異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第63話 爆裂! 化け物ザリガニを越えていけ!

 

 突如現れた化け物ザリガニ。

 

 全長14mのスピノサウルスすらも圧倒的に凌駕するその巨体、恐らくはこの湖の主とみていいだろう。まさかこんな大物が、今まで遭遇する事なく潜んでいたとは。

 

 とはいえ、それは私が幸運だっただけだろう。超常の力に目覚める前の私がコイツに遭遇したら、成す術なく捕食されていたのは間違いない。

 

 本当にこの湖地獄すぎない?

 

 しかしながら、今の私は雷と炎を操るスピノサウルス。体格で大幅に劣っていても、そうそう簡単に遅れを取るつもりは無い。

 

 対面する化け物ザリガニも、私の秘めた力を悟ってか、すぐさま襲い掛かってくる様子は無い。かといってこちらを逃がすつもりもないようで、今は互いに様子見という所か。

 

 私は慎重に彼我の距離を調整しながら、背びれのタービンの回転数を上げていく。電力を生成すると同時に、そのタービンを回転させているのは何か、というのを強く意識する。

 

 タービンを回転させるのは蒸気だ。では何が蒸気を発生させるのか?

 

 それは炎だ。

 

 私の体内で燃え盛る炎が水を煮え立たせ、蒸気によってタービンを高速回転する。そのイメージをしっかりと形作ると、この肉体に煮えたぎる血が廻る。

 

 そう、これこそがザ・ワンとの戦いで覚醒した炎の力。あの時振るった規模の百分の一にも満たないが、あの飛竜の炎にも負けない灼熱の業火。一見すると水中戦を得意とするスピノサウルスの私には相性が悪いように思えるが、どっこいそんな事はない。

 

 陸上だろうが水中だろうが、人知を越えた超常の力が衰えることはない。それを今から証明しよう。

 

 私の準備が整ったのを見てか、化け物ザリガニが先に動いた。これ以上準備の時間を与えると厄介だと判断したのか?

 

 水を切って巨大な鋏が迫りくる。

 

 その動きは想像以上に早い。でかいというのはそれだけでリーチになるが、それだけじゃないな。こいつの泳ぎが単純に早い。

 

 だが、問題ない。

 

「ゴボボボ」

 

 熱操作能力にリソースを割り振り、周囲の水温を急上昇させる。それによって意図的に作り出した対流にのって急速移動。鋏の一撃をかいくぐる。

 

 別にそんなに難しい事ではない。ポンポン船って知っているだろうか? 昔からある船の玩具で、中にある蝋燭に火をつけると、それを熱源とした熱膨張やらなんやで水を噴出し前に進むというものだ。その際、ブリキかなんかの中心部品が、熱による膨張と水による冷却を繰り返す為、ベコベコ変形してポンポン音を立てるのでポンポン船という、らしい。実際に私は遊んだことはないので伝聞なのだ。だが大事なのはそのおもちゃの名前の由来ではなく、熱による膨張やら対流やらは上手く扱えば推進力になる、という事だ。

 

 いうなれば熱水ハイドロジェットとでも呼ぶべきか?

 

 以前、オルタレーネがサルッカスに襲われていると勘違いした時、すんごい速度が出たのもこれと同じ事をやっていたのだろう。あの時は半ば無意識に力を使っていたが、今はこの能力も完全に私の制御下にある。

 

 そしてさらにもともと水中活動に適したスピノサウルスボディは、この能力と相性が良い。背中の大きな背びれをオールとして扱い急制動を行う事で、大ぶりな鋏の一撃の影から狙ってきていた他の鋏の攻撃を回避する。能力の制御過程で自身の周囲の水流に意識を集中した結果、副産物として周囲の空間把握能力も向上しているのだ。魚のように水の流れから敵の動きを感知し、ギリギリ回避も訳はない。あんまりやりたくないけどね。

 

「ガボボボッ!」

 

 一連の鋏によるコンボ攻撃を回避した私は一度上昇し、勢いをつけて化け物ザリガニの頭部甲殻に突進、勢いをつけて尻尾を叩きつける。分厚い岩を叩いたような手ごたえと共に、巨大な怪物の体がガクン、と水位を落とす。たいして私は思った以上の反動に痛みを覚えて、イチチチ、と顔をしかめた。でかい分そりゃあ甲殻も頑丈だろうが、想定の数倍以上だ。今の一撃、5m前後のサイズのザリガニなら頭殻を木っ端みじんに砕けていたのだが。てかなんだこの強度の外殻、脱皮とかできんのか?

 

 とにかく勢いをつけないとまともなダメージにならない。一旦距離を取る私に対し、ショックで固まっていたように身動きしないまま沈んでいた化け物ザリガニが、不意にぎょろりと目を蠢かした。複眼が私の姿をとらえ、足を数掻きして態勢を整えると、まっすぐこっちにむかって向き直ってくる。

 

 どうやら、少なくとも脅威と認識はされたらしい。

 

 一番困るのはこちらを無視して船の方を攻撃されることだ。最低限の目的は達成できたらしい。

 

 しかし、どうしたものか。

 

 水中での機動力はこちらが上とはいえ、何度も交錯していればそのうちラッキーパンチがあたりかねない。そうなったら、半分ぐらいのサイズしかないこっちは一撃でおしまいだ。かといって、こちらにはあの化け物ザリガニを仕留めうる攻撃手段が限られている。水中ではライトニングブレードも、口から吐けるようになった炎も当然ながら使えない。それに炎の力は実際の所、いまいち威力不足だ。この湖という環境で、“焼く”という行為が攻撃としては非常に頼りないのは言うまでもなく、事実上選択肢はライトニングブレードしかない。これを生かすにはとにかくこの化け物を水面に出さなければならないが……。

 

 さて。この怪物が上手く誘いに乗ってくれるかどうか。

 

 再び突進してくる化け物ザリガニに対し、再び熱水ハイドロジェットで加速し攻撃を回避する。速力で勝っているのは間違いなくアドバンテージだが……。

 

 守りには問題ないものの攻めあぐねていると、不意に水面が騒がしくなった気がする。

 

 なんだ?

 

 水を伝わって、ドヤドヤと物音が聞こえてくる。音源は……軍艦か。なんだ、せっかく人がターゲットを引き寄せているのに、自分から注目を集めるような事をするなんて。

 

 少し眉をひそめた私だが、すぐに考えを改める。上にはオルタレーネがいる。軍艦の連中がアホな事をすれば彼女が止めるはずだ。にも関わらず、という事は、軍艦の行動は私にとって利益になりうる行動だと彼女が判定した、という事だ。

 

 少し確認した方がいいだろう。

 

 化け物ザリガニの周囲を高速でぐるぐると周回し、こちらを追う化け物ザリガニを軍艦から距離を置くように誘導した後で、一気に加速して引き離す。化け物ザリガニはマイペースにこちらを追いかけてくるが、これである程度の猶予は作れた。その間に状況を確認するべく、私は軍艦の元に向かった。

 

「グバア……グルル!」

 

 水面から顔を出して軍艦の様子をうかがう。さっきから何をしているんだ?

 

「◆●×!」

 

「●◆★▲!」

 

「スピノ●! ◆▲●●★!」

 

 三隻の軍艦には、以前と変わらず大砲の類の装備は見当たらない。そもそも、対人戦を想定していないからだろう。代わりに広く作られた甲板の上を、兵士たちがごろごろといくつもの樽を船内から転がして並べている。くん、と匂いを嗅ぐと、甘いような、臭いような、嗅いだことのない香りがちょっとした。

 

 ん、んー? いったい何をしてるんだ?

 

「スピノ●! ●後▲×!」

 

「グァグ」

 

 パタパタとオルタレーネが私の元に飛んでくる。頭上をくるくると旋回しながら、彼女は何やら仕草で私に退避するように促しているようだ。

 

 どうやら、私が時間を稼いでいた間に何かしらの対抗策を準備したという事のようだが……。

 

 いや、しかし。大丈夫なのか?

 

 ちらりと確認するが、水面下の深い所を、化け物ザリガニが音もなくこちらに向かってきているのが見て取れる。私の渾身の一撃を食らってもちょっとびっくりした、みたいな反応で済ます相手だぞ? ちっとやそっとでどうにかなる相手だとは思えないのだが。

 

 判断しかねて、オルタレーネの顔を見る。

 

 いつものように金の髪と金の瞳が美しい彼女の顔。そこに、同胞たちへのある種の信頼を見て取り、私はまあそれなら、と腹を決めた。

 

 オルタレーネとて、修羅場はいくつもくぐってきた。飛竜にザ・ワンといった怪物達と戦って生き延びてきたのだ。軍艦の連中が効果のない無謀な事をしていたのなら、素直に私に退避を促すはずもない。少なくとも、彼女の判断は信じられる。

 

 私は大人しく誘導に従い、軍艦の背後へと退避する。そんな私の動きを見て、オルタレーネも一つ頷き、船へと引き返した。

 

 一方、軍艦は推進力であるオールも収納しつつ、舵を切って三隻で向かってくるザリガニを包囲するように展開する。その甲板のふちには、運び出されてきた大量の樽が積み上げられており、何やら今か今かとタイミングをうかがっているようだ。

 

 化け物ザリガニの方はというと、進路に変更はない。まるで周囲を気にしていないかのように、まっすぐこちらへ向かってくる。透明な水面の深い所を、あまりにも巨大な赤黒い影が音もなく忍び寄ってくる様子は、新手のホラー映画のワンシーンのようだ。

 

 ……あれ?

 

 そういえば、あのサイズとはいえあの深度であれだと、私がこれまで身を隠してたつもりだったシーン、全部モロばれだったのでは……。

 

「●◆★!!」

 

 余計な事に私が気を取られていた間に、兵士達が動いた。掛け声をあげて、彼らは一斉に大樽を湖へと放り込み始めた。雪崩を打って無数の樽が投下され、水しぶきを上げて湖に落ちていく。それらは一度は浮いてきたものの、すぐに水が中にしみ込んだのか、しばらくすると一転して錨のように湖に沈んでいく。……木材ていうのは浮くもんだと思ったが、この樽の素材はそうじゃないらしい。密度の高い重たい素材なのか? 前世でもそういう木材がなかったわけじゃない。

 

 だが、樽を沈めてどうするんだ……そこまで考えた私は、ふと前世の雑知識から思い当たる節がある事に気が付いた。

 

 いや。

 

 まさか、しかしマジで?

 

 慌てて様子見を取りやめ、さらに後退し、さらに耳を塞ぐ。

 

 直後。

 

 湖にとてつもなく巨大な水柱が、爆音とともに吹き上がった。

 

 それも一つや二つではない。無数の爆発が一つになった大爆発が、二つ、三つと轟いて、大量の水をまき上げる。たちまち大気に水のにおいが立ち込め、雨のようにしぶきが周囲に降り注いでくる。水中は白く濁り、衝撃は波紋のように広がって広範囲に津波のように広がっていく。

 

 私も水につかったままの下半身が衝撃でブルブルと震えて骨から肉がはがれそうな錯覚に襲われ、ひぃー、とすくみ上った。あちこち青あざになってるかもしれない。退避する距離が短かったら内臓をやられてたかもしれない。

 

 まさか。

 

 この文化レベルで爆雷を実用化しているとは!

 

 最初一度浮いて、そのあと時間差で沈むのも、船から安全距離を確保するための仕組みだろう。最初した変な匂いは火薬か何かか。流石軍事国家というべきか、大砲とか銃はなくても爆発物そのものは確保していたのか。確かに、部品強度が必要な銃火器と違い、爆雷はようは爆弾なので技術的敷居は低い気がする。どれだけ湖攻略に心血を注いでいたのかが窺い知れる。

 

 最初、ザリガニに群がられてたのは対応するまえに取り付かれたから使う暇がなかった、という事なのだろうな。私という肉壁がいたので準備する時間が用意できた、という事か。それならそれで事前に教えておいてほしかったのに、と思わなくもないが、まあそもそも化け物ザリガニが出てこなきゃ私が全部ひねりつぶす予定だったしな、あちらもそうだったし。臨機応変に対応してくれたという事でよしとしよう。

 

 しかしすさまじい爆発だ。しかも水中では衝撃波が全方位から襲い掛かってくるので破壊力の伝達効率が大気中よりも優れている。前世の潜水艦なんかも、爆雷が最大の天敵だった。直撃しなくてもある程度の範囲に巻き込まれたらアウトだからね。

 

 いくら化け物ザリガニが頑丈でも、これを食らったら流石にアウトだろう。

 

 そう思いつつも、私はいまだ泡立つ水域の前にでた。仕草で軍艦を下がらせ、相手の様子をうかがう。

 

「グルルル……」

 

 沸騰する水面が落ち着くのを見計らって、私も水中にもぐる。

 

 水中はいまだ爆発の余韻が色濃く残り、無数の破片が散乱していた。もともとこのあたりの水域はザリガニか小魚しかいなかったので、巻き添えを食らったな僅かな魚のみのようだ。白い泡がサイダーのように浮かぶ中で、湖底に佇む赤黒い影が目に入る。

 

 ……奴は、健在だった。

 

 信じられない事に、あれだけの爆発ダメージを受けておきながら、外観には大したダメージを受けた様子はない。多少、外殻のデコボコが均された程度だろうか。

 

 とはいえ、水中爆発の衝撃波のダメージは、内臓にも到達するはずである。いくら硬い殻で身を守っていても、その構造上脆弱な部分はある。水中において炸裂した爆雷の衝撃は、そういった部分から奴の内臓を激しく打ちのめしたはずだ。

 

 だが、それはあくまで私の理屈である。この世界に、私の理屈を超えた存在はいくらでも存在している。

 

 しばし、無言のままに睨みあう私と化け物ザリガニ。

 

 どれぐらい睨みあっていたのだろう。

 

 不意に、化け物ザリガニが身じろぎをする。

 

 第二ラウンドの開始かと身構える私に対し、化け物ザリガニは踵を返すと90度左に向きを変え、そのまますぅっとその場を泳ぎ去っていく。

 

 その動きには一切の躊躇いも怨恨もない。まるでこちらに関心の全てを失ったように、化け物ザリガニはすうっと彼方へと泳ぎ去っていく。

 

 それを呆然と見送って、私はためらいつつ水面に顔を出した。

 

 ……割に合わない、と判断されたのだろう。奴らは野生動物だ。手痛い反撃を受けて、これ以上の損失を出す前に損切りをしたのだろう。だがあまりにも判断が極端すぎて、イマイチ現実味がない。今にも引き返してきて、この水の向こうから襲い掛かってくるのではないか? 不安を抱えたまま様子をうかがうが、しかしどう見てもその気配はないようだ。

 

 まあ、いいか。とりあえず、危機は脱したのだろう。

 

 私は振り返り、背後で慎重に様子をうかがっていた兵士達に向けて、ぐっ、! と親指を立てて見せた。

 

 途端、歓声が湖に轟いた。

 

 

 

 

 

 思わぬ襲撃を受けたが、その脅威は去った。

 

 そのまま一路、水上神殿に向かう。

 

 周囲に何の目印もない湖の上に、急に日差しが陰り、雲が灰色に立ち込めはじめる。まるで一雨きそうな空模様に、軍艦の兵士達が顔をしかめる。

 

 通常なら、ここで引き返すのが常道だ。湖とはいえ、この湖は異常なまでに広い。風雨に晒され、方向を見失えば普通に遭難もあり得る。

 

 だが、ここでまっすぐ進むのが必要なのだ。かまわずにまっすぐ進む私の様子を見てか、思い切ったように再び軍艦が動き始める。彼らを振り切ってしまわないように先導していると、不意に曇り空が晴れ渡った。先ほどまでの陰鬱な空気がまやかしであったかのように、燦燦と二連太陽の強烈な日光が降り注ぐ。

 

 その晴天の下、湖の上に佇む巨大建造物。

 

 ついに、水上神殿への到着だ。

 

 

 いったいどれほど昔からか分からないが、忘れ去られた神殿が、再び巡礼者を受け入れる日がやってきたのだ。

 

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