愚か者の姿があった。我は即座に愚者を噛み殺し、以降、ずっと監視している』

 

「なるほど……それで10匹目……。しかし、あの歪みはなんなのですか? 中から魔獣が出てきたように見えましたが……」

 

『…………』

 

「レクスシオ様?」

 

 しまった、何か地雷を踏んだか? 内心焦るレギンだが、しばしの沈黙の後に、レクスシオは低く言葉を紡ぎだした。

 

『信じがたい、事なのだが。今もって信じられないのだが……あれは、どうやら境界の“破綻”であるらしい』

 

「破綻……?」

 

『つまりだ。何者かが外部から、神の封印に穴を開けたという事だ』

 

 その言葉の意味を理解できず、しばしレギンは惚けてしまう。

 

 ややあって正気に戻った彼だが、激しい動揺を取り繕う事はできなかった。

 

「そ、それは……いや、本当にあり得る事なのですか!? か、神の御業を……馬鹿な」

 

『信じがたいが、事実だ』

 

 レクスシオの断定に、冒険者達は動揺を隠せない。

 

 ……否。一人だけ、動揺するそぶりを見せない者がいた。

 

 沈黙のドット。彼は物怖じせずに手を上げると、レクスシオに質問を問うた。

 

「……レクスシオ様。ひとつよろしいでしょうか」

 

『うむ。なんだ?』

 

「姿が見えないというグランクエイク様。彼が何らかの思惑をもって、封印に穴を開けたという可能性は?」

 

「ば、馬鹿っ、ドット! 不敬にも程があるぞ!?」

 

 あまりといえばあまりな暴言に、レギンの顔から血の気が引く。先ほどまでの動揺も吹っ飛ぶ仲間の暴挙に、他の二人も顔を真っ青にする。

 

 が、意外にもレクスシオが機嫌を損ねる事は無かった。彼は興味深そうに、ドットに視線を向けた。

 

『いや、好い、レギン。ドットといったか? その着眼点は悪くないが、残念ながら在り得ぬな。我は数百年前に一度グランクエイクにあったが、奴の巫女への愛と悲しみは、いささかも変わる事はなかった。己が巫女が命を捧げた禁則地を乱すような事を、奴がするとはとても思えぬ』

 

「……失礼しました」

 

『構わぬ。……場合によってはそちらの方が良かったかもしれぬ。禁則地が乱され、奴の姿が見えないという事は恐らく……無念だったろう』

 

 そう。恐らくはグランクエイクは禁則地を襲撃した何者かと戦い、力及ばず破れた。誰にも看取られないまま、この寂しい世界の果てでひっそりと。禁則地の封印を守る事もできずに。

 

 その最後に、どれだけ口惜しく思った事か。想像するほかはない。

 

『残念ながら、我がここを訪れた時には、下手人の姿は見当たらなかった。だが痕跡が残っている以上、しばらく滞在していたのは違いない。入れ違いになったようだ』

 

「痕跡、ですか?」

 

『……妙に思っただろう? 何故このあたりは草木一本無いのだろう、と』

 

「え……」

 

『本来、禁則地周辺は、それはそれは美しい青い花に覆われていたのだ。奴の、グランクエイクの巫女が好きだった花でな。彼女のために、奴が石を除き、大地を耕し、花を育てていたのだ。……毒か、瘴気か、手段は知れぬが、下手人の手によるものだろう、全て枯れてしまった。後は乾いた大地が残るばかりだ』

 

 語るレクスシオの言葉には、余人の慮る事の出来ぬ重みがあった。

 

 死者の魂を慰めるべく植えられた、一面の青い花畑……。それを知っている彼が、今の暗く淀んだ不毛の大地を目の当たりにした時に心に過ぎった寂寥は、どれほどのものだったのだろう。レギンには推し量る事しかできない。

 

「一体、何者が……」

 

『さあな。魔獣としても尋常の魔獣ではない。そんなもの、最終戦争の時にもいたかどうか。だが、残念だが下手人を追っている余裕はない。それよりも先に、禁則地の再封印が必要だ。見た所、自然に塞がる気配はない。このままでは際限なく、内部に封じられた魔獣どもが沸いてくるぞ。今は我が出てくるのを一匹ずつ仕留めているが、内部で封印の破綻について広まれば、一斉に奴らが這い出てくる。そうなったら、我と残った神獣を集めてもどうにもならぬ』

 

「……っ!」

 

 そうである。

 

 禁則地の封印を破壊した何者かも気になるが、そもそもレギン達は禁則地の異常の調査と、その対処のためにここに来たのである。

 

「で、ですが、神の残した封印を、神無き今の世でどうにかできるのでしょうか……?」

 

『方法は、ある。かつて禁則地を成り立たせた時と、同じ事をすればいいのだ』

 

「同じ……?」

 

『うむ』

 

 

 

 

『人間よ。地に残りし神の代理人としてお前たちに命じる。この世界のどこかに残された神具・境界剣と、それを扱う巫女を探し出すのだ』

 

 

 

 

『さもなくば、この地は神代の地獄、否、それに勝る責め苦に見舞われる事になるだろう』

 

 

 

 

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