異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第69話 雪原都市カニス

 

■■

 

 ヒポポグリフが居を構えた絶縁山脈に踏み込んできた闇。

 

 それはずっと、死んだように動かないままだった。まあもともと生きているのか死んでいるのか、そういう理屈が通じるかどうか怪しいものではあったのだが。

 

 その間もヒポポグリフはずっと監視を続けていた。

 

 人間でいうなら、自分の部屋の片隅に不発弾が置かれているようなものだ。いっその事住処を移せばいいのだが、他の脱走した連中が世の中を荒らした結果神獣が警戒状態に入っているのは想像に容易く、そのつもりがなくても発見されれば執拗な追撃を受ける事になるのは目に見えている。それは勘弁願いたい以上、現時点では直接的な危害を及ぼす訳でもない闇の近くであっても、絶縁山脈に籠っていた方がまだましだった。

 

 それが一変したのはやはり突然の事だった。

 

 物陰からいつものように様子を伺うヒポポグリフ。闇はこれまでと変わらず、佇んでいるだけのように見えた。安堵して息を吐き、しばし周囲を見渡した後、再び視線を戻す。

 

 

 闇がほぼ目の前にいた。

 

 

「ケッ……」

 

 悲鳴を噛み殺し、ヒポポグリフは物陰に身を隠した。ガタガタ震えながら、必死で息を殺す。

 

 わかっている。もし、戦闘になればヒポポグリフの命はない。この距離で羽音を殺す事も不可能だ。彼にできるのは、闇がこちらに気が付いていない事を必死で祈って気配を消す事だけである。

 

 闇に動きがあった。

 

 隠れている岩陰を挟んで、凄まじい力が収束していく気配がする。神気である事は間違いないのだが、これまでに感じた事のない悍ましい属性。それに合わせて、周囲が暗くなっていく。まるであたり一帯の光を吸い込んでいるかのような異様な現象。それに伴い、物陰に隠れてもはっきりとわかるほど、闇が光を蓄えていく。この世の道理に矛盾しているとしか思えない異様な現象を前に、ヒポポグリフは頭を抱えてひたすら縮こまるしかなかった。恐怖のあまり、逃げようという考えすら浮かばなかったのだ。

 

 直後。

 

 夜のように暗くなった世界を、輝ける闇が切り裂いた。おかしな表現だが、ヒポポグリフにはそうとしか表現できなかった。放たれたのは光のように見えて、暗く閉ざされた周囲を照らす事はなかったのだ。

 

 放たれた力はヒポポグリフの隠れている岩壁ではなく、もっと別の……絶縁山脈を絶縁たらしめている岩壁めがけて放たれた。それは長年の浸食にも耐えてきた屈強な岩盤を飴のように溶かして貫き、反対側に突き抜け、さらにその向こう側の岩盤をも貫いた。

 

 数秒の照射で、山脈そのものに大穴が穿たれた。

 

 気化した岩盤の灼熱の蒸気が谷間に立ち込める。闇はしばし、攻撃の反動を癒すかのようにたたずんでいたが、再び音もなく動き始めた。他の何かに目もくれず、今しがた貫いたばかりの溶解したトンネルを、まるで何の痛痒もないかのように通り抜けていく。

 

 やがて闇がトンネルを完全に抜けて姿を消し、蒸気が収まってようやく、ヒポポグリフは顔を上げた。煤で灰色に汚れた毛皮で、キョロキョロと周囲を見渡す。

 

「ケ……ケケケ……?」

 

 しばし要領を得ない様子で茫然とした後、闇がここを去り自分は生き残ったという事を理解する。喜びに満ちた様子で、ヒポポグリフはどことも知れない方角へ頭を下げた。

 

「ケ、ケケケ……!」

 

 神が自分を見逃してくれたのだという確信はここに来て信仰となり、ヒポポグリフの心には神への感謝が生まれたのだ。魔獣として生きて数千年、彼の心に敬う、という概念が誕生した瞬間である。利益があってこその信仰であり不純なものではあったが、魔獣の有り様を考えれば大いなる一歩といえよう。

 

「ケケケケ……!」

 

 これからも神の意思に背くことなく慎ましく生きていきますぅ……! そんな感じで一しきり祈りをささげたヒポポグリフは、それはそれ、として恐る恐るトンネルを覗き込んだ。

 

 内部はまだ灼熱という表現も生ぬるいほどの高温で、とてもではないがヒポポグリフに通れるような穴ではない。このトンネルをくぐって、あの闇はどこに向かったのだろう?

 

 頭の中で地形を確認し、ヒポポグリフは確信をえて、しかし首を傾げた。

 

 東。

 

 まっすぐ東だ。

 

 その先には、漂白山脈が広がっているだけだ。言葉通り、そこには何もない。ただ多少の山々と、雪と、氷があるのみだ。ちいさい連中すら住んでいない。

 

 一体そんな所に、何の用事があるのだろう?

 

 

 

 

『……ヨ。……巫女……ニ……』

 

 

 

 

『……ソコニ……。……巫女……ノカ……?』

 

 

 

 

■■

 北に進むにつれ、空気はどんどん冷たくなり、また風景も寂しくなっていく。草木が減り、岩や砂利が目立つようになり、木々も青々とした葉ではなく、細く寒さに耐えるような葉を下げるようになる。

 

 朝になれば霜が降り、場合によっては息も白くなる。流石に肌寒くなり、私も荷物の中から毛布を取り出すとマフラー代わりに首にまいた。レギンやオルタレーネ達も、本格的な防寒具とまではいかないまでも布を着込むようになる。

 

 食料も水も残り少なくなってきた。予定通りといえど、手持ちの資源が減っていくのは心もとない。

 

 それでもレギンを信じ、ひたすら北へ。

 

 そんな旅路の果てに、私達はとうとう、雪原都市カニスに到着した。

 

 

 

 

 雪原都市カニス。セルヴェやマニプルと同じ連合王国の一角を占める都市国家の一つだが、その容貌は大きく他と異なる。

 

 セルヴェやマニプルは防衛のための大きな防壁を備えていたが、カニスにはそういったものはない。精々木の柵があるぐらいだろう。これは冬季になれば豪雪地帯となるこのあたりでは、そういった大型防衛設備は効果が薄いからだ。雪で埋まってしまう為に地形が守りにならず、また雪というのは重いものであるため、設備維持の手間が大きくかかってしまう。

 

 その代わり、カニスは住人の暮らす家を大きく頑丈にする事により、個々で身を守る方向にシフトした。茅葺屋根の大きな家は前世で私が知るそれよりも大きく、小柄な現地住人からすれば一つ一つの家が小さな砦のようなものなのだろう。ただ大きいだけでなく、壁際には銃眼らしきスリットをはじめとする防衛設備があり、扉には刻み込まれた大きな爪痕といった実戦経験の痕跡もある。そこには長い年月の間、住人を守ってきたという重みがあった。

 

 さて。ところ変われば住人も違う。ここ、カニスに棲む住人がどんなのかというと……。

 

 一言でいうと、オコジョ人間、だろうか。

 

 真っ白な毛皮に、ひょろりと長い胴体に短い手足。雪原に住まうオコジョというか、テンというか、イタチというか。とにかくそんな感じの人々だ。そしてその胴体に布を巻き付けるようにして衣服を着こんでいる。着こなし的に、少し和服を思わせる。

 

 わりとふくよかな感じのセルヴェの住人と比べると、彼らは体形が実にスマートである。が、一方で手足が短いせいかチョコチョコ歩くので、機敏さとは縁遠い。本気を出したら四足歩行で素早く動く……という事もない。二足歩行のままだ。そしてトロい。

 

 こんなんでやっていけるのか……? と思うのだが、話によればこの体系のおかげで雪が積もっても埋もれないらしい。まあ、こんな所に住んでいるのだからそれなりの利点はある、という事なのだろう。

 

 そんな住人達が、最初私を目撃した時の反応は、まあ予想は出来た事だが……大恐慌、といったところである。街が遠目に見えた段階で背をのびーんとしている住人を発見したのだが、彼らはこちらを目にするなり目を丸くして硬直し、続けて何ごとか騒ぎながらほうぼうに逃走。バタン、バタンと家の扉に鍵をかけて籠ってしまったのだ。幸い、レギンが話をつけてくれたので彼らの信用を得る事はできたが、家という家からこっそり覗く警戒心に満ちた視線はなかなか心に突き刺さるものがあった。ふふふ……。

 

 いいさ、いいさ。オルタレーネが凄く慰めてくれたから……。

 

 事前に話は通っていたはずなのだが、まあ百聞は一見に如かずといった所だったのだろう。あるいは全長14mの人類に好意的な巨大怪物とか、何かの冗談だと思ったのかもしれない。オルタレーネによるとこの世界のサイズ基準の一つにメリルというものがあり、それは大体50cmなのだが用法としてはメートルに近いらしい。だいたい予想していた話だが彼らからすると、私は全長28mの巨大怪物という事になる。ほぼ特撮怪獣のサイズだ。そんなもんいる訳ねーよとなるのもうなずける。

 

 逆説的にいうとそんな私と互角かそれを上回るサイズのザリガニが生息している湖がどれだけヤバイ場所なのか補強される訳だが。真剣に引っ越しを考えるべきかもしれない。

 

 さてそんなカニスの街の住人たちだが、レギンが話を通してからは一転、好意的に私達に接してくれた。市長らしき人物には頭を下げられ、こっちも恐縮する事に。

 

 彼らも詳細は知らないものの私達が重要な任務を携えているという事は把握してくれているようで、すぐに準備の方に取り掛かってくれた。

 

 予定だと防寒着は明日には届くはずである。今頃、私達の通ったのとは違う別のルートを、速達便とやらが追い上げてきているはずだ。だから今のうちにしておくのは、レギンやオルタレーネの本格的な防寒具の調整と慣らしである。こちらはすでにできていたので、荷物と一緒に運び込んである。

 

 レギン達冒険者の防寒具は、服というより着ぐるみだ。全身モコモコの毛皮に身を包み、顔だけが露出している。張り付くので金属部品が使えない以上、強度確保のために骨や皮といった素材が使われており、防御力確保のために分厚くできている。正直ものすごく動きにくそうというか、こけたらそのまま転がっていきそうなほど丸い。そんな服を着てシャキーンとポーズを決めているレギンには悪いが、うん、ちょっとこうマスコットっぽい。

 

 一方オルタレーネの方は、なんでもアルカレーレ人の伝統的な防寒具らしい。どうりで準備が早いというか、もともとデザインとかが決まっていたようだ。翼全体を薄いが暖かい布地で包み、身体はモコモコの毛皮の上に硬いレザーを貼った、防寒具にして皮鎧のような造りの服だ。前世のRPGとかで、寒冷地用の防具デザインとかにありそうな感じである。全体的に軽く作られており、装着したまま滑空する事ができるのだそうだ。多分、故郷でもこんな感じのを着ていたのだろう。防寒具を身に纏って具合を確かめる彼女の動きは冒険者達のそれと違ってぎこちなさや不安な仕草はない。手慣れた感じがする。

 

「グルル……グゥルル」

 

 しかし……いいね。全体的にモコッとしていて、ともすれば薄気味悪く取られかねないコウモリの翼がフワフワしているからこう、全体的に可愛らしい。特に私の前世視点からすると、美人さんが有翼人のコスプレしてます、って感じにも見える。目福目福。美人だったら露出すればいいってもんじゃないのさ、大事なのは全体的なバランスよバランス。

 

 まあオルタレーネは何着ても似合うがな!!

 

「■●■●」

 

「●……■●……★▼。●★」

 

「…………●■」

 

 なんかレギンがオルタレーネに語り掛けてる。お、奴も彼女の魅力に気が付いた口か? いやなんか違うな……なんだろ、話しかけられたオルタレーネが苦笑いしてて、レギンが慰めるように肩をトントンしてる。……??? わからん。あーもう、なんなんだろうなこの肝心な時に会話が分からないやつー。むぎー。

 

 

 

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