異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
水上神殿の調査から、一週間が経過した。
調査については何やら、あの湖底の石碑だか碑文と、回収された奇妙な鞘がよほどの大発見だったらしく、周辺を根こそぎサルベージして軍艦に積み込んだ所で一旦中止となった。
まあ、これだけ広い神殿跡なのだから、一日やそこら、一回や二回の調査で終わるはずもない。道中で化け物ザリガニとの交戦といったトラブルもあった、撃退したとはいえ爆雷による船体への影響が小さいはずもないし、そこそこで切り上げるのはわからないでもない。
前世でも誰かが言っていたではないか。帰ろう、そうすればまた来られるから、ってね。
そんな訳で回収した資料を船に乗せて引き返し、途中で一隻が浸水するなどのトラブルに見舞われながらも、初回の神殿調査は終了した。
んで、それからあの学者先生、ひたすら籠って碑文の復元に勤しんでいるらしい。何やら、歴史研究以外にも急ぐ理由があるようだという話だが、まあそんなもん無くても同じことしてそうという印象だ。
そんでもって、碑文と一緒に発見された妙な鞘。
長い間水の中にあったにも関わらず、錆びず腐らず汚れもしてないそれが、今どうなっているかっていうと……まあ、意外なところにある。
そんなこんなで、それから一週間、平和な時間を過ごしていたのだが……実はその間に、ちょっと、いやかなり大きな変化が、私とオルタレーネの間に起きたのだ。ふふん。
「スピノ●、ニコニコ■●★?」
「グルゥ」
泳いでいる私が思い出し笑いをしているのが気になったのだろう、首に乗っているオルタレーネが身を乗り出して語り掛けてくるのに、なんでもないよー、と答える私。ちなみに周りに例の魚達の姿はない、彼らも毎度毎度神殿までついてくる訳ではない。
そうですか? と納得してオルタレーネは再び体重を預けてくる。一方、私は耳に心地よい彼女の美声を脳内で反芻しながら、のんびりと水をかいた。
そう。
実は、最近オルタレーネの言葉がちょっとわかるようになったのだ。
歴史の遺跡を漁ったり、碑文の解読やらなにやらを見ている内にまた言語解読欲求みたいなのが沸いてきて、またまたオルタレーネに付き合ってもらったのだが、あら不思議。
以前は一度ある程度覚えても時間がたつと分からなくなっていたのに、今回は識別状態が長続きしているのだ。それだけでなく、今まで得体の知れない言語にしか聞こえなかったオルタレーネの言葉のいくつかが、識別できるようになってきたのだ。教えてもらってない単語も時々わかるので、これはどうやら学習の結果とかではなく、どうにも神獣としての特性が徐々に私にも適用されているという事らしい。逆にいうと、オルタレーネからも私が言っている事がなんとなくわかる瞬間があるとか。本当に時々らしいので、恐らく頻度は私とそう変わらない。
いやあ、最初に通じたらしい時の事は今でも思い出せる。言語の勉強中、いつものように通じない前提でグアグア呟いていたら、いきなりオルタレーネがスクッ!と直立して目を見開いてこっちを見てくるんだもの。その後自分の頬をつねりだしたあげく、湖に向かって飛び込むもんだから私の方も大パニックに陥ってもうワヤクチャだった。
いや、なんか最初聞き間違えだと思って、自分の耳と正気を疑い、揚げ句変な妄想に取り憑かれたのだと思って頭を冷やそうとした……みたいな感じだったらしいんだけど、挙動が明らかに正気じゃなかったので心底びびった。真顔で奇行に走る美人って怖いんだな、勉強になった。
いや、正直言うと勉強会より前、神殿調査の少し前ぐらいから、なんかこう、違和感みたいなのはあったのよ。ただ当時はなんかちょっとノイズまじってんなーぐらいにしか考えてなかったんだわさ。今思うと、あの頃から前兆があったという事なのかねー。
一体何が原因で突然理解できるようになったのか全くわからんけども、とにかく彼女の言葉がちょっとでもわかるようになったのは本当にうれしい。
あ、ちなみに残念ながら、オルタレーネ以外の現地住民との会話は相変わらず完全にさっぱりだ。何言ってるのか一ミリも理解できない。辛うじて私の名前ぐらいは聞き取れるのだが、これはそもそもスピノ、という単語がこの世界の外から持ち込まれたからだろうと思っている。
まあでも、今じゃ彼女とは同棲して毎日同伴出勤する仲だしね。それで何も変わらないほうがおかしいのかもしれない。……いや、私のこれまでの人生と竜生を考えると驚天動地もびっくりな生活環境の変化なのは事実なんだが。どうしてこうなった? と自問する日々は絶えないし、答えも出てこない。
ただ人間慣れるもんで、以前は毎朝起きる度にドキドキしていたのに最近は戸惑う事無く朝の支度を……ごめん嘘です。今朝もドキドキしながら朝の支度してました。
いやー。こんな事になるなんて、一体どこで徳を積んだんだろうね私ってば。知らないところで一匹の蜘蛛でも助けてたのだろうか。いや、コウモリは助けたけどさ。
そんな事を考えていると、オルタレーネにテチテチと控えめに頭を叩かれた。
「スピノ■。道●■×間違って●■★?」
「アグググル」
妄想に満ちた考え事をしていたのでコースから外れてしまったらしい。私は気恥ずかしくなって顔を湖に沈めつつ、元のコースに戻った。
心頭滅却心頭滅却。煩悩よ立ち去れぃ……。
なむあみほうれんげーほーげーきょー、じゅげむじゅげむじゅげむ……。
「●、■見て●見て!? スピノ■?!」
「グア?」
なんか背中でオルタレーネが騒がしいな、と思ったときには既に時遅く。
私は割と速度を出した状態でいつもの世界樹の岸部に頭から突っ込み、強かにゴッチンコしたのだった。
痛い……。
おー、いつつつつ……。
頭頂部のズキズキという痛みに耐えながら、よろよろと歩く。スピノサウルスは前足が大きいんだけど、首も長いので頭の上を撫でようと思ったら大分首曲げる必要があるのよね。オルタレーネを乗せた状態ではそんな事できないので、涙目で痛みに耐えるしかない。
いやさ、多少の怪我はしばらくすれば治るけどさ。よほどひどくても脱皮すれば治るのは経験済みだし。それはそれとして痛いもんは痛いんだよ……たんこぶになってない? 鱗に覆われた恒温型爬虫類と言われる恐竜がたんこぶになったら、鱗がめくれて大分酷い事にならない? というかたんこぶって見た目がコミカルだけど実体としては重症だよね??
「グルル……」
「スピノ■、●★▼? 痛●?」
心配そうにオルタレーネが語り掛けてくる。
いやあ、単に私が間抜けだっただけの事故なのに、優しいね。私の怪我を気遣って今日は歩いていこうとしてくれたし。
まあでもこれは本当に私が間抜けなだけだから。背中からも降りなくていいからねー。
「■●、★▼●……」
ありゃ。今のは何言ってるか一切聞き取れなかった。
なんていうか、そもそも相手に伝える気が無いとちょっとも聞こえないっぽいんだよね、どうにも。つまり独り言的なのは基本的に伝わらない、と。もっとそれっぽくいうなら、指向性がないと意思疎通がままらない、といった所なのか。
ふむん。頭がズキズキ痛く無かったらもう少し考察したいところなんだけど……うーん、やっぱ私の目覚めた能力、戦闘方向にばかり偏りすぎだよなあ。これがもしサルッカスみたいな氷を操る異能だったら、自前で頭のたんこぶ冷やせるのに。
ほかにもアイツのやってた氷を媒介にした瞬間移動みたいなのもできないしさー。一度炎を伝って移動できないか試したけど、ファイヤーダンスもどきにしかならなかったし。足の裏盛大に火傷してサルッカスに死ぬほど爆笑されたっけなあ……。電撃も駄目だった。もし電撃を媒介に高速移動できたら滅茶滅茶便利そうだし戦闘でも滅茶滅茶強そうなんだけどな。
っと、さっき考え事して頭を打ったばかりである。また思索にふけって今度は街の防壁に激突とか笑い話にもならない。
私は改めて気を引き締めなおした。
そろそろ、太陽の光が熱を帯びてくるころだ。熱くなってくる前に、街にたどり着かなければならない。そう思って脚を速めた私だが、しかし、不意に鋭敏な感覚が逆の事象を感じ取った事で、自然と脚が遅くなる。
「スピノ●?」
「グルル……」
こいつは。
街に近づくほど、何やら空気が冷え冷えとしてくる。空を見上げるが、太陽の日差しに陰りはない。この感じ、ちょっと覚えがある。
……危険は感じないが、理由が分からない。少し気をつけた方がよさそうだ。
周囲に警戒しながら街に近づくと、オルタレーネも異常に気が付いたのだろう。顔を引き締めて、凛とした外向けの顔で私の背中に身を預けている。門に近づくと、いつもだったらあくび混じりにこちらを出迎えてくれる門番の兵士が、キリッとした厳めしい顔で私を迎え入れた。
その顔に緊張がよぎっているのは、相手が私だからという事はあるまい。彼とは顔なじみだ、いまさらこの街の住人が私に対して過剰に畏まる事はそうそうない。
と、なると。やはりか。
門をくぐり街の中に入ると、空気がひんやりとしているのがわかる。氷室の出入り口付近、内部の冷たい空気が噴き出している感じ、といえば伝わるだろうか。
“彼”とはそこそこの付き合いになる。だから、長時間……大体半日以上彼が特定の場所に滞在すると、周囲の環境が彼に合わせて冷たくなるというのも、経験則的に知ってはいる。
街人の視線を感じながら、中央広場に向かう。
いつもは街の人々の憩いの場所となっているその場所だが、流石に早朝は人の姿が無い。が、今日に限って、朝靄の向こうに大きな影が滞在しているのを私は見て捕らえた。
サルッカスだ。
「グルルル……」
『ども、旦那。おはよっす』
お互い、朝の挨拶をかわす。
だが、やはりどうしてもピリついたものを隠せない。いつもだったら水上神殿の方に直接やってくる彼が、どうして街で待っていたのか。
対するサルッカスも、何所かぎこちない。やはり何か、秘めた事情があるようだ。勿論彼の事は心から信頼しているが、それはそれ、だ。私一人の事ならばともかく、オルタレーネを巻き込むような話であれば、それ相応に対処しなければならない。
と、そこで私は、広場に他にも人がいる事に気が付いた。隠れていた訳ではないが、サルッカスの巨体に比べれば彼はあまりに小さく、見落としてしまったのだ。
「グルル……?」
「●■★、スピノ■。●■★」
すすす、と前に歩み出て頭を下げるのは、見覚えのあるトカゲ人。確かゲーダーといったか……いやあってるか? トカゲ人の顔の区別なんて私には全く全然無理だぞ。
『あー。旦那、彼はゲーダーっていう王国の宰相でして……あ、覚えてましたか、よかった。いやちょっとね、大事な話が合って、どうしてもスピノの旦那とオルタレーネのお嬢ちゃんに協力してもらわないといけない事になったんですわ……あ、待って待って、揉め事じゃないから無言でパリパリするのはやめてくれっす』
「グルグル……グゥ」
おっといけない、電気が漏れてた。
しかしなんだ、大事な話? それも私とオルタレーネがセットで?
心当たりが全くないのだが……わざわざウォールランド王国の宰相とサルッカスがセットで、それも恐らく昨晩くらいから街に来てわざわざ私を待っていたというからには、余程の事なのだろう。揉め事ではないというが、厄介ごとには変わりないはずだ。でなければ気心の知れた仲だ、待ち受けたりせずに水上神殿に乗り込んできて言えばいい。何か後ろめたい事があったので待ちを選んだのではないか?
「グルルル……」
「スピノ●、スピノ■。●■、聞いて●■。サルッカス●、■●お困り●★」
「……グゥ」
じっとサルッカスを睨みつけていると、オルタレーネが身を乗り出して耳打ちしてくる。むぅ。まあ確かにサルッカスには随分とお世話になってるし、私だけの話なら多少の無茶は引き受けてもいいが……。ううむ。
……仕方ない! オルタレーネがどうしてもというなら、まあ話ぐらいは聞くべきだろう。
「グル!」
「スピノ●、●■直った●■★!」
『あー、ありがとうオルタレーネお嬢ちゃん。これで話ができるっすわ。あー、で、ですね。旦那。んまあ、その、端的に言うと、旦那とお嬢ちゃんに、この世界を救ってほしいんですわ』
「………………………………………………………………………………アグ??」
ホワッツ??