別名:始まりの呼吸時代の柱による柱稽古編
「ほらほら、こっちですよ」
狭霧山の中を駆ける三つの影。一番前を走る氷華は後ろを走る義勇と錆兎の方へ振り返りながら、煽るように手を叩いてそんなことを言った。
「チッ、嘗めた真似を!合わせろ、義勇!」
「ああ」
――全集中 水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱
――全集中 水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱
氷華に煽られた錆兎と義勇は額に青筋を立てながら、山に生えた木の枝や地面を軽快に蹴って跳び跳ねながら移動する。地面に立つ面積と時間を極限まで減らし、連続で姿が掻き消える程素早く地面を蹴ったことで土や木の破片が飛び散る様は、まるで川で石切りをした時に跳び跳ねる飛沫のようであった。
目に見えて速度が上がった二人が氷華の背に追い縋る。だが、
――ピュン
「ちっ……!」
「……」
――ズボッ……
「くそっ」
「…………」
狭霧山に仕掛けられた罠が簡単に氷華へ追い付くことを阻んだ。何処からか飛んできた石礫が空中にいる二人を撃ち落とさんと迫ったのを何とか手に持った木刀で叩き落とし、落とし穴に落とされ底に落ちる前に穴の側面を蹴って這い上がり、氷華を追い掛ける。
鱗滝との手合わせから半月が経過して、最終選別試験を受けるまでもうまもなくとなった今日この頃。この半月程で氷華と鱗滝から二人に与えられた課題。鱗滝の課題は岩を斬ること。これは午前中に行われた。
『あの、私は?』
『いらんだろ、結果は分かりきっとる。お前は儂の鍛練に付き合え』
『ええっと、分かりました?』
そして、氷華が与えた課題は、義勇と錆兎の二人がかりで、狭霧山の中で逃げ回る氷華を捕まえること。期限は昼食後から日没まで。要するに、鬼ごっこだった。それも、氷華は二人の実力に合わせた身体能力しか使わないと言っていた。
だから当初は義勇と錆兎も楽勝とばかりに意気揚々と氷華へと挑んだ。結果は、言うまでもなく日没まで氷華に逃げ回られたのだった。理由は、氷華の卓越した身のこなしと空間把握能力による罠の感知と――
「取った!」
「甘いですね」
錆兎が氷華を射程圏内に捉え、背後から飛び掛かる。だが、氷華はまるで見えているかのように横へ跳ねて錆兎の腕を避ける。
「見えてますよ」
「……」
直後に義勇が捕まえに掛かるもまた避けられる。そして、氷華は徐にわざと足を罠に引っ掛かける。がらがらと音を立てて、丸太が錆兎と義勇ごと氷華を呑み込まんと迫るが、飛んできた丸太を氷華は蹴って距離を離して再び逃げ出した。巻き込まれた錆兎と義勇は何とか丸太をいなして氷華を追い掛ける。そして――
――水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱
――水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱
全集中を完全に自分の物とした義勇と錆兎が氷華へと迫る。
「はぁッ!」
「……おっと」
義勇が、氷華へと手を伸ばす。氷華は身を翻してそれを避ける。避けられた義勇は読んでいたとばかりに、姿を掻き消して別の方向からまた手を伸ばす。
「ふむ……」
状況が悪いと判断した氷華が逃げようと跳び退く。だが、
「「これで終いだッ!」」
待っていたとばかりに錆兎が手を伸ばす。避けようとした氷華の行く先には、義勇の腕。パシッと小さな、だけど三人にはとても大きな音が響く。氷華の肩に手が届いた音。
「……合格です、よく頑張りましたね。義勇、錆兎」
氷華は微笑みを浮かべ、二人の頭に手を乗せながら話す。そして、氷華は二人の胸元に目を向ける。そして、目線を戻しながら言葉を続ける。
「知ってましたか?私は、貴方達が全集中の呼吸を使った時と同じ速度で走っていたことを。今、貴方達が常に全集中の呼吸を使っていることを」
本当に嬉しそうな顔をして氷華は告げた。氷華が二人を鍛えたのはたったの一月。それだけで、二人は凄まじい成長を遂げたのだ。
「俺たちは強くなったのか?」
「ええ、とっても」
「鬼を殺せるのか?」
「ええ、強い鬼だって瞬殺です」
「そうか」
「儂も強くなったぞ、氷華」
「まさか、私と引き分けるとは……本当に引退したんですよね?」
「儂はまだまだ育手として現役だ。錆兎と義勇には負けてられん」
「そうですか」
――――――
氷華が狭霧山に来て2ヶ月を数えようとする少し前のこと。いよいよ、氷華、義勇、錆兎の三人は最終選別試験へと向かう日が翌日に迫っていた。
「お前達に渡す物がある」
そう言って、鱗滝は押入れから三振の刀と三つの木彫りの面を取り出して、三人の前に並べた。
「日輪刀と厄除の面だ」
「日輪刀は分かりますが……厄除の面、ですか?」
「そうだ、無事に帰って来れるようにと願いを込めて儂が彫った」
「鱗滝さんが?」
鱗滝は刀と面を一つずつ三人の前へ置いた。錆兎には錆兎と同じ右頬に傷がある狐の面を、義勇にはキリッとした眉をした勇ましい狐の面、氷華には額には六連星頬には雪の結晶が描かれた女狐の面が用意された。
三人は感無量と言った様子で面と日輪刀を受け取った。
「鱗滝さん、ありがとうございます!」
「……感謝します、鱗滝さん」
「ありがとうございます、先生」
「うむ、日輪刀で鬼の首を斬るのだ。そうすれば、鬼を殺すことが出来る」
鱗滝が日輪刀について説明する。そうすれば、氷華はやはりと言った様子で頷き口を開いた。
「藤襲山には鬼が出る……いえ、鬼を捕らえているのですね?」
「やはり分かるか、その通りだ。藤襲山には人を1人か2人程喰った鬼が捕らえられている。そして、その中で一週間生き残ることこそが最終選別の全容だ」
「途中で下山することは可能ですか?」
「無論、但し不合格となるがな」
「つまり、死ぬこともあるから何時でも逃げれる、と?」
「そうだ」
「……!?」
「何だと?」
氷華の核心を付いた言葉に鱗滝は否定することなく肯定した。錆兎と義勇は最終選別で人が死ぬことがあることを知り、驚愕の表情を見せる。そんな中、氷華は顎に指を当てて思考を回し、やがて一つ頷いてから錆兎と義勇の方を向いて口を開いた。
「錆兎、義勇。一つ提案があります」
「何だ?」
「……聞こう」
二人が氷華の方を向いたのを感じて提案を口にする。
「藤襲山の鬼を掃討しませんか?私達にはそれが出来るだけの力があります。勿論、嫌なら断ってくれても構いません」
氷華のその提案は危険度が余りにも高いものだった。故に、氷華は提案を拒んでも構わないとも告げた。
「俺はやるぞ!男だからな!」
「俺は(弱いから二人の決定に従う。だから、)二人に任せる」
「いや、義勇は強いだろう」
「ですです、充分義勇は強いですよ。自信を持ってください」
「そうか……」
だが、錆兎は一瞬の躊躇いもなく賛成し、義勇も冨岡弁こそ使っているが賛成を示している。それに、自分の強さを認めて貰えて内心ウキウキだ。
「頼もしい限りだな、期待して待っている。三人とも、明日は早い。早く寝ろ」
鱗滝が三人に向かってそう言えば、三者三様の返事を返して床に着いた。
「帰って来てくれさえすれば、儂はそれでいい」
三人が眠ったのを確認した鱗滝はそう呟いたのだった。
明治コソコソ噂話
「今回氷華が錆兎と義勇に付けた鬼ごっこの鍛練は氷華の義理のお兄さんと幼少期の頃から一緒に行ってたものなんだって。でも、氷華は氷華が痣の寿命で死ぬまでに一度もお兄さんに勝てなかったんだって。一体、氷華のお兄さんは何者なんだ!?」
何か、気付いたら錆兎も義勇も常中身に付けちゃった。まぁ、始まりの呼吸の剣士に育てられたらそうなるよね。鱗滝さんも何か強くなっちゃったし。
次回からは、最終選別です。年号さん、氷華達にご執心みたいだけど、大丈夫?炭治郎の時代まで生きてられる?