異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~   作:SIS

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第9話 失われた神話

 

 安全はこれで確保できた。そうすると、ムクムクと好奇心が湧き出してくる。ちょっとこの水上神殿は、目を惹かれる物が多すぎる。

 

 さて、何から見ていくべきか。

 

 特に気になるのは壁の彫刻だ。一体、何が彫られているのか関心が湧き、近づいて鑑賞する。

 

 見た所、それは大いに宗教的意味合いを含んだものであったようだ。宗教画を彫刻で表現している表面には僅かだが顔料が残っており、かつては非常に色鮮やかであった事が伺い知れる。

 

 内容は……正直、これだけみてもごちゃっとしていて意味を理解しかねる。だが、こういう場合、基本的に繋がりものになっているものなのだ。私は壁に沿って彫刻を見比べてみると、やはりそれぞれ違う場面が彫られているようであり、左右で連続性を感じる。

 

 少し楽しくなってきた。文字のない絵本を読んで、その内容を解読している気分になる。かくいう私は宗教そのものは大っっっっっ嫌いだが、宗教画をはじめとするそれが生み出した芸術、デザイン自体は大好きである。

 

 壁際の彫刻を見ながら、ぐるぐる部屋の中を回る。どれがスタートなのかよくわからなかったが、繋がり的に多分、入口左側が始まりだ。そこから奥までいって、右側最奥の彫刻に飛び、そして入口に向かう、という形だと思われる。

 

 内容は、あくまで想像でしかないがこんな感じだろう。

 

 

 

 

 ……まず。神が在った。

 

 神は線を引き、境界線を作った。それにより陸と空が、昼と夜が生まれた。

 

 続いて、神は草木を、動物を、人を作った。そして最後に、自らの現身を作った。昼の女神と夜の女神である。

 

 二人の女神の元、世界に平和な時間が流れた。

 

 だがいつしか、二人の女神は諍いに明け暮れるようになり、多くの人や動物がそれに従い血を流した。二人の女神は世界を光、もしくは闇で満たそうとし、世界の境界線は綻びていった。

 

 それを嘆いた神は、陸と空の間に海を、昼と夜の間に夕暮れを作った。二つの領域はその後決して交わる事ができなくなり、二人の女神は互いに争う事も、和解する事もできなくなり、永遠に分かたれた。今になって彼女らは自らの愚かさに気が付いたが、もはやどうする事もできなかった。

 

 ただ人や動物たちは、その境界線を越える事ができた。彼らは女神たちを慰めるべく、昼夜を問わずして神殿で祈りを捧げ続けた。

 

 

 

 

 ……そういった内容だ。恐らく、だが。

 

 よくある天地創造の話だ。似たような話は前世においてもそれこそそこら中に転がっており、おかげで流れで意味合いがなんとなくわかった。そしてそれはすなわち、こちらの世界の霊長のメンタリティは前世のそれとそう変わらないという事だろう。

 

 極端な話、スパゲッティモンスターを崇めてたりしたら多分意味が理解できなかっただろうし、その場合この世界の霊長とうまくやっていけるとは思えないので助かった。

 

 ただ、いくつか気になる事がある。

 

 宗教画に描かれた、人や動物。動物は多少細部が違うものの、これは馬だな、これは猫だな、これは……よくわからない生き物だな、という感じで判別できた。問題は、次に描かれた人の姿である。その中には私が既に目撃した寸胴体形の動物人間の他に、腕が翼になったハーピーのような存在、半人半馬のケンタウロス、そこから人と動物の位置が逆転したミノタウロスみたいな獣人、といったものが描かれていたが、私の知る人類……共通の祖先から進化したホモ・サピエンスは見受けられなかった

 

 神と女神を除く限りで、だが。

 

「グルルル……?」

 

 この世界においては、どうやら人間はいないという事らしい。

 

 前世においては、神は己に似せて人を作った、という解釈から、神は人と同じ姿をしている、というのが最大宗教だった。が、こちらでは全く意味合いが違うようだ。

 

 神はまず動物を作り、その発展として人を作った。だから神と人は全くの別物という事になるようだが……ならばこの宗教画における神は、何故人間の姿をしているのか。

 

 いや、もしかすると動物と自分達の違う所を探して、それの集合体として神をデザインしたのか? ケンタウロスとミノタウロスから、獣ではない上半身と下半身をとってきて合体させたとか。しかし、それはある意味ものすごく不遜な行為とも取れないか?

 

 ううむ。駄目だ、素人意見では考えが混沌とするばかりだ。この世界の宗教家に話を聞いてみたいが……この神殿の荒れっぷりからすると、この宗派は酷く衰退してしまったようだ。もしかすると一般的ではない忘れられた古代宗教かもしれない。

 

 だとしても、かつては随分と勢力を誇ったのは違いない。この宗教画に描かれた、女神を慰めるために建てられた神殿というのがここの事だろう。数えきれないほどの人が、種族を問わず階段を上り祈りをささげているのが描かれている。入口の階段のバリアフリーっぷりも納得だ。

 

 この彫刻壁画によれば、もともとは天を衝くような巨大な建造物だったらしい。それが何らかの事情で地盤が沈下し、湖になって水没し、今は頂上の礼拝堂だけが残されている、と。とてつもなく大規模な地殻変動、長い長い時間の流れを感じる。一体どれだけの時間を、この神殿は越えてきたのだろう?

 

 想像もつかない。宗教そのものは大嫌いだが、それに伴って人類が生み出した芸術や浪漫は嫌いじゃない。人の寿命ではとうてい及びもつかない長い年月を越えて今に過去を伝える遺産には敬意と感謝を強く感じる。

 

 実利面としても、この世界の霊長のメンタリティ、その一部に触れる事ができた。この世界の霊長も、やはり前世の人類と近い存在であると分かれば、親しみも湧くし恐怖も薄れる。未知こそが最も恐れるべき敵なのだ。

 

 しかしそうなると、新たに疑問が沸いてくる。

 

 私をこの世界にスピノサウルスとして転生させたとおぼしき存在は、モザイクでよく見えなかったが到底人型とは言い難い姿をしていた。てっきりこの世界の神が私を転生させたのだと思っていたが、違うのだろうか? あの神は前世の世界の神? あんなモザイク処理必須な存在が実は天照大御神とか偉大なる四文字だったりする?

 

 それともここの宗教画の神はあくまでこの世界の人々の想像であり、本物はあんなSAN値直葬するような見た目なのだろうか……?

 

 いやしかし、そんな事言い出すと前世において神がいたのか、いたとして我々の思うような姿であるという保証はあるのかという水掛け論に至る訳で……ああ駄目だ、堂々巡りだ。

 

 考えても仕方ない。

 

 そもそもこの世界に我々人類が確固たる根拠をもって保証できる事など何もない。世界は可能性という猛毒に満ちているのだ。

 

 私が今すべき事は、一人宗教について考えを巡らせる事ではない。安全な住処を確保できた事を喜んだ上で、しっかりと休息をとる事だ。

 

 あくびを一つ。

 

 私は床に腹ばいになると、尻尾を丸めるようにして寝転がった。枕も布団もないが、雨風を防げるというだけで気分が大分違う。

 

 目を閉じると急激に眠気が襲ってくる。思えば、今日は色々あった。特に命にかかわりうるザリガニの襲撃は、肉体的にも精神的にも大きな負担になったはずだ。

 

 眠るにはまだ早いが、この睡魔にまかせて今日はもうお休みしてしまう事にする。

 

 

 

 おやすみなさい。

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