東方飛燕草~雑学と妄想多めの、幻想郷の住民だけのまったり日常もの~ 作:ナ月(なつき)
しゃらん―――
立ち姿が綺麗だった。
天上から垂らされた蜘蛛の糸のように、背筋から伸びる直線はそのまま一本の光の柱となり、天に通じるかのように、佇まいだけで輝いて見えた。
しゃらん―――
両手に扇子を持ち、切り絵のようにくりぬかれたスカートを翻し、嫋やかに、優雅に、雲の上を転がる精霊のように無邪気で、それでいて統制の取れていて、何か大きなものを表現しているかのような舞が、惜しむことなく披露される。
しゃらん―――
小さいながらも専用の舞台の上で、桜の花びらを撫でながら、春風とともに舞う。
踊る、躍る、踊る。
くるくると、また、くるくると。
けして倒れない独楽のように、華奢な足で踏み込みながら、廻るように踊る。
その光景に―――
古明地こいしは、目を奪われていた。
心は、汚いものだと思っていた。
星の数ほどの心を読んできたこいしはそう思う。どんな妖怪も心の中身はいつも汚いし、それを見透かすこともまた醜いと。
思うと、悲しくて、切なくて、苦しくて、やりきれなくて。
薔薇にナイフを突き刺すように、瞳を閉じた。
それでようやく、汚いものから離れられたかのように思えた。
のに、彼女はどうだろう。
身に着けた舞踊を、心行くまま、思うがままに表現している。
夢中で、あるがままで、純粋で。
それがどうして、なんで、嗚呼、こんなにも―――、
―――美しいんだろう、と。
こいしは、羨ましいと純粋な気持ちで妬んだ。
しかし、何度かの弾幕を通じて彼女を知るたびに、彼女を理解していった。
妬みは尊敬に代わり、尊敬は対抗心になり、その念も薄れていけば、やがてごく普通の友達になった。
「ねぇ、こころ」
こいしは、舞い散る花びらに流されそうなほど小さな声で、壇上で踊るこころに声をかける。
「今日も、とっても、きれいね」
しゃらん―――
と、こころは変わらずに踊っていた。
くるくると、ただ、くるくると。
***
好きなときに、好きな顔ができて。
思ったときに、思った顔ができる。
ころころと、また、ころころと。
手の中で転がる鞠のように変わる無意識な表情が、まるで四季折々を繰り返すようで。
春には桜が、夏には向日葵が、秋には紅葉が、冬には白枝が、キレイだと思うように、無垢なあなたの表情を―――
秦こころは、とても愛おしく思っていた。
こころに表情はなかった。
お面の付喪神なのだから、表情がなくて当然である。
楽しいときは笑顔の面を、嬉しいときは喜びの面を、怒るときは怒りの面を、悲しいときは泣き顔の面を使えばいい。
だから、こいしのように表情をつくることを知らなかった。
知る必要はなかった。
望むこともないはずだった。
のに、欲しくなって。
自分の頬を、人差し指で持ち上げて笑えたら。
私も、ああなれるんじゃないかと、短絡的に考えて。
口裂け女のオカルトボールに魅せられた。
でも、私は彼女のようにはなれなかった。
生まれ持った天恵の能面が、鋼のように私の心の表出を拒んだ。
笑顔が素敵というのなら、喜ぶ顔も素敵というのなら、怒った顔も素敵というのなら、泣いた顔も素敵というのなら。
私は―――醜かった。
そんなことない、と叫びたかった。
必死な声で振り絞った言葉は、「私、キレイ?」。
オカルトボールにあやかって、下心を隠す自分の心が、汚いと思った。
それでもキレイと言ってほしかった。
私も、素敵なあの子たちの仲間になりたかった。
だけど、口が裂けても、笑えなかった。
私は醜いお面の妖怪なのだと、つくづく思い知った。
私は、こいしちゃんが妬ましかった。
だけど、彼女と接していく内に、彼女の心の内を知り、妬みは薄れ、対抗心も削がれて、やがて、縁だけが残った。
彼女が苦しみの中で悶えて笑っていることに、気づけたからだ。
ああ、くるくると回るたびにこいしちゃんの顔が視界に映る。
私を見る目に。
その眼差しに、どんな意味があるのか。
私には分かっている。
尊敬・感動・友愛。そんな綺麗な心だけではないだろう。
嫉妬・羨望・艶羨。そんな裏側の心があるだろう。
分かっている。
分かっているよ。
分かっているんだ。
でもね、こいしちゃん。
私は、あなたの心を汚いだなんて思ったことは一度もないよ。
あなたは心が嫌いで、自分で心を閉ざしたと言っていたけれど。
でもね。
「ねぇ、こいしちゃん」
こころはくるくると踊りながら、こいしのほうを見る。
くるくると踊るたびに、ころころと、こいしの表情が移ろいでいく。
「今日も、とっても、キレイね」
コマ送りのように表情が変わっていく彼女の顔を見て、こころの中で笑顔の面が顔を出す。
いや、これは笑顔なのだろうか。
微笑み、愛おしい、憎たらしい、いや、どんな感情なのか。
彼女に向けるためだけの感情のはずなのに。
たったひとつでいいはずなのに。
お面が定まらなくて、六十六ものお面を、何度も何度も取り替えていた。
ころころと、また、ころころと。
*あとがき*
何番煎じかわからない、こいここ
あえて捻らずそのままぶつけてみました
……あれ、捻ってないよね?捻ってます?
解釈違いだったらごめんなさい
ゆるして