異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第71話 ビースト・イン・ザ・ダーク

 

 この世界に来て、私は様々な物を見た。

 

 空に輝く二連太陽。果てしないと思えるほど広がる湖。得体の知れない一つ目のクマモドキ。全長10mの巨大ザリガニ。獣のような姿をした現地住民。空を飛ぶ飛竜。狂気に満ちた花の怪物。……空を舞う、金色の少女。

 

 美しい物も、醜い物も多くの知らない物を見てきた。

 

 その事を踏まえても尚、それは一層、異常な存在に見えた。

 

 まるでスライムのようにネバネバとした黒い闇が、もごもごと蠢いている。その向こうに、何があるのか、見えそうで見えない。中身があるのか、それとも何も無いのか。

 

 生き物かどうかすら、分からない。

 

 だが、ザ・ワンの繰り出してきたコピーとは明確に違う。あれは、実質ただの偽物だったからこその奇妙なまでの存在感の薄さがあったが、これは違う。

 

 薄いどころか、その逆。

 

 これまで遭遇してきたあらゆる存在に勝る圧力を感じる。ザ・ワンですら、こいつと比べれば小物に過ぎない。

 

 つまり。

 

 得体の知れない絶対的な脅威、という事だ。

 

「グルルル……」

 

 身を屈ませ、背中に乗っている皆に降りるよう促す。レギンもオルタレーネも修羅場には慣れてる、怯えるガイドの手を取って素早く地面に降り立った。弟子二人も問題なく続く。

 

 さて。どうしようか。

 

 どこからどう見ても、アレはヤバイ。さっき放ったレーザーっぽいのもそうだが、もう雰囲気がアレだ。到底会話で仲良くできそうにない。魔獣かどうかとかそういう問題じゃない。誰だって迫りくる鉄球や吊り天井相手に交渉術でやり過ごそうとは考えないだろう?

 

 となると実力でどうにかしないといけないのだが、私はそこまで思いあがってない。いくらスピノサウルスボディーでも、あれと真正面からやりあったら到底勝てる気がしない、なんていうか、存在のスケール? みたいなのが全然違うのをビシバシと感じる。一般人が、本物の格闘技世界チャンピオンや、野生のライオンに感じるような、絶対に勝てない的な第六感がビンビンに訴えかけてくる。

 

 だが諦めるにはまだ早い。

 

 今回のミッションはなんだ? 怪物の討伐じゃない。

 

 あくまで神殿の調査、そしてそこにあれば境界剣の回収である。それだったら、やりようはいくらでもある。

 

 闇から意識を逸らさず、レギンとアイコンタクトをする。歴戦の冒険者である彼は、心得た、と頷いて見せた

 

 ならば、ヨシ。

 

「グルゥオオオオ!!」

 

 闇の注意をひきつけるべく、大声で吠えたてる。その間に私の陰に隠れるようにして、レギン達が神殿に向けて走った。距離にしておよそ200m。まずはその間、彼らを守りきる。

 

 私の咆哮に、闇は反応らしい反応を見せない。代わりという訳ではないだろうが、闇は沈黙したまま、その力を振るった。

 

 闇の頭上とでもいうべき位置に、小さな光の玉が生成される。それが段々大きくなるにつれて、周囲が急に暗くなる。

 

 空はやや青空が覗く曇天のまま。なのに世界が黒いフィルターをかけたように明度を落とす。気持ちが悪いのは、その暗さの中で輝く奴の光は、決して周囲を照らす事はないという点だ。物理法則とか光の性質に反した光景に強烈な違和感で頭が痛くなってくる。

 

 これは……周囲の光を集めて光球にしているのか? 光はあくまで波長であり、そんな物質資源のようなものではないはずなのだが。いや、今更そんな事を気にしてもしょうがないというか、そんな場合じゃない。

 

 恐らく、さきほど岩盤を貫いたのもこの攻撃だ。アレの発射を許せば、私諸共レギン達が消し飛ばされてしまう。止めなければ。私は胸元に垂れ下がっている紐に手をかけ、思い切り引っ張った。すると、背びれにかかっていた布がそれによってスルスルと外れる。街の人が万が一の時に、すぐに戦闘に入れるように防寒具に仕込んでおいてくれたのだ。

 

 その下から露になった背びれは、満ちる電力によって内側から青白く発光している。

 

「グォオオオゥ!!」

 

 出し惜しみは無し、と言わんばかりに最大出力のライトニングブレードを放つ。届きさえすればザ・ワンにだって効果があっただろう電撃の刃が、身動きもしない闇へと降り注ぐ。

 

 だが。

 

『………………』

 

「グァウ!?」

 

 効いてない!? 強烈な電撃を浴びながらも、闇はびくともしない。いや、リアクションが無いだけでダメージは入っている可能性もあるが、どのみちレーザー攻撃の中断に繋がらないなら無意味だ。こいつには神気を用いた攻撃は効果が薄いのかもしれない。

 

 ならば肉弾戦だ。

 

 ライトニングアーマーによる電撃、そして炎属性の力で体に炎を纏う。単体でいえばバーニングアーマーというところか。その二つを重ねて身に纏う。

 

 そして闇めがけてタックル。狙いはダメージじゃなくて、衝撃でレーザーの狙いを逸らす事だ。そのつもりで、下側からやや打ち上げるように体を肩から叩きつける。

 

 電気と炎の鎧越しに触れる闇の感触は、想像していたようなはっきりしないものではなく、腐った果実というか、ジャムというか、ネチョッとしたものだった。その向こうに、何かとてつもなく硬く重い手応えを感じる。

 

 中に、何かいる?

 

 疑問に思ったが、それは後だ。手応えを感じた私はその場で屈みこみ、再度カチ上げるように頭突きを叩き込んだ。

 

 ぐらり、と闇がのけぞるように体勢を崩す。

 

 直後、光のレーザーが放たれた。それは狙いを逸らして上向きに、漂白山脈の山々を掠めるようにして空へと消えていった。危ない、あのまま放たれていたらレギン達を巻き込む軌道だった。リアクションがないが、私達を攻撃対象に認定しているのは違いないようだ。

 

「グルルル……!」

 

 とはいえ勝機は見えた気がする。奴のレーザー攻撃は確かに強力無比、あのザ・ワンすらコピー軍団ごと薙ぎ払って終わりだろう。おまけに神気を用いた遠距離攻撃は通じない。まさに鉄壁の要塞だが……見た所、接近戦への備えはない。反応も鈍く、レーザー攻撃も強力ではあるが発動に異様に時間がかかっている。まるで古いPCのように、時間をかけて単純な行動を繰り返しているだけにも見える。

 

 だったら、このまま格闘戦に持ち込めば勝機はある。

 

 勿論、まだ相手が手札を伏せているだけという確率も高い。不意を打たれないよう注意しながら攻撃を加える。

 

 闇が毒なのかわからないので噛みつきは無し。タックルや前足のひっかき、尻尾の殴打で闇へと攻撃を続ける。

 

 見た所闇も反撃を試みているようだが、動きが鈍いのでこちらの動きについてこれていない。そもそも明確な攻撃のための手足がない。のっそりと押しつぶすように倒れ込んできた闇をひらりと回避し、背後からタックルを叩き込む。

 

 攻撃で奴を構成する闇が弾け飛び、少しずつ削れていく。触れてわかったが、この闇には実体があるんだったな。いわゆる闇のオーラみたいなのではなく、どっちかというとスライムに近いのか?

 

 そして本体から離れた闇は自律できないようだ。しゅわあ、と音を立て飛沫が消え去っていく。

 

 だったら……!

 

 スピノサウルスの太い尻尾、それを叩きつけるのではなく、掬うようなイメージで闇にぶち込む。そう、スピノサウルスの尻尾はオールのようになっている、それをうまく使ってスプーンのように闇を掻きだせばどうなる?

 

 狙い通り、地面にどちゃあ、と腐ったジャムか産業廃棄物のように大量の闇が飛び散った。闇本体も、ごっそりと闇を抉り取られてバランスを崩し、よろよろとしている。

 

 いける。これならこの闇の化け物を消滅させられる。

 

 そう意気込んだ私だが、自ら抉り取った闇に目を向けてぎょっとする。

 

 確かに、闇は本体が無ければ存在できない。今も、そこそこの体積があるにも関わらず自ら動きだすとかはせず、しゅわしゅわと闇はその体積を急激に減じている。だが、その代わりに何か、黒い靄のような蒸気を吐き出している。

 

 見れば、その闇を抉り取った私の尾にも大量の闇が付着したままで、もわもわと黒い瘴気を漂わせている。

 

 しまった、早合点が過ぎたか。量が多いと変なガスを出すのか、これ!

 

 黒い瘴気に忽ち包み込まれる私。吸っていいものではないと判断して息を止めるが、そんな事はお構いなしにまとわりついてくる。

 

 視界が闇に閉ざされる。意識が遠くなる。

 

 これは……ヤバイのでは。もしかして皮膚から浸透するタイプの猛毒なのかも。

 

 気力を振り絞って抗うが、どうにもならない。気が付けば私は膝をついていた。

 

 閉じていく視界の端で、闇がじっと佇んでいるのが最後に見えた。

 

 

■■

 

 

 

 気が付くと私は戦場のど真ん中に立っていた。

 

「グア?」

 

 きょとんとして周囲を見渡す。

 

 場所はどこかの岩山の一角。あちこちで大規模な森林火災が起きており、黒々と立ち上る煙が空を覆い地上を闇に落としている。黒く染まった世界の中で、燃え盛る炎だけが光源で、それは絵にかいたような地獄絵図、といった所だった。

 

 そんな中で、無数の雄たけびが轟く。種族もパターンも違う様々な雄たけびが混じり合い、唯轟々と渦をまいて轟くような。

 

 状況がつかめずおろおろしていると、地面を通して伝わってくる足音を感じた。それは瞬く間に怒涛の勢いとなり、地面を揺るがす大進撃の予兆となった。

 

 気が付けば、私の背後から無数の巨大生物の軍勢が進撃してきていた。

 

 それはどこか見覚えのある、しかし時代も出身もてんで出鱈目の、絵本のイラストのような大軍勢。

 

 ティラノサウルスにステゴサウルス、ディアトリマにウミサソリ、プテラノドンにサーベルタイガー。

 

 共通しているのはそれらが全て大型の古生物という事ぐらいで、てんで共通点のない生物群。それが地響きをたてて、私の方にまっすぐに向かってきている。

 

 今更逃げる場所はない。

 

 私はひぃ、と頭を抱えてその場に座り込んだ。

 

 あわや衝突……という所で目を閉じて、襲ってくる衝撃に備える。

 

 だが、いつまでたっても覚悟していた瞬間は襲ってこなかった。

 

 恐る恐る目を開けると、あの古代生物群は私を通り過ぎて、向こう側にむかって走り続けている。位置的にどう考えても私を踏み越えているはずなのだが……。

 

 これは、あれか。もしかして過去の幻とか、そういう奴かな?

 

 アニメとかゲームではよくある話だが、まさか実際に体験する事になるとは。

 

 しかし、一体いつの、何の記録だ、これ。

 

 少なくとも私自身に危害があるようではないと判断し、古代生物達の後を追う。恐らく、彼らは神獣なのだろうが、当然ながら覚えがない。

 

 先にいってしまった彼らの後を追う道すがら、いくつもの亡骸が横たわっていた。それは得体の知れない怪生物であったり、古生物であったりした。

 

 そして、ザ・ワンの繰り出したそれにそっくりなトリケラトプスの亡骸を目の当たりにして、勘の鈍い私もようやく、これが何の記録なのか理解する。

 

 これは。恐らく……最終戦争の記憶だ。

 

 千年以上前、地上にあふれかえったという魔獣達と、神獣達の大戦争。あのトリケラトプスの神獣は、その戦いで命を落としザ・ワンにその力をコピーされた。

 

 となると、この先に広がっているのは。

 

 ……この先は、小高い丘になっているようだ。その下で、恐らくは。

 

 私は恐る恐る丘から顔を出して様子を伺う。

 

 そこに広がっているのは、想像を遥かに越える地獄絵図だった。

 

 

 

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