東方飛燕草~雑学と妄想多めの、幻想郷の住民だけのまったり日常もの~ 作:ナ月(なつき)
「ふっ、ほっ」
「あんまりここにトレーニング機材を持ち込まないでくださいよ。仮にも聖域なんですから」
ヤマンバの聖地にて、駒込早鬼がベンチプレスで腕の筋肉をガッシュガッシュと追い詰めていた。
その様子を、三頭慧ノ子は呆れたような眼差しで見降ろしている。
「ライウェイ・ベイベー。ライウェイ・ベイベー!」
「なんですか、その呪文」
軽すぎるぜこの野郎、と唱えることで重いバーベルも軽く感じられる、筋トレ時の魔法の言葉である。
「それより慧ノ子。お前の分のトレーニングは……」
「あぁ~、はい。終わりましたとも。ええ」
苦笑し、頬をかきながら応える慧ノ子。
「そうか、ならいい」
「ふぅ」
「ふぅ」
同時に息を吐き、早鬼は体を起こして汗を拭い、牛乳にきなこを塗したものをぐびぐびと飲み込む。
「そんなに急いで飲んだらお腹壊しますよ」
「筋トレ直後はゴールデンタイムなんだ」
「幽体のくせに……」
「ぷはぁ。筋肉の躍動を感じる」
「実力が伴ってなかったら、ただの狂人ですからね、早鬼様」
早鬼は唇の上についたきなこを指で拭き取り、それを舐めとりながら、慧ノ子の言ったことの意味をどこか深く掘り下げていた。
「どうかな。案外、ポンと新しい筋肉が生まれるかもしれんぞ」
「生まれません、生まれません。筋肉をなんだと思ってんですか」
「魔法とはそういうもんだろう」
「きんに……まほ……?」
論理の飛躍についていけず、ぽかんと目をまん丸くさせて、すっかり思考停止してしまう慧ノ子。
固まってしまったケルベロスを前に、早鬼は言葉を繋げる。
「食事とは、そういうもんだ。元々」
「……」
「失明した人間に、動物の目を食わせるとかいう話、聞いたことはないか?」
「……はっ。えーと、そうですね。あるかも」
「食事とは克服することでもある。他者の命を奪い、血肉を食らうというのは、それだけで強力な意味を持つ。この牛乳が、今まさに私の体を駆け巡る血肉となったとしても、なんら不思議なことじゃないだろう」
「いや、ミステリーですよ」
「ちっ。これだから最近の妖怪は……」
一向に理解を示してくれない部下に軽い舌打ちをかまし、早鬼は立ち上がり、川の水でコップを洗おうとする。
「慧ノ子。お前は感じたことがないのか。食らった血肉が自分の物になる瞬間を」
「えー、そんなの……あ、いや、あるかも」
「お!? そうだろう、そうだろう!」
早鬼は取ってこい遊びをしてもらえた子犬のように、嬉しそうな笑顔を向けた。
「残夢様の肉を食らったとき、いや後か。とっくに消化したはずの肉が、私を不死に導いたんですよね」
「そういえばそんなことを言っていたな。どこの部位を食ったんだ?」
「いやぁ、覚えてないですよ、そんなの。どこかの僧をかじったことは覚えてますけど、100年前の献立を思い出せって言われても無理じゃないですか」
「まぁ、そりゃそうか。だが、お前の中に実感として残っているのなら、それはそれでいい」
じゃぶじゃぶとコップを洗い、汗拭きタオルとは別の布で拭いたあと、早鬼はジョッキを腰に下げた。
「やつは強い。良い部位を食っているといいな」
「うーん。どこなんだろうなー」
慧ノ子は思い出すように、両手のトラバサミをがしゃんがしゃんと稼働させていたが、結局、思い出すことはなかった。
ふと、早鬼がぼそりと呟く。
「そういやお前の目、片方だけやけに輝いてるよな」
と。
*あとがき*
さきのこのこのこ……