僕は、冨岡さんが最終選別でケガしたのって、普通に鬼が恐くて足がすくんだからだと思うんですよね。だって、13才の中学一年生が姉を目の前で殺したのと同じような奴を前にして刀を振れるのかってなったら普通に無理じゃないですか。なので、冨岡さんを多少強引ではありますが矯正したいと思います。
「鬼のいる場所まで後どれくらいだ!?」
「もうすぐです、何時でも首を斬れるように準備をしておいて下さい」
藤襲山へと向かう道中で鬼を発見した氷華達は、進路を変えて鬼の方へと向かっていた。鬼を発見した鶯を追い掛けて街道を駆け抜けていく。
走ること数分、氷華達の視界に一人の女性と女性に馬乗りになっている緑色の肌をした人型――鬼がいた。
「見つけた、義勇、錆兎、先に行きます!」
それまで二人のペースに合わせて走っていた氷華の姿が一瞬ブレた。その次の瞬間には氷華の姿は消えていて、残ったのは微かな残像と速すぎる移動によって生じた風の圧だった。
「追うぞ、義勇!」
「……ああ」
錆兎も義勇も氷華を追うために全集中の呼吸を深めて加速する。
「イヤ、イヤァァアアッ!誰か、誰か助けてっ!」
「ヒィッヒッヒ!泣け!もっと泣き叫べ!恐れろ、喚け!恐怖しろ!!」
「黙れ、悪鬼が」
「何だ、おま――ぶべらっ!?」
鬼の目の前に現れた氷華は鬼の顔を蹴り上げて女から引き剥がすと、空中にいる鬼へと向けて抜刀。刀を振るう。
――水の呼吸 肆の型 打ち潮
「ギィャァアアッ!?熱い、痛いッ!?再生しない!?どうして!?」
嚇くなった潮のような軌跡を残して振るわれた氷華の日輪刀は鬼の四肢を斬り飛ばした。そのまま氷華は体勢を空中で整えると、未だ空中にいる鬼を走ってきた義勇と錆兎の元へと蹴り飛ばす。
「止めは貴方が刺して下さい、義勇」
「ッ!?俺は……」
「大丈夫です、貴方なら斬れる。自分を信じて下さい」
「男だろ!?自分の選んだ道は突き進めよ!義勇!」
氷華と錆兎には分かっていた。義勇は未だ鬼に対する恐怖が残っていることを。恐怖は、身体の動きを著しく鈍らせる。だから、氷華が鬼の手足を削ぎ一度鬼を討つことで、義勇の抱く恐怖を払拭させようとしている。義勇の心に勇気を与える為に錆兎と共に檄を飛ばしている。
「……分かった、俺がやる」
義勇は並走していた錆兎を追い越すように一足で鬼の元へと跳び、刀を抜き右手だけで握り横に構える。
――全集中 水の呼吸 壱の型 水面斬り
「なッ!?斬られた!?ふざけるなぁッ!俺は――」
「……もう、喋るな。そして、地獄で罪を償え」
首の斬られた鬼が灰となって消えていくのを見届けた義勇は刀を鞘に戻しながら小さく呟いた。
「大丈夫ですか、義勇」
「……ああ、もう大丈夫だ」
「よくやった、義勇。また一つ男になったな」
「元から俺は男だ」
氷華と錆兎が義勇の元へやってきて口々に声を掛ける。また義勇のズレた発言が出た気がしないでもないが、今更すぎて氷華と錆兎は気にしなかった。
「あ、あの!ありがとうございました!」
「いえ、仕事ですから」
「今度から夜道は気を付けろよ」
「……」
鬼に襲われた女性からの礼を受け取り、氷華は一度鬼だった灰へと黙祷を捧げると、二人を連れて再び鶯の案内のもと藤襲山への道を走っていく。
「……氷華」
「何ですか?義勇」
「……何故、黙祷を捧げた?」
藤襲山へ向かう道すがら、義勇が先ほどの氷華の行動の真意について尋ねる。邪悪な鬼に慈悲をかける意味はあるのか?と。
「そうですね……少々長くなりますが、暇潰しにはなりそうなので話しますね。これは飽くまで私の意見であって、二人に強要するものではありません」
そんな前置きをしながら、氷華は自身の考えを話し始める。
「孤児で鬼の被害に会わなかった錆兎はともかく、義勇は鬼が憎い、もしくは恐ろしいですよね?」
「……人を喰うからな」
「そうです、鬼は人を喰うんです。だから、私達鬼殺隊が鬼を斬り、戦う力のない人々を守るのです。……まあ、私達はまだ厳密には鬼殺隊ではないのですが、そこは置いておきましょう。……鬼は私達人間にとっては悪です。ですが、彼らが人間だった時は本当に悪だったのでしょうか?」
「……(確かに一口で悪であるとは言えないが、)善であるとも言えないだろう?」
氷華の質問に義勇が冨岡弁で返す。
「そうですね、鬼の中には悪人だった人もいるでしょう。だからと言って、死んだ人を貶すようなことはしないでしょう?私は、どんな悪い人でも最後の一瞬だけは普通の人として扱ってあげたいんです。それが例え鬼であったとしても。鬼なんて、死んだら灰だけになってしまうのですから、せめてそれぐらいは弔いとしてやってあげたいんです」
「……理解に苦しむな」
「……私の考えがおかしいことは理解しています。ですが、義勇。これだけは知っておいて下さい。どんな鬼でも、心の奥底には人間だった時の記憶が残っています。そして、死に際で彼らは人間だった時の記憶を取り戻すんです」
「……(鬼は)随分と都合のいい頭をしている様だな」
「そうでしょうか?確かに、死ぬ時に人間に戻るのは都合が良いのでしょう、身体はともかく心は人間として死ねるのですから。ですが、人間の記憶が戻るとは言え、彼らには鬼だった時の記憶も残っています。これがどれだけ辛いことか分かりますか?自分が正気を失ったと思ったら、次の瞬間には何十何百もの人間を殺して喰った感触と記憶が残ったまま意識が戻るんですよ?それは、とても苦しいことだと思います。それだけでも、罰になると思いませんか?」
「……そうだな」
「なあ、気になったんだが、氷華が言う人間だった時の記憶が首を斬られて初めて戻ってくる。と言うのはどうなってるんだ?」
錆兎の唐突な質問に氷華は、過去に氷華と兄の二人で無惨の呪いから救い出した鬼の医者との会話を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「良い質問ですね、錆兎。鬼もまた、鬼の頭である鬼舞辻無惨の被害者だからです。鬼は、鬼舞辻無惨に鬼に変えられた時に幾つかの制限……呪いとも言える枷を与えられます。一つ目は、鬼舞辻無惨の名前を口にすることが出来ないこと。二つ目は、鬼同士で群れることが出来ないこと。三つ目は、鬼舞辻無惨に思考を読まれること。四つ目は、人間の記憶を大なり小なり封じられること。五つ目は、人間を食料や虐げる存在としか見れなくなり、私達が普段食べる物に嫌悪感を覚え、人しか食べなくなること。六つ目は、お日さまの下を歩けないこと。七つ目は、藤の花に嫌悪感を覚えること。こんなところですかね?この内、一つ目から三つ目までは無惨が定めた呪いであり、残りは鬼と言う種族柄でそうならざるを得なかった特徴や弱点ですね。
ここで錆兎の質問の答えに戻ると、記憶を封じられていたのが首を斬られた衝撃で戻ってくるからですね。先ほども言った通り、走馬灯みたいなものです。ああ、そう言えば、以前にふとした拍子に記憶が戻って、混乱した末に自害した鬼もいましたね。恐らく、何らかの外的要因で記憶が戻ることもあるのでしょう。詳しいことは私でも分かりません」
「……憐れだな」
「全くだ」
「私の話を聞いてそう思ってくれたのでしたら、話した甲斐がありましたね。義勇も錆兎もこれを機に、鬼狩りに当たる考えを『悪い鬼を滅ぼすために殺す』と言うものから、『鬼舞辻の呪いから解き放つために殺す』と言うものへと変えてみたら心持ちが楽になると思いますよ?――っと、藤の花が一面に咲いてる山が見えてきましたね。あれが藤襲山ですかね。急ぎましょうか」
「……ああ」
「さっさと山の鬼を全滅させて三人で帰るぞ」
「そうですね、先生にはまだお礼を言えてませんからね」
三人は目前に迫った藤襲山へ向けて全速力で駆け出した。
明治コソコソ噂話
「今回はお休みです」
お館様よりも下手したら鬼について詳しい氷華でした。言うまでもないと思いますが、弱点で首を日輪刀で斬ることを言わなかったのは、無惨様や一部の強力な鬼が首を斬っても死なないことを知ってるからですね。鬼の知り合いがいるのって、普通に心強いですよね。