異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第65話 神話の物証

 

 人知未踏のレクスシオの警告。ほぼ勅命といってもよいその言葉は、近隣国家に衝撃をもって受け止められた。

 

 禁則地の崩壊。それはすなわち、そこに封じられた数十とも数百ともしれぬ魔獣達が、人の世に放たれる事を意味する。長い年月の間に多少数を減らしているであろう事は間違いないが、こちらも長い年月のあいだに多くの神獣が姿を消し、何よりそれを取りまとめる神の不在もある。

 

 もし魔獣達が今、かつてのように暴れだせば、それはもはやこの世の終わりといっても過言ではない。

 

 もはや、事は人類の生存そのものに関わる問題である。冒険者達から報告を受けたサルガスは、黄金都市市長の名においてその情報を全ての国家、全ての勢力に向けて発信した。連合王国は勿論、友好国ではないノルヴァーレ帝国や、事実上の敵国である武国こと、ヴォルガンギル武帝国に対してもだ。

 

 それと同時に、状況を打開するための情報収集も開始した。

 

 つまり、レクスシオの命じた、巫女と境界剣の探索である。

 

「とはいえ、どうしたものか……」

 

 黄金都市市庁舎の最奥にある市長室。そこで一人、物思いにふけるサルガスは展望の無さにため息をついた。

 

 黄金都市の市長、その執務室という事もあり、そこに並べられた家屋は全て質素ながらも贅をつくしたものだ。ウォールランド王国から買い取った、樹齢1000年にもなる最高級木材を職人が磨き上げて作った執務机や、最高級の毛皮と布を用いて作られた身が沈む程のフワフワクッション。そういった調度品は市長としての激務の合間にサルガスの心を慰めてくれるものだが、しかし今は彼の心を癒すにはことたりない。

 

「最終戦争以降、神獣は俗世との関係を断った。サルッカスでさえ、俗世に対して好意的、といっていいほどだ。当然、神獣との間に深い絆を結んだ巫女など誕生していない。仮に巫女を確保できたとしても、境界剣だ。神具だぞ? 最終戦争において使用された記録が残っているとしても、この世界に残されているものなのか? そのあたりの事情を知っているレクスシオが探せ、というのだからこの世界に残されてはいるのだろうが……」

 

 途方もない話にもほどがある。

 

 黄金都市リヴェールの総力を上げて調査した所、件の境界剣は最後の禁則地、“禁城”にて使われた後、その最後の担い手たる巫女の手で安置場所に戻された、という事が分かっている。問題は、その安置場所がどこか、という話だ。

 

 巫女は境界剣を戻したのち、そのまま人里に戻る事なく己が主人と共に俗世を離れ、それきり人の世に関わる事はなかったという。つまり、どこに安置場所があるか誰も知らない。神獣でさえも、直接担い手に選ばれた巫女の対でなければ知らないというのだ。当然、レクスシオもその場所は知らず、また黄金都市のツテで関わりのある神獣全てにも確認を取ったが、知っている者は一匹とていなかった。

 

 まあ、正真正銘の神具、使う事ができれば文字通りこの世界の法則すら一変させるような代物だ。そうそう、人の手に届く場所にあってはいけないというのはまさにその通りなのだが……。

 

「まいったな。雲をつかむような話にも限度がある」

 

 はぁ、とため息が漏れる。

 

 それに境界剣だけでなく、巫女の問題もある。

 

 最悪、巫女は今からでも各地の神獣と交流を深めればどうにかなるかもしれないが、どれだけの時間が必要なのか、どれだけの時間が残されているのか。レクスシオの力をもってすれば一匹ずつ這い出して来るようならいくらでも処理ができるそうだが、もし二匹、三匹、それ以上が同時に這い出してくれば全部を仕留めきるのは不可能だ。ましてや魔獣どもに同胞意識はない、他の奴らを囮にしてでも禁則地の外に出ようとするだろう。

 

 一応、話が通じる何匹かの神獣に頭を下げ、レクスシオの救援のために向かってもらった。それで時間を稼げればいいのだが。

 

 いや、そもそも必要にかられて結んだ絆は、絆といえるものなのだろうか。境界剣は、文字通りの神の力である、それを手にする資格が名目上のもので許されるのだろうか。

 

 かといって、神代と今は違う。あまりにも違う生き物である神獣を、心から敬服し、愛する事が果たしてできるものだろうか。それは、天に輝く太陽に恋い焦がれるようなものだ。

 

 不安と疑問は尽きない。

 

 その時だった。コンコン、とドアをノックする音。サルガスは俄かに佇まいを整えた。

 

「失礼します。セルヴェ市長、煌鹿のヤキウ様をご案内しました」

 

「うむ。ご苦労」

 

 音もなくドアが開き、秘書に連れられて見覚えのある男が部屋に入ってくる。彼は特徴的な角をいささか窮屈そうにドアにくぐらせ、ぺこり、とサルガスに頭を下げた。

 

「ヤキウと申します。本日は、どうもお時間を頂きありがとうございます」

 

「いいえ。これも私の責務ですので。さ、おかけください」

 

 秘書が音もなく退出し扉を閉めるのを見送りながら、ソファにヤキウを促す。おっかなびっくりソファに腰かけたヤキウが、その感触におぉ、と感嘆の声を零した。が、サルガスの視線を浴びている事に気が付き、バツが悪そうに咳で誤魔化した。

 

「ゴホン。お忙しい中有難うございます」

 

「いえいえ。むしろ、申し出が無ければ私からお招きしたいところでした。セルヴェの、レギン君でしたかな? 禁則地調査のリーダーとして申し分ない働きをしてくれたようです。感謝しています」

 

「ははは、私はあまり彼とは馴染みではないのですが、そう言われると悪い気はしませんな。荒くれものの冒険者を、何とか街で養っていた甲斐があるというものです」

 

 照れ笑いを浮かべるヤキウだが、彼が冗談のように口にする言葉が決して偽りではない事をサルガスは知っている。冒険者達は有事の時には役に立つが、それ以外ではどちらかというと問題を起こす事の方が多い。何せ、彼らの多くは定職にもつけずに食いはぐれたならず者である。治安維持、という意味では、普段はあまり頼りにならないどころか、害悪ですらある。それを普段から管理運営するのは並大抵の苦労ではなく、それを任せられる人員を抱えつつ、彼らが思うように動けるよう予算などを確保しているからである。例えセルヴェに駐しておらずとも、ヤキウがそれに大きく貢献しているのは疑いようのない事実であった。

 

「ふふ、ご謙遜を。……して、今回はいかなる申し出で?」

 

「そうですね、本題に入りましょう。単刀直入に言います。境界剣の在処が判明しました」

 

「…………。……それは、真で?」

 

「真でございます。まあ正しくは、その所在について記載された碑文が発見されたという段階で、境界剣そのものの探索はこれから、といった所です」

 

「是非、詳しく」

 

「はっ。……時に、うちの街の近くで新しく発見された、神獣スピノについてはご存知でしょうか?」

 

「スピノ? ええ、まあ。一応、一通りの報告は」

 

 思わず前のめりになって話に聞き入っていたサルガスは、思わぬ話題に虚を突かれたように身を引いた。

 

 スピノの話は、一応目を通してある。久方ぶりに公的に確認された神獣……と思われる巨大生物。始原の言語を喋れない、という話ではあるが、神獣であるサルッカスと仲が良く、頻繁に行動を共にしているという事からも、神獣であるという事はまあ疑いようがない。何らかの呪いか、誕生経緯に問題があり喋れない、というのが今現在での解釈だ。

 

 また話を聞く限りでは、非常に人間寄りの神獣である。基本的に神獣は地上の裁定者であり、人間の味方ではない。何か問題があれば、その理由を問わず、関わった者を滅する事で地上の治安を維持する、それが今現在の神獣の有り様だ。遥か昔は、人との間にも調和をもっていたというが、最終決戦においてあまりにも多くの悲劇を生んでしまった結果、無慈悲ともいえる対応をするようになったという。わからないでもない、立場と権力を持った存在が、特定の相手に肩入れしてしまうのは公平ではなく、また自然でもない。破綻も、仕方ない話だろう。

 言うなれば、法と道理が暴力を持った存在が今の神獣である。だがスピノはそれとは違い、住人と積極的に交流し、喜んだり落ち込んだりするという。二体の魔王級魔獣討伐に至った経緯も、彼個人の確執ではなく現地住民を守るためのものだったという。

 

 神獣としては珍しい……まさしく、正義の味方といってもいいだろう。最も、少々迂闊な振舞が多いのも事実で、それをサルッカスに咎められている様子も多数報告されてはいるのだが。

 

 確かに興味深い神獣ではある。だがそれが、境界剣と何の関りが? 発生時期からして、スピノは境界剣とは縁もゆかりもないはずである。

 

「御存じだとは思いますが、スピノが住処にしているのが、湖に存在する未発見の遺跡という事で、前々から調査の計画があったのですが……。ウォールランド王国と協働し、かの有名な“セルバン博士”をお招きし、調査に出向いたところ、これが最終戦争より遥か昔……神獣人同盟時代の遺跡だという事が発覚しまして。その調査過程で、境界剣の所在について記載された碑文が発見されたという経緯のようです」

 

「なんですと……!?」

 

 神獣人同盟時代。思っても無い単語が出てきて、流石にサルガスの腰が浮く。が、彼はあふれ出した知的好奇心を、理性でもって抑え込んだ。今大事なのはそれではない。

 

 必要なのは、境界剣の情報だ。

 

「……ヲホン。それで、その碑文の正確性は?」

 

「今の所、碑文そのものは復元中で、内容も分析中です。ですが、ほぼ間違いないといえます。何せ物証が出てきましたので」

 

「物証?」

 

「境界剣の鞘です」

 

「?!?」

 

 思わず立ち上がってしまった拍子に、サルガスの椅子が背後に吹っ飛ばされる。あ、と我に返ったサルガスは、気恥ずかしそうにいそいそと椅子を立て直し、腰かけた。

 

「ウォホン。しかしそれは本物なのですか? 記録によれば、最終戦争の時、巫女は腰に境界剣を佩いていたといいます。神獣人同盟時代の神殿から鞘が出てくるのはおかしな話なのでは?」

 

「最終戦争時、境界剣は三人の担い手を渡ったといいます。その度に、担い手に合わせて鞘が仕立て直されたそうです。そして最初の担い手である白犬の巫女は、元々境界剣の守り手だったといいます。であるならば、人の手に境界剣を委ねるにあたって、それまで神が佩いていた鞘が不要となり、神殿にご神体として安置されていた……そうおかしい話ではないでしょう。また、例の水上神殿がこれまで発見されなかった理由として、立地の他に特殊な隠蔽結界が張られている事も確認されました。一定以上まで近づかなければ神殿の存在に気が付けないというもので、これまで空からの測量調査などで発見されていなかったのもこれが理由です。同時に、これほどの結界を、今現代にいたるまで維持できるという事は、それすなわち……」

 

「神の御業……あるいはその意を受けた者によるもの、という事ですか」

 

「はい。この水上神殿の存在について触れている記録は皆無に等しいですが、サハラの湖の成立過程については、何らかの急激な地殻変動によるものだったという事が分かっています。ある日突然、それまで平原だった場所が湖になり、天変地異を前に人々は神殿を放棄せざるを得なかった。その際、貴重な神代の遺品が残された神殿が荒らされる事のないよう、神官なりが結界を残した……学術的な根拠には欠けますが、概ねこのような経緯ではないかと考えています」

 

「ふむぅ」

 

「それに、物証と申しましたが、まあそれが決め手といいますか……。信じられない事に、長年水中に没していたにも関わらず、錆、欠損、変質……そういったものが全く見当たらないのだそうです。さらに、念のため酸を用いた変性試験でも全く反応しないし、熱を加えて叩いても歪みもしない。およそこの世の物とは思えない、というのが鑑定にあたった者の言葉です」

 

「……それが境界剣の鞘かどうかはおいておいて、およそ碑文の正当性の立証にはなる、という訳ですか」

 

 仮にそれが境界剣の鞘でなかったとしても、およそ人知を越えた品である事は変わらない。水上神殿に残された記録の保証としては十分だろう。それはそれとして発掘品に思い切った事をしたと思うが。

 

「そういう事になりますな」

 

「ふむ……またしてもここでスピノ、ですか」

 

「やはり、偶然とは思い難いですか?」

 

「正直、そうです」

 

 一連の事件の中で、スピノの存在があまりにも大きすぎる。

 

 脱走した魔王を仕留めたのは他の神獣もいるが、スピノの場合二体もの魔獣と関わり、さらにここに来て境界剣の在処まで指し示してきた。まるで、神がこの事態を見越して彼を現世に派遣したのではないか? そのようにすら考えられる。

 

「しかし報告によれば、彼は言葉を喋れない以前にこの世界についてさほど詳しくないという話でしたが」

 

「私もそのように聞いています。が、彼自身が何も知らなくとも、その為に生み出された、という可能性はあるでしょう。彼が最初に降り立ったのはサハラの湖である事は間違いありませんが、あそこは神獣といえど生まれ立てでうろつくにはいささか、危険地帯にすぎます。あのサルッカスでさえ、好んで近づく事はなかったはずですから」

 

「逆に言うと、水上神殿をスピノが住処とし、結果的に住人にその所在を知らしめるべく、あの湖に放たれた……という神の御意思を見出す事は、さほどおかしな話ではない気もしますね」

 

「私も同意しますね。まあ、我々が神の御意思を推し量る事自体、不敬ではあるのですが」

 

 ヤキウが肩をすくめる。立場上、そういった事を軽々しく口にするのはよろしくないが、この場には二人しかいない。変に言葉を飾る必要は無いだろう。

 

 何より今は、事態に光明が見えた事を喜ぶべきだ。

 

 雲を掴むような絵空事が、海賊の地図を片手に冒険する、ぐらいまで現実性が浮上してきた。元の可能性が限りなくゼロだった事を考えると、大いなる前進である。

 

「どちらにせよ、境界剣の在処についての可能性が見つかった事だけでもありがたい。復元にはどれぐらいの時間が?」

 

「セルバン博士が不眠不休で勤しんでいるそうです。一週間もあれば、恐らく」

 

「それは助かります。あとは巫女の問題ですが……可能性があるとしたらサルッカスでしょうか。彼は消極的ながらも人界との交流を行っていました。彼を崇める一族の中に、見込みがある者がいれば……」

 

「あー。それなんですが……」

 

「……心当たりが? まさか、またしても?」

 

「そうです、そのまたしても、です。ただ、ちょーーーっと政治的にややこしい爆弾でもありまして……」

 

「ふむ。しかし今は状況が状況です、どう扱うかは聞いてから判断したいと思います。どうか」

 

「ええ、まあ。実はですね、うちの街が少し前に、アルカレーレ人の少女を保護しまして。彼女はどうやら“祝福持ち”であった事で虐げられ、南に落ち延びてきたようなんです。それで、彼女を真っ先に保護したのが、件のスピノ、という話でして」

 

「おやまあ」

 

「はい。街に来たのも、スピノが彼女の身を案じた結果のようでして……。街の者の話によれば、それはもう仲睦まじく、例の魔獣との戦いも、この少女を守るために街に助力した、というのが正確な表現のようです。窮地にあってはお互いに我が身を省みず、といった感じで、とてもただの友人や知人には見えないというか……」

 

「……確か、スピノとやらは言葉がしゃべれないはずでは?」

 

「はい。ただ、言葉が通じないなりにやりとりしているようでして。あとどうにも、スピノは少女の名前など、彼女に関わるごく一部の単語については認識しているそぶりがあるという話です。彼が喋れないのは呪いか何かではないか、とギルドの識者もコメントしているのですが、まあ、あれです、愛が呪いを打ち消す、というのは定番の話ですな」

 

「ふむ……」

 

 話を聞いてサルガスは少し考え込んだ。

 

 アルカレーレ人というからには、十中八九ノルヴァーレ帝国の縁者だろう。もともと古い言い伝えが原因で爪弾きものとされ、さらには武国に奴隷として虐げられた歴史を持つ彼らは、助けの声に応えなかった神を恨み、無神論者となった。故に、神の使いである神獣にも距離を置き、例え近隣に縄張りをもつ神獣がいたとしても不干渉を貫いていた。

 

 そのアルカレーレ人の少女が、神獣に救われ、彼と深い絆を結ぶに至った。その事が、結果的に今世界全体を脅かす問題に対する切り札になりうるというのは、どうにも皮肉な話のように聞こえる。

 

 そしてここまでお膳立てされると流石に、天上の意思、というのを感じずにはいられない。

 

 だがサルガスはあえてそこには触れず、現実的な懸念事項だけを口にした。

 

「しかし、その少女がノルヴァーレ帝国の縁者であるとするなら、彼女を表に出すのはいささか問題があるかもしれませんな。今回の一件、互いに大きな被害を受けたという事で、連合王国とノルヴァーレ帝国は消極的ながらも交流を始めております。一連の被害調査においても、帝国からの支援は無視できないものでした。これを機に、スタンスが相容れないながらも、現実的な交流が再開しようという兆しがあります。少女の存在が、それを挫く事になりかねない」

 

 問題はそれである。

 

 言うまでもないが、禁則地の問題は全人類の存亡にかかわる最優先事項である。本当にその少女がスピノの巫女としての資格を有しているのなら、連合王国は総力を挙げて彼女を支援する。だが同時に、その事でノルヴァーレ帝国との関係が悪化し、結果かの帝国との間に戦乱が巻き起こるような事は、できれば回避したい。

 

 勿論、できれば、である。帝国との関係悪化は、禁則地の問題より優先順位は低い。

 

 だが政治家として、決して看過していい問題でもない。

 

「問題はそこなのです。サルガス殿、上手い落とし所はありませんか?」

 

「……そうですね。まずは、その少女が本当に巫女として動けるのか、境界剣を扱う事ができるのか、その確認を最優先とし、しばらくは帝国には伏せておきましょう。境界剣の場所が判明し次第、スピノとその巫女、極少数の護衛で境界剣を確保してもらい、その権能を確認してからでも、公にするのは問題ないはずです。我々の支援が必要なのは、恐らく禁則地の再封印の時。神獣ですら場所を知らない安置場所に、そう大きな脅威があるとは考えにくいので」

 

「確かに、その通りですな。逃げ出した魔獣達の中に、封印を妨害しようと考える者がいたとしても、彼らも境界剣の在処など知りようがない。そもそも妨害のしようがないという事ですな」

 

「ええ。まあ土着の魔獣ぐらいはいるかもしれませんが、話に聞くスピノの敵ではないでしょう。ノルヴァーレ帝国に話を通すのは、それらの確認を行ってからでも遅くはないはず。それに、今の帝国の女帝は話が分かる人のようです。全人類の問題と、一国家のイデオロギーを天秤にかけた上で、彼女が賢明な判断を下してくれる可能性は低くはない」

 

「おや、すでに会談を?」

 

「いえ。まだ手紙を少々やりとりしただけですが……文面からは、客観的な視野をお持ちのような印象を感じました」

 

「ふむ……」

 

 そこで一旦会話が途切れる。互いに、齎された情報を噛み砕く時間が必要だった。

 

 しかしそこで、ノックの音が響く。

 

 残念ながら時間切れのようだ。

 

「失礼します。市長、そろそろ次の面会のお時間です」

 

「そうか。いや、ヤキウ市長、有意義な話ができました。ありがとうございます」

 

「こちらこそ。困難な時代ですが、お互いに助け合っていきましょう」

 

 二人は硬く握手を交わし、この場はお開きとなった。

 

 

 

 

 そして夜。

 

 サルガスは自宅に戻る事なく、仕事を続けていた。

 

 ヤキウからもたらされた情報は非常に重要だったが、それを踏まえると処理しなくてはならない案件が大量にある。仕事場に寝泊まりとまではいかなくとも、夜遅くまで仕事をしなくてはならなかった。

 

 とはいえ、腹が減っては戦は出来ぬ。今は仕事も小休止し、秘書が晩御飯を運んできてくれるのを待っている所だった。

 

 椅子に腰かけ、窓から移る夜天の星に思いを巡らせる。

 

「スピノか……」

 

 直接対面してはいないが、書面で見る限り、人間に友好的な神獣。この窮地にあって、まるで救世主のような……あまりにも人類に都合がよい存在。

 

 先ほどはああいったが、やはり神の介在を疑わざるを得ない。

 

 だが同時に、敬虔な信者として古文書の類にも目を通しているサルガスとしては、奇妙な違和感を感じる点もあった。

 

 神がこの窮地を乗り越えさせるためにスピノを地上に使わせた。サハラの湖、その忘れられた神殿を拠点とさせ、窮地にあったアルカレーレ人を救い、二大魔獣から人を救わせた。そして巡り巡って境界剣と、それを扱う人材をも齎した。

 

 それだけ見れば、神の直接的な介入を確信せざるを得ない。だが話を詳しく聞いていくと、その全てがあまりにも不確定要素にすぎる。

 

 スピノは人界の窮地どころかこの世界の基本的な知識すら持たずに地に降り立っているし、アルカレーレ人の少女を助けたのもほぼ完全に偶然。二大魔獣と戦ったのも場の流れでスピノが積極的に動いたわけではない。境界剣の所在の発覚も同様だ。

 

 結果的にスピノが絡んで全て上手くいったというだけで、一歩間違えば全部おじゃんになっていた可能性も高い。

 

 スピノの派遣という積極的に過ぎる干渉を行っていながら、同時にあまりにも迂遠極まりない。

 

 どうにも、かつて神々が介入したとされる事象と、やり口が違う気がする。

 

 神はもっと間接的に、しかし必然的に事態を導くという印象がある。

 

 いや、だから何か問題がある訳ではないのだが……。

 

「ふむ。……まあ、天上に創造神と双子神、それ以外の神がいない、という訳でもないだろうしな」

 

 そう自らを納得させ、サルガスは机の書類に向き直った。

 

 もう少しお腹を空かせてからの方が、晩御飯は美味しいだろう。

 

 

 

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