異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~ 作:SIS
世界の危機は去った。
神獣スピノと、その巫女にして新たなる境界剣の担い手、オルタレーネの手により、禁則地は再封印された。多くの神獣と兵士達の見守る中で、崩れかけていた禁則地の光の壁は修復され、再び魔獣達はこの世界から隔離された。
この封印が、果たして解かれる日は来るのだろうか。解放された魔獣達が俗世を脅かした以上、彼らが更生には程遠い事ははっきりした。もしかすると、そんな日は二度と来ないのかもしれない。あるいはいつか彼らが悔い改め、人々と共に生きる日が来るのかもしれない。
神ならぬ身に、いや、神でさえもそれは分からない。
ただはっきりしているのは、まだこの封印が、世界にとって必要であるという事だけである。
そして問題が解決した以上、残されたのは後始末だ。
禁則地は封印されたが、監視に赴いたレクスシオが到着するまでの間に、どれだけの魔獣が逃げ出したのかはっきりとはしていない。また一般の魔獣に既に色濃く影響が出ている事も大きな問題だ。禁則地に封印された魔王級魔獣ほどではないにしろ、一般の魔獣が超常の力に目覚めた事で一般市民への被害の増大が懸念され、ギルドや軍はそれへの対策で大わらわである。
また、国際問題も紛糾している。連合王国やウォールランド王国といった平和主義国家に対し敵対姿勢を取る武国は、結局禁則地を巡る問題においても協調姿勢を示す事はなく、依然として北上の動きを見せている。どうやら武国のほうでも解放された魔獣による甚大な被害があった模様だが、適者生存を旨とするかの国はそれを理由に矛を収めるつもりはないようであった。
今現在も、縄張りに戻ったレクスシオと防衛都市が協働して国境線の警戒を続けている。
この問題について幸いだったのは、長年人類と距離を置いていた神獣が、禁則地の問題をきっかけに再び人類とコンタクトを取るようになった事だろうか。新たなる巫女にして境界剣の担い手が現れた事は彼らに対しても大きな出来事であったらしく、強硬な姿勢を崩さない武国に対し封じ込めに協力してくれている。
この問題はあくまで人間同士の問題であるために、境界剣の力に頼る、という選択肢は今の所取られていないし、恐らくこれからも選ばれる事は無いだろう。時間をかけて解決していくしかない。
一方、ノルヴァーレ帝国においては、スピノの巫女オルタレーネを巡って国内が紛糾しているようであった。現女王は静観の構えを見せているが、国内の有力貴族の中にはオルタレーネの生存について何かしらの不満を持つものも多く、不穏な動きを見せている者もいるという。
ただこちらの問題は、時間経過と共に落ち着いていくだろう、というのが多数の所感だ。何せ、オルタレーネ・ヴァン・バーシストはもはやアルカレーレ人ではないのだから。
彼女の変化については謎が大きい。
外見上の大きな違いは翼を失った事だが、他にも様々な点で変化が起きている。翼以上にアルカレーレ人の拠り所であった声すらも、失われているのだという。今となっては、彼女とノルヴァーレ帝国を結びつけるのは、もはや名前のみだ。
彼女の診察を行った医者に言わせれば、他の種族の祝福持ちから、それぞれ該当する部位だけを持ってきて新たに組み立てれば彼女のようになるかもしれない、という意見すら出た。つまり、彼女と同じ肉体的特徴を持ち合わせた人間は、この世界にいないという事だ。
……その事が何を意味するか。察した者は決して少なくは無いが、口にした者は今の所いない。
そして、封印を成した後、世界を救ったスピノとオルタレーネがどうなったのかというと……。
関門都市セルヴェは今日も平和だ。
ここしばらく異様な問題に直面した反動なのか、魔獣一匹騒ぎ立てる事はなく、人々は平和を謳歌していた。
ただ、ギルド所属の冒険者はそうもいかない。彼らにとってトラブルはボーナスであり、それが無いというのは仕事に恵まれないという事でもある。
それはギルド最強の冒険者であるレギンも例外ではなく、仕方なく、彼は今日もお使いのようなクエストを受けざるを得なかった。とはいえ、どんなクエストも依頼者からすれば一大事。今日も依頼者であるギルド長直々に、胃を抑えるようにして懇願されたものだ。
いい加減慣れればいいと思うんだけどなあ、というのはレギンの正直な感想である。とはいえ彼にも立場がある、気楽なレギンとはやはり違うのだろう。
依頼を受け取ったレギンはそのまま特に武装もせずに街を出た。向かうのは、近隣のサハラの湖である。つい最近、安全な航路が確立されたサハラの湖は、ウォールランド王国との定期便が出るようになり、俄かに交通の要所として賑やかになりつつある。付近に出没する乱れ毛皮の問題が解決した訳ではないのだが、そこは逆に平和な中、数少ない冒険者の定期収入になっている。レギンの弟子二人も、最近は半ば独立して護衛の仕事に出向いている。今日も港の安全の為見張りに勤しんでいるはずだ。正直言うと、ちょっと寂しい。
しかしながら、目的地はそちらではない。
向かうのは、天高くそびえる世界樹の根元だ。かつては何もなかったその場所に、今は大きな神殿がある。
知らない人が見れば砦か何かと思うような巨大な神殿。最も、そこに住まう者と、彼らの立場を思えばこれでも小さいというか犬小屋のようなものだろう。正直もっと大きくても良いのだが、当の本人達があんまり派手にやるのを嫌がったのだからしょうがない。
「……行くか」
ちょっと覚悟を決めて敷地に踏み込む。
門戸は開かれている。来訪者を拒む事の無い扉を潜り、衆目除けに置かれている衝立のような石板を避けて、レギンは神殿の奥、謁見の広場へと踏み込んだ。
「スピノ殿、オルタレーネ殿。いらっしゃいますか?」
果たしてレギンが見たものは……。
「レーネ、レーネ。あーん」
「はいはい、少しお待ちくださいね」
広場に横たわる巨大な竜、スピノ。体を丸めるようにして横になった彼が、あーん、と大口を開く。
その彼に抱かれるようにして腹に背を預けているのは、彼の巫女であるオルタレーネだ。彼女はもう喫茶店の店員でもないのに侍女服に身を包み、ナイフで世界樹の果実を切り分けている。スピノから見ての一口サイズに切り分けたそれにこれまた大きなフォークを差し、両手で持って主人の口に運んだ。
「はい、あーん」
「あーん。もぐもぐ……。いやあ、今日も格別。美味しいなあ。なんでかなあ」
「果実はいつもと変わりませんよー」
「じゃあレーネが魔法をかけたんだねー」
「まあ、そんな事はありませんよ。ただ単に切り分けただけです。まあ、スピノ様への気持ちはうーんと込めましたけど。えへ」
「えへへへ」
「「あははあはは」」
果たしてそこに繰り広げられていたのは、もはや白々しくすら感じる色ボケカップルの睦言の光景であった。砂糖どころか、甘さを超越して苦みとか渋みを感じるレベルである。
「……………………………帰ろっかな」
レギンはこの一瞬でげっそりと痩せ細ったような顔で呻いた。何が悲しくて知り合いのイチャイチャを見せつけられなければならないのか。青犬のマクガは恐らくこれを予想してレギンを使いに出したのだ。巻き込まないで欲しい。
とはいえ仕事は仕事だ。気持ちを立て直し、レギンは渋々……本当に渋々、自分達の世界に入り込んでいる二人に声をかけた。
「あー。その。お二人とも……ご歓談の最中、失礼します」
「……あ、レギンさん。いらっしゃい」
「レギン君! あー、ごめんごめん。気が付かなかったよ」
声をかけると、スピノは慌てて佇まいを直して取り繕い、オルタレーネはゆったりと余裕ありげな仕草で佇まいを整えた。……スピノはともかく、オルタレーネが気が付いていないはずはない。多分、遠回しに「帰れ」という事なのだろうな、と理解して、レギンは内心で溜息をついた。流石に付き合いがそこそこ長くなってきたので、彼女の内面もある程度理解している。
が、それはそれ、これはこれ、だ。
「どうも。ギルド長から手紙を預かってきまして……」
「手紙かい? なんだろう……この間の話の続きかな?」
レギンの差し出した手紙を受け取り、前足で開封するスピノ。いつも思うが、実に器用である。
「……あー。成程。会合に是非とも参加してほしい、だって。どうする、レーネ?」
「スピノ様が望むのなら」
つまり遠回しに嫌です、という事らしい。レギンは引き攣った笑みを浮かべた。
スピノも苦笑する。
まあ気持ちは分かる。この手紙を出した理由の大半は、世界を救った神獣スピノとその巫女オルタレーネという有力者に参加してもらう事で、会合の価値を高める事にある。重鎮が参加していない会議など、軽んじられて当然であるが故に。
とはいえただの箔付けの為に神獣を呼び出すというのは正直非礼だと言われても仕方がない。おまけに、恐らく目当てはオルタレーネの方である。
彼女はアルカレーレ人としての能力を失ったが、それは彼女が無能な人間になってしまった訳ではない。持って生まれた力を失った代わりに、彼女には別の能力が新しく備わっている。百人が百人同時に喋ってもその全てを正確に聞き分ける常軌を逸した識別能力。為政者であれば喉から手が出るほど欲しがるであろう超常能力を持った彼女は、会議の進行に適役である。
二つの意味でどうしても参加してほしい、という差し出し主の気持ちも分からないではない。
それに内容が内容である。禁則地案件に基づく国家間の協調……のみならず、最近になって発覚した“西の大陸”に対して、国家単位で対応を考えていかなければならない。
「うーん。正直、私としてもどうかなー……とは思うのだけど、ごめんね。出来れば付き合ってくれないかな、レーネ」
「スピノ様がお望みでしたら、私には何も。しかし、よろしいのです?」
「うん。必要な事ではあるからね。私達が穏やかな暮らしを享受できているのは、世の中が平和だからだ。その平和を維持する為の努力はするべきだと思う」
「……私は、スピノ様の巫女です。お望みとあらば」
「ごめんねーレーネ。この埋め合わせはするからさあ。何でもするから、許してねー」
「今なんでもと仰いましたね?(早口)」
「え、あ、うん?」
レギンは頭痛を覚えて頭を抱えた。最終的な狙いはそれか。
言質は取った、とルンルンで食器の後片付けをする己が巫女をきょとんと見送るスピノ。彼はいまだに、己の巫女の執念深さと計算高さと妄執にも似た執着を把握していないらしい。まあ幸せの形は人それぞれだというし、この一匹と一人は今の形が一番幸せなんだろうとレギンは考えるのを放棄した。
実際、楽しそうだし。
「スピノ殿」
「うん?」
「今は、幸せですか?」
唐突とも取れるレギンの問いかけに、スピノは少し呆気に取られた顔を見せたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「ああ、幸せだよ。とてもね」
異世界スピノ。
これにて完。
あとがき
これにて、異世界スピノは完結となります。
スピノ君の竜生はこれからも続いていきますし、この後もこの世界は様々な苦難に見舞われます。苦しい事も楽しい事もいっぱいありますが、異世界スピノ、という物語はこれで終わりです。
人間不信に苦しむ一人の魂が、世の中にある応報は決して罪と罰だけでなく愛にもあるという事を知るまでの物語が異世界スピノですので、ここから先はまた別の話になってくるからです。
現実では良い事をすれば報いがあるという事は残念ながらありません。一言で決めつけるのもよくないのですが、昨今、他人に気を遣ったら加害者呼ばわりされて罰金を取られるとか、詐欺に騙されるとかしょっちゅうです。転売問題なんかも根強く我々の生活を脅かしていますね。嗜好品ならともかく、時と場合によっては必需品すら枯渇するのは由々しき問題です。
怪我人の為に救急車を呼んだら賠償金を請求されたとか、昔は笑い話とか教訓で済んでた事が身近になりつつあります。そうなるともはや何もしない、何も望まないのが一番になってくるのですが、そんな人生はとても寂しいのではないでしょうか。
そういったジレンマについて思いを馳せた事で、異世界スピノの物語は生まれました。いや最初は普通に転生スローライフだったのですが、書いてみるとスピノ君の人間不信っぷりが凄くってですね。ならそっちの方向に振り切っちゃえと。
スピノ君はそんな風に魂を不信と恐れと不義への怒りに満たされながらも、良い事をしようとし続けました。それはオルタレーネが糾弾したように、いうなれば他者への憐憫、見下しから来るものではありましたが、理由がどうであれ行いが正しかった事は変わりません。だからこそ彼は異世界の住人に愛され、そして最後に愛する事が出来ました。
なんで主人公がスピノサウルスだったのか、については。……正直、なんででしょう? 作者的には種族すら違う者の間に芽生える心こそ真実の愛、みたいな観念があったのかもしれません。書いててとても楽しかったし、理由なんて後付けでいいかな、とも思います。スピノサウルス、かっこいいよね。
最後に、小噺集の方でこの後世界がどうなったか、について触れようと思っています。この物語の終わりを惜しく思ってくださるのなら、是非そちらをお待ちください。
正しい人が、正しく報われますように。作者はそう願っています。
作者 SIS
原案 SIS
編集 SIS
スペシャルサンクス 友人Y
知人G
知人A
全ての読者の皆様方
END ガォー>