異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第74話 オルタレーネの献身2

 

「……素晴らしい。これまで様々な遺物を見てきたが……本物の神具というのは、こうまで……」

 

 レギンが感嘆の言葉を漏らすが、オルタレーネも同意見だ。

 

 同じ不朽の存在である鞘は彼女も見ているが、あれも確かに人知を越えているものではあったがこれほどの存在感は無かった。あくまで神の権能を持っているのは剣であり、鞘はただの入れ物にすぎないからだろう。

 

 だがいつまでも圧倒されてはいられない。彼女はここに来た目的を忘れてはいない。

 

「レギン様。不躾で申し訳ありませんが、早く境界剣を回収しましょう。スピノ様の元に戻らなければ」

 

「あ、ああ。そうだな。すまない、少し我を忘れた」

 

 レギンも頷き、パンパンと顔を叩いて気合を入れなおす。

 

「よし。そうとなったらさっさと台座から引き抜いてしまおう。一応、最低限の注意は払えよ。まだ何か罠があるかもしれない」

 

 言って、レギンが周囲を警戒しつつ前にでた。つるつるに磨き抜かれた床を慎重に進み、境界剣に近づく。

 

「よし、特に何もなさ(ボォッ)」

 

 突然の事だった。

 

 前を進んでいたレギンの体が突然燃え上がった。真っ赤な炎を上げて松明のように燃える彼の姿を前にオルタレーネが茫然としたのは一瞬。すぐに我に返った彼女は、背後から彼を引っ張って背後に引き戻した。

 

「火を消して! いや、服を脱がせて! 早く!」

 

「うわあああ!」

 

「師匠!!」 

 

 弟子二人が悲鳴を上げながら、しかしナイフを手にレギンの防寒具を的確に引き裂いた。燃え上がる防寒具を投げ捨てて、中のレギンの容態を確認する。

 

「師匠! 師匠、大丈夫ですか!?」

 

「あ、ああ……だい、じょうぶだ……」

 

 幸いにして、中のレギンに炎が燃え移る前に対応できたようだ。もし体毛に火がついていたら、間違いなく助からなかった。

 

「よ、よかった……でも」

 

「なんで……」

 

「ガタブルガタブル」

 

「……境界剣の試練か、何かでしょうか。資格を持つ者しか近づけない、あるいは、この炎を抜けない限り、境界剣を手にできない、とか……」

 

「そ、そんな。じゃあどうしようもないじゃないですか!?」

 

「一度引き返すしか……」

 

 ガイドが絶望に満ちた声を上げる。弟子達も、強硬手段には乗り気ではない。

 

 今ここに集う者の多くは、群れ成す者達の一族だ。彼らは一様に長い体毛で体を包んでいる。それは急な気温変動や外敵の攻撃から身を守ってくれるが、同時に炎には酷く弱い。いや、強い生き物もいるはずがないが、比較的、という事だ。

 

 一行に沈黙が満ちる。

 

 そこでドズン、とわずかに神殿が再び揺れた。僅かな埃が天井から降ってくる。外ではまだスピノと闇の怪物の戦いが続いているのだ。だが、それもいつまで持つか。

 

 スピノが勝つから大丈夫、なんて楽観視はできない。そもそも彼が戦いを得意としていないのを、オルタレーネはよく知っている。能力的ではなく、人格的にだ。

 

 では一度引くか? 境界剣の実在は確認できたのだ、今度はより装備を整えて、試練への対策もして挑むべきか?

 

 駄目だ。あの怪物が境界剣を狙っているのは疑う余地が無い。本当に境界剣、その実物があった以上、それはもはや確定事項だ。そしてあの化け物ならば、この炎の試練もモノともしないだろう。奴が境界剣を取り込んでしまったら、もはや誰にも奪い返せない。

 

 決めよう。覚悟を。

 

「……私が行きましょう」

 

「オルタレーネさん!? 無茶ですよ!?」

 

「正式な物ではないとはいえ、私は巫女としての立場を期待されています。何もないより、認められる可能性が高い。単純に炎を越える試練だったとしても、皆さまよりはマシなはずです。私、毛が薄いですからね」

 

「で、でもだって……」

 

「私だって、無策で突っ込むつもりはありません。皆さまの防寒具をくださいますか? それを盾にします」

 

 オルタレーネの提案に、弟子達は顔を見合わせ、いそいそと防寒具を脱ぎ始めた。ガイドもそれに倣う。オルタレーネも自身の防寒具を脱ぎ、それらと重ねて分厚い布の盾を即興ででっちあげる。

 

「よし。これなら少しは持つはずです。たたっと走って飛び込んで、しゅたっと引き抜いてきます。それで終わりです」

 

「……無理はしないでくれ。君に何かあれば、スピノが悲しむ。いいか、想定外の事態が起きたり、無理だ、と判断したらすぐに引くんだ。絶対にだぞ。境界剣の所在の確認という最低限の任務は果たせているんだ。いいな?」

 

「はい」

 

 ごめんなさい、とオルタレーネは心の中でレギンに謝った。

 

 その約束は、できません。

 

「行きます。後はよろしく」

 

 短く告げて、オルタレーネは境界剣の祭壇に向き合った。

 

 彼我の距離はおよそ40メリル。レギンが燃え上がったのは祭壇まで30メリル、といったところだろうか。……6メリルぐらいだったら、例え全身が炎に包まれていたとしても走り抜けられる。勝負はどこまで近づけるかだ。

 

 僅かな躊躇いを唾と共に飲み干して、オルタレーネは前に進んだ。息を飲んで一行が彼女を見守る。

 

 祭壇まで、あと35メリル。何も起きない。

 

 あと32メリル。まだ何の予兆も無い。

 

 30メリル。レギンと違い、オルタレーネはまだ燃え上がらない。

 

 あと25メリル。心の何所かに安堵を感じる。もしかすると、巫女として認められているのかも。

 

 あと20メリル。強烈な熱波が、布の盾ごとオルタレーネを襲った。

 

「!」

 

 来た。やはり境界剣に近づいた者へと襲い掛かるらしい。さっきよりも距離が近いのは、仮初でも巫女として判定されたからかもしれない。

 

 布の盾に火が付いた。もう長持ちはしない。

 

 オルタレーネは意を決して駆け込む。出来る限り、今のうちに距離を詰める。6メリルさえ、越えてしまえば……。

 

「……がっ!?」

 

 駆け込もうとしたオルタレーネの体が、前方からの圧力によって堰き止められる。

 

 進めない。

 

 とてつもない暴風に吹き付けられているように、尋常ではない抵抗が彼女を押し返そうとしている。床をしっかり踏みしめないと、背後に吹き飛ばされてしまいそうだ。当然走るどころではない、両足をしっかりついて圧力に抵抗する。

 

 ぼわあ、と布の盾が圧力に負けて千切れ始める。圧力と炎に、ただの布の寄せ集めが千々に散っていく。

 

「駄目だ、オルタレーネ殿! 引き返せ!」

 

 後ろでレギンが叫んでいる。それを無視して、オルタレーネはさらに前へと踏み込んだ。

 

 布の盾が燃え尽きる。熱波が押し寄せてくる。翼で体を庇うようにして、前へと進む。

 

「ぐ……ぅ……!!」

 

 歯を食い縛って前に進む。忽ち翼が焼けただれ、皮膜がめくれ上がった。翼を支えていた細い指が、先端から燃えていく。アルカレーレ人にとっての最大の恩寵は声だが、翼とて大事な誇りの一つだ。それを薪にくべて、オルタレーネは前に進む。

 

 目がかすむ。熱波で目が焼けてしまったのか、眼前の光景が白く霞んでいく。不思議なものだ、とオルタレーネは他人事のように感心した。失明したら真っ暗闇になると思っていたのに、今見えているのは真っ白な闇だ。

 

 その闇の中に、一人の少女が佇んでいる。

 

 白と赤の衣装を纏った、白犬の少女。あの隠し扉を教えてくれた。

 

 彼女は、言葉静かにオルタレーネを罵った。

 

『なんで我が儘なのかしら、貴女は。自分の満足の為に、命を投げ出そうなんて。それは単なるエゴよ。貴女が死ねば、彼はきっととても悲しむわ。苦しむわ。それを分かっていて、命を投げ出すだなんて』

 

「そう……ですね……」

 

 その通りだ、とオルタレーネは肯定した。そもそもオルタレーネでなかろうと、スピノは見知った人が傷つくのを喜ばない。まして自分の為に命を落としたと知れば、彼は深く深く傷つくだろう。悲しむだろう。

 

 だけど。

 

「そうしないと……あの人は、分かってくれないから……」

 

『何を?』

 

「自分が、愛されているという事を」

 

 そうだ。

 

 彼は、人の情愛を……愛を、とても尊い宝物のように語る。誰かのそれを、心から慈しむ。

 

 何故か?

 

 

 

 そんなものが、この世界には存在しないと、固く信じているからだ。

 

 

 

 

 彼は、王国の者達にどんなに悪者にされても怒らなかった。それは心が広いのではなく、そういうものだと諦めていたからだ。

 

 他にもそう。彼は他人に時に酷く不義理な真似をされても怒らなかった。

 

 彼はこう考えているのだ。正しい事が、正しく報われる事はない。利益こそが世界の全て、人の全てで、利にならなければ人は動かず、利にさえなるならば道理も通らない。

 

 情愛など、その醜い原理を覆うだけの書き割りだ。

 

 無償の愛、命さえ捧げても惜しくはない感情の極致。そんなものは存在しない。人は誰も彼もが利益と契約で結びついていて、勘違いがその潤滑油になっている。

 

 本当の愛など存在しない。それが彼の結論。

 

 だから慈しむ。だから尊ぶ。だから他者を愛そうとする。

 

 それは酷く傲慢な考えだ。ようは、他者に愛がないから、自分だけは他人を愛そうと。愛の無い他人より、誰かを愛そうとする自分の方が上等だと、そういう考えなのだ。見ようによっては、世界の全てを見下した考えだ。

 

 でも、愛を信じない者が他者を愛せるはずもない。

 

 彼の本質はその矛盾だ。誰よりも愛を信じていないのに、誰よりも愛を求めてやまない。それを自覚していながら己の有り様を変えられない、愛無き怪物。それがスピノの本質だ。

 

 だから、示さなければならない。

 

 命に代えても彼を思う愛があると。この押し寄せる熱波よりも燃え盛る愛があるのだと、世界に示さなければならない。

 

『でもそれは、彼をきっと今以上に傷つけるわ。喪われる前提で愛を与えるだなんて、酷い話もあったものよ』

 

 そうかもしれない。

 

 でも、例えオルタレーネがここで燃え尽きても。愛が失われてしまったとしても。

 

 きっと、別の誰かが彼を愛する。

 

 オルタレーネは報われなくてもいい。彼に愛してほしいとも思わない。ただ、彼がその愛無き世界から解き放たれ、誰かを愛し愛されれば、それでいいのだ。

 

 その為に、この命を使う。そうオルタレーネは決めたのだ。

 

 例え、ここで燃え尽きたとしても。きっと。

 

 愛の存在証明は、残り続ける。

 

『お馬鹿さん。本当に、お馬鹿さん。どうしてかしら、巫女は皆、主人が絡むと極端から極端に奔るのよね。恋は盲目という事かしら。ここで貴方が命を犠牲にして境界剣を手に入れる事と、貴女の言う愛の存在証明には何の因果関係もないわ。ただ、悪戯に彼を苦しませるだけ。全部、貴女のただの自己満足よ』

 

「それ……でも……っ! わた、しは……!!」

 

 前に進む。ますます強くなる圧力に逆らって、境界剣に向かう。

 

 とっくに翼は燃え尽きた。残っているのは枯れ枝のような腕だけ。それで熱波を防げるはずもなく、全身が焼かれていく。

 

 それでも前進し続ける。前へ、もっと前へ。

 

 あと、少し……!

 

 でも、その少しが届かない。腕はとっくに燃え尽きて、顔も体も燃え上がっている。喉も焼けてしまって息ができない。

 

 膝が、落ちそうになる。ダメだ、今立ち止まったらもう前に進めない。

 

 それでも。それでも、前に……。

 

『……でも。それは、私も一緒ね』

 

 そっと。誰かが、オルタレーネの背中を押した。

 

 少女が、後ろから抱きしめるようにオルタレーネの背中を支えている。彼女は優しくオルタレーネの背を押しながら、耳元で囁いた。

 

『聞きなさい。神の力は、愛の力。愛こそが、この大地で最も大きな力を与えられたリソースなの。その愛によって神は世界を開き、命を創造し、しかしそれ故に目を閉じた。無垢なる者を苦しめる魔獣という存在を、愛ゆえに滅ぼす事が出来なかったの。今、外で暴れている哀しいモノもそうよ。皆、愛故に輝き、そして穢れてしまう。その事を忘れないで。彼が愛を疑うのも、決して何の理も無い被害妄想ではないの。愛は、ただ尊いだけのものじゃない』

 

「あ、なた、は……?」

 

『それでも。それでもなお、貴女が愛ゆえに手を伸ばすというのなら。境界剣は……神の存在証明は、きっと力を貸してくれるでしょう。さあ、指を開いて。目の前に、貴女の求める物がある』

 

 促されるままに手を伸ばす。半ばから焼け落ち根本しか残っておらず、ひきつったまま固まってしまった指を懸命に開き、光の中で握りしめる。

 

 もう腕の感覚なんて残っていない。それでも確かに何かを掴んだ事を確信し、オルタレーネは最後の力を振り絞った。

 

「う……ぁあ……あああああーーーっ!!」

 

 死にかけのウサギのように弱弱しく、それでもあらんかぎりの力を込めて、剣を引く。ほんの僅かな引っかかりの後に、まるでよく油を差した歯車のように、するりと剣は台座から引き抜かれた。

 

 その瞬間、吹き荒れていた圧力と熱波が嘘のように掻き消える。いっそ冷たいまでの静寂が、切り替わるように大広間に戻った。

 

「……っ」

 

 そこで全ての力を使い果たし、オルタレーネは膝をついた。引き抜いた境界剣を手にしたまま、その場に崩れ落ちる。熱波の消失を見て取って、レギン達が矢も楯もたまらず彼女の元に走り寄る。

 

 その、彼女の胸元で。

 

 境界剣は、青く輝いていた。

 

 

 

 

「オルタレーネどのぉおおお!!」

 

 熱波の消失を確認し、レギンは全速力で彼女の元へ駆け寄った。

 

 彼女がスピノに並々ならぬ思い入れがあるのは当然、レギンも理解している。だから無茶をしてもおかしくはないと、いつでも止めに入れるよう注意はしていた。

 

 だがまさか。あの灼熱の熱波をものともせずに突き進むとは。

 

 レギンだってただ見守っていた訳ではない。彼女に己の命を守るつもりが無い、と理解した瞬間、彼は闘気を全開にし愛剣を盾にして熱波へ突っ込んだ。だが、オルタレーネの背まであと3メリル、という所で異常な圧力にさらされて前に進めなくなり、そのまま背後、反対側の広間の壁まで叩きつけられてしまったのだ。そして数秒意識を失っている間に、全ては終わってしまっていた。

 

「こんな……。なんて、なんて無茶を!!」

 

 至近距離で彼女の容態を確認し、そのあまりの様子に言葉を失う。

 

 両腕は完全に焼けこげ、皮膜も指もほとんど全部失われているばかりか、肩近くまで炭化している。衣服も完全に燃え尽き、胸から下半身はほぼ灰を纏っているようなものだ。顔も焼けただれるを通り越して炭を削って作った彫像にしか見えないような有様。

 

 まだ息があるのが奇跡。死んでいないだけの焼死体。それが今のオルタレーネの有様だ。

 

 なのに、彼女はレギンの存在を見て取ったのか、震える腕で抱きかかえているものを差し出してきた。

 

 境界剣。ほかならぬ神の遺産。

 

 尊ぶべきその美しき剣に、レギンは今ばかりは心の底からの憎しみを覚えた。

 

 どうして。

 

 どうして彼女をこんな目に!!

 

「こ……れを……。レ……ギ……」

 

「ええ、ええ。確かに、確かに受け取りました。だから、だからしっかりしてくださいオルタレーネどの! スピノに境界剣を届けるのでしょう? 意識をしっかり持ってください……!」

 

 差し出された境界剣を受け取り、灰となった彼女の手をしっかりと握り返す。

 

 ぱらぱらと、燃え尽きた白い粉が舞い散った。

 

「あと……よろし……」

 

「駄目だ……逝くな、逝くなぁ! 頼む神様、頼むから、この子をスピノにもう一度あわせてやってくださいよぉ! 頼むから、なぁ! あぁああああ……」

 

 縋りつくようにして彼女の手を抱きしめるレギン。だが彼の懇願も虚しく、彼女の腕は手の中で灰となって崩れ……。

 

 

 

 

 その下から、傷一つない腕が現れた。

 

 

 

 

「……は?」

 

「え?」

 

「うぃ?」

 

「ヒョ?」

 

 その場に居合わせた四人が、理解の範疇を越えて呆然とする。

 

 さらに絶命したと思われたオルタレーネが、突然喉に何かひっかかったように咳き込み始めた。

 

「え、エホッ。ゲホッ……あれ?」

 

 何度かえづいたオルタレーネが、少量の灰を吐く。が、それで喉がすっきりしたのか、きょとんとした顔で身を起こす。

 

 その拍子に彼女の顔や体を覆っている燃え尽きた灰がざらざらと崩れ、その下からは麗しい、傷一つなく血色の良い肌が露になった。目を開けば煮えてしまったはずの瞳も、綺麗な金色に輝いている。

 

「……あれ?」

 

「無事……え? 無事、なのか? え?」

 

 全く理解できない状況に、オルタレーネとレギンが揃って首を傾げる。弟子とガイドはすでに理解を放棄した。故に、無邪気にオルタレーネの生還を喜ぶ。

 

「やった、よかった……オルタレーネさん、無事だった!」

 

「よかった……本当に!」

 

 わいわいと弟子たちが声をあげ、ガイドが涙をぬぐう。だが当事者のオルタレーネとレギンは唖然とするばかりだ。

 

 まちがいなく、オルタレーネの火傷は致命傷だった。なのに一皮むけたら無傷だなんて、そんな事。

 

「あれ?」

 

 そこで彼女は違和感に気が付く。

 

 自分の右手を顔の前に持ってくる。やけどの跡一つない、生まれたままのような素肌。五本の指には綺麗に爪が生えそろい、彼女の思うように指が動く。

 

 おかしい。

 

 翼じゃない。だけど、指が完全に再生しなかったわけでもない。全く別の形に生まれ変わっている。

 

「オルタレーネ殿、それは……」

 

「わ、わかりません。なんでしょう……これ。傷が治った……のとも違います。手の形が……」

 

「あとなんか血色よくなった?」

 

「ねー」

 

「え、ええ……」

 

 困惑しきったように両手を見下ろすオルタレーネ。言われてみれば、肌の色が以前より赤い気がする。

 

「……耳は再生しきれなかったようだな。短くなっている。聞こえ方に違和感はないか?」

 

「ありません、けど。なんでしょう、それじゃ私、いったい何の生き物に……?」

 

 ……スピノは。前世がホモサピエンスであるスピノは、神殿における神の姿を特段不思議な生き物だとは思わなかった。自分自身がそうだったからだ。

 

 だがこの世界の生き物からすれば違う。基本的にこの世界の人間とは獣人であり、時折生まれる祝福持ちも、半身が女神のそれに似ているだけで、種族の生物学的特徴を持っている。ほかならぬオルタレーネがそうであり、彼女の場合はアルカレーレ人の特徴である大きな翼と長い耳があった。だがその両方が、燃え落ちて失われ……その下から生まれ変わったのは、短い指と丸い耳。

 

 全身を包む毛はなく、二本の脚で歩き、器用な指を持ち、耳は短く。そのような生き物はこの世界には存在しない。ホモサピエンスは、この世界にはいないのだ。

 

 

 

 

 たった一つの例外を除いては。

 

 

 

 

「……!」

 

 困惑する一向だったが、不意に衝撃が神殿を襲った。その衝撃で、オルタレーネは意識を切り替えた。

 

 ここに留まっている状況ではない。外ではまだスピノが戦っている。一刻も早く、境界剣をもって彼の元に戻らねば。

 

 そこからどうするか。多分、なんとかなる。

 

 オルタレーネは胸元の境界剣に目を落とし、その柄をしっかりとつかんだ。……この指も悪くない。おかげで、この剣を自分で握れる。あとはなるようになれ、だ。

 

 体に積もった灰を振り落としながら、彼女はすっくと立ちあがった。

 

「行きましょう! スピノ様の元に戻らないと……!」

 

「わ、わ! オルタレーネさん、服、服ぅ!」

 

「うわわわわわ」

 

「……これでも巻き付けてくれ。私のマントで申し訳ないが……」

 

「ウヒェー……」

 

 オルタレーネは顔を赤くして、無言のまま渡されたマントで胸元を隠した。

 




<次回 異世界スピノ最終話 『Believe』>
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