東方飛燕草~雑学と妄想多めの、幻想郷の住民だけのまったり日常もの~ 作:ナ月(なつき)
命蓮寺。
人里から少し離れた場所にある、禅刹である。
「聖様。昨夜からこのような雨です」
「そのようね、星。どうやら本格的に梅雨入りしたみたい」
聖白蓮は屋根の下から手を伸ばし、しとしとと降り注ぐ雫を指先でなぞった。
「いかがしましょう」
「私は外には出られません。例年通り法令の回数を増やしましょう。水蜜と一輪にも、外出を控えるよう伝えておいて」
「響子と小傘はどうしましょう」
「響子はともかく、小傘は好きにさせて構わないわ。だって、傘の妖怪だもの」
「それもそうですね」
では、と一礼し、寅丸星は足早に立ち去る。
聖は縁側で、降り注ぐ雨粒を見守っていた。
絶え間なく降り注ぐ雨粒は地面で跳ね、鼻元まで湿気が香るので、肺の中がジャブジャブになりそうなくらい蒸し暑かった。
その光景を、どこか愛おしそうに目を細めて見つめる聖。
法令の準備でもしようと思ったか、ふと目をそらし、歩こうとした直後、背後で、ぎぃぃ、と古びた扉の開く音を聖は耳にした。
「アは」
そして、首筋に、赤く光る剣のようなものを突きつけられる。
途端にひやりとした戦慄と緊張感があたりに走る。
それが、誰で、どうやって来たのか、聖は一瞬で理解した。
「フラン。今日は何の用事かしら」
「特に用事はないわ。遊びに来たの」
剣を素手で払いつつ、聖はフランドール・スカーレットと向き合う。
他者への慈しみの心などおもちゃ箱の中のぬいぐるみ程度しか持っていないような紅い目と、少女らしいミニスカートに、笑うたびに光る白い牙に、極彩色の翼。
「……隠岐奈。どうして手引きしたの」
返事はなく、代わりにフランが答える。
「おねがーいって呼んだら、来てくれたのよ。あのひと。頼まれるのが好きなのかな」
「……はぁ」
聖は頭を抱える。
どうしてこんな破壊神が、よりにもよってこの時期に来るのか、と。
「ウチの屋根に風穴を開けておいて、よくもぬけぬけと来られるわね」
「開けたのはあなただったじゃない」
聖は記憶を手繰り、そういえばそうだったかもしれないと思ったが、仕掛けたのはフランに違いないので、それ以上は言及しないことにした。
「生憎だけど、今はあなたと遊べないの」
「どうして?」
「こんな雨だからよ」
フランは外の景色を見て、きょとんと首を傾げた。
「あなたも雨が嫌いなの?」
「雨は好きですよ。あなたがたと違って」
「じゃあ、どうして?」
「雨は、生命を運んでくださるからよ」
「運んでないよ?」
ばちゃりと、瓦屋根の上で溜まった水が、時折まとめて落ちる音が鳴る。
聖は話をこれぽっちも理解できていないフランに、観念したように嘆息を吐き出した。
「……楽しい楽しいお話をしましょう。ついてきてください」
「あら、愉しいのなら歓迎だわ」
フランは、素直についていった。
聖はフランを、座禅の修行に使う内陣に通した。
座布団の上に座ったフランは、粗茶には目もくれずに足をパタパタとさせて、聖を見つめている。
「―――『雨季』と言うのは、多く、豊穣の前触れとして見られるものです。特に夏を前にした雨季には多くの生命が芽吹きます。それは、私たちの足元からも、次々と生まれ出るものなのです」
「人間も?」
「人間は足元からは生えてきません」
「なぁんだ、つまんないの」
すでに退屈そうにしているフランに、聖は爆弾を抱えているような気分になっていた。
「我々は不殺生を説いています。ゆえに、新しい命が芽吹く『かもしれない』地面を、安易に踏みにじることはしないのです」
「でも、あなたのお友達は雨の中でも出かけていたわよ。いいの?」
「完全に外出を禁じることは、彼女たちには酷でしょうから」
「よくわかんないけど、そういうのって、守らなきゃダメなんじゃないの? 破ってもいい規律に、意味なんてあるのかしら」
話を一切理解できていないような素振りに反して、たまに鋭い指摘を言うフランに、聖は油断はせずに、しかし感心する。
「いい意見です。既存の宗教では、そうしたルールを破っていては、涅槃に辿り着けないと考えていました」
「ネハン?」
「我々宗教家が目指す、安寧の死を意味します」
「死? あなたたち、死ぬのを求めて修行をしていたの!?」
「本来はそうです」
ぽかん、と口を開けて、その言葉の意味を飲み込んでいるフランに、聖は間を開ける意味も込めて、茶をすすった。
それを見て、フランも思い出したように茶を飲む。
茶は葉から摘出されたもの、すなわち葉っぱの血液である。吸血鬼も飲める。
「涅槃。それが私たちの目指す形。そこに至るためには出家し、あらゆる財産や家族を捨て、生産的活動をなくし、労働もせず、ひたすら修行を積み生きていくことが必要条件とされてきました」
「死を求めているニートってこと?」
「修行僧です。ですが、そもそも我々妖怪は死にませんし、幻想郷という狭い世界で、労働をしないというのはあまりにも酷です。だから私は、出家せずとも、つつましく、善良な暮らしをしていれば、きっと涅槃に辿り着けると説いているのです」
「嘘ついてるんだ?」
「そうですね。嘘かもしれません。ですが、彼の者がお伝えしたかったことは、きっとそういうことなのだろうと、私は感じているんです」
「ふぅん」
ずびっと最後のお茶を飲み干して、フランはまじまじと聖を見つめる。
聖は正座を組み、一切の隙を見せずにお茶を飲んでいる。
「意外と滅茶苦茶なのね、宗教家って」
「考えに、筋は通しています」
「ま、思ったより面白かったわ。それじゃ、そろそろお暇するわね」
「もういいのですか?」
「昨夜がお昼ご飯を持ってくる頃だろうから」
朝の空いた時間に寺を襲撃に来て、昼には帰るつもりだったというのだから、聖は開いた口が塞がらなかった。
「隠岐奈ー。かえりたーい」
聖の後ろ戸からやってきた隠岐奈は、聖に「世話になったね」とだけ声をかけると、フランと共に扉の奥へと消えていった。
嵐が過ぎ去ったような気持ちになって、聖は重い腰を上げる。
「隠岐奈。そういえば後継者を探していると言っていたけれど……」
聖はフランの狂気に満ちた振る舞いを思い出す。
子どもが道端のアリを何の意味もなく踏みつぶすように、彼女は他者を悪意なく殺せる。壊せる。それだけの力も持っている。
「……まさか、ね」
聖はフランの分の湯呑を持ち上げながら、そんな自分の想像を一笑する。
いやしかし、あながち―――。
例えば聖にフランを当てたのも、バーサーカーである彼女に知見を与えて制御しやすくするような意図があったのでは、など。
あるいは単純にフランとの関係性を太くして、いざというときに頼れるようにしているのではないか、など。
考えれば考えるほど坩堝のような気がして、聖は気を重くしながら内陣を出て行った。
*あとがき*
いやー、まさかの初投稿が聖とフランドールですよ
ひじふらですよ
そんなジャンルあります?
んで、実は出家せずに悟りにいたるのを「大乗仏教」って言うんですよね。そして、日本にあるのはほとんど大乗仏教。
でも多分、聖様はそれを知らないんだろうなー、でも賢いから近いものには辿り着いてそうだなーって感じで書きました。
悔いはない。