異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第70話 いざ、境界の神殿へ

 

 遠くから馬の嘶きのような鳴き声が聞こえて、私は目を覚ました。

 

 夢うつつのままもぞもぞと身じろぎすると、藁の乾いたかさかさとした感触や、ちょっとすえた家畜小屋の匂いが鼻をつく。

 

 馴染みの無い感触と匂いに、不快さから目が覚める。

 

 薄暗い中で目を覚ますと、私の鼻先に茶色い奇妙な生き物がごそごそしていた。

 

 でっぷり太った真ん丸な胴体に、ぶにっとした鼻面。脚は極端に短く、しゃかしゃかと歩く。前世にいる馬をおもいっきりデフォルメしたようというか、金魚かフグのように腹が膨らんだ馬というか、まあそんな感じの変な生き物だ。

 

 その生き物は私が目を覚ましたのに気が付くと、ひーん、と鳴きながら壁際に逃げ去っていった。その後ろ姿を見送って、私はようやく回りだした頭で現状を確認した。

 

「グルル……」

 

 私が横になっているのは、大きな家畜小屋。現地住民が棲む建物とは違って強固な防御設備は備えていないが、その分単純に広い。小屋の中にはいくつか仕切りがあったようだが、それは取り払われて大きな空間になっている。その空間の隅っこに、馬っぽい生き物が身を寄せてひしめき合っていた。彼らは恐怖2割、好奇心5割、無関心3割といった視線でこちらをじっと見つめてきている。

 

 ああ、そうだ。

 

 思い出してきた。昨晩はカニスに到着し……私が寝られるような場所がなかったので、家畜小屋をお借りしたんだった。

 

 セルヴェの街では主に野外で寝ていたが、それよりずっと北にあるカニスで外で寝るのはあまりよろしくない。それまでの旅路は一晩中焚火をして暖を取りながらだったから大丈夫だったわけだが、居住区でそんな事をする訳にもいかない。なので、カニス側が大慌てで家畜小屋の仕切りを取り除いて、私が入れるようにしてくれたのだ。家畜小屋といっても家畜が凍死しないよう、防寒だけはしっかりしている。

 

 この事で揉めたのはオルタレーネの反応だ。彼女は私の扱いに憤慨した揚げ句、一緒に家畜小屋で寝る! とか言い出したので私の方が困ってしまった。いくらなんでも年頃の女の子を家畜小屋で眠らせる訳にはいかない。それにだ、私はそもそも体が現地住民と比べれば規格外に頑丈だが、オルタレーネはそうもいかない。本題の登山を前に彼女に風邪でも引かれては事だ。

 

 その場は辛抱強く説得を続け、ようやく彼女を納得させて民家の部屋で寝てもらう事を了承してもらった。ただしその代償として、戻ったら逆に私がなんでも一つ、言う事を聞く事を約束させられてしまった。

 

 何を言われるのかマジで戦々恐々である。彼女の言う事は私は大抵の事は許容するつもりだし、そもそもオルタレーネもそんな我が儘を言わない。そしてそれは相互の認識であるはずなので、こんな約束をさせるという事は普段の私なら絶対に受け入れない事をお願いするつもりだという事である。

 

 オルタレーネが善良で心の優しい子であるのは分かっているが、それはそれとして人がどんな願望を心の奥に秘めているかなんて測りようがない。その人の本質と、内に秘めた欲求はまた別なのだ。とても善良で社交的な人でも、エグい性癖を心の奥には潜めている事だってある。

 

 正直すんごく怖いが、今回ばかりは必要経費と割り切るしかない。何頼まれるんだろ……。

 

 それはともかく、目が覚めたならいつまでも転がっている訳にはいかない。未来の事は未来の自分にまかせよう。私はまず、目の前に迫るミッションをこなすのみだ。

 

 天井を背びれでぶち抜かないよう、気をつけて家畜小屋を出る。

 

 外に出ると、街にはうっすらと雪がかかり、全てが白く霞んでいる光景が目に入った。まだシーズンではないが、少し夜の間に降ったらしい。

 

 遠く北を見上げると、目的地である漂白山脈が目に入った。こちらは山頂から中腹にかけてが雪で白く染まっている。目的地の神殿は山の中腹にあるそうだから、現時点では積もった雪の中を強行軍する必要はなさそうだが、あまり悠長にしていられないかもしれない。

 

 今日届く予定の私の防寒具、その準備が整い次第、すぐに出発するべきだろう。

 

 なかなかハードな一日になりそうだ、私は欠伸を噛み殺しつつそんな事を考えた。

 

 

 

 

 さて。皆と合流し朝食に舌鼓をうっていた時。ようやく、待ち焦がれていた防寒具が速達で到達した。

 

 運んできたのはいつもの家畜ではなく、大きな翼を持った鳥人系の配達員さん達だ。彼らはまるで輸送ヘリのように六人で編隊を組み、私の防寒具の入ったコンテナを吊り下げて飛来した。

 

 レギンが手早く対応し、受取をすませるとまたよろしくお願いしまーす、と言わんばかりに返事をして、そのままダッシュ。そこそこの距離を走った上で飛び立っていった。カツオドリ系なのだろうか。

 

 しかし速達と聞いていたがまさか人力とは……。そりゃあ空を飛べるなら歩きで一週間近くかかった距離も三日ぐらいで済むだろうけど、すごいな。力技すぎる。

 

「●■、▲●高額●■、●■★」

 

「グルル」

 

 あとやっぱお高いらしい。世界の命運がかかってるからそんな事いってられないのだろうけど、あとで代金請求されたらちょっと困るな。

 

 をほん。それはともかく、完成した防寒具を早速着用しよう。

 

 私サイズなので、結構な重量になる。よくこんなの運んできたな、と感心しながら、オルタレーネやレギンの協力も受けて防寒具を装備していく。どれも基本的にはフワフワの毛皮にハードレザーを重ねた、オルタレーネのそれと同じ造りだが、サイズがサイズなのでところどころ木製でカバーしている。

 

 防寒具は全体で、脛当て、胴衣、マフラー、帽子の四つに分かれているようだ。また胴衣は二重構造で、まず背ビレを通すスリットが空いた胴衣を着てから、テントを張るように背びれに布を被せる。スピノサウルスの特徴である背ビレは、場合によっては体温の急上昇につかえるという事も考慮して、日差しが出たら布を外して体をあっためる事ができるように、との配慮らしい。逆に言うと日差しもない雪の中で背びれを剥き出しにしていたら過剰に体が冷えてしまうから、そういう時は覆えばいいのだ。よく考えられている。

 

 ブーツがないのがちょっと残念だが、私の体重と爪に耐えうる靴底、というものが用意できないだろうなというのは最初から分かっていたので、よい落とし所だと思う。足裏がちょっと冷たいかもしれないが、まあ素足よりマシだ。

 

 と思っていたら、カニスの人が急ピッチで藁草履を拵えてくれた。なんでも、街の変わり者が展示品の類として滅茶滅茶でっかい藁草履を作って飾っていたので、それを徴収して急遽誂えてくれたそうだ。前世でも実用性の無いめちゃめちゃでっかいしゃもじを飾ってたりする所があるので、そういう感じのノリだったのだろう。なお徴収された変わり者は、メゲる所か「うおおお俺のとっておきが実用される日がくるとは!」って感じでテンションを上げて二作目に取り掛かったらしい。元気だなあ。

 

 そうやって防寒具をフル装備すると、肌寒かったカニスの空気も全然へっちゃら、むしろちょっと熱いぐらいだ。これなら、あの寒そうな山に登っても大丈夫だろう。

 

 あとは、現地のガイドが付いてきてくれるという話だったが……。

 

「●■★、●」

 

「スピノ●、■★彼が●★のようです」

 

「グルル」

 

 なるほど、彼か。きっちり自らも防寒具に着替えたオコジョ人間が挨拶してきたので、こちらも頭を下げる。正直見分けがつかないのだが、村に来た時に対面した中の一人のような気がする。

 

「●■、★、▲★!」

 

 皆さまは私がきっちりご案内します! そんな感じに胸を張る彼に続き、ついに我々は雪が静かに降り注ぐ漂白山脈に向けて出発した。山に詳しいガイドが、レギンの知っている地図を元に我々を誘導してくれる。

 

 目指すは、中腹にあるという神殿だ。そこに、境界剣とやらがあるはずだ。

 

 本物の神がこの世界に残したという神具。草薙剣とか、そういうものなのだろうか。実際にどんな見た目をしているのか、どういう機能があるのか、楽しみである。

 

 

 

 

 

 さて、肝心の雪山登山ではあるが、険しく厳しい道……とは、意外にもならなかった。

 

 確かに、現地住民の背丈だと一苦労するはずの大きな隆起や断崖が道を塞いでいたのだが……今回は、私という存在が居る。私の重量に耐えうる強度さえ確保していれば、隆起も断崖も一跨ぎ、である。時には谷底に私が脚をつけて一行を渡らせる橋にもなった。そうこうしていると、歩いていくより私に乗った方が早いのでは、という事になり、最終的には皆を背中に乗せて私一人で歩く事になった。スピノタクシーという訳である。

 

 複雑そうな顔をしているオルタレーネを宥めながら、ガイドとレギンの指示に従って道を行く。幸いにも、現地の大型動物が通るルートをガイドが把握していた為、そちらを渡る事で体重による道の崩落、という問題はさほど警戒せずに済んだ。チラリ、とこのあたりにいるらしい動物を遠巻きに見る機会があったが、一言でいうと六本足の羊だった。体格も5m以上ある。私はあれよりもずっと重いし大きいが、確かにあれらが日常的に使っているルートなら現地住民のコースよりは逆に安全かもしれない。なおその動物は私を目にすると泡を食ったように逃げていった。ごめんね。

 

 

 

 

 そして、ついに私達はたどり着いた。

 

 登山開始からおよそ四半日。急に険しい山肌が途絶え、平たく整地された坂道が姿を表す。山脈の隆起の間にひっそりと隠れるようなその道は、現地のガイドも知らなかった事をありありと伝えている。

 

 その坂道の先に、ひっそりと、小さな社のようなものが、岩肌に埋め込まれるように存在していた。岩肌を掘って作り出したと思われるその神殿の入口には、何か特徴的な文様が彫りこまれている。

 

 見つけた。

 

 あれが、境界剣の安置場所だ。

 

「●■★!」

 

「★▼●!」

 

「●■、スピノ●!!」

 

「グルル……」

 

 同行者たちが私の背中でハイタッチをかわし、笑顔を浮かべる。私も嬉しくなって、ニコニコと彼らに笑みを返した。最近ちょっと笑うのが上手になってきた自信があるんだが、どうだろう?

 

 素敵? ありがとう、ふふ。

 

 あとは境界剣とやらが本当にあるか確認し、それを持ち帰るだけだ。世紀の大発見と、これで世界は救われる、という喜びが皆の間に駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

『……ケタ。……我が……ノ……』

 

 

 

 

 

 

「?!?!?!」

 

 背筋が泡立つ。臓腑がせり上がる。汗が凍り付く。

 

 これまで、それこそザ・ワンを前にした時にすら感じなかった、凄まじい悪寒。

 

 絶対的な、死の予感。

 

「ガグルルルルゥ!!」

 

「スピノ●?!」

 

 オルタレーネが戸惑いの声を上げるが、構わず背後へと振り返る。

 

 どこだ、どこにいる?

 

 目の前には今さっき乗り越えてきた、荒れた岩肌が広がるばかり。上から見下ろす限り、異常な何かの姿は見当たらない。

 

 ……横か!

 

 とっさに振り向いた先、聳え立つ岩盤の一部が、真っ赤に赤熱しているのが見て取れた。前世で何度もみたアニメのワンシーンが頭に過ぎる。

 

 ビームが、分厚い装甲を貫くその瞬間が。

 

 咄嗟にバックステップ。背中に乗っているオルタレーネ達が悲鳴を上げてしがみついてくるが、申し訳ない、構っていられない!

 

 どうにか安全距離まで後退した直後、岩盤を貫いて高熱源がさっきまで私の立っていた場所を薙ぎ払った。強烈な熱波が焼き鏝のように押し当てられてきて、咄嗟に顔を庇う。

 

 これは……レーザーか? だが何か変だ。高熱なのに、あきらかに光の凝集体なのに……周囲が暗い! 赤熱した光が、周辺を照らさない。まるで光源設定を間違えたゲーム画面のようで頭がバグる。古い時代のポリゴン黎明期、そういった現実に準した設定が反映できてなかったころのローポリゲームのような現象。だが言うまでもなく、これは現実だ。

 

 なんだ、これは。何が起きている?

 

 レーザーの照射は数秒で途絶えた。あとにはドロドロに溶かされた岩と地面、しゅうしゅうと水蒸気を上げる雪、立ち込める熱。

 

 そして、ゆっくりと岩肌に空いた穴を潜ってくる、何か。

 

 

 

 

 漆黒の、闇。……闇の獣。

 

 

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