異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第68話 旅と焚火と連れ合いと

 

 雪原都市カニスへの道のりは、まさに平和そのものだった。

 

 今まさに世界が破滅するか否か、という緊急事態とはとても思えない。時折すれ違う旅人や商人は礼儀正しく(時折私の事を知らなかったらしい商人が泡を食って逃げ出す事があったが)、空には鳥たちが戯れるように舞い、森には動物たちがその姿を垣間見せる。

 

 この穏やかさこそがこの世界の神髄であり、そしてそれを守らねばならない、守れるのが今私達しかいない、と思うと、プレッシャーよりも責任感と誇りを感じた。

 

 勿論、旅が快適だったのは、風景の良さだけでなく同行者のおかげだったのもある。

 

 今回、ガイド役に指名されるだけあって白い剣士……レギンというらしい……は、野宿にも手慣れたものだった。私自身はそれこそそこらへんで寝っ転がっても体調を壊さないが、オルタレーネは別だ。彼の細やかな気配りのおかげで彼女も快適な旅ができている。

 

 例えば、だ。今日も、日がやや暮れ始めたかな、といったところで、レギンが手綱を緩め、馬車の速度を落とした。

 

「■●●」

 

「グルル」

 

 今日はここまで、という事らしい。宿泊施設がある集落とか、馬車の停留場とかがあれば多少遅くなっても問題がないが、地図を見る限りここは荒野の真っただ中。近くに集落一つない以上、日が暮れてから野宿の準備をしていては間に合わない。明るいうちに支度を整えるのが鉄則だ。

 

 急ぎの旅とは言っても、旅はまだ続く。ここで無理して先にいっても、何かトラブってしまえば元の木阿弥だ。

 

 そういった事を、レギンはよくわかっている。おかげ様でこちらはレギンに旅のイロハを習いつつ、落ち着いた旅路を楽しめるという訳だ。

 

 馬車を街道の横によけて、適当な広場を探す。適当に選ぶのではなく、焚火の跡を探すのだ。ここが街道で交易路であり、皆同じように馬車をつかって旅をする以上、鉄則に従う限り大体夜を過ごす場所は一緒だ。そしてそういう場所は、夜を過ごす条件が良い。変に独自性を出すよりも、先任者に従った方が楽である。

 

 こういう時はデカイ私の出番である。すぐに無数の焚火の跡が密集している広場を見つけ、そこに向かう。馬車を停めると弟子二人がテントの準備を始め、レギンは薪にする枝を拾いに近くの林へ。オルタレーネは晩御飯の準備をするので、私はこのまま留まって周囲の確認だ。凶暴な獣ぐらいなら私の存在を恐れて近づいてこないが、魔獣となると話は別である。あのクマモドキみたいに、実力差が分かってても襲い掛かってくるのが魔獣という生き物だ……つくづくおかしな生き物だ。いやまあ、発生経緯的にもまっとうな生き物じゃないらしいのだが、魔獣って。

 

 てっきり動物の突然変異かと思ってたのだが、どちらかというと肉を持った精霊に近いという話だ。あ、あくまで話を聞いた私の解釈だからね。実際のところは分からない。

 

「グルル」

 

「●■★」

 

 と、早いものでレギンがもう戻ってきた。弟子二人はまだテントの組み立てに悪戦苦闘中だ。

 

 まだまだだな、と鼻を鳴らすレギンが、手早く薪を並べて準備する。見た所、細くもなく太くもないよく乾燥した枝が十分な数あるようだ。あの短時間にこれだけ集めてくるというのはやはりただ者ではない。冒険者として優れているという事はただ戦闘力だけでなく、観察眼も優れていなければならないのだな、と改めて感嘆する。

 

 さて、本来はここから面倒くさい火おこしフェイズなのだが、私がいる以上、そこはスキップだ。内面の燃焼機関にちょっと火を入れて、口から細い炎を吐く。ハンドバーナーぐらいの炎が枝を炙り、やがて火がついた。パチパチと枝が燃え始めるのを確認して、げふぅ、とブレスを中断する。……火炎ブレス、中断時に変なげっぷみたいなのが出るんだよな。神気を利用した魔法のはずなんだが。間違っても胃袋からメタンガスを吐いてそれを燃やしてるとかじゃないからね?

 

 火が燃えるのを確認して、オルタレーネが鍋を火にかける。

 

 今晩の料理は、脂肪と干し肉、野菜を固めて丸めた保存食を、水で溶いて煮立たせたシチュー的な食べ物のようだ。水は何やら、ウリ的な果実のヘタを切ってその中にたまっているのを使うらしい。キッチンで使っていた奴は飲食や旅には向かないそうで、こっちは純度の高い水を長期間安全に保存できるのだそうだ。果肉そのものは食用に向かないから、言ってみれば天然の水筒、的なものらしい。前世でもひょうたんに水を貯めておくとかはあったが、あれは確か一日前後しかもたなかったはずだ。こちらは旅のお供になるぐらい、長期間保存できるらしいので果肉に何らかの殺菌成分でも含まれている、という事だろうか。それなら食用に適さないのも納得だ。

 

 ちなみに私の食事は世界樹の実だ。いや、私の体格で普通の食事をとったら彼らの食べる分がなくなってしまう。荷台に積まれたオレンジ色の果実を適当に一つ選んで、ムシャムシャと食べる。

 

 食事が終わったら、食器を干し草的なもので拭い、さっと水で洗って乾いた布でふき取って片付ける。干し草は荷物の緩衝材のように積まれているが、どうにも前世におけるキッチンペーパーのような扱いをされているようだ。一つで二役三役、旅に持ち込むという事もあって色々考えられている。私としては衛生に気を使っているのはポイントが高い。この世界、一見すると中世から近世だが、衛生だけは現代にかなり近いレベルだ。毛皮のある動物は綺麗好きというがそれが関係しているのだろうか? ともかくこの調子ならこれからも伝染病等に悩まされる事は少ないのではないか。良い事である。

 

 あとは竹みたいな植物の繊維をガジガジして歯磨きし、就寝だ。旅のコツは、早寝早起き。まだ日が暗いうちに出発して距離を稼ぎ、暗くなる前に野営の準備を完全に整える。いやまあ、最悪私が電気バリバリして周辺を照らすという手があるのだが、それに依存せずキチンとスケジュール通りに旅をしているのは流石というべきか。

 

 客人であるオルタレーネがテントに引っ込む。ぺこりと頭を下げておやすみの挨拶をしてくる彼女に手を振り返し、私はのっそりと身を横たえた。汚れるので街でもらったシーツはもってきてないが、もともとダイナソーはそんなものを利用しない。北に向かうにつれてそろそろ寒くなってきたが、まだまだ許容範囲だ。あんまし冷えたらちょっと燃焼機関を回せばホッカホカになる。なんだかんだ炎の力がここにきて大活躍している。電気? ……この世界に家電が発達してたら引っ張りだこだったかもしれないねぇ。

 

 レギンと弟子二人は、交代で夜の見張りだ。いくら魔獣がこの辺りは少ないといっても、万が一がある。一応、私もそれに混ぜてもらう。彼らからすると客人に夜の番は……という事らしいが、私は元現代人。夜更かしはお手の物である。だいたい全部彼らに任せて安眠できるほど私は肝が太くない。いやまあ、プロからすると素人を立たせて自分達は寝る、ってのも勘弁してほしいんだろうけど……。

 

 だからまあ、彼ら三人が交代で見張りをする間、私は特定の手順で起きてその補佐をする形になる。レギンからすれば弟子二人も不安材料なのだろう、基本的に弟子とコンビで見張り、一日ごとに組む弟子を入れ替える、といった感じで夜を過ごしている。

 

 今日は二人いる弟子のうち、白猫っぽい方と組む事になる。相方の三毛猫はヤンチャでちょっと向こう見ずなところがあるが、こっちは引っ込み思案で自己主張控えめ、かつ慎重だ。凸凹コンビだが上手い事噛み合っているらしい。

 

 逆にいうと一人だと凸で凹なので上手くいかない事が多いようだ。特にこの白い方、私の事が今だに怖いらしくちょっとビクビクしながら対応してくる。少し傷つかない訳ではないが仕方ないね。うん、仕方ない。はははは。ぐすん。

 

「…………ぐるる」

 

「(ビクビク)」

 

 白いのは時折こちらの様子を伺うようにしながらも、目を合わせてくれない。三毛猫の方は好奇心に物を言わせて一晩以上通じているんだか通じてないんだかよく分からない話をしてきたのとまったく正反対だ。正反対の二匹だがこれで仲が良いというのだから人間関係は不思議なものである。

 

 焚火の番をしながら、一人と一匹で夜景を眺める。空には大きな月が煌々と輝き、夜の世界を照らし出している。この世界は太陽が二つあるせいか、月が妙に明るい気がする。あるいは、前世の空が曇っていただけか?

 

 とにかく、目が慣れてしまえば夜でも見通しが効く。風に揺れる草の影、灰色の草原に差す雲の影も手に取る様にわかる。

 

 そして、夜闇に紛れて動く動物たちの姿も。野生に昼も夜もなく、むしろ夜の方が生き物たちは活発だ。それは夜の闇に身を隠せるからだが、さっきのように文明無き夜の世界は意外と明るい。もしかすると、昼に起きている生き物の方が、生物としては変わり者なのかもしれないな、という問いかけが頭をよぎった。

 

 そういえば、オルタレーネはアルカレーレ人というコウモリ人間だが、別に夜行性ではないようだ。本当は夜行性なのを周りに合わせている訳でもない様子。勿論、日中活動するコウモリの仲間がいない訳ではないが、うーん。見た目や特徴が似ているだけでも、やはり前世のコウモリとは違う生き物、という事か。そもそも物理的に一切の縁がないし。

 

 それを考えると、前世の動物にこの世界の住人が似ているのがますます不思議な話になってくる。神獣に至っては、今の所遭遇した全てが古生物だ。サルッカスは恐竜時代に生息したという巨大ワニことサルコスクスに似ているような気がするし、他にもザ・ワンが繰り出してきた分身のケラトサウルス、トリケラトプス、プテラノドンも彼の先輩の写し身……神獣だ。この調子だと名前しか知らないレクスシオとやらも恐竜の見た目をしてそうな気がしてきた。強そうだし、ティラノサウルスとかギガノトサウルスだったりするのか? それとも雷竜とか。

 

 それに対して魔獣の方はなんか、あまり関係ない見た目をしている。クマモドキもそうだし、飛竜だって複数の生物の特徴を掛け合わせたキメラだ。ザ・ワンも植物なのか動物なのかよくわからん感じだったし……。ただ、馬車を引いてるよくわからない生き物を考えると、魔獣の方がこの世界の一般的な野生動物に近い見た目をしているかもしれない。

 

 この前世との奇妙な繋がり、あるいは断絶は何か理由があるのだろうか? この世界と前世に何らかの繋がりがもしかしてあるのか? 謎は募るばかりだ。

 

 あるいは、もっと単純に。

 

 どちらかが、どちらの習作だったりするのかもしれない。私がこの世界にスピノサウルスとして生まれ落ちたのは、推定神の発言を省みれば、前世の知識や情報を元にしたはずだ。同じように、この世界の神が私の前世の世界を知識として知っていて、それを元に神獣や住人を生み出した、という線もある。

 

 あるいはいっそ、両方が全く違う世界をお手本にした習作側という線も。

 

「グルル……」

 

 そのあたりになると、もう一個人の考えうる話ではないな。

 

 神様に寿命が在るのか無いのか分からないけど、数万年単位の話だろう。もうどっちが卵でどっちが鶏とか、どうでもいいタイムスケールだ。

 

 恐竜一匹があれこれ考えてもしょうがない話である。

 

 もしこの世界の神様が、地球の白亜紀をリアルタイムで見ていたのだったら、是非本物がどうだったか聞いてみたい。そのぐらいに考えておこう。

 

「■●……」

 

「グル」

 

 考え込んでいる間に時間が過ぎてしまったようだ。

 

 テントから三毛猫が目を擦りながら這い出てきた。交代の時間らしい。

 

 私も当番表に従って眠る事にしよう。白猫がテントに戻っていくのを見送り、体を丸めて尻尾を枕にするようにして目を閉じる。

 

 確か、予定だと雪原都市カニスまであと三日ほどだ。このまま何ごともなく終わればよいのだが。

 

 

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